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第16話 彼女の安らかな眠り

 翌朝、彰は早めに朝食を済ませるとすぐに学校へと向かっていた。

 あまり寝つけなかったせいか、彰の目元には隈が出来ていた。


 朝早く来たこともあり、廊下から各教室を覗いてみたが数人の生徒しかまだ来てはいなかった。

 彰はその生徒たちの中に、暇そうに本を読んでいる逢斗の姿を見つけた。

 向こうも彰に気が付いたようで、彼は本を閉じて彰の方へとやってきた。


「よう彰。今日は早いんだな」


「まあな……あまり眠れなかったんだ」


 二人は挨拶程度に軽く会話をしながら教室に入ると、彰は自分の席に、隣のクラスの逢斗は適当な椅子を持ってきて、互いに向かい合って座った。

 彰は司がまだ登校していないことを確認し、安堵のため息をついた。


「眠れなかった? ああ、恋の悩みって奴か。月森さんとはその後どうなんだよ?」


「あ……ああ」


 彰は思わず言葉に詰まってしまった。

 そんな様子に気づいてか、逢斗は彰の腕を叩き「なんでも相談に乗るぜ」と笑った。

 彰は声を潜め、言葉を選びながら打ち明けた。


「まあ……どうということはなく。言っておくが月森さんとは何もない。だが……少し気になることがあるんだ。彼女の……家のことでな」


 話しにくい内容なのだと察してか、逢斗も同じく声を潜めて、だが楽しんでいるかのような声のトーンで「ご両親への挨拶か? それは必要のない話だぜ。昔死んでるからな」と不謹慎な冗談を飛ばした。


「違う。だがある意味そのことに関してだ。去年の暴走族が消えたことと、何か関係があるのかと思ってな」


「関係?」


 逢斗は腕を組み考え込んだ。


「確かにその事件と、彼女の両親が亡くなった事件。日付は近いが……どうしてだ?」


「……なんとなくだ」


「なんとなくかよ」と逢斗は笑った。

 残念ながら、噂好きの逢斗であってもそれに関しては何も知らないとのことであった。

 流石に下種の勘繰りが過ぎたかと半ば諦めようとしたその時、逢斗はなんとか知恵をしぼり出そうと口を開いた。


「それに関しては知らないが……そうだな、面白い話があるとすれば、あの放火事件は皆が寝静まった深夜に行われたんだが、彼女は少しの入院で済んだということだな。たしか検査だけで退院できたそうだ」


「どういうことだ?」


「無傷だったんだとよ。両親が亡くなったあの大火事の時、彼女も家にいて火事に巻き込まれたんだがな」


「……運が良かったとかじゃないのか?」


「それならいいんだがな。深夜に放火されて、大火事になって両親は死亡。なのに彼女だけは無傷。まあ、だからどうしたという話ではあるんだが、俺が知ってる面白い話はこれくらいだな」


「ああ、ありがとう」


「じゃあ俺はそろそろ戻るよ。人も増えてきたし、こんな話をしてるところを聞かれでもしたら、俺の人格を疑われかねないからな」


 逢斗はそう言うと大げさに恐がる素振りをし、笑いながら自分の教室へと帰っていった。

 気が付けば教室は生徒達で賑やかになっていた。始業時間間近、普段なら司も既に登校している時間であったが、何故だか彼女の姿は見えなかった。


――休みだろうか?


 彰がそう思ったそのとき、教室のドアが開き彼女は入ってきた。彼女は友人たちと挨拶を交わすと、彰の方を一瞥することもなく席に着いた。

 登校時間が遅いことを除けば、彼女の様子はいつも通りにも思えた。

 本当に彼女がエンジェル達を使役し、彰の家を襲撃させたのであれば、何かしら不穏な動きを見せるのではないかと彰は考えていたため、少しばかり安堵した。


 その後、いつも通り時間は穏やかに過ぎていった。生徒たちはいくつもの授業を受け、休み時間を楽しみ、放課後を待ち望んでいた。

 そんな中、彰はいつ彼女にエンジェルについての質問を切り出そうかとタイミングを見計らっていた。

 命がかかっている以上すぐにでも聞くべきなのだろうが、彼女の様子を見ていると、とても人の命を奪うような、そんな非日常の生活に浸っている人物には思えなかった。

 むしろ素っ頓狂な質問をして恥をかきでもしたらどうしようかという不安さえ襲ってきた。

 そんないつもと変わらぬ様子であった彼女であったが、彰は一つだけ気になったことがあった。

 彼女からは、何となくではあるが、どこか疲れが見て取れたような気がした。

 いつまでも踏ん切りのつかなかった彰は、そのことを会話のきっかけとし質問を切り出すことに決めた。

 幸いにも彼女は今日の放課後、図書委員の仕事があった。

 生徒の居なくなった放課後にでも聞けばいいかと、彰は問題を先送りすることにした。


 〇


 放課後、図書館には一人作業をする司の姿があった。

 今日は本の返却や貸し出しといった仕事もほとんどなく、図書委員としての仕事はすぐに終わらせることが出来た。

 外を見ると、日はまだ傾き始めたばかりであり、部活動を行う学生たちの熱のこもった声が響いていた。

 仕事を終えた司は机に座り一息ついた。

 最近寝不足続きであった彼女は、暖かな日差しの中ついウトウトしてしまった。

 そこで彼女はそのまま少しだけ眠り、それから夕方辺りにでも帰ろうかと考え、机に突っ伏すと静かに眠りについた。


 やがて司が眠りに落ちて数分としないうちに、図書館の入り口がガラリと開いた。

 入り口からやってきた彰はキョロキョロと図書館内を見回すと、すぐに司を見つけた。


「……寝てるのか」


 司はスヤスヤと眠っており、彰が入ってきたことなど気が付きもしていない様子であった。


「……」


 意を決し、例の質問を切り出そうとやってきた彰はひどく困惑した。

 穏やかな日の光に照らされ眠る彼女を見ると、起こすべきではないのではないかという気持ちと同時に、やはり彼女は犯人ではないのではないか、という気持ちが強く湧き上がってきたからである。

 少し悩んだ彰はポケットから携帯を取り出すと、メッセージを入力し送信した。

 少しの間があり、彼女の方から着信音が鳴った。彰は彼女にメールが送信できたことを確認すると、未だ眠り続ける彼女を起こさぬようそっとドアを閉めて帰路についた。


 一方そのころ、司は長い夢を見ていた。

 それは彼女の幼少の頃から遡り、そしてあの放火事件にまで至るものであった――


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