第3話 墓地で見つけた異変
車に揺られて数十分も経つと、辺りから街灯やビルなどといった明かりを放つものは姿を消していった。周囲を照らすのは自身の車と時折対向車線からやってくる車のヘッドライト、そして月くらいのものであった。
月明りを頼りに後部座席から周囲を見回してみても人通りはまったく無く、寂れた民家や畑、そして鬱蒼と生い茂った木々が確認できるだけであった。
「もし事故ったらすまんな」
「マジ勘弁してくださいよ……」
表情を変えず冗談を言う鉄夫に対し、彰は洒落にならないとばかりに不安げな顔をしてそう答えた。
「冗談だ。――今から行く墓場だが、もうそろそろ着くそうだ。すまんが着いたら潤を起こしてやってくれ」
「了解しました。それにしても今から行くところ、完全に心霊スポットなんじゃないですか?」
「まったくだ。蘇りと聞いて、死んだ恋人が会いに来た、みたいなドラマチックなものを期待したりもしたんだがな。この噂が事実ならゾンビものじゃあないか。噂によると、死人が人を襲っていた、という話だったかな。なあ逢斗」
「そうっすね。ただこりゃあ、もともと心霊スポットだったところに、今流行りの噂話が尾ひれとしてくっついたってところですかねえ。それに村どころかどんどん山道に入ってってますね」
逢斗は軽く笑いながらそう答えた。
「とりあえず探索はするが、他の場所に期待しておくとするか。他の場所は――叫び声とともに人が消えた公衆トイレ、死人に追いかけられている、と友人から助けを求める電話があったという地区、いじめを苦に自殺した筈の同級生を目撃した公園、と。……ドラマチックなものは皆無だな」
「死んだお爺ちゃんが会いに来た――みたいなのは全然聞かないですねえ」
ハァとため息をつき、鉄夫は小さく肩を落とした。
彼はそのがっしりとした体躯とは裏腹にヒューマンドラマや恋愛モノの映画を好んで見るということを、ここにいる全員が知っていた。
「まあ、怖い系の話じゃないと、皆が面白がって広めないんじゃないっすかね。『意味が分かると怖いあの有名なお子様向け映画』なんて怖い都市伝説のほうが皆が食いつくみたいに」
「確かにそうだな――おっとここだな。到着したぞ」
カーナビのルート案内終了の音声が鳴ると、皆はシートベルトを外し懐中電灯やカメラなどを準備し始めた。
彰が隣で眠っている潤に到着したことを伝えると、潤は気怠そうにもぞもぞと体をひねりながら起き上がった。
彼は大きな欠伸を一つすると寝起きで低くなった声で唸るように声を発した。
「おう……着いたか。それで、何があったんだっけなここで」
「蘇った死人が人を襲っていたとかなんとか」
「嘘くささ満載じゃねえか。まあ、それならとりあえず墓の根本付近でも見て回るとするか」
車を降りると辺りに明かりは無く、ただ車内からは聞こえなかった木々のざわめきの音だけが聞こえていた。
上空には満月が出ていたため、少しすれば目も慣れ足元も見やすくなるだろうと思われた。
「しかしまあ山の中の墓地にしては広いんじゃないか? だが、こんな山奥にあるんじゃ墓参りが大変そうだなこれは」
鉄夫は懐中電灯で辺りを見回して言った。
ここに来る途中、車で山道をひたすら登ったこともあり、辺りに民家など見受けられなかった。
「人もいねえような場所で目撃者が出てくるとは思えねえな。他の噂話もそうだが、なんで流行ってんだろうな。真新しさがあるわけでもなし、真実味があるわけでもなし」
当然ながら、彼らの中でも本気でこれらの噂話を信じているものなどいなかった。
彼らがこうして集まったのは、何故このような噂話が町中に広まっているのかという点に興味を持っていたからである。
しかしながら、いくら噂話に登場する場所へ赴こうとも、その原因が解明できるとも考えてはいなかった。
結局のところ、彼らは友人たちと集まりワイワイと夜遊びに興じるのが楽しかったのである。
「よし! じゃあ皆でぐるりと回ってみるか」
鉄夫は皆に呼びかけ、ぞろぞろと歩き始めた。先頭を歩くのは鉄夫と潤の二人である。
潤は周囲を見渡しながら話を続ける。
「何もなかったら逢斗がラーメンおごりだな。それか墓場で全裸で記念撮影だ」
「マジっすか? じゃあ、もし何かあったら焼肉っすよ?」
「おい、なんでグレードが上がってんだよ。おい彰、お前もしっかり見落とさねえように気をつけてくれよ。お前は目が良いんだ」
「了解です。じゃあ俺はラーメンでお願いします」
「つまりあれか、もし何かあれば、俺は焼肉屋とラーメン屋を梯子しなきゃならねえってことか。統一しろよな、ったく」
彰はふっと出発前に母から言われたことを思い出し、何気なく話のネタとしてふってみた。
「そういえば最近、また暴走族が出るようになったみたいですね。何か関係があったりしないのかなあと思いまして」
「何か?」
潤は首をかしげながら少しの間考えた。
そしてハッと何かに気が付いたかのように、笑いながら答えた。
