生まれ変われ
ひらり……。
ひらひら……。
甘い香り。
ハルスミレの蜜のような、甘い香りがする。
なんだろう?
ひらり。
ひらひら……。
花びら、だ。
白い花びら。
ああ、綺麗な花びら……。
"…………どうした?"
父上、見てください。綺麗な花びらが。
"……気になるのか?"
え?
そうですね、匂いもするし。
ハルスミレの蜜みたいですよ。母上の大好きだった、あの蜜みたいですよ。
"……早く、おいで?"
あ、はい。すみませんっ。今いきますっ!
でも、いい匂いだったな。
あの花びらの匂いかな?
『……a="が……』
『……新しい能力を獲得しました。新能力は『堕悪耐性』『即死耐性』です』
『新しい称号を獲得しました。新称号は『敗北者』『水操者』『清浄なる死』『願われた死』です』
……え?
……あ、そうだ。私、負けたんだった!
そっか……。
よかった、負けて。
迷惑かける前で……。あ、迷惑、かけちゃってたな……。
"……早くおいで?"
あ、あのっ父上、ちょっと待ってください。
私、私……。謝らなきゃ!皆に謝らなきゃ……。
あ、でも死んでるから無理なのかしら……?
あれ?あれ?……どうにかできないのかな?
『『家族愛』『処女姫』『高潔者』『清浄なる死』『願われた死』により信仰値がMAXです。これにより転生が可能です』
転生?
どういうこと?
『……個体:グラネカラの正統性を確認しました。『神之血統』『継承之業』の使用を認めます』
『『神之血統』を使う事により転生システムに干渉可能です。可能項目は『種族』『血統』『レベル』『能力』『性別』『記憶』『場所』『才能』より二つまで選べます。詳細は転生時に確認願います』
『『継承之業』を使う事により転生システムに干渉可能です。可能項目は『進化』です。これにより個体:グラネカラは『ブルードラゴン』『バルフィング』のどちらかに転生可能です』
『『神之血統』『継承之業』の同時使用は認められません』
……どういうこと?なんなの?
私、死んだから、逝かなきゃいけないのに。
なんで転生なんてできるようになってるの?
あ、そうか!
悪い子になった私が、御先祖様の能力を片っ端から食べたせいか。
なら、能力を御返ししてから逝かなきゃ。
『……意思確認完了しました。……能力返還を行使した場合、信仰値が規定に満たない為転生が行えません。またその場合、称号『堕悪成る』『墓荒らし』『先人罵辱』の悪業値が信仰値を上回ります。強制的に次回転生は『虐げられる者』になりますがよろしいですか?』
え?……え?!
つまり、いじめられっ子に成るの?
…………そっか。
仕方ないよね、私、悪い事したんだし…。
"…………おいで?"
父上…。
申し訳ありません。私は行けません。
あ、いえ、父上のもとには行けないということで、ちゃんと己の業に見合った場所に行こうと思います。
『…選択が可能です。能力・称号の返還により次回転生先が特定される死後、能力・称号の全放棄により『世界』に結合される死後。以上を個体:グラネカラの意思を尊重した上で選択可能と提案します』
あら?…ありがとうございます。有能な方ですね。
そうだな、でも、やっぱり償いはしなきゃ。
転生して悪い事した分、苦労して…。
"…おいで?……ここに、おいで?…"
父上。
お優しい父上。
私は、父上と同じ場所に行くわけにはいきません。
不肖な娘で申し訳ありません。
"…………"
あら?またあの匂い?
本当にいい匂い…。
"……娘よ…"
父上?
ああ、父上のお鼻に花びらが…。
フフッ。母上が好きだった春になると、よくそうやって母上を笑わせていらっしゃいましたね?
お優しい父上…。
"……………………娘よ………"
『……意思確認完了しました。個体:グラネカラに父体からの信仰値及び魂のレベルが譲渡されます。…確認完了しました。譲渡により信仰値がMAXです。これにより転生が可能です』
…っ?!父上っ!?
『…干渉を確認しました。干渉を確認しました。…最善性干渉を確認完了しました。新しい称号を獲得しました。新称号は『懺悔の祝福』です』
っ?なに?なんのこと?
父上っ!何をなさったんですか!?私はっ…。
『『懺悔の祝福』を使う事により転生システムに干渉可能です。可能項目は『記憶』です』
"…………娘よ…"
父上っ!止めてください!
私は父上を犠牲にして生まれたくありませんっ!
"…私は……私こそ……償わなければならない…"
父上?
父上ほど立派なグラネカラを私は知りません!償うなどあるはずがっ。
"……聖なる方の助けもあった……お前を巻き込んだ事に、謝罪をと……"
父上っ!
"……『記憶』を持ち、生まれ変われ……娘よ。……誇り高きグラネカラを汚した"あの者"を探せ………"
っ!?
あ、……ああ……。ああ、そうだ…。
アイツが……アイツが、私を…。
"……娘よ…。罪無く死んだお前なら、…お前こそが断罪を告げる資格がある…"
………はい。
はい、了解しました、父上。
"…………親ならば……娘の幸せを願うのが…本当だろうが……。お前はグラネカラだ……。"
はいっ!もちろんです父上!
