第6話 デートのような別な何か
それから週末まで、彰と司は特に会話をすることもなくいつも通りに過ごした。
その間、彰は日曜日の深夜の出来事、つまりあの自転車を見下ろすフードの男や黒い灰、そして警察との関連性を考えていた。
警察がいたということは何かしら通報があったのだろう。単に悲鳴があったからなのか、それとも何かしら重大な事件が起こったからなのか。
しかしいくら考えたところで答えが分かるはずもなかった。
結局考えることを諦めた彰は、これで何度無意味な考えを巡らせたのだろうかと一人首を垂れた。
週末、彰は司との待ち合わせに駅前にいた。
時刻は十時。天気は晴れ。
十一月下旬ということもあり、吹く風は冷たく、道行く人々はポケットに手を入れ、マフラーを身に着けている者も多くなっていた。
「おまたせー」
司は手を振りながら小走りでやってきた。
「ごめんね、待たせちゃって」
司は手を合わせ、申し訳なさそうに笑った。
普段見ることもない私服姿に、彰は一瞬見とれてしまった。
「ああ、別に。俺も来たばかりだから」
手短に挨拶を済ませると、彰は早速本題に入ろうと口を開いた。
「でさ、この間の――」
「取りあえずマフラーを買いたいの。一緒に見よ?」
彰の言葉は司には聞こえていなかったようで、司の言葉にかき消されてしまった。
流石に待ち合わせ早々本題に入るのもおかしな話か、と彰は反省し少し顔が赤くなるのを感じた。
その後、二人は様々な店をブラブラと見て回った。
お目当てだったマフラーを選び、他にもいくつか買いもしたが、ほとんどの時間をウィンドウショッピングにより過ごすこととなった。
彰は途中から彼女の荷物持ちとなっており、店の外で座って待っていることも多くなっていった。
時刻は二時に差し掛かり、ようやく彼女は満足した様子を見せた。
「いろいろ買っちゃったー。ごめんね、付き合わせちゃって」
「あぁ……いや。こっちも楽しいから……」
満面の笑みがキラキラと輝く彼女とは対照的に、彰の表情には疲れが見えていた。心なしか声も小さくなっていた。
「じゃあ、あそこのお店でお昼にしよ? あそこのパスタが美味しいんだって。一度行ってみたかったの」
やっとゆっくりすることが出来る。そして昼食を食べられると彰は安堵した。
店に入ると、二人は同じパスタを注文した。彰は昼食にしては値段の高いパスタを見て、自身の今月の財布事情が心配となった。
そもそも何故この店に大勢いる女性客はこのような高い食事をしているのだろうか。今までたくさん見てきたインスタント麺や牛丼で昼食を済ましている冴えないサラリーマンとの格差というやつが、ここに凝集しているのではないだろうか。
彰は自分でもくだらないと思う考えをあれこれ巡らせた。
そもそも自炊してしまえばパスタなど、この三分の一以下の価格で食べられるではないか。これが俗にいう席代というやつなのだろうか。
内心愚痴をこぼしながら食事を進めていると、不意に司が話題を切り出した。
「こないだのさ、なんで私が噂話に興味があるのかって話なんだけど……」
彰は司の方へと視線を上げた。
彼女のその深刻そうな表情から、彰はこれから話されることに対して身構えた。
「まあ、うちはね……両親がさ。色々あって、いなくなっちゃってるから」
「え……?」
「事件に巻き込まれちゃって……放火だったんだけどさ。それで二人とも、数年前に死んじゃって」
「そうなんだ……なんか、ゴメン」
「ううん。別に良いの。今ではもう大丈夫だから。私、全然平気!」
彰は何と言っていいのか分からず黙ってしまった。耳に届く周囲の食器の音が心なしか大きく感じられてきた。
そんな様子を察してか、司は明るく振る舞おうと明るい口調で話した。
「ま、まあそれは良いの。でもそういうことがあったからなのかな……そういうオカルト話でも、本当にあったらいいなーって。そう思って最初は興味を持ったの――あ、すいません。このチョコレートケーキお願いします」
司は新たにケーキを注文すると、パスタをクルクルと巻きながら続けた。
「まあ、でもそれも最初だけというか、単なるきっかけであってね。今では私、オカルト話が好きになっちゃってて。単純にそれだけなの」
彰は頻繁にテーブルに視線を落としており、食も進まず水ばかり飲んでいた。
一度だけ司の表情を伺おうと視線を向けてみた。司の表情は前髪ではっきりとは確認できなかったが、目に涙が滲んでいるように見えて余計に視線を上げられなくなった。
それから司は、現在は両親の残した遺産と親戚からの援助により普通の生活を送れているということ、今はアパートに引っ越して一人暮らしをしていることなどを話していった。
話し終えた後、再び二人の間に沈黙が訪れた。
たいして美味しいと感じられなかったパスタが、より一層味気ないものとなっていた。
司の元へ二つ目のチョコレートケーキが届けられた後、再び司が話し始めた。
「ごめんね。こんな変な話しちゃって」
司は前髪を手でいじりながら続けた。
「でさ、だからというわけじゃないけど……彰君にはもう夜遊びをやめてほしいの」
「え? それはまたどうして?」
「私も興味があったから、噂話について色々と聞いて回ってたの。でね、最近嫌な噂を聞くようになったの。最初は死人が歩いてた、といった話だったのが、最近では人を襲っている! だとか言われるようになっちゃってて。それだけならまだ冗談だって笑っていられたんだけど、それに加えて不審者を見ただとか、実際に身の回りの人が行方不明になってるだとか、そういった物騒な話をよく聞くようになってるの」
そんな馬鹿なことが、と彰は一瞬考えたが、悲鳴を聞き、不審者を目撃し、警察沙汰になっていたあの出来事を考えるとあながちデタラメだと否定はできないと口を閉ざした。
「私も流石に半信半疑だったんだけど、でも彰君の話を聞くと……やっぱり怖くなっちゃって……」
司は彰の目を見て言った。
「だから、もう夜遊びはやめて。身近な人に、危ない目にあって欲しくないの」
司の様子を見て、彰は素直に了承せざるをえなかった。