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第4話 墓地からの帰り道で

 車に戻ると、彼らは手短に二、三言葉を交わし、すぐに次の目的地へと向かうことにした。

 逢斗がカーナビに住所を素早く入力し、車は逃げるように発進した。

 彰は車の後部座席から次第に小さくなっていく墓場をじっと見つめていた。


 しばらく車を走らせ、辺りに店や街灯の明かりで賑わい始めると、ようやく皆の緊張もほどけていき口数も多くなっていった。

 鉄夫の発案で一度コンビニに寄ることとなり、すぐに近くにあった店に入った。

 駐車場には彼らの他にも数台車が止まっており、店内には買い物客も見て取れた。

 店の前の明かりの当たる場所に車を止めると、サイドブレーキを引きながら鉄夫はふうっと大きく息を吐いた。


「で、皆はアレがなんだったと思う?」


 鉄夫は再び緊張の面持ちで皆に問いかけた。


「いや、まあマジでビビったけどさ、どう考えてもありゃあただの悪戯だろう? それとも何か? マジでどこぞの爺が蘇って芋でも焼いてたってか? ハッ、笑えねえって」

「そうっすよ。肉や秋刀魚を食った形跡もありませんでしたからねえ」

「そうだよな――ああ、そうだな……」


 笑顔を浮かべながらも、どこか様子のおかしい鉄夫に彰は気付き、後ろから声をかけた。


「なんだか……逆にガッカリしてませんか?」


 その問いに鉄夫は一瞬ピタリと止まり、そして続けた。


「いや、そうか? まあホッとしてるのが大半だが――まあ、この間……うちの犬が死んだっていうのもあったが」

「しんみりさせてんじゃねえよ」


 座席にもたれかかりながら潤はぶっきらぼうにそう言った。


「いやいや、すまん。別にもういいんだよ。ちょっと、考えてみたりしただけだ。蘇りってのを」

「ちっ……しょうがねえな。アメリカンドックでもおごってやるよ。さっさと買い物して次行こうぜ」


 潤は鉄夫の座席を後ろから叩くと、車を降りてコンビニへと入っていった。


「そうだな――よし、買ったら出発だ」


 皆は車を降りてコンビニへ入っていった。

 彰も彼らに続き、最後尾から彼らの背中をボンヤリと眺めて思った。


――誰かを生き返らせたい、か。考えたこともなかったな……


 幸いにも彰の身の回りでは、そのような不幸が起こったことは一度もなかった。至って平凡な日常を送ってこられた。

 だからこそ頭の中ではその辛さを想像することはできたが、実感は湧かないでいた。

 そのようなことを考えていると、不意に昼にあった出来事を思い出した。


 月森司がこの探索に非常に興味を示していたことである。

 彼女もまた何か複雑な事情を抱えているのかもしれないと、彰にはそう思えてきた。


――明日にでも今日のことを話してやるか。


 そう考えながら、彰はコンビニへと入っていった。


 ○


 その後も探索は続けられたが、結局最初の一件以降、何も起こることはなかった。

 時刻はとうに十二時を回っており、最後の目的地も調べ終えそろそろ帰ろうかというところで、鉄夫は車のガソリンが無くなりかけていたことに気が付き、少し遠くにあるセルフのガソリンスタンドに寄ってから解散することとなった。

