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第23話 消滅する天使たち

 次第に十階建て程度のビルが数棟建ち並ぶエリアが近づいて来ると、彰は天笠達の姿を探した。


「見当たらないぞ!  どうすれば……」


 背後に迫る巨大な黒い渦を前に焦る彰を尻目に、怜は「あぁ」と何やら納得したかのように声を上げると、ビルの間に駐車された黒いバンの所へ向かうように言った。

 黒いバンは死亡した金山達が乗っていた車であり、怜たちがここへ四人で来る途中乗り捨ててあるのを見つけ、二手に別れるのに都合が良いと天笠とハッサンが乗り込んだものであった。

 車はタイヤの幾つかが無くなっている等、激しく損傷しており、また相当なスピードで地面を滑ったのであろう、車体の底部や周囲の路面は深く抉れていた。

 車の陰からは怜達の仲間のハッサンが現れ、此方に向かって手を振っていた。

 怜は彰から降りるとハッサンの元へ駆け寄り、何やら話をし出した。

 彰は背後の黒い渦に向き直ると、アンプを構えながら怜達を急かした。


「ここからどうするんだ⁉ 来る途中で言ってた作戦は上手くいきそうなのか⁉」


 怜はハッサンに何やら礼を言うと、彰の方へと笑顔でやって来た。


「作戦通りいけそうです。天笠とハッサンが耐えてくれました」


「そうか。じゃあ、その作戦をはやく! もうそこまで渦が来てる!」


「それで良いんです。これから我々は、敢えて渦に飲まれます」


「……それでどうするんだ?」


「あなたは光を纏い、私が良いと言うまで伏せていて下さい」


「――渦の中でまたあのガスを使うのか? それじゃあ……」


「時間がきましたので、話はここまでです。私を信じて下さい。……あぁそれから、体力を非常に温存できましたので……助かりました」


 怜はそう言うとアンプを手に取り、渦と対峙した。

 力を解放していくに従い怜の体を青い光が包み込んでいった。

 やがて渦が目前に迫ったとき、怜の纏う青い光は強く瞬き周囲を照らした。


「ハッサン!」


 怜の合図と共に、ハッサンは赤く光る足で車に蹴りを入れた。

 すると激しい破裂音と共に、車は吹き飛び宙を舞い、怜の元へと飛んでいった。

 それを見計らっていた怜は、気合と共に車にむかってアンプを振るった。

 先ほどのハッサンの時と同様激しい音と共に、車ははるか直上、渦よりも高く打ち上げられていった。

 衝撃に耐えられなかった車体はバラバラと崩壊していき、中からは大量のガスが吹き出してきた。車体の中から現れた大量のボンベは尚も煙を噴出し周囲に煙をまき散らし飛んで行った。

 直後、怜達は黒い渦に飲み込まれた。怜たちはすぐさま光を纏い、身体が灰に触れないよう、灰を消滅させることで身を守った。

 車の爆発に伴ってガスが拡散されたのを見計らい、怜はアンプを宙へと投げ、柄から伸びた鋼線を伝達させて光を発した。

 すると先程とは比べものにならない程の強く、大きな光が辺りを包み込んだ。

 光はガスを伝達していき、やがてそれはエンジェル達の作り出した灰の渦を丸ごと飲み込むほどにまで大きくなっていった。

 力によりエンジェル達が消滅していっているのであろう、眩い光の向こうからは数多の断末魔が響いてきた。


「流石の威力だな……」


 天笠がビルの窓辺でそう呟いた。

 まるで地上に巨大な青い太陽でも生まれたかのようにそれは光を放ち続けた。

 それからしばらくの間、巨大な光は地上に留まっていた。


 やがて光を伝達させていたガスは風によって霧散し、それに従い光は弱まっていき、最終的に僅かな煙を残して光は完全に消滅した。

 光が消滅すると同時に、怜は力尽きたかのようにその場に倒れこんだ。


「おい……大丈夫かよ!」


 彰は怜に駆け寄ろうとした。

 その時、上空から数体のエンジェルが怜目掛けて急降下してくるのが見えた。上空に逃れ生き残っていたのであろう。それらはもはや怜たちにガスの残りが無いだろうと踏んでの突撃であった。

