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第24話 消える彼女の夢

 彰は怜を守るようにして司と向き合った。


「お前のやっていること。それで救われた人が、たくさんいるんだろうな」


「そうよ」


 司は迷いなく言いきった。


「なら俺は……お前らに対してとやかく言うことはしない。何が正義かなんて、今更語り合うことに意義があるとは思わない。ただ俺は、身の危険が迫っている以上、自分とこの人たちがエンジェル達に殺されないように――お前らを殺すことになる」


「……」


 彰の言葉に、司の表情は一瞬曇った。だが、月が雲に隠れていたためそれは誰にも悟られることはなかった。


「言いたいことはそれだけね?」


 司は姿を灰に変えていった。

 灰は風に乗り闇に紛れて消えていった。周囲に降り積もっていた灰もたくさんあり、どこに隠れたのかもはや彰に判別はできなかった。

 彰は怜の身を案じながら周囲を警戒した。アンプを握る手に自然と力が入り握力の弱まってきた手が震えていた。

 風の鳴る音が時折強くなる。その度に彰はびくりと身を震わせ光を身体に纏った。

 長い時間が流れたかのように感じられ、彰は光を纏う度に疲弊していった。自らの死について考えてしまう時間が長引くにつれ、精神までもが参ってしまいそうになった。

 雲が流れ月が顔を出した。照らし出された白い息に乗せ、彰は無意識に呟いた


「……死にたくはないんだ」


 その時、彰は地面に映る影に気がつき、すぐさま振り向き様に一撃を放った。

 背後から迫っていた司の翼を消し飛ばし、瞬時に司との距離を詰めた。


「くっ……」


 続く二撃目は、すんでのところで司に回避された。

 体勢を大きく崩した司が地面へと倒れ転がった。

 彰はそこへ駆け寄り、司の眼前にアンプを突きつけた。

 息も絶え絶えになりながら、ただ必死に、司を殺すために。


 司は苦々しい表情を浮かべていた。

 彰の脳裏にふと、怜から受け取った写真のことが思い浮かんだ。幸せそうな笑顔を浮かべた少女。


――何故こんな時に


 今からこのアンプを降り下ろし、司の頭部を消し飛ばせばそれで終わりである。彰は写真の事を必死に考えないようにしながらアンプを振り上げた。


「……まだ救わなきゃいけない人が……これからもたくさんいるから」


 司は消え入るような声で呟いた。

 彰にはそれが命乞いのためではなく、何やら自身の決意を再確認するための言葉に思われた。

 家族と幸せに暮らしていた少女。放課後、穏やかに眠りこけているように見えた彼女が、何故これほどまでに辛い人生を送らなければならなかったのか。そのような考えが次々と湧いてきて、彰の腕は降り下ろす寸前で震えていた。


――どうしてそうなった……何故そんな人間の人生を、俺が奪わないといけないんだ


 彰は虚しさを吐き出すように弱々しく息を吐きだした。

 振り上げた手をおさめようと決め、それに呼応してアンプの纏う赤い光も消失した。

 眼下の司は驚愕の表情を浮かべていた。

 殺すのを諦めたからであろうか。そう思ったが、何かが違った。

 司は必死に何かを叫び、上体を起こしながら彰の後方へと手を差し伸ばしていた。


「逃げてって言ったのに!」


 振り向いた彰を、青い光が照らし出した。

 アンジェラと呼ばれていた美しい個体が胴体を吹き飛ばされていた。

 その懐には、息も絶え絶えになった怜が力なく膝から崩れ落ちているところであった。怜の身体を断続的に青い光が覆っており、もはや力を上手く制御出来ていない様子であった。

 怜の左手からは注射器のような物が落ち、静かに割れた。首もとから血がスーっと垂れていたことから、何か薬物を自身に使用したのだと分かった。


「イヤ……あぁ……嫌アアアア!!」


 司の悲鳴が響き渡った。

 アンジェラと呼ばれた個体は、司の方を見て悲しそうな顔をしたかと思うと瞬く間に消滅した。


「まだ……生き残ってたのか……」


 危うく殺されるところであったと彰は放心した。


「エンジェル達が集結し、大渦をつくり……周囲を灰に変えながらこちらに向かって来た。その意味を考えました。他の個体を逃がすための……カモフラージュなのではないかと。案の定、風も無いのに動く灰が……貴女の側にいました」


