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イザシュウさんにはお世話になりました




「…なっんじゃとうぅぅーー!?イザシュウーーぅっ?!」

「本当かっ!?イザシュウがっ?」

「なんだよどうしてイザシュウが出てくるんだよっ!」

「やっぱり信じられないっ、嘘だ嘘つきだ!」

「母ちゃんーあの人ウソつきー?」

「シッ!死んだふりよっ!目を合わせちゃダメ!」

「オギャーオギャー…」

「村長はどうしたー!?あの口だけジジイっ」

「ぎっくり腰だっていったろうがー!」

「お腹空いたよー」

「コケコケッ、コケコーッ!」



混沌としてますね、グズル村。


皆が好き勝手に騒いで収拾がつかなくなってます。

騒ぐ人間にびっくりしているニワトリさんが可哀想ですね。


「それにしても、イザシュウさんとグズル村の話をしていたなんて知りませんでした」

「イザシュウさんは機会があれば行ってみろと言ってましたけど、それで進路を決めるのもどうかと思いまして…。どんな場所かも分からないうちはイザシュウさんの名前を出すのも控えた方が安心ですし」


タンポポさんは少し申し訳ないような顔をしました。


イザシュウさんはマランダの街でお世話になったギルド職員の方です。

大きな身体の隻眼の方で、凄く優しい人間さんでいろいろと教えてもらいました。


で、イザシュウさんの名前を出したら村に話が通じたのですけど、混乱は継続してるんですよね。

なんでですかイザシュウさーん?


イザシュウさんがグズル村となんらかの関係があるのはわかります。

少なくとも僕らに対する敵対感は無くなりましたし、武器を向けられる事もなくなりました。多分、イザシュウさん達は友好的な関係なんだと思います。

ただ、イザシュウさんの知り合いだとしても、直ぐには信じられない、または信じてはいけない事情があるみたいです。 


村に入るのを止められて、入り口の柵の前で何をするとも無しに佇む僕らの向こうで騒ぐ村人達は一向に纏まりがつかないみたいです。


勇者さんは時間がもったいないのか屈伸運動を始めましたし、シャピ様も読書を始めました。

僕もつまらないので地面を掘って虫を追いかけ、タンポポさんだけが村の成り行きを黙って見ています。


(赤様ー。この虫さん、ニワトリさん食べますかー?)

《ニワトリは雑食だから食べ……。おいヘタレ、村には入らないのか?入らないならうるさいからさっさと行こう》

(えーと、『海蜂』の事報告したかったんだけど…。そうですね、無理矢理入ってもしょうがないし、余所に行きましょうか)


そう話していると村の方に新しい展開があったようです。


「馬鹿者!落ち着かんかっ!」


しっかりした足取りで快活な声を出すお婆さんが杖を振り回してやってきました。


「ば、ババ様だ!」

「ババ様っ!?まだ生きてたのかっ?」

「ババ様ー!入れ歯が落ちたよーっ」

「ババァっ、ババァが来たぞーっ」

「ホギャーホギャーっ!」

「ああ、よしよし泣かないで…」

「コケコ~」


《うっせぇ!いちいち騒がなきゃ話せないのかコイツらはっ!》

(…でも、漸く話が通じそうな方がやってきましたよ?)


ババ様と呼ばれたお婆さんは小柄ながら滲み出る貫禄があり眼光も鋭く、さっき退場した村長さんよりよほど頼りになりそうです。


人垣を波を割るように進んでくるババ様に、僕は腰を上げました。








◇◇◇







「……そうか。『海蜂』に襲われたか…」


ババ様の家に通された僕達は早速『海蜂』の事を話します。


ババ様は先代村長の奥さん、つまりぎっくり腰で退場した村長さんのお母さんなんですって。

腰を痛めて倒れた村長さんより年配なはずなんですが、むしろ若いんじゃないかというほどお元気にです。 


ほとんど武装もしていない女子供に村人総出で威嚇していたことをババ様は謝り、更にイザシュウさんの知り合いだと知ると『村長(むすこ)をあとで吊してやる』と物騒な事を言ってました。


なんでも今、村の特産品である『蜂蜜』を狙って泥棒が頻繁に出没するようになり、村全体が警戒を強めているらしいのです。


何しろ田舎なもので、まともな戦闘経験があるものもいないし武器も自衛のノウハウもない。

なのであんな騒ぎになったらしく、どうか許して欲しいと何度も頭を下げられました。


「いや、実は野盗に狙われても大丈夫な理由はあったんじゃ…」


ババ様が額を押さえて大きな溜息をつきます。


「あんたらを襲った『海蜂』はな、昔からグズル村と共存してきた隣人なんじゃよ。わしらが『海蜂』の食料や蜜の原料を提供したり、巣作りを手伝ったりするかわりに、あいつらは蜂蜜をくれて戦力として村を守ってくれていた。そうやってずっとやってきたんじゃが……。しばらく前からどうも連携がとれなくなってな。気付けば村人が巣に近づくのを許さんばかりか襲われるようになって…」


…それは大変です。

防衛手段をモンスターに頼るというのはどんなものなのかわかりませんが、村は今丸裸な状態ということです。


「蜂蜜泥棒が関係してるんじゃないのか?泥棒が『海蜂』にちょっかいかけて怒らせた。それで海に行けなくなった泥棒は村を狙い出した」


腕立てをしながら勇者さんがババ様に聞きます。

よそのお宅でも変わらず運動してる勇者さん…お行儀悪くないですか?


