濁った悪者
 
 
 
……ぽよんっ。
ふにふに……ポヨポヨ。
……なんだか柔らかいですね?
暖かいし、気持ちいいです。
ぷにぷに……。
「…ぁ…」
ポヨポヨ。
「……っ。…ぁん………ふふ……」
…………ムニュッ!
「あっ!……っうぅんっ……」
…………なんかへんな声がしますけど。
赤様ー?何か言いましたかー?
《……あー?……ああ?、何も言ってねーよ……》
(…赤様?…なんでそんなにグッタリしてるんですか?)
《あー?……ステータス上昇にエネルギーが持ってかれ過ぎて…ダリぃ…。お前もだろ?……》
(はい、確かに怠いです。…眠いというかなんというか…身体が重くて……)
白い世界で皮張り椅子に座る赤様は、溶けたバターみたいにだらしない格好で。
僕も節々が痛くてマトモに動けません。
『不可死戯』と『万界素浪』でステータス上昇を緩やかにしたので、いきなり身体が破裂したりはしない分、長く痛みが続くみたいです。
赤様は身体の生命維持と形状維持にかかりっきりにならなきゃならないので疲れ果ててるし、僕も"心力"の上昇の影響なのか意識がハッキリしないし。
二人でグダグダなんです。
ああ、グラネカラさんの遺体を回収して、シャピ様とタンポポさんと洞窟から出て、長老様に報告しなきゃいけないのに……。
ダル眠いです……。
ムニュムニュッ!
この枕、柔らかくて寝心地良いし……寝てもいいですかね?
赤様、寝ても大丈夫ですよね?
グラネカラさんの墓地なら敵は出ないし……。
《あー……。敵はいないだろうけど…貞操の危機というか……。ま、いいや。めんどい》
ていそう?なんか聞いた事ありますね、それ。
確か魔女さんが……。
『いいー?キノコー?キノコは可愛いから、貞操を奪われないように気をつけるのよー?女も男もーケダモノだと思いなさいー?わかったー?』
うん、言ってましたね。
あれ?じゃ、今気をつけなきゃいけないんでしょうか?
なんで?
魔女さんを思い出して少しクリアになった意識に、誰かの声が聞こえます。
「……っ……ぁあっ…ハァハァ…もっと…もっと激しくっ!…あっ、どうしようっ…ハァ…我慢できなっ……」
「……っ!?うえっ!?」
すごくハァハァ言ってる声に悪寒を感じてバッチリ目が覚めました。
目の前には布。
プニプニと弾力のある、布に包まれた何かがあります。
触るとムニュッとして気持ちいい。
あ、これか気持ち良かったの。
「っ!……あっ、んあっ!我慢出来ないっ!!もうダメっ!」
「シッ、シャピ様!抑えてっ!」
「……グエッ!?」
突如僕の身体が締め上げられました。
うぁっ!く、苦しいっ……っ!
「シャピ様っ!キノコさんに嫌われてしまいますっ!了承を得ないとっ…」
「…こんなに揉んでくれるんだものっ…気に入ってくれたに決まってる!……だったらデキル!デキルはずっ!」
(…いだっ!いだいっ…いだいっ!)
万力のように下半身が締め上げられ……あ、いけない、上半身も拘束されてる。
《……デキルのかね?どうなんだ菌類、デキルのか?菌類はデキルのか?》
(なっ、なんのことですかー?!それより赤様、身体がステータス関連じゃない痛みでっ、痛みでー!)
《あー……これ以上の面倒はめんどい…。…ヘタレ……『怒りますよ?』って言え》
「怒りますよ?」
言われた通りに言ったら、拘束がぴたりと止みました。
ハァハァ言ってた荒い息遣いも震えるようにか細いものに。
「……っ、…キ、キノコ…っ…」
「…うぇ?…シャピ様?…」
呼ばれて顔を上げると、すぐ側に、というか僕に密着した状態でシャピ様が泣きそうになっています。
僕達、向かいあって抱き合ってますね、これ。
倒れたシャピ様に被さるように僕がいて、シャピ様は腕と足で僕に絡み付いて…。拘束はこれですね。
で、僕はシャピ様より小さいので抱っこみたいになって、シャピ様のオッパイに顔を潰されて。
しかも僕、オッパイを思いきり握ってます。
モミモミ……うん、柔らかい。
枕だと思ったらオッパイでしたか……。
「…ごっ、ごめんなさいっキノコ…。あの、あのねっ、わざとじゃ…」
「…えっと…なんで僕…」
「キノコさん?気付かれましたか?」
後ろからタンポポさんが覗きこんできます。
「タンポポさん?なんで僕、シャピ様のオッパイ揉んでるんでしょう?」
「…グラネカラを倒したのは覚えていますか?その後キノコさんは倒れてしまって…。外傷はなく意識朦朧となっていたので…動かすより安静にしようとなり、シャピ様が寝心地良いようにと抱き上げていたのですが…」
それは申し訳ない事をしました!
