第2話 心霊スポットへ行くまで
放課後になると、学校は運動部の声出しや吹奏楽部の鳴らす練習音などで包まれ、その雰囲気をガラリと変えた。
部活動に所属していない、俗にいう帰宅部である彰は、それらの音を聞きながらのんびりと荷物をまとめて校門へ向かった。
ランニング中の運動部員や、彼らのタイム計測を行う女子マネージャーを見ると自身の灰色の青春を嫌でも実感させられた。
「女子マネと青春か……羨ましい限りだ」
小さくため息をつきながら、彰は一人帰路に就いた。
通学路に人通りは少なく、帰宅途中の同校の生徒たちが数人歩いているだけであった。
街路樹の葉はほとんど落ちており、歩道に敷き詰められた黄色い落ち葉に視線を落とながら彰は一人ぼーっと歩いた。
歩道の脇には田んぼが広がっており、落ち葉や土の匂いがした。それと同時に、冷たい空気が鼻腔から入り込み鼻の奥が少し痛んだ。
「冬が近いなぁ。寂しい、嫌な季節だ」
やがて田んぼや街路樹は無くなり、閑静な住宅街を数分歩いて彰は自宅についた。
ポケットからキーケースを取り出し、ジャラジャラと音を鳴らしながら玄関の鍵を探しそれを差し込む。
玄関のカギをガチャリと開けて中に入ると、物音一つしない、静かで薄暗い玄関が彰を出迎えた。
彰は息を吐きながら体を震わせると、靴を脱ぎそろえ、まっすぐに階段を上り、自分の部屋へと入っていった。
部屋に入り、肩に下げていた通学鞄をドサッと床に下ろし、エアコンの電源を入れ、そのまま制服を緩めてベッドに仰向けに横たわった。
天井をぼんやりと眺めながら、今日の夜の逢斗との約束の時間に間に合うよう、携帯電話のタイマーを約束の一時間半前にセットしつつ、それまで何をしようか考えた。
しかしながら瞼が次第に落ちてくるのを感じたため、彰はそのまま夜中に備えて眠ることとなった。
〇
ジリジリと鳴る携帯電話の音に目を覚ますと、彰は気怠そうにのっそりと起き上がりながら窓の外をみた。
辺りはすっかり真っ暗になっており、窓ガラスには寝癖で髪をぼさぼさにし、ぼんやりとした目をした自分の顔が映っていた。
――六時半って、こんなに暗かったっけな?
携帯電話のアラームを止めると、彰は一階の洗面所で顔を洗い髪型を整えた。
洗面所を出てリビングへと向かうと、魚の焼けた臭いと、ジュウジュウ、コンコンとフライパンで料理をする音がした。
「あら、起きたの? 今日の晩御飯は焼き鮭よ」
彰は母親の言葉にうめき声に近い返事をすると、冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに汲んで一気に飲み干した。
ぷはーと息を吐きながらコップを置くと彰は冷蔵庫にお茶をしまいながら母親に言った。
「あぁ、俺、今日また遊びに行くんで」
「また? 完全に不良だわ。そろそろ補導されるわね、こりゃあ」
料理の手を止めることなくおどけた口調で言う母親に対し、小さく笑いながら彰は返した。
「まあ、深夜よりは早く帰ってくるよ」
「逢斗君達とよね? 気を付けなさいよ? 最近また物騒になってきたんだから。ほら、暴走族がまた出るようになったでしょ? あのウルサイの。ほんと嫌になるわね――ああ、ご飯出来たから持って行ってね」
気の抜けた返事を返し、コップや箸を運びながら彰は母親の言っていた暴走族について思い返した。
この町には、ネットでも有名な走り屋スポットが存在していた。
そのせいもあってかこの街近辺では一時期、夜中に暴走族がバリバリと五月蝿い音を響かせバイクで走り回るといったことが続いていた。
――そういえばいつの間にか消えたんだったな。また出るようになったのか。
彰は疎ましく思いながらテーブルに箸や食器を並べた。
テーブルには既に父親と姉が席についており、ぼんやりと二人してテレビを眺めていた。計四人分の食事がテーブルに並べられ四人が席に揃うと同時に、皆で手を合わせ「いただきます」と言った。
○
早々と夕食を食べ終えた彰は、食器を台所へ運んだ後、自分の部屋へと向かい制服を着替えた。
ちょうど着替え終わったところで携帯電話に着信が入った。表示は逢斗からの着信だと告げていた。
机の上でやかましく鳴るバイブレータを静止させるため、急いで電話に出た。
「もしもし」
「あーい、もしもし。俺だ。もうすぐそっち着くけど、準備はできてんな?」
「ああ。じゃあ外で待ってるよ」
「うっし、じゃあまたな」
彰は電話を切ると、携帯などの小物の準備を確認した後玄関へ向かった。
夜中に足元の見えにくい中歩き回るということで、靴ひもを普段よりきつめに結び外へ出た。
辺りは街灯がポツポツと疎らにあるだけで、まだ目の慣れていない彰にはひどく暗く思えた。
「月は出てんのか。なら直ぐに明るくなるか」
体を震わせながら白い息を吐き、そして深呼吸した。秋の夜の澄んだ空気が身に沁みる。
辺りから微かに聞こえる一家団欒の声を聞きながら、一人ぼんやりと月を眺め、逢斗達の車の到着を待った。
やがて視界が夜に慣れ、辺りが月明りでぼんやりと青白くなり始めたころ、車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。
次第に遠くの方から近づいてくる車が見え、そちらに目をやっていると、ヘッドライトの明かりに目が眩んだ。
「悪い悪い。少しその辺で迷ってよお」
助手席の窓から上半身を乗り出し、逢斗が言った。
彰は右手を上げて挨拶をすると、後部座席へと向かい、ドアを開けて乗り込んだ。
車の中は煙草と芳香剤、そして香水香りが漂っており、彰も含め四人が乗車していた。
「よろしくお願いします。先輩」
「おう。すまんな遅れて」
「いえ」
車を運転するのは彰や逢斗の二つ上の先輩にあたる、山岡鉄夫という大学一年生であった。
そして、後部座席で大きくシートを倒し寝転んでいるのが、同じく先輩の池嶋潤であった。
潤は彰の方を一瞥すると「おう」と気怠そうに挨拶した。
「こんばんは。今日もバイト終わりですか?」
「まあな。眠たくてしょうがねえ。寝るかもしれねえから、着いたら起こしてくれ」
「了解です」
逢斗が手早くカーナビを操作し、ルート案内音と共に車は発進した。
「じゃあ今日の行先を大雑把に言いますね。まずは――」
逢斗は本日探索に行く場所をいくつか挙げていった。どこで調べてきたのか、それらは今まで探索に行ったことのないような場所ばかりであった。
それらの場所でどのような事件が起こったのか、という噂話までしっかりと調べており、皆は彼の情報網の広さにひどく感心した。
「――で、最後に先日噂になってた隣町の西高近くにお願いします」
「おう。この後のナビの入力も任せる」
「うぃっす。ばっちり住所メモってきましたよ」
行先予定地を聞き終わると、潤は大きく欠伸をし「こりゃあ帰りは余裕で十二時回んじゃねえのか?」と足を組みながら小さく笑った。
「今日もネタが豊富ですよね」と彰も続けた。