「あー、つまりあれか。子供達が夜の外出を控えるようにって、怖い噂が広められたと。確かに怖い話には、一人で帰るな、だの人気のないところへ行くな、だのと教訓めいたものが多いからなあ」
「まあそうですね、そんなとこだったりしないかなあと」
「ハハッ、面白いな。しかしそれだけでこの噂話が急に広まるとは思えねえなあ」
確かに潤の言うとおり、暴走族が再び出るようになったからといって、急にそのような噂話が作り出され、それが町中に広まるとはとても思えない。
彰は何かもやもやとしたものを感じながらも、そう納得せざるを得なかった。
その話の流れで、今度は鉄夫が続けた。
「そういえば、いつの間にか消えてたな、あの暴走族。いつごろいなくなったんだ?」
「さあ、いつでしたっけね」
「去年の冬っすよ、確か」
逢斗がさらりと後ろから答えた。
聞くところによると、どうやら彼もまたその暴走族について気になっていたようで、先日彼の友人たちとそのことについて話をしていたようである。
話も途切れ途切れとなり、気が付けば墓場の探索もそろそろ終わりとなっていた。
残す探索エリアは墓場の奥まった場所だけであった。
「こりゃあ逢斗のおごりでラーメンだな」
笑いながらそう言う潤に対し、逢斗は「まずいまずい」と笑いながら奥の方へと走って行った。
もはや何もなさそうだなと、皆は次の目的地について話を始めていた。
しかしその時、逢斗が何かに気が付いたような声を挙げ笑いながら皆に手を振った。
「ありましたよ! その『何か』が!」
逢斗のその反応を見て、どうせ大したものではないだろうなと三人は思った。
彼らは歩くペースを変えることなく、のんびりと逢斗の方へと向かっていった。
「何があったって? 犬の死骸とかじゃないだろうな?」
「ほらこれっすよ。見てください。墓の根本が黒い」
「どれどれ……」
鉄夫は笑顔を浮かべながら墓の根本を懐中電灯で照らした。
そして、ぎょっと背筋が凍るのを感じた。
「……な、なんだこれ?」
確かに逢斗の言う通り「何か」はあった。
墓の根本が、黒く染まっていた。
いや、染まっているのではなく、墓石の下側その全てが何やら真っ黒な物体となっているように思われた。
鉄夫は恐る恐るその黒ずんだ部分に手を触れると、非常にもろく粉のようになっていることが分かった。
皆はその黒くなった指を懐中電灯で照らしながらまじまじと観察した。
「灰……みたいだな」
鉄夫がそう言ったところで、墓石はその黒ずんだ部分から倒れ始め、大きな音と共に地面に打ち付けられ、割れた。
彰と潤は辺りを懐中電灯で照らした。
どうやら墓石周辺だけでなく辺りの地面にも灰が飛び散り、周辺一帯が真っ黒になっていることが確認できた。
「おいおいおいおい。マジで焼肉おごれってことじゃねえのか」
潤は冗談を言いながら、笑みを浮かべようと努めた。
だが、その異様な光景を前に目は笑っておらず声も少しだけ震えているように聞こえた。
彰はしきりに辺りの木々の間や墓石周辺に目をやり、息を殺しながら周囲の音に耳を澄ませた。
心臓の鼓動が高鳴るのを感じ、息が荒くなるのを抑えつつ周囲を警戒した。
しばらく言葉を発するものはおらず、皆は自然と四人で固まるようにして集まり、周囲の様子をうかがい懐中電灯をギュッと握りしめて身構えていた。
やがて辺りに異常がないことを確認すると、彰は引きつった笑顔を浮かべながら言葉を発した。
「いたずら……なんですかね? 誰かがたき火をしただけとか、他にも探索に来た人がいただとか」
皆はふうっと一息つき、次第に落ち着きを取り戻していった。
「まあ……なんだ? たちの悪い悪戯にもほどがあるんじゃねえのか? 墓場で火なんか使いやがって」
「まったくだ。おい逢斗、すまんが写真を何枚かとっておいてくれ」
「うぃっす」
逢斗は持っていたデジカメで写真を撮っていった。
墓石からその周辺の地面、そして灰を触り黒くなった指などをフラッシュを焚きながら記録した。
彰は後ろからその様子を伺いながら、今回あったことについて考えを巡らせていた。
――いったい誰が何の目的で、これはいつ行われたのか。そもそも誰の墓なのか。今回の噂話との関連性は……
様々な考えを巡らせては見たものの、結局は次から次へと疑問が湧いてくるだけであった。
これだけの情報では皆目見当もつかない。そして何より、冷静に考えることが出来ない。
彰はぐしゃぐしゃと髪を掻き乱すと、ふうっと一息つき、一旦考えることを止めることにした。
逢斗が写真を撮り終えると、鉄夫の号令のもと皆で車の方へと歩き出した。
先ほどまでのような張り詰めた空気はなかったが、それでも皆は、行きの時よりも周囲を警戒して歩いているようであった。
やがて帰り道の中ほどまで来た時、ふいに思い出したように逢斗が口を開いた。
「あ、そうそう。潤さん――」
皆はその場で立ち止まり、緊張した面持ちで逢斗の方へと振り返った。
そんな彼らの様子には気にも留めず、逢斗は表情を変えずにこう続けた。
「――焼肉は何円までなんですか?」