 鉄夫は皆を家まで送り届けると言っていたのだが、彰は家も近いからと少し離れたコンビニで下してもらうこととなった。


 ドライバーの鉄夫に礼を言うと、皆に別れを言いながら車を降りた。

 車が走り去ると、コンビニの明かりの中、彰はポツンと一人だけとなった。

 耳に届くのは遠くの方から微かに聞こえてくる犬の鳴き声だけとなり、少し寂しく感じられた。

 彰は秋の夜の寒さに震えながら、他に客のいないコンビニへと入っていった。


 ○


 市内にある、とある高層団地。

 住民の高齢化、そして少子化の影響ですっかり寂れ空き部屋の多くなったこの団地に、深夜を回った現在、一人のスーツ姿の男が力無い足取りでやってきた。


 男はエレベーターへと乗り込むと、最上階へのボタンを押した。

 エレベーターが最上階へ到着するまでの間、男はガラスに映った自分の姿をボンヤリと眺めていた。

 スーツはよれよれであり、靴も磨かれてはいなかった。髪の毛も手入れがされておらず、あごには無精ひげが生えている。

 まるで生気の感じられない表情をした男の姿が、そこにはあった。


 ポーンと無機質な到着音が団地内部で小さく反響した。

 男はふらふらとエレベーターを降りると、点滅する蛍光灯に照らされる廊下を抜け、非常階段の踊り場を目指した。

 非常階段の扉を開き、一段下の踊り場へと降りて行く。

 そして鉄柵に手をかけ、それを乗り越えようとしたその時、背後から声がした。


「死にますよ?」


 振り返ると、そこにはフードを被った人物が一人、階段の上から見下ろしていた。


「……はい」


 力なくかすれた声でそう返した。


「自殺ですか?」


 男はその問いを聞き、濁った眼でそのフードの人物をじっと見つめると、弱々しく吐く息に乗せて呟いた。


「辛くて……もう全てがうるさい。出来損ないだって。誰も要らないって。自己責任だって」

「そうですか……悩んだことでしょう。苦しんだことでしょう」

「あぁ、もう嫌だ……疲れた」


 男はそう言うと、柵を乗り越えた。鉄柵を掴んだまま淵に足をかけ、下を見下ろした。

 息を吸い込み、目を瞑り、そして飛ぼうとした。



 しかし、男は飛べなかった。

 飛ぼうと小さく曲げた膝をその場でただゆっくりと伸ばしただけで、両足が地面から離れることはなかった。

 男は鉄柵から手を放すことはできなかった。自身の心の弱さに男は嗚咽を漏らした。

 その様子を見てフードの人物はゆっくりと踊り場まで下りていき、優しく語りかけるような口調で言った。


「辛かったでしょう? いいんですよ。もう苦しまなくて」


 その言葉に、男はピクリと体を震わせた。

 ゆっくりとフードの人物の方へ顔を向け、目に涙を浮かべながら声にならない声で聞きかえした。

 男はフードを被ったその人物の顔をはっきりと捉えることは出来なかった。

 ただ、月明りに浮かぶその口元に微笑みを浮かべていることは見て取れた。


「救いますよ。貴方を」


 男はそのフードの人物の言葉を聞くと、スゥっと心が軽くなるのを感じた。

 すると男の視界は、突如白い光に包まれた。


 ○


「ありがとうございましたー」


 袋の中を確認しながら彰はコンビニを出た。

 袋の中には、夜食用にと買ったおにぎりが二つと、暖かい缶コーヒーが入っていた。

 住宅が立ち並ぶ中、コーヒーを飲みながら今日のことを思い返した。


「竜頭蛇尾とはこのことだろうか。あと一件だけでも回りたかったがなぁ……」


 コーヒーを飲み干し、近くの公園のゴミ箱に缶を投げ捨てた。

 缶はそのゴミ箱に吸い込まれるように飛んでいき、中にあった缶とぶつかり高い音が響き渡った。

 彰は得意げに笑みを浮かべると、再び歩き出そうと足を踏み出した。


 その時、夜の住宅街にけたたましい叫び声が響き渡った。

 心臓が跳ね上がるのを感じ、彰は思わず身をすくめた。

 近くからである。

 彰は恐怖に襲われながらも、思考を働かせるよう気を保ち瞬時に周囲の状況を確かめた。

 周囲には誰もいない。自分の身に危険は及ばない。あれは何の音か。大人の男性の声に聞こえたが、何かあったのだろうか。

 周囲を何度も何度も振り返りながら、彰は次第に冷静さを取り戻していった。

 心臓はバクバクと鼓動し息は絶え絶えであった。

 辺りは静寂に包まれており、次第に遠くの犬の鳴き声が小さく耳に届いてきた。

 しばらくその場に留まった後、彰は息を殺して物陰に移動し、考えた。


「通り魔か何かか? それとも別の何かか? いずれにせよ、どうやって家に帰るか……」


 それは実際には数十秒ほどであったであろうが、体感では数分に感じられるほど長い時間であった。

 彰は考えた抜いた結果、周囲に足音もないため、一度現場に向かうこととした。状況が分からなくては帰りようもないとそう判断したからである。

 息を殺し、足音を立てないように身構えながら声のした方へと向かった。

 やがて声のした地点の一つ手前の曲がり角に彰はたどり着いた。

 曲がり角の向こうからは何も聞こえなかった。


 ここへ来る途中、近隣の住人が窓を開け閉めする音さえ聞こえなかったことから、誰も叫び声に気づき起きるなどしてはいなかったのだろう。

 彰は静かに深呼吸をすると、思い切って曲がり角から顔を出し様子を伺った。

 

 すると、その通りの少し遠く、街灯の明かりの下に自転車が倒れているのが見えた。

 そして――


「なんだ……? アイツ」


――街灯の下に倒れた自転車を覗き込む、黒いフードを被った人間がそこにはいた。


 全身を真っ黒な服で覆い、表情も見えないその人物は、じっと自転車を見下ろしているように見えた。

 いや、倒れこんだ自転車の周りに何かある。

 そう彰は目を凝らした。


 自転車の周囲、明かりに照らされた地面の上にあるのは、黒い土の山のようなものであった。

 その瞬間、彰は今日の夜のことを思い出し、一気に恐怖心に震え上がった。

 そこに見えたのは、黒い灰であった。

 今日の夜、墓場で見つけたのと同じもの。それが大量に確認できた。


 身の危険を感じた彰は気づかれぬよう、恐怖に耐えながら静かに走り出した。

 幸いにも、自宅は別の方角にあり先ほどの通りを行く必要はなかった。

 息を殺しながら足音を立てず、そして何度も振り返りながら、彰は一目散に自宅へと逃げ帰った。

 後ろには誰もついてくる者はいなかった。


 自宅が見えると、彰はすぐさまキーケースを取り出し玄関のカギを開け、家の中へと転がり込み、鍵とチェーンロックをかけた。

 目を見開き、息を整えながら後ずさり、玄関の扉と距離を取り身構えた。

 周囲からの音はなく、ひたすら無音が続くだけであった。

 その静けさに耳鳴りのする中、ようやく彰は警戒を解き、息を吐くとその場へ座り込んだ。


「ふ……ふふはは。あーあ、ビビらせやがって、糞が」


 緊張が途切れ、自然と笑いがこぼれ出た。

 心臓はいまだ高く脈打っており、妙に気分が高揚しているのを実感した。

 彰は笑みを浮かべながら靴を脱ぐと、リビングへと向かい、冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐと一気に飲み干した。

 冷たいものを飲み、次第に気分が落ち着いてきた。

 それに伴い、彰の脳裏には先ほど見た黒ずくめの人物、そして周囲にあった大量の黒い灰が思い出された。

 しかし彰は必死にそれを考えないようにした。


 どうせ考えたって分かりはしない。考えたところで、恐ろしくなるだけだ。

 そう自分に言い聞かせながら、彰は急いでシャワーを浴びると、髪が乾く間もなく床に就いた。


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