ブンブンブンッ!蜂が~…
視界の端に映った"影"が襲いくるのを避けます。
影が映る、影がくる、影映る…。
途切れることなくやってくる影の強襲です。
四方八方雨霰に飛び掛かってくる様はギリルさんの『独楽』を彷彿とさせますが、あれよりスピードは速く数は多いようです。
今までの僕ならあれよあれよとぶっ飛ばされてたでしょうが、なんたってレベル200で800万台のステータスですからね!
避けます避けますっ!
うん、楽に避けられるし動体視力もアップしているようで、影もしっかり見えてますよ。
影は薄い羽根を高速ではためかせる昆虫、『蜂』さんです。
ただし、大きさは人間の赤ん坊くらいですけどね。
名前: 海蜂
種族: 昆虫モンスター
レベル: 45
能力: 空中飛行 水中移動 高速移動 顎力倍増 剛力脚力 毒性共生 毒性無効 最後之針
《蜂モンスターだが海に根城を持つ異種。水に潜る事も出来るので海上での出会いはかなり危険。素早い動きと強靭な脚で獲物を捕獲してくる。また仲間を呼ぶので下手に攻撃すると大変に危険。空襲注意》
はい、モンスターさんです。
それが僕に群がっていらっしゃるわけです。怖いですねっ!
《…言うわりには余裕だな。っつーか、なんで俺達だけにくるんだ?》
赤様の言う通り、シャピ様にタンポポさんに勇者さんも『海蜂』には襲われていないのです。
なんでか『海蜂』さん達は僕だけを襲おうとしてくるんです。
《なんかしたんじゃないのか?お前ヘタレだからなぁ、ヘタレな事して蜂を怒らせたとか?》
(なんにもしてませんよっ!?歩いてただけじゃないですかっ!)
そうです、歩いてただけなんですよ?
『港街ソレッグ』に入るのを諦めた僕達は、『グズル村』という場所を目指してさらに北上することにしたのです。
ソレッグの屋台で蜂蜜餅を食べたタンポポさんが美味しそうにしていたのと、グラネカラさんに貰った蜂蜜もグズル特産ということで、じゃあ行ってみようとなったのです。
ところが街道を進んで海近くまでやってくると、『海蜂』さんが急襲してくるではないですかっ。
誓って、僕達は何もしていません。
何かを壊したとか、何かを動かしたとか、何かを叫んだとか燃やしたとか、してませんよっ!
なのに『海蜂』さんがブンブンとやってきて…。
近くの雑木林に逃げ込んでから気づいたのですが、『海蜂』さんは明確に僕だけを追いかけて来るので、僕は皆から距離をとってなんとかしようとしていたわけですが…。
"仲間を呼ぶ"というので倒すわけにもいかず、ひたすら防御でやり過ごしていましたが、キリがありません。
『海蜂』さんから離れてこっちを伺うシャピ様達もオロオロしていますし、なんとかしないといけませんね。
特にシャピ様がキレたら火の玉が降ってきて大惨事ですから。
えーと、『毒性無効』を持ってるから『毒』は効かない……はずなんですけど、僕の『全てを毒す』の効果でそれを浸蝕させてもらいましょう。
無数の攻撃を避けながらの作業は大変かと思いましたが、レベル200は伊達じゃないようでポンポンと手軽に出来ました。
『毒性無効』が弱まったので僕の『麻痺毒』を投入!
ブブブブッと高速で動いていた『海蜂』さんが、一匹、また一匹と地面に落ちていきます。
ボトボトボトボトッ!
木の実が落ちるように落下していく『海蜂』さん達。
心なしか地震が起きたような音でしたね。
大きな蜂がゴロゴロ倒れている様子は尋常ではない有様ですけど、殺してないから許してほしいです。
しばらくしたら『毒性共生』の効果で『毒性無効』が発動して動けるようになるだろうし、ケガもさせてないんですから。
(…わぁ、結構な数ですねー。あ、まだ動ける方がいますねっ。はい『毒』をどうぞっ。……よし、止まりましたね)
《うわっ……容赦なくなってきたなヘタレ…。にしてもなんでヘタレだけに…》
ピクピク痙攣している『海蜂』さん達の中から抜けだし、木の後ろに隠れていたシャピ様達と合流すると皆が心配してくれました。
皆さん優しいですねー。
「…もう少し行けばグズル村だから、そこで『海蜂』の事を聞いてみよう。異常発生なんて事になってるなら、然るべき措置をしてもらわないと…」
"見透かし"で見てもステータスに『狂乱』とかはありませんでしたし、勇者さんが『海蜂』を観察してみても特に可笑しいところはないそうです。
なので、どうして僕が襲われたかはわかりません。
勇者さんはこの近辺に住む人間に聞くのが一番だというので、グズル村への道を急ぎ出しました。
(しかし勇者さんてモンスターにも詳しいんですねぇー?これも野山で生きてきた賜物でしょうか?)
