第13話 異能の貸与
彰と怜が彰の家に到着すると、何やら甘い香りがリビングの方から漂ってきた。
見ると食卓の上には同種類の缶ジュースが何本も置いてあり、台所にも同じく缶ジュースが数本空になった状態で放置されていた。
どうやらコンロの上に置かれた小さめの鍋でジュースを温めていたようであった。
「ああ……お借りしました。台所」
怜のあまりの馴染みように彰は一つため息をつくと、缶の銘柄にチラリと目をやった。
「こんがりミルクセーキ……」
どうやら怜は甘いものが好きなようだった。
二人は彰の部屋に戻ると、さっそく彰は怜に今日の成果を聞くことにした。
「それで、化け物の親玉がどこにいるかという情報はあったんですか?」
「いえ、まったく」
彼女はコップに移し替えたミルクセーキを飲みながらきっぱりと言い切ったので、彰はがっくりと首を垂れた。
「そう……ですか」
「ですね。なかなか今までいなかった……頭を使う化け物なようで。裏で人間が手引きをしているとみています。言ってませんでしたけど」
彰は何故言わなかったのだと問いただしたくもなったが、何か向こうにも事情があるのだろうと自分を納得させることにした。
そのことよりも、彼女の発言にあったように裏で手引きをしている人間のことが気になっていた。
そのことが確かならば、やはり彰が感じた復讐の道具としてあの化け物が存在しているという可能性はぐっと高まると思ったからだ。
彰はその疑問をそのままぶつけてみることにした。
「裏の人間が、復讐の道具として操っているということでしょうか?」
その質問を受けて、怜は持っていたコップを机の上に置きこちらを見ながら言った。
「そういう可能性もありますね……どうやってかは知りませんが。何か契約でも結べるんですかね……隠れ家を提供しているのか、魂を与える契約なのか」
やはり実際に裏で操る人間に聞いてみなければ本心は分からないかと、彰は一人考えこんだ。
「まるで悪魔みたいですね……」
何の気なしに呟いた言葉を聞いて怜は小さく笑った。
「な、何か可笑しかったですかね……?」
そのことに思わず恥ずかしくなってしまった彰は顔を赤くしながら聞いた。
「いえいえ、貴方が可笑しいのではないです。ただ……皮肉が効いているというかなんというか――ちょっとコップを台所に持っていきますね」
そう言って怜は立ち上がるも、尚も笑みを浮かべたままであった。
「いや、なら良いんですけど、気になるじゃないですか……まだ笑っているし」
「ふふっ……ただ単純な話ですよ。貴方が悪魔だという化け物。我々ではコードネームを付けているのですが――我々は『エンジェル』と呼称していまして」
そう言うと怜は下の階へとコップを持って降りて行った。
再び怜が部屋に戻ってきたとき、その手には先ほどと同じ甘い飲み物が並々と注がれたコップと、六十センチメートル程の黒く細長い棒を持っていた。
それは昨夜、浮浪者を消し去った際に使用していた『Decay amplifire』――通称アンプと呼ばれる彼女の武器であった。
「ああ……以前お貸しすると言っていた『まじかるすてっき』です。予備が届きましたので」
怜はコップをテーブルに置くと、炬燵に入っていた彰の正面に正座した。
「くれぐれも、扱いには注意してくださいね。戻れなくなりますので……普通の生活には」
彼女は冷たい目で彰を捉えたまま微笑んだ。
「戻れない……とは?」
「簡単に、人を殺めることが出来ます。そして何より、使い続けると人が変わったようになります。狂人のように。その場合は――我々が責任を持って処分することとなっています」
彼女のピンと張りつめた雰囲気から、彼女が冗談を言っていないことが伝わってきた。
彰には急に彼女が、今までに何人も冷酷に殺してきた人間なのではないかとそう思えてきた。
――パン!
不意に怜が両手を鳴らすと、彰はビクリとして我に返った。
「まあ……滅多にありませんので、ご心配なく」
彼女はいつも通りの笑みを浮かべてそう言った。
彰は小さく息を吐くと「それで、これはどう使えば?」と尋ねた。
「握って、叩くだけです。後ろに細い……鋼線が付いていますのでご自由に投げて頂いても」
「そう……ですか。それだけであの灰になる化け物……エンジェルを倒せるとは思えないんですが。材料が特殊なのか」
「材料も特殊でしょうね……よく知りませんが。とにかく一度、使いましょうか」
彼女はそういうとアンプを彰に手渡した。
彰は右手で柄の部分を握り上下に揺らしてみた。しっかりとしたつくりの様で、思っていた以上のズシリとした重さが彰を緊張させた。
「これを、どうすれば? 使うというのは?」
彼女の方を見ると何やら黒い手袋をはめているところであった。
これから何が始まるのかと彰の鼓動は高鳴った。
「では……そうですね。昨日のことを思い出しましょう。目を閉じて」
彼女の声に微かに凄みが出てくるのを感じた。彰は言われるがまま目を閉じ、記憶を手繰り寄せた。
彼女はその様子を見てそのまま続けた。
「今も鮮明に思い出せるはずです。あの夜、貴方は廃工場で見た。力ない者が理不尽に死んでいく様を」
これは催眠術の一種なのだろうかと思いもしたが、その疑問を頭の隅に追いやり、彼女の言う通りに思い出した。
そうだ、あの夜、浮浪者が工場いた。彼は彰の父親ほどの年齢の大人であった。
リストラにあったのか、心や体に不具合があったのか、それとも単に楽だからなのかは分からないが、何かしら理由があったのだろう。彼は理不尽にも遊び半分の若者にリンチを受け、自己責任だと笑い飛ばされた。そして――