「それは過去にもあったんじゃ。じゃがいずれの時も村に敵対するような惨事にはならなかった。今回、よほど酷い事をされたのかと『海蜂』に聞きたくとも、巣に近づく事も出来ん…」

「…街道の方まで『海蜂』が来たことも関係あるんでしょうか?」

「おそらくはな。あいつらの行動範囲は海上と海岸付近じゃ。内陸にはあまり近寄らん。村の者は『泥棒を探してるんだ』とか『陸を攻める気だ』とか騒いでおるが……。ともかく、わしらの友が迷惑をかけた。許しておくれ」


タンポポさんの質問に答えたババ様ですが、最後にまた頭を下げてくるので止めて下さいと言いました。

事情が事情ですし、友達とはいえババ様に謝られるのは筋違いな気がしますから。


「…あの…そのような内情を私達に話して大丈夫でしょうか?それにイザシュウさんと懇意な村なら、ギルドに話を通せば調査を進めてくれるのでは?」

「イザシュウが『果物』と教えたなら、あんたらは信用して大丈夫という事じゃ。村の特産は『蜂蜜』じゃが、村人が精根込めて作っているのは果物でな。それを『海蜂』に渡しているのじゃ。そんな大事な物を教えたんだ、あんたらは奴にかなり気にいられたんじゃろ」


それに、と続くババ様はしかめ面を作ります。


「この村にはギルドがない。昔あったギルドが、わしらに非道い事ばかりしての。イザシュウが叩き潰してくれなければ村は死んでおった。じゃからギルドに頼るというのは嫌なんじゃよ。まぁ、あんな馬鹿なギルドばかりではないとはわかっているんじゃがな…こればかりは難しいんじゃ…」

「…イザシュウさんが……そうですか…」


そこから誇らしげにイザシュウさんの武勇伝を語るババ様ですが、内容が怖いです。


不正をするギルド職員を『海蜂』の巣に置き去りにしたり、税金をとろうとする職員を首だけ出して砂浜に埋め満潮を迎えさせたり、自分達の悪事を隠そうとするギルド関係者を村人で囲み放火したり……。

犯罪、入ってますよね?

何してるんですかイザシュウさんっ!?


《…良いねっ!田舎だからこそ、関係者が少ないからこそ出来る犯罪。村人が口を噤めば漏洩する心配はないし、"村"という人数が少ない閉鎖空間が裏切り者を許さず連携感が強固になるっ!最悪『海蜂』が死体を処理してくれるとくりゃ、完璧じゃねぇ?》


楽しそうに拍手している赤様の不吉な言葉に僕は慌てます。


「し、死んでないですよね?イザシュウさん、殺してないですよねっ!?」

「ああ、誰も死んじゃいない。最後はイザシュウがお役所まで連行していっての。全員牢屋にぶち込まれたのさっ。ま、かなり痛めつけてやったから『牢屋の方が安心出来る』って泣いてたのは傑作じゃったの!」


アッハッハ!と豪快に笑うババ様……赤様にそっくりの悪い顔です。


「それからイザシュウはギルドに入って各地を転々としてるんだよ。難しい事はわからないが、あの時みたいに悪いギルドをやっつけているんじゃろうな。ギルドは便利な分、扱いが難しいこともあってこの村みたいに小さなとこではあいつらに支配されちまう事もあるからの」

「イザシュウさんって、ババ様の子供なんですか?」

「いや、わしの子供は馬鹿村長だけじゃ。あんな優秀な子供がいたら、外に働きになんて出すもんかいっ。………イザシュウは母親と二人暮らしだったんじゃが、当時のギルドが母親を無理矢理出稼ぎに出して…。まぁ、それで母親は死んじまっての。だからイザシュウはギルドを憎んで、ギルドに勤めてるのじゃ」