 怜はそう言って司を見た。

 司は地面に残った灰を握りしめ泣いた。


「逃げてって……私のことは良いからって……言ったのに!」


 司は弱々しくも立ち上がると、怜たちを睨み付け狂乱した様子で叫んだ。


「殺してやる! あんた達全員! いつもいつも酷い目にあわせやがって! 何もしてなかったのに、幸せになりたかっただけなのに! あんた達みたいな奴らが全部奪ったんじゃない! 私達みんなの幸せを! 遊び半分で見下して、馬鹿みたいにヘラヘラ笑いながら!」


 司の感情を表すかのように、周囲の灰は激しく渦を巻き荒れ狂い、周囲のあらゆるものを包み灰へと変えていった。

 司は苦悶の表情を浮かべ、血を吐き出した。力を使いすぎ身体に負荷がかかっているのか、司の身体は至るところが裂け、血を噴き出したかと思えば、傷口が黒く、灰に変わっていった。

 司は両膝をつきながら、尚も叫んだ。


「全員殺して、皆が幸せになるんだから!」


 彰は吹き荒れる灰の中で光を纏いながら耐えた。だが、もはや身を守だけの力しか残されておらず、膝に力は入らず立ち上がることも出来なかった。

 次第に薄れていく意識の中、それでも彰は司を殺したくない、救いたいという気持ちで手を伸ばし止めるようにと声を振り絞った。

 だがその声は、吹き荒れる暴風の前にはあまりに小さいものであり、むなしくかき消されるだけであった。

 やがて彰の視界はぼやけ、黒と青の二色の光を映し出すだけとなった。


――もう、終わりか……


 不思議と恐怖や後悔は無かった。

 彰はそのまま、ゆっくりと意識を失っていった。


 ◯


 灰が吹き荒れる中怜は青い光を身に纏い、ゆっくりと司の方へと歩み寄った。

 司は身体中が傷だらけになっており意識が薄れているのか、怜が近づいても俯いたままであった。


「私を一生憎むでしょうね」


 怜は悲しげな顔で言った。


「ええ、殺してやるわ……」


「そうですね……」


「……」


 しばらくの沈黙の後、怜は続けた。


「何故あの時、彰を背後から殺さなかったのですか? あの時、貴女は動きを止めた」


「……死にたくないって言ったから。それだけよ」


「あそこで命を奪えば、貴女の憎む人々と貴女が同じになってしまうと思ったから?」


「……どうでも良いでしょ。何も考えてないわ。ただ気に入らない奴を殺すだけ」


 そうこうしている内にも司の身体の傷は尚も増えていった。それを見て怜の表情は益々悲しげに曇った。


「このままでは、貴女は死んでしまいます。力を使うのをやめるべきです」


「今更何を言っているの? どうでも良いじゃない」


「私を殺すにせよ、人を救うにせよ、死んでしまっては意味が無い。それでは貴女も幸せになれない」


 怜の言葉にようやく司は顔を上げた。その目は涙で赤くなっていた。


「幸せに? 私が? 分かった風なこと言わないでよ。あんたがアンジェラを殺したくせに。あんた達みたいなやつがいなければいいのよ。押さえつけられて生きてきた人、みんなが弱かったからって、馬鹿にして、知った風なこと言って。皆を更に追い込んで、あんたたちは馬鹿みたいに『これが正論だ』ってへらへら笑ってる。反吐が出るのよ。だから私は、力を与える。そして馬鹿どもの前で笑ってやるのよ。もう一度同じことを言ってみろって」


「……それも良いでしょう。必ずしも共感できないというわけではない。それに私が何を言ったところで、私と貴女は生きてきた環境も、経験も、何もかもが違う。何が正しいのかを私が決めて、貴女に押し付けることは出来ないと私は考えます」


「……」


「ただ、貴女は彰を殺さなかった。その理由が何であったのか、今一度立ち止まって、冷静になって、よく考えてみて下さい。そして今までやってきたことについて、これからのことについて、一旦リセットして、よく考えてみて下さい。それが本当に皆の幸せに結びついていたのか、何か見えていなかったことは無かったのかと」


「……私の考えは変わらないわ。全員殺すだけよ」


「それも有りでしょう。その時は、私も仕事をするでしょう。ただ今一度、貴女は生きてみて下さい。彼女は、『アンジェラ』は貴女を守ろうとしていた。貴女は二度も救われた。彼女には貴女を救う何か理由があったのでしょう。貴女は、今は生きなくては」


 その言葉に司は言葉を詰まらせた。

 周囲を覆っていた灰の嵐が弱まっていき、やがてその場には彼女の泣き声だけが響いていた。

 怜の言葉に説得されたからではなく、司自身がアンジェラという個体の意思を一番理解していたからこそ、彼女は死ぬことを止めたのだった。


「私を恨みながらでも、今一度、貴女は生きてみてください」


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