 彰は慌ててエンジェル達にアンプを放とうと構えた。


「くっ……間に合わない」


 もう駄目かと思われた時、怜に迫るエンジェル達は突如、頭部を消し飛ばされ消滅した。

 見るとエンジェル達の周囲で赤く細い光を発する糸状の物体が暴れまわっているのが分かった。


「バーカ。奥の手ってえのがまだあんだよ」


 天笠はそう言うと、右手に束ねた無数の長い鋼線に力を送り込んだ。

 赤い光は鋼線を伝播し、至るところで鋼線に衝撃を与えた。此れにより鋼線はあたかも水を送り込まれたホースのように激しく暴れまわった。

 長い鋼線は直ぐさま怜の周辺、及び上空に逃れ生き残っていたエンジェル達へと次々と襲いかかり、消滅させていった。

 やがてエンジェル達の姿は完全に見えなくなり、静寂に包まれた一帯では黒い灰が音もなく降り注ぐだけとなった。


 ◯


「終わったんですかね?」


 彰は天笠に問いかけた。

 天笠は既にビルから降りてきており、靴底から赤い光を発し地面に散らばった灰を踏みつけるようにして消滅させているところであった。


「さあね。まだ油断はしないように。月森司って女も、その脇にいた『アンジェラ』って個体も、死んだか分からねえんで」


 天笠は右手に握りしめた鋼線の束を見せながら言った。もしもの時には使う必要があるからと、仕舞わずにいると言いたいのだろう。

 力を使い続けているため天笠からは激しい疲労が見てとれた。彰は手伝いを申し出たが、危険なので周囲を警戒していてくれと断られた。

 怜は相変わらず立ち上がれないようであり、その場に座り込みひどく弱っている様子であった。


「大丈夫……じゃ無さそうだが、直ぐに病院に行ったほうが」


 彰は怜にそう言うも小さく「大丈夫です」と返し、やはり周囲を警戒しているようであった。

 それから暫くした後、特に何も起こらないまま時間だけが過ぎていき彰の緊張感は薄らいでいった。

 頭では警戒しなくてはならないと分かっていても、もう終わったんじゃないか? という考えがどうしても大きくなっていった。

 それはハッサンにおいても同様であったようで、先ほどから投げやりな態度で灰を蹴飛ばすようにしていたが、遂には我慢ならなくなったと両手を広げ天笠に向かって何かを文句をつけ始めた。

 天笠は呆れた様子で作業の手を止めると、ハッサンに対して理解を促そうと言葉を発しようとした。


「あのなぁハッサン。疲れんのは俺らも同じなんだよ。でもこうやって灰を全て消さねえと死んだふりしてるだけかも――おい! 後ろだ!」


 突如、天笠は表情を一変させハッサンに対し力を使うよう叫んだ。

 ハッサンは直ぐさま理解したようで、アンプを構えて振り返った。

 ハッサンの直ぐ後方では、つむじ風が吹いたかのように集まった灰がみるみるうちに変化し司へと姿を変えていた。

 彼女は片方の翼を失ったようであり髪も酷く乱れていたが、それ以外は特に傷を負った様子は無かった。

 既にハッサンの間合いに入っていた彼女は、すぐさま右腕でハッサンに手刀を繰り出した。

 だが同時に、ハッサンの攻撃もまた彼女目掛けて繰り出されていた。力を帯びたアンプが彼女の頭部を赤く照らし出した。

 攻撃のタイミングはハッサンの方が早く、彼の攻撃が先に命中するように思われた。

 だが、ハッサンのアンプは突如不自然な軌道を描き、その攻撃は彼女の頭上へと逸れ空を切ってしまった。

 ハッサンの顔が驚きと恐怖に染まるのも束の間、司の右腕はハッサンの胸元を貫いた。


「さようなら」


 司の言葉がハッサンの耳に届くのが先か、それともわずかな悲鳴が消え失せるのが先か、ハッサンの身体は黒い灰となり崩れ去った。


「全員構えろ!」


 天笠はそう叫ぶと、直ぐさま手に持っていた鋼線に力を伝達させた。赤く光を発する鋼線が暴れのたうち司へと襲いかかった。


「どうやってハッサンの攻撃を避けたのか知らねえが、これなら避けられねえだろ!」


 翼を失った司に避ける手段は無いと踏んでの攻撃であった。

 だが、司が身体を灰へと変えた途端周囲から激しいビル風が吹き込んできた。

 思わず目を細めてしまった天笠の前には、既にビル風に乗って間合いを詰め、実体化した司の姿があった。

 間合いに入られてしまった以上鋼線は使えないと、アンプで防御体制に入った天笠に、司の翼が迫った。

 力を込めるのが遅かったため、攻撃を受け止めた天笠のアンプは灰となってしまった。

 だが、天笠が身体を光で覆ったのが功を奏し、天笠の首もとへと迫っていた翼の先端部分は逆に吹き飛ばすことに成功していた。


「くっ……一旦距離を……」


 天笠は走り出そうと振り返った。

 だが、天笠の腕は突如強い力で引っ張られ、そのままバランスを崩してしまった。


「なっ⁉ 袖が!」


 天笠が袖を見ると、その一部が黒く変色しており、そこが見えない力で引っ張られているのだと分かった。

 袖の黒く変色した部分は灰になっていた。天笠に降り注いでいた細かな灰は天笠の袖を僅かに灰にしており、その部分が司に操られているのであった。


「こうやってハッサンを殺ったってことか!」


「遅かったわね。気づくのが」


「トリックが分かれば――ぐっ⁉」


 突如、鈍い激痛が天笠の身体を駆け巡り、その衝撃に呼吸が止まった。

 骨の折れる感覚がした。司を捉えていた天笠の視界は大きく揺らぎ、そして暗転した。

 天笠の視覚外からは、巨大な瓦礫が飛来しそれが天笠の脇腹に直撃していた。

 その瓦礫もまた同様に一部が灰になっており、司に操られているものであった。

 瓦礫はそのまま天笠と共に廃ビルに突っ込み、崩落した壁もろとも天笠を押し潰した。


「天笠さん!」


 彰は崩落した瓦礫の山に向かって叫んだ。

 だが、天笠の返事はなく、ただ静かにその場を砂埃が漂うだけであった。

 赤い光は確認できなかった。それはつまり、力の発動が間に合わなかったのかもしれないことを意味していた。

 だとすれば天笠に降り注いだ瓦礫のサイズを考えれば、もはや彼の生存は絶望的に思われた。


「あと、二人ね」


 司は無表情のまま二人を見て言った。

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