「許せなかった。だが救えなかった。やがて怪物となった者は、男どもを殺し、貴方までも殺そうとした」
若者たちはためらいもなく浮浪者を殺害し、次の標的を彰に定めた。彰にはどうすることも出来なかったが、浮浪者に対しては救えなくて申し訳ないとも思っていた。
だが浮浪者はそんな彰を責めたてるかのように、若者たち同様、彰の命を奪いに来た。
彰は思い返すことで理不尽さに怒りを覚えてきた。
それと同時に、彰の心の中に、身に危険が迫ったときの恐怖や緊迫感、そして何より、あの時感じた血の沸き立つほどの闘争心が再び強く中に呼び起こされた。
自然と握りしめた拳に力が入り、息が荒くなった。
湧き上がる感情は次第に彰の思考を支配し、理性を押し流すほどに膨れ上がっていった。
心臓の鼓動が大きくなり、耳から入る情報が遮断されていく。
そのとき、彰の持つアンプがゆらりと赤く光るのを見て、怜はニヤリと笑った。
どうやら彰は気づかないらしく、目を瞑ったまま記憶を呼び覚ましているところであった。
「怪物が襲いくる――あなたは思った。殺されまいと。憎い、殺してやりたい、この手でぶちのめしてやりたいと」
刹那、心臓の鼓動に支配されていた世界がプツリと静寂に包まれた。鮮明な映像がフラッシュバックする。
あの時、地べたに倒れこみ、力なく見上げた先に笑みを浮かべた浮浪者がいた。力なき獲物でも前にしているような嗜虐的な笑顔を見て、彰はあの時――死を受け入れようとしてしまった。
「……ッガアアアァ!」
眼前に浮かぶ敵の姿を消し去るかのごとく、彰は目を見開き咆哮した。
右手に持ったアンプからは赤黒い光が発せられ、まるで炎のように揺らめきながら彰の身体を覆い、末端は天井まで到達する勢いであった。
「ハハッ。上出来です――が、危険ですね……これ」
怜は手を叩きながら笑うと、ローブのフードを被り手袋をキュッと引っ張った。
怜の声に反応したのか、彰は棒を構えて怜を睨みつけると低い唸り声を上げた。
既に彰は理性のほとんどを失っており、ただ闘争本能のみが頭を支配していた。
「飲み込まれてはいけないんですよ……」
怜はそう呟くと、瞬時に彰との距離を詰めた。
怜に懐に入られたところで、ようやく彰の右手は薙ぎ払う動作を開始した。
その様子を見て、余裕の表れかそれとも嘲笑の意味か怜は鼻で笑った。
怜は迫りくるアンプを手袋をはめた左手の甲で払いにかかった。アンプと手袋とが接したその瞬間、手袋から発せられた青い閃光が部屋を包み、アンプはベッドの上へと弾き飛ばされた。
アンプを手放した彰はすぐさま正気に戻った。
発せられていた赤黒い光は消え、何事もなかったかのように静寂が室内を包んだ。
「……っ、痛って」
彰は膝から崩れ落ちるように倒れこむと、右手の指を押さえた。
息は上がっており、疲労困憊の様子であった。
「っはぁはぁ……い、今のは?」
息も絶え絶えになりながら彰は聞いた。
怜はフードを脱ぎながら答えた。
「闘争本能で脳を支配し、破壊の力を引き出す。それがこの武器です。ひどく疲れるのは……デメリットですが」
「破壊……の力?」
「ああ……それはこのような」
そう言うと怜は机の上の空き缶を上に放ると、落下に合わせて右手で下から払い上げた。
先ほど同様、右手の手袋が缶に触れると同時に青く光を放ったかと思うと、缶はそこで真っ二つになり落下した。
怜は缶の破片を拾い上げると、切断面同士を合わせてみせた。
見ると缶は綺麗に合わさることなく、パーツが足りない様子であった。
彼女の右手で払った部分は切断されたのではなく、そこだけが消え去っていたのだと分かった。
「理解出来ましたでしょうか……?」
「つまりあのエンジェルを倒せたのは、灰に変化した部分ごと消し去ったから、と」
「そういうことです。慣れればそのアンプを使わずとも、このように普通の手袋に力を伝達させることも可能です。……貴方にはそれをお貸しします。時間もありませんので」
「……時間……とは?」
彰はゆっくりと起き上がると、椅子にもたれ掛るようにして座った。ひどく体がだるく、そして熱いのを感じていた。
「以前から市内の病院から患者が消えるということが起きていたそうです……よくもまあ隠し通せたといったところですが。それが此度、病気の患者だけでなく、遺体安置所から遺体も消えたようです。それも何体も」
「数を……戦力を整えていると……?」
「そんなところでしょう。近いうち襲撃があると思っています。戦いの際、先ほどのように力を放出しすぎないように。対象に触れる一瞬だけ力を放出するのがコツです」
その後、二人は昨夜のように眠ることにした。
襲撃に対して警戒し起きておくべきかとも彰は思ったが、何日もそれを続けるのは不可能である。それに力を放出しすぎたということもあり、ひどく疲れていた彰には徹夜は無理であった。
炬燵に横になりながら、彰は司のことを思い出した。
彼女のあの暴走族を見る冷たい目。若しかしたら彼女にも、あの優等生に見える彼女にも、友人には見せていない黒い面があるのではないかと思われた。
そして更に言えば、この町にいた暴走族と何らかの関連があるのではないかと彰は考えた。
「流石に邪推しすぎだろうか……」
彰はそう呟くと寝返りをうった。
ベッドの上では昨日同様、怜が布団に包まり丸くなっていた。襲撃に備えて少しでも体力を回復させようとしているのだろうか。
彰は瞼が重くなってくるのを感じ、その後数分もしないうちに眠りに落ちた。