《さてなぁ?そういやコイツ、グラネカラを倒したんだからレベルアップしてるんだろ?見てみろ》
(前はレベル16でしたっけ?さてさて、今はどうなりましたかねー?)
名前: アーゼス・コンカッタ
種族: 人間
クラス: 騎士見習い
レベル: 41
体力: 2300
心力: 1800
技力: 2000
能力: 作物之愛 武器之技 身体強化 精神制御 身体制御 騎士之技 身体硬化 継承之技
称号: コンカッタの血筋 大器晩成 密航者 恋知らぬ愛 七花の勇者 幽霊騎士の弟子 狼竜の友 大自然の寵児 修業三昧
あらやだ!?
勇者さん強くなってる!
職業も『戦士見習い』が『騎士見習い』になってますよ。師匠に弟子入りしたからですね。
あ、でもなんで『勇者』じゃないんでしょう?
《勇者は一度なると滅多な事じゃ辞められない。充分な"力"もなく就くと苦労する職業だからな。せめて"見習い"が取れるまでは就かない方がいいと判断したんじゃないか?…バカな小悪党だと思ってたけど、考える頭はあったようだな》
(はぁー、なるほど…。ん?でもレベル41で『騎士見習い』ってのも変な話ですね。かなりのレベルでしょう?)
《弟子入りしたなら、幽霊が認可をしなきゃ『騎士』にはなれないからな。幽霊が望むレベルには達してないって事だろ?》
(…はあ、つまり勇者さんはまだまだ苦労するんですね…)
あと、この称号はなんでしょうね。
《大自然の寵児》
大地と空を愛し、己を見つめ他者を案じる心を持つ者に贈られる賛辞。
『お前は一人ではない、常に私が寄り添っている。
その目を拓け、耳を傾けろ、意思を伝えろ。私が全て教えよう』
自然環境によってステータスが上昇可能。制限有り。例外有り。併用可能。
(……はい?えーと、誰が教えてくれるんでしょう…)
《……あー、こりゃやばい。自然溢れる場所だと、全能力が上がるって事だろ、これ。お前の『全てを毒す』並にあぶねぇ称号だぞ》
(僕並っ!?勇者さん、いつの間にそんな危険人物にっ!?)
『大自然の寵児』なんですから、自然やそこに生きるモンスターにも自然と詳しくなるという、当たり前ながらも恐ろしい恩恵のお陰で勇者さんは博識になってるみたいです。
もともと畑や山や動物の生態に詳しかったのがより凄くなったといえばいいのでしょうが…。
『七花の勇者』『大自然の寵児』と称号がとんでもないのに本人は『見習い』…。
僕も菌類なのにいろいろ物騒な能力持っているし…。
(似てますね…僕と勇者さん)
《あー?ああ、まぁヘタレ同士似てるかもな》
勇者さん…。
人間で勇者なのに菌類と同じなんて……。不憫ですっ。
思わず哀しいような憐れむような視線を勇者さんに投げると、訝しむ顔をされました。
◇◇◇
グズル村は海辺にある小さな村でした。
沖に見える小さな船から、ここが漁村なんだとわかります。
家屋は10位しかなく、小さな田舎の村という感じでとても長閑です。
けれど村人さん達は長閑とは言えない気迫で僕達を迎えてくれました。
「余所者は帰れっ!!」
「何しにきたっ!?帰れ帰れっ!」
「誰か、銛を持ってこいっ!追っ払ってやる!」
「お母ちゃん、あの人達だれー?」
「ダメよっ、家に入ってなさい!」
「おぎゃあーッおぎゃあーー……」
村を囲う柵の向こうで右往左往しながら威嚇してくるグズル村の方々。
泣き叫ぶ幼子、家からこっちを伺って来る母親、武器を持ってくるおじさん達。
「皆の衆っ!村を守るのじゃー!」
「村長に続けー!」
「「「「おおおーーっ!!!」」」」
「…………うぇ…」
なんでしょうね、これ。
まるで盗賊でも来たかのような歓迎を受けていますよ。
またしても何もしてないのに襲われそうになるなんて、厄日ですね…。
「……なに、こいつら…。いきなり……。潰していい?キノコ…」
「いやいや、待って下さいシャピ様。まずは話し合いを…」
「……っ!ぐ、ぐぉっ?」
「村長っ?どうした村長っ!?………村長ーっ!」
「畜生!村長がやられたっ!」
「なんだってっ!くそぅ、余所者めぇーー!!!」
「あぁーんあぁーん……」
「よしよし、泣かないで…」
「お母ちゃーんっ……」
えっ?