私の誇りは一族と共にっ、父上母上と共にっ。
次の生がどのような小さなモノでも、必ず、必ずやアイツをっ!
『…意思確認完了しました。個体:グラネカラの転生を承認します。…転生システム干渉完了しました。転生時の『記憶』保持を承認します。……『記憶』保持により一部の能力・称号をレベルを下げて持ち越し可能です。持ち越し可能能力は『臭気追跡』『水之魔法』です。持ち越し可能称号は『疾き者』『愛し子』です』
"…………娘よ……。娘よ…誇り高い娘よ…。争いに向かう娘よ、どうか私を恨むがいい…。お前に全て押し付ける父親を恨むがいい……"
父上!
恨みません!父上は私の誇りです、生まれ変わっても、いついつまでも!私は父上の娘ですっ!
"……娘よ…優しい子よ……。次の生は…また辛い事だらけだろう……だが、どうか幸せを…。幸せを、愛を見つけておくれ……"
はいっ!
はいっ、父上!幸せになります!
いいえ、幸せでしたっ。私は、幸せに生きました!
"……………………………………幸せ……に…………"
『…転生システム稼動確認…。時間・場所・種族・構成・……確認中…確認中…』
幸せになります!
強くなります!立派に生きます!そして、父上の誇りを、私達の誇りを汚したアイツを……っ!
『確認中…確認中…………『意思』の規程値を超えました。…確認……時間・種族に干渉………確認中…確認中……………』
『転生先の選出、固定の完了を確認しました』
『これより転生を行います』
『あなたの生涯はこれで終わりになります』
『続いての新しい生をお送りください』
『それでは、また生命の終わる日までサヨウナラ……』
"………サヨウナラ………いとしい…むすめ……………いとし…い…………"
…………さようなら……父上……。
さようなら……私………。さようなら…………今までの……全部………。
また……。また会う、……その日まで………。
ひらり……。
ひらひら…………。
ああ、また 甘い匂い
いい匂い ハルスミレの 甘い匂い
覚えておこう 忘れないで おこう
記憶 持って行ける けど この 匂いも
覚えておこう
だって だって そう この匂い
あのひと の
わたし あのひと に
『………転生完了』
『転生システムに異常無し』
『転生システム稼動内容の記憶開始』
『……最善性干渉を確認』
『……特異事例確認。報告義務発生。報告義務発生』
『報告完了』
"プツリッ"
辛うじて繋がっていた感覚が途切れた。
死んだのだな、と理解はしたが、それだけだった。
悲しくも虚しくも、怒りも諦めも湧いてこない。
ある程度の効果はあった。
それで充分。
まぁ、役には立ったので苛立ちが湧かない分、マシな奴らだったと思う程度。
だからといって労いの感情も湧かないが。
ずいぶんと乾いた感情しか残らなかったなと自嘲するが、後悔は無い。
余計なモノは削り落とさねばここまでこれなかったのだから。
---……。
どうやら"主人"が呼んでいるようだ。
今回はここまで、次の計画も始まっている。
今は"主人"に付き合うか。
「ああ、来たね」
"主人"の部屋には客が来ていたようだ。
金髪で美しい人間の見た目だが、背中にある蝙蝠の羽根が人外を物語る。
やたら仕立てのよい服に光るように磨かれた靴。
着飾るのが好きなのだろう。
自分とは逆だな。
「ほら、前に話した事があるだろう?私の古い友人で、『色王』の恋人だった大悪魔だよ。本人はまぁ、近頃サッパリ悪魔らしくないけどね」
『色王』といえばかつて人間から『王』になった伝説の偉人。
それの恋人…。
なるほど、『力』も『格』も悪魔の上位ということか。
「おやおや、悪魔らしくないとは手厳しいですね」
「事実だろ?ここ何百年、引きこもって一人も堕落させてもいないじゃないか」
「はてさて、どうでしたでしょう?」
なにやら人を食った話し方が勘に触る悪魔だ。
「まぁ、堕落候補の美少年なら目星をつけてありますから、それはそのうちに…」
そこでこっちに顔を向けた悪魔は、酷く底冷えする瞳で自分を見てきた。
警鐘が鳴る。
コイツは危険だと鳴り響く。
敵に回したら、いや、関わるだけで危険だと鳴り続ける。
「初めまして。君が『濁り水』ですか?」
あご髭を撫でながら、にこやかに聞いてくる悪魔。
……これは、すこしばかり危険だが。
敵ではなく、中立よりの味方にするしかないかもしれない。
居住まいを正して、出来るだけ好意的に、敵意を感じさせないよう振る舞おう。
『肯定。お会い出来て光栄です。閣下』
『記憶』を持ってるだけで、普通にチートだと思うんですよ。能力なくても。
グラネカラちゃんはグラネカラに転生は出来ませんが、かなりチートで転生します。




