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第11話 転がり込む彼女と事件について

 彰の家に着いた時、時刻は既に二時を回っていた。

 家に入るや否や、怜は「シャワーを貸して頂きたいのですが」と一階で風呂場を探し歩いていた。

 彰は多少の図々しさを感じながらも、彼女は命の恩人だということで使用を許可した。


 彼女がシャワーを浴びている間、彰は着替えとして運動着を洗面所に置いた後、大人しく自室へ戻っていった。

 彼女から受け取った真っ黒なローブを壁に掛けホッと一息ついた彰は、次第に興奮も冷めやり冷静さを取り戻していった。

 化け物に命を狙われている。その事実が改めて彰の脳裏をよぎり、彰は事の重大さを重く受け止めはじめた。

 いつ命を狙われるかわからない。当然ながらそのことは平穏な日常の崩壊を意味しており、安眠はおろか身の回りの人間の危険さえ示唆している。いつまで続くかわからないこの危機的状況を考えると、頭痛がすると同時に足元が崩れ去ったかのようなフワフワとした感覚に囚われた。

 暫しの放心の後、ハッと我に返った彰は慌てて家じゅうの戸締りを確認しに駆け回った。

 最後に台所にある小窓のカギを閉めた彰は、蛇口から水をコップに注ぐと一気に飲み干し部屋へと戻った。

 ベッドの上にドサッと座り込み、首を突っ込むべきでは無かったのかもしれないと自身の好奇心を呪っていると、シャワーを終えた彼女が部屋へと戻ってきた。

 シャンプーの香りを漂わせ、バスタオルで髪を拭きながら歩く彼女の表情は先ほどまでと同じく疲れの見えるものではあったが、それでもどこかサッパリとした気持ち良さに喜んでいるように思われた。

 彼女の様子を見て彰は少し気が安らいだ気がした。


「ベッド使いますか? 俺は今日、炬燵で寝るんで」


 彰はそう言ってベッドから立ち上がると、部屋の隅にある机に座った。

 彼女はベッドにうつ伏せに倒れこむと、小さな声で礼を言った。


「あの……」


 彰は思い切って、彼女に遠慮なく質問を続けようと切り出した。


「いつまで続くんですかね? この化け物に狙われてる状況ってのは」


 彼女はもぞもぞと布団の中に潜り込むと、ミノムシのように頭まで布団に包まりながら答えた。


「わかりません……が、仲間を増やしている親玉となる個体がいると考えています。ので……それさえ倒すことが出来れば、すべての個体は灰と消えると思われます。それまでですかね」


「親玉となる個体が存在するという確証は?」


「我々が経験上、そう判断しただけですので、無いですね」


 情報の正確さが無いというのは不安であったが、時間も惜しいため彰は頭を切り替えて質問を続けた。


「じゃあ、その……親玉ってやつの情報は何か入ってないですか?」


「調査中……」


 消え入るような語尾から、彼女が早く眠りたいと思っていることが伝わってきた。

 彰は項垂れ「打つ手なしか……」と髪を掻き乱した。

 そんな様子に気づいてか、怜は布団の中でもぞもぞと動いたかと思うと、布団を少しだけ開き話し始めた。


「最近起こった、今回の化け物との関連性の疑われている事件としては……町の外れに居を構える暴力団員数名の失踪、とあるアパートにおいて薬物売買や監禁事件を起こしていたと思われる……まあ現場の様子から判断するとなんですが、若者数名の失踪。そして帰宅途中のサラリーマンの失踪……などがあります。その他にもいくつか調査中なんですが、消えた人たちは皆、恨みを買うような人物だったそうです。こういったことを調べていけば何か分かるかもしれません」


 多少の希望を感じ、彰は少しだけ気が休まるのを感じた。そしてそれと同時に「恨み」という言葉から今夜の浮浪者のことが思い出された。


「やっぱり……見殺しにしたってことで恨まれたんですかね。今日襲ってきたあの化け物に、俺は――あれが化け物として蘇る前、俺は見てたんですよね。リンチにあって苦しそうにしてたところ」