村長さんと呼ばれた人が倒れたら、なんでか僕達への殺気が増してるんですけど?
関係ありませんよ?村長が倒れたのはあれですよ、御老体が無理して叫んだりしたから……。
あらやだ、ホントに関係ありませんよねっ、ホントにっ!
「あ、あのー……こちらはグズル村でいいんですよね?」
「あんたーっ!行かないでー!」
「お前と産まれたばかりの赤ん坊のためなんだっ!止めてくれるなっ!」
「あんたっー!!」
「おんぎゃあおんぎゃあ…」
「あのー…僕達、こちらに迷惑をかけるような事は…」
「早くっ!早く逃げなさいっ!」
「先生ー、何処に逃げたらいいのー?」
「せんせぇ、一緒に行こうよー」
「…くっ、こんなに素直でかわいい教え子を死なせるものかぁっ!」
「「先生ーっ!」」
「………あのー…」
全然聞いてくれません。
シャピ様達もどうしたものかと立ち往生しています。困りましたね。
"見透かし"してみると皆さん『興奮』『混乱』と出てますから、話も通じません。
村を無視してもいいんですけど、『海蜂』の件があるから……。
とりあえず大人しくなってもらいますか。
はい、『麻痺毒』。
「…あっ?」
「う?」
「おうっ!?」
ドサドサドサッ!
ああ、静かになりました。
さてさて、おかしな村人さん達でしたが、話が通じそうな人はいますかね?
村長さんは退場しましたし…えーと。
ああ、一番レベルが高いこのおじさんにしましょう。
『麻痺毒』を少し取り除いてと。
「…すいません。お話できますか?」
「あ…な、なにが…」
「あのーこちらはグズル村でいいんですよね?」
「…………」
「聞いていますか?あれ?聞こえてない?」
「…余所者には、何も話さんぞっ!」
あら、そっぽを向かれてしまいました。
《…話さないなら話したくなるようにしてやればいい。ヘタレ、とりあえず指を一本切り落とせ》
(やりません)
《じゃ、呼吸器に障害を与えて…》
(やりませんっ)
なんでそう危ない事を言うんですかっ!
そして断ったらつまらなそうにふて腐れないで下さい!
赤様と話しているとタンポポさんが後ろから顔を出しておじさんに話しかけました。
「すいません。私達、イザシュウさんと知り合いなのですけど…」
「なにっ!?イザシュウ?」
おじさんが目に見えて反応しました。
タンポポさん、スゴイです!
「…いやっ、イザシュウと知り合いだなんて信じられんっ!あいつは嫌われ者なんだぞ!」
「確かに一部の方々には煙たがられていましたね。ですがギルドで私達の担当となってくれたのは本当ですよ?」
「うむむっ?…なら、イザシュウがこの村を紹介したというのか?」
「機会があれば寄るようにと言われました」
あら、タンポポさんとイザシュウさん、いつの間にそんな話を?
なかなか納得しないおじさんは疑り深い顔をしてタンポポさんを睨みつけています。
「やっぱり信じられんっ!イザシュウがそんな事をするなんてっ!お前達も『蜂蜜』を狙ってきたに決まってる!」
「……『蜂蜜』ですか?イザシュウさんには、村は果物が美味しいと言われたんですけど…」
「っ!!?」
タンポポさんの呟きにおじさんは目を見開きました。
漁村なのに果物が美味しいなんて、どういう事でしょう?僕は首を傾げます。
「……本当だったのか!?本当にイザシュウの知り合いだったか!いや、すまん事をしたっ!」
でもおじさんには通じたようで、手の平を返したように友好的な態度と口調で対応しだしてくれたのです。
これだけの話であれだけ敵意を剥き出しにしていたおじさんを懐柔するなんて、スゴイですタンポポさん。
あ、スゴイのはイザシュウさんなのかな?
なんだかイザシュウさん、おじさんに信頼されてるようだし。
それにしてもなんだったんでしょうか、皆さんのあの荒れっぷりは。
『蜂蜜』がなんとか言ってましたが…。
『海蜂』と関係ありそうですね。
アビナスはまだアーゼスに『荊騎士』だとはっきり伝えてないので、アーゼスの称号はキノコと違い『幽霊騎士の弟子』となります。