介抱してくれたのにオッパイ揉むなんて失礼しました!
(…失礼、ですよね?赤様?女の子ってオッパイ大事にしてるんですよね?)
《あー…まあ、そうだな。性的特徴は種族により違うが、概ね羞恥であり矜持であり弱点で誘惑因子でー……。あー、ダりぃ…》
ちょっと赤様、大丈夫ですか?
溶けちゃったりしませんよねっ?
「ごめんなさいっキノコ…怒らないで…っ…」
「?怒りませんよ?僕こそ失礼しました」
「…ホント?怒らない?…調子に乗って…キノコに……ゴニョゴニョ……したのに?」
「…?何かしたんですか?でも、お互い様ですし…あの、すいませんシャピ様。足、解いてくれますか?」
慌てて僕から離れたシャピ様は、それでも困り顔で謝ってきます。
「大丈夫ですよシャピ様。それより、二人は無事ですか?怪我してませんか?」
平気そうなら長老様に報告に行きたいので…………僕を引っ張って行ってくれませんかね。
やっぱりダルいんです…。
《……ぅあーっ…、ダルー…。ヘタレー……『毒』の制御、止めてもいいかー?……まじ疲れる……》
ダメに決まってるでしょう!?
ノロル山を滅ぼさないで下さいよっ!?
赤様?聞いてますっ?
◇◇◇
『…そうか。事は済んだか。……感謝するぞ、キノコ』
別れた時のまま、どっしりと座った長老様は目を閉じてお礼を言ってくれました。
他のグラネカラさん達も哀悼の雰囲気で静かに佇んでいます。
『して、どうしたのだキノコ?怪我をしたか?』
「……あ、いえ…その」
怠過ぎる身体はシャピ様がおぶってくれてやっと鍾乳洞から出てきました。
でも、立つのも辛いので座って、座ってるのも非道いので地面に横になって僕は長老様と話しています。
かなり失礼だとは思うんですけど、理由が理由なので許してほしいです。
『……そうかレベルアップの…。私は構わん、気にせず楽にしてくれ』
「すいません。あと、青いグラネカラさんですが…」
『ああ、遺体は素材として欲しいのだったな』
「…えっと、それなんですけど…」
「…キノコ、私が話す…。休んでて…」
シャピ様が僕と代わって長老様の前に立ちます。
「……まず、素材の事だけど…。欲しがったのは私、でも私は何も出来なかった…。貰う権利は無い……」
『…ほう?律義だな?それで良いのか?』
「いい…。キノコが欲しがるなら別だけど、いらないって言うし…。そっちで供養したらいい」
その言葉に方々で頭を下げるグラネカラさん達。
お墓があるくらいですから、やっぱり遺体を埋葬したかったんですね。
狂っても仲間。
しかも狂わされた被害者ですから、彼女に罪はない。
仲間意識の高い彼等からすれば、弔ってあげたいはずです。
『感謝する、鬼よ。なれど依頼しておいて報酬が無いのもおかしい話だ。私の部位でいいなら、後で差し上げよう』
「…そう。それはそっちの感情…好きにすれば…。あと、謝罪が欲しい…」
『謝罪?何に対してだ?』
「あんた…あのグラネカラはそこまで強くないって言ったのに…実際はレベル340…。知ってて、キノコを向かわせたの?…」
『340っ?』
長老様がビックリした声を上げます。
グラネカラさんの平均レベルは50、長老様はとても強くレベル200。
これからすると異常な強さです。
ご先祖の"力"を吸っても、あそこまではならないでしょう。
《…『聖樹』が関係してたからなー…。異常増幅で成ったんじゃねぇの?》
「…キノコがなんとかしてくれたけど、そのせいで動けなくなってるし…死んでたかもしれない…。これは依頼とか私の目的とか関係ない、そっちのミス…。謝罪が必要…」
『…確かに。グラネカラの長老としてではなく、私個人として謝罪する。申し訳なかった。…治まりがつかないなら、私の命を差し出そう』
これには周りのグラネカラさんが騒ぎ立てます。
シャピ様は僕にどうするか聞いてきますが、レベルアップで今動けないのに、長老様を殺してまた経験値が入ったら、いつまで経っても動けませんから。
それに悪いのは予想を外した長老様でも、狂ったグラネカラさんでもありません。
『お母さん』を『堕悪』にして利用した者でしょう?