 彰は懺悔でもするかのように吐露した。自分の力ではどうしようもなかったと思いこそすれど、やはり心のどこかで引っかかり、罪悪感を抱いていたのであった。

「そうですか」と彼女は先ほどまでと変わらぬ様子で言った。


「恨まれること、私もよくありますよ。逆に逆恨みだと分かっていても……恨まずにはいられないことも」


 励ましてくれているのだろうかと彰は嬉しく思った。化け物と戦っていた時の彼女の様子からは想像もつかなかったことであった。

 やはり彼女も普通の人間なのだと彰は実感した。

 だがそうなると、そんな若い普通の少女である彼女が何故このような仕事をしているのかと疑問に思った。

 何か深い事情があるのではないかと思われたが、やはり聞くことは憚られた。なにより答えてもくれないだろうと思い、彰はその疑問は胸にしまっておくことにした。


 その時、彰はふと彼女の発言にあった「帰宅途中のサラリーマンが失踪した」という事件について思い出した。

 彰は自転車を見下ろすフードの人物を目撃していた。若しかしたら何か関係があるのではないかと思い、彼女に尋ねてみることにした。


「話は戻るが、その帰宅途中のサラリーマンの件。俺はその日、事件現場で自転車を見下ろす黒いフードを被った奴を見たんだが……」


「ああ、私ですね。それ」


 意外にも正体はあっさりと分かってしまった。

 彰は彼女と出会うのが今日で二度目ということになる。彼女のその返答の早さから、彰が現場にいたことが、彼女には既にバレていたのではないかと思えてきた。

 あれだけ必死に気取られぬよう逃げ帰っていたことが、彰には急に恥ずかしく思えてきた。


「若しかして今日、廃墟で出会ったのも、俺の後をつけてきたからとか?」


 彼女を苦々しく思いながらも平静を装って問いかけた。

 だが彼女は笑いながら「まさか」というだけで詳しくは答えなかった。

 この笑いはみっともなく逃げていた自分への嘲笑が含まれているのではないかと彰は思った。


「手がかりが無い……という訳でもないんですよ」


 彼女はそう続けた。


「先ほども言ったように、今なお調べていることはたくさんあります。今日、貴方が襲われる直前、廃墟から北の郊外に飛び立つ別の個体を確認しました……ので、そちらに何かあるかも。そして……貴方は蘇りの真相を知ってしまっている。よって近日中……あちら側に何らかの動きがあるかもしれません。ただ貴方を消しに来るだけで、犯人については何もわからないかもしれませんが……それでも何かしら分かるかもしれません。まあ……一緒に耐えましょう」


「あれ……? ということは、俺は囮ということに……」


「私にも利益があるんで、しっかりやりますよ」


 彼女の声がどこか楽しげに聞こえた。どこまで信頼できるのか大いに疑問であったが、彰は彼女に頼るしかなかった。


――どうなるんだよ……俺は。


 彰は心配そうな表情を浮かべながら炬燵に潜り込んだ。

 あれこれと考えを巡らせていた彰であったが、疲れていたこともあり、その後、数分のうちに眠り込んでしまった。



 翌朝、彰は目覚まし時計の鳴る音に目を覚ました。

 しばらくの間鳴り続けていたようで時刻はタイマーをセットした数分後であった。炬燵で寝ていたためか、身体のあちこちが痛んだ。

 彰は重い体をのっそりと起こすと、ゆっくり伸びをしながら部屋を見渡した。

 壁には昨日怜が掛けたコートがぶら下がっており、いつも自分が使っているベッドの上には丸まった布団が転がっていた。数分鳴り続けた目覚まし時計など意に介することなく、彼女は未だ布団にくるまって眠っているようであった。


 それらを見るにつれ、次第に彰の頭の中に昨日の出来事の記憶が蘇ってきた。

 だがそれは、彰が今寝起きの状態であるからか、あるいは彼女があまりにもぐっすりと眠っているように見えるからか、彰には現実感の無いものに思われた。

 彰は大きく欠伸をすると、着替えをもって一階へと降りて行った。

 トーストをオーブンに入れた後、リビングへ向かいテレビをつけた。朝のニュース番組はいつもと変わらず天気予報やエンタメ情報を流していた。昨日の夜の出来事など出てくるはずもなかった。

 彰はニュースを眺めながら、昨日の夜、怜から聞いた話を思い出した。


「そういえば昨日彼女が言ってたな。化け物と関係のありそうな失踪事件がいくつも起こっているって」


 ぼんやりとテレビ眺めていた彰は、トーストの焼けたアラームの音ではっと我に返った。

 時計を見ると時刻はいつも家を出る時間に差し迫っていた。

 慌てて彰は朝食を済ませると「出かけるなら戸締りをするように」と怜に書置きを残して学校へと向かって行った。


 ○


 午前の授業が終わると、彰は早々と昼食を済ませて図書館へ向かっていた。例の事件に関する事で、少しでも分かることはないかと新聞を探しに行ったのである。

 図書館へと向かう途中、数人の生徒たちが例の噂話をしているのが耳に入ってきた。彼らは皆楽しそうに気に入らない誰かを消して欲しいだのといったことを口にしていた。 

 もちろんそれらは単なる冗談でしかないのだろうが、彰はあまりいい気がしなかった。何故そのように嬉々として話せるのか、そこが納得できずに腹が立っていた。

 だがそれと同時に、彰自身も以前面白半分で噂を嗅ぎまわっていた側の人間であり、あんな事件に巻き込まれさえしなければ今の彼らと同じように楽しそうに話をしているであろうことを自覚していた。


――ロマンも何もない、ただの復讐の道具だったとはなあ……


 このことを鉄夫に告げたなら彼はどんなにガッカリするだろうか。そんなことを考えながら、彰は図書館のドアを開けた。


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