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第10話 救ってくれたのは奇怪な女

「ふっ……ふふっ」


 彰とは少し距離があったが、彰は彼女が体を小刻みに震わせ小さく声を漏らしているのが分かった。


――もしかして恐怖に震えているのか?


 黒いフードの人物の正体が女性であったということもあってか、彰はそのように思った。

 彰は彼女に、あの化け物について色々と聞きたいと考えていた。しかし彼女の現在の様子に加え、化け物を易々と退けた正体も分からぬ人物ということでその考えとは裏腹に彼女とあまり関わりを持ちたくないという二律背反の考えも抱いていた。

 しかし、彼女の正体がどうであれ助けてもらった礼を言う必要があるのではないかと思い、彰は彼女に歩み寄るため未だ浮浪者を見下ろし身構えている彼女の方へとその一歩を踏み出そうとした。


 だがその瞬間、彼女は天を見上げたかと思うと、まるで勝利に酔いしれる獣のように雄叫びを上げた。

 驚いた彰はその場から数歩後退し、心臓をバクバクと鳴らしながらも彼女の様子を伺った。

 彼女は浮浪者の身体に近づくと右手に持った棒で何度も何度もまるで狂っているかのように攻撃を続けた。

 彼女が地面ごと浮浪者の身体を攻撃する度、彼女の持つ棒は薄らと青白く光を放ち、それと同時に土砂や黒い灰が辺りに飛び散った。

 彰は唖然とした様子で彼女をただ黙って見ているだけであった。

 しかし、不思議と彰は危機感を感じることはなく,

ただ彼女は浮浪者の肉片一つ残すことなく消し去ろうとしているのだと想像がついた。だが同時に、彼女のその表情がどこか楽しげに見えたことで、若干の薄気味悪さを感じていた。

 やがて浮浪者の身体は綺麗さっぱりと無くなり、地面がひどく凸凹としたものになった。彼女は疲れた様子で一つ大きく息を吐き、棒を叩きつけることを止めた。


「あの……」


 彼女の様子が安定してきたところで、彰は恐る恐る声をかけた。


「スイマセン。助かりました。ありがとうございます」


 彰は彼女に顔を向けたまま首をすくめる形で会釈をした。少々無理をして作ったその笑顔はどこか引きつっていた。その声に、彼女はフラフラとした様子で振り返った。


「ああ……別に」


 彰は彼女の様子から、先ほどまでの様子とは一転大人しい人物であるという印象を受けた。先の戦闘で疲れているのであろうか、息は切れており、声は弱々しいものであった。

 だが疲れているにしても、今の彼女からは雄叫びと共に化け物を打ち負かすような気迫の持ち主だという印象はまったく感じられなかった。

 そのこともあってか、彰は緊張がほぐれ無理して作った笑顔を止めて質問を続けた。


「あの……さっきのアレは何なんですかね?」


「あれ……あれ……? ああ、アレは……化け物としか。まあ見ての通りですが。物体を灰に変える、仲間を増やす存在である。ということなら分かっていますが、それ以外は私も……」


 彼女は被っていたフードを脱ぎながら、まるで言葉を一つ一つ思い出すかのようにぎこちなく答えた。

 彼女は黒く長い髪を後ろでまとめたシンプルな髪形をしていた。年は彰と同程度であると思われ、その整った顔立ちと、大きく鋭さを有した目が印象的であった。

 彼女の表情からは声と同様、疲れが見て取れたが、気遣いは無用と彰の質問にそのまま答えることを了承した。


「どうやってアレを倒せたんですかね? 俺の時は灰になった体をすり抜けて……死ぬかと思ったんですけど。その警棒みたいなヤツが凄いんですかね」


 彰は彼女の右手に握られた黒い棒を指さして聞いた。

 彼女はそれをうけて「ああ……」と黒い棒に視線を落とし、フラフラと揺らしたので、彰は思わず危険を感じ、小さく後ずさった。

 彼女はその様子をみて小さく笑みを漏らすと、謝罪し、そして答えた。


「これはDecay Amplifierと言いまして、我々は単にアンプと呼んでいますが……申し訳ありません。あまり教えられないんです。『まじかるすてっき』と思っていただければ」


 彼女の笑顔と冗談により、ようやく彰は、彼女もまた同じ人間なのだという実感を得たような気がした。


「あ、ああそうなんですか。あと、貴女が一体何者なのか教えて欲しいんですけど、それも駄目ですか? 俺は黒明彰、この近くの高校に通ってます」


 彰の質問を受け彼女は暫しの間考えこんだが、やがて彰の方へ向き直り先ほどまでと同様の口調で答えた。


「私は風宮怜といいます。詳しくは言えませんが……アレの討伐が私の仕事なので、ここに来ました。早速ですが……あなたは今、危険であると思われます……目撃者という訳ですから。ですので、私は貴方の警護をしようと思いますが、どうでしょうか?」


 彼女の唐突な申し出に彰は思わず聞き返した。


「どう、と言うのは?」


「おそらく、アレらの行動時間は夜間であると思われます……まあ人目を避けたいのでしょう。ですから夜間……今夜からですね、貴方と私は一緒に行動する。その際、私は見返りとして宿を貸していただく。あなたはそれで殺されるリスクがぐっと低くなる……守り切れると約束することは出来ませんが。どうでしょうか?」


 彰は彼女の申し出を受けるかどうか暫しの間考えた。

 いくら命を救ってもらったとはいえ、彰にとって彼女は見ず知らずの他人である。ここですんなりと彼女を家に上げ、盗難等のトラブルに巻き込まれてしまっては堪ったものではないとそう考えたからであった。

 しかしながら、それらの危険性を考慮しても、先ほどの化け物が再び襲って来ることに比べれば些細なものであった。

 もし彼女の居ない間に化け物に襲われれば、次は確実に殺される。宿を貸すだけで命が助かるなら安いものだ。どうせ親は旅行に行っているから面倒なこともない。そう彰は考えて彼女の申し出を受けることにした。


「泊めれば、守ってもらえるんですよね……? お願いします」


「話が早くて助かります。では行きましょう。案内……お願いします」


 彼女はそう言うと彰に背を向け、彰の来た獣道の方へと歩いて行った。

 慌てて彰も彼女の後を小走りで追いかけた。

 その後、彰は怜と共に自宅へと向かいながら今夜あった出来事を思い返した。

 奇妙な噂話の真相を知りたいと奔走していたら浮浪者の化け物にあわや命を奪われるところであった。

 だが一方で収穫もあった。

 今回の化け物は一度死んだ浮浪者が蘇ったものであった。ならばこのことは、今街で流行している噂話の正体なのではないか。だとすると今後重要となってくるのは、浮浪者を蘇らせた原因の解明、そして今まさに目の前にいる、化け物の討伐が仕事だという彼女の正体を知ることであろう。

 しかしながら、これ以上詮索を続ければ命を落としかねないという事実が彰の脳裏から離れずにいた。

 それらのことを考えていると、不意に彼女は思い出したかのように口を開いた。


「ああ……それと」


 彼女はその場で振り返り、彰もそれに合わせて視線を上げた。

 視線の先、彼女の浮かべた微笑みを見て、彰は無意識のうちに考えることを止めその表情に見とれてしまっていた。

 そんな彰の様子には気にも留めず、彼女は穏やかな口調で続けた。


「今度、貴方にお貸ししましょう。『まじかるすてっき』……危険ですので」


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