「……謝罪は受けますが命は要らないです。くれるならお二人を呪った方の情報がいいですね」
『お母さん』の敵です、そいつ。
『……あやつか…』
長老様が唸ります。
自身も『堕悪』に冒され、狂いそうになっていたのですから怒りも尋常ではないでしょう。
僕が知る『聖樹』を利用する悪者というと『啜る悪意』です。
他にもいるでしょうし、悪用しないで使ってる方もいると思います。
でも『啜る悪意』の人達は"人間世界"を跋扈する団体さんです。
利益がないような事はしない、そういう団体さんです。
その時々でグラネカラさん達が狩られる理由もあるでしょうが、『堕悪』を使ってまで何をしたかったのかが、僕も赤様もわかりません。
グラネカラにしかわからない理由があるのかと思いましたが、以外にも長老様にも心当たりは無いようです。
『…突然…本当に突然だった。突然やってきたあやつは、まず山すそを巡回していた同胞を脅し、この場所までやってきた。何用かと問えば『種まき』だと宣った。そうして私に『呪い』を穿ち、去った。私に次いで強かったあの子は、去ろうとしたあやつと対峙して負け、『呪い』をもらった…』
「…知り合い、ではないのですか?」
『私は知らぬ…。だが、最初から私を目指して来た事…『呪い』も私とあの子にしか落として行かなかったことから、少なくとも『堕悪』にある程度耐えられる者を狙ってきたのだろうと推測した…』
『聖樹』の『呪い』ですからね…。
触っただけで弱い方は精神崩壊から肉体崩壊、魂まで喰われてしまうんですって。
『そういう事を生業とする者、つまり『呪い』の専門家が…実験として行ったのではないかと、私は考える…』
グラネカラに敵意を持つなら『呪い』を使うより簡単な方法がある。
長老様個人に恨みがあるなら、それこそ直接攻撃してくればいい。
少なくとも一人でここまで来れるなら、実力はあるのだろうから不可能ではない。
『呪い』により苦しみを与える、というのもあるだろうが、もし長老が『堕悪』堕ちした場合の被害はノロル山だけでは済まない。
実際は青いグラネカラさんの方が脅威になったわけですが。
でも、そうなんでしょうか?
『聖樹』は貴重なんですよね?
実験だとしても、二つも使うでしょうか?
他にも目的があったのでは?
《…貴重品でも湯水の如く使える程の在庫持ち。グラネカラが最終目標だから後はどうなってもいい。これなら辻褄は合うぞ…》
(それだけ財産があって恨みがあるなら、長老様が相手を把握していてもいいはずでしょう?それに実験なら、二つ使うよりも違う種族に使ったほうがデータはとれますよ)
《ああ…流石魔女に実験されてた菌類…。そういうのは分かるんだな…》
なのでやっぱり実験というのは違う気がします。
《まぁ、そうかと思っても実際はホントに実験だったり、単に遊びとかもあるだろうけどなー》
遊び?
遊びで『お母さん』やグラネカラさん達を危ない事に?
《答えがないから真実じゃあないが、『堕悪』を持ち出す時点でとんでもない奴ってのは確定だろ。そういうのは"遊び"で破壊行動に出たりすることもある…ま、狂人ってやつだ。『雷王』もこれに当てはまりそうだな…あいつ称号に『欠けた心』ってあったし…》
『雷王』さん?
あの人は危ないですっ。身を以って知ってますよ僕。
なぶり殺されそうになりましたしねっ!
あんな危ない人がまだいるんですかっ!?
「長老様っ!」
僕は痛む身体を起こして長老様に叫びます。
『おお?身体は大丈夫なのかキノコ』
「キノコ…無理しないで…」
無理は…ちょっとしてますが、これだけは聞かなきゃいけませんから我慢しますっ!
『聖樹』もグラネカラさんも巻き込んで、しかも『呪い』なんてモノでめちゃくちゃにするなんて、許せません!
「その人、どんな人ですか?!見た目は?形は?色は?」
『…お、おお?…そうだな、私は目が使えぬから他のグラネカラの意見だが。人間の形をしている、魔物…だと思う。人間の成人男性の外見で…空色の髪だという話だ。…もっとも我等とそなたらでは見え方も感じ方も違う、正確ではないだろうが…』
「いえ、大体でもいいんです」
大人の男の見た目で、空色の髪色。
『それに、目を開いていなかったらしいな。盲目か否かはわからんが』
目を閉じている…?
長老様みたいに感覚で視ているのかな…。
「…キノコさん?どうして犯人の容姿を…?まさか、探すおつもりですか?」
タンポポさんの不安気な声。
振り返ると困った顔をしたタンポポさんとシャピ様。
困らせるのは嫌ですけど、ごめんなさい、これは引けません。
『…ふむ。キノコよ、今他の者から聞いたのだが、あやつ一度目を開いたらしい。なんというか…水が濁ったような不気味な目をしていたそうだ』
濁った水。
大人の男。
その人が非道い人なんですね。
《…水色なのか、灰色なのか、どぶ色なのか…。どんな濁り方だ?…》
……とりあえず濁った人ですよ、赤様!
見つけたら、やっつけてやりましょうっ!
前半、シャピ様がエロい暴走してますが、仕方ないのです。
日々妄想してるシャピ様、倒れたキノコ、場所は薄暗い洞窟。爆発しても仕方ないのです。
キノコはそういう欲望は育ってません。雌雄関係ない菌類でしたので。
魔女がオープンな生活をしていたせいで無頓着になったとも言えます。
赤様もそういうのに興味ないので、嬉しいとかラッキーとか感じません。
なので今のところ、デキません。
 