しんみりとした空気が部屋を包みます。


聞いてはいけない事だったのではないのかと、僕はなんて事を聞いたんだと自己嫌悪に陥りそうになりました。


「……あぁあぁ、そんな顔しないでおくれ。話したのはわしなんだから、わしが悪いんじゃよ。あの子は見た目はああだし、口下手だし、中身は抜群に良いんだけどどうしても友達が出来にくいみたいでのぉ。外でできた知り合いが訪ねてくるなんて、あんたらが初めてじゃよ。そんなあんたらに母親の事やギルドの事で苦労した昔があるんだって、覚えてて欲しいんじゃ。そしたら、あの子が何かしでかしても、多少は大目に見てくれるじゃろ?」


悪戯っ子みたいに片目をつぶってみせたババ様からは、イザシュウさんへの確かな愛情を感じられました。


「…そうだぞっ!イザシュウは良い奴だっ!」

「人相最悪だけどなっ、目つきも悪いし筋肉ダルマだしっ」

「イザシュウは『海蜂』ともタイマンはれるんだぜっ」

「イザシュウさんは愛想がないだけよっ!優しいのよ、ホントよ!」

「お母ちゃん、イザシュウってだれー?」

「コケコ~コケコケコ~…」

「やかましいわっ!家の外で聞き耳立ててないで仕事に戻らんか!!!」


ババ様が窓を開けて一喝すると、ワラワラと集まっていた村人達が逃げていきます。


ギルドで皆からヒソヒソ言われていたイザシュウさん。

そんな事を気にもせずに仕事に打ち込んでいて、強いな、偉いな、と思ってましたが、故郷にこんなにも信じてくれる人達がいるから強かったんですね。


魔女さんも、こんなふうに僕を信じて待っててくれるんでしょうか。


………イザシュウさんは、いつかグズル村に帰ってくるんでしょうね。

その時グズル村はどうなっているんでしょうか……。


僕は背中がヒヤッとしました。


怖い。

怖いです。

もしも、もしもですが。

故郷がなくなるなんて、大変です。嫌です。悲しいです。



僕の故郷はもうありません。



イザシュウさんには、そんなことにはなってほしくない…。


「…あの、ババ様?『海蜂』がこのまま協力してくれないと、大変ですよね?」

「そうじゃの…。村は貧しくなるし、防衛手段が足りなくなるから安心も出来ないし…」

「あのですね、僕、『海蜂』のところに行ってみてもいいですか?それで何があったか調べてきて…」


僕の提案にババ様は目をむき、シャピ様達三人は何故か諦めたように溜息をついています。


「……やっぱり…こうなった…。キノコ……優しすぎる……」

「やっぱり首を突っ込むんですよね…放っておけないんでしょうけど…」

「…俺がとやかく言う事じゃないけど…。キノコ、あんまり厄介事には手を出さない方がいいぞ?」


そして赤様が。


《…ヘタレ…。俺が面倒事嫌いだって知ってるよな?知っててこれか?お前独断専行がレベルアップしてねぇか?》


そういって静かに怒っています。


(赤様、違いますよ赤様!)

《違う?何が?》

(えっと、えっとですね。『海蜂』は海上をナワバリにしてるんでしょ?なら、船で渡るにしろ泳ぐにしろ、必ず遭遇してしまいます。その時慌てるより、少しでも『海蜂』をわかっているババ様に教えてもらって、今のうちに対処していた方が良いでしょう?)

《…ふーん?……取ってつけたような言い訳だが、確かに一理あるな》


「…それはダメじゃ。『海蜂』の巣は海の上。船で行くしかなくて、船も人手も『海蜂』に攻撃されてしまう現状、死ににいくようなものじゃ。許可できん」


ところが、せっかく赤様が納得してくれたのにババ様が許してくれませんでした。


でもイザシュウさんにはお世話になったのですから、少しくらいはお役に立っておきたいのです。


「場所だけ教えてくだされば自力で行きます」

「自力って、泳ぐ気じゃなかろうな?ここらの海は潮の流れが複雑なんじゃ、泳いだら飲み込まれる。ダメじゃっ!」

 

ババ様が怒って僕を睨んできます。

僕を心配しての怒りなので恐さよりも申し訳なさが湧いてきますね…。


(…泳いじゃダメなら……走ったらどうでしょう?ものすごく速く足を動かしたら、水上を走れませんかね?)

《…出来なくはない…が、やめとけ。理由はそれ(・・)を現実にする走りをすれば、『海王』に目をつけられる危険性があるからだ》

(『海王』ですか?…。たしか、『雷王』さんと同じ『王』なんですよね。それで確か亀甲竜のお爺さんの上司で…)

《……あ…》

(……あっ!)


そうですよ!

こんな時こそ頼りましょうっ!


『結界守』で亀甲竜のお爺さんをっ!





















そんなこんなでイザシュウさんは天涯孤独となったのですが、グズル村は身内に温かいので何時でも帰りを待っててくれます。

なのでイザシュウさんは何時クビになっても構わないと嫌われながらも内部粛清に精をだしてるんです。

帰れる場所があるって大事ですよね。

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