それが赤
場所は地下の鍾乳洞。
デカい湖にグラネカラの骨だらけ。
鬼姫が倒れて毒姫がヒビっていて。
狂ったグラネカラはヤル気満々。
『赤』は紫眼を細めて一声。
「さて、面倒だからさっさと終わらせるか……」
条件は此方が不利に見えるだろう。
水場で墓場のここは『水神魔法』を持つグラネカラには好条件。
更に破壊するしかないあちらには守るものがないが、こっちは二人もお荷物がいる。
しかし生憎と『赤』にはそんな事より、いかに『被害』を出さないか考えなければならないことが不利だ。
せめて『魔女の掌』ぐらいに岩盤が強く魔力が濃ければ良かった。
または屋外。
ちょっと小突いた位で落盤しそうなこんな場所では八分どころか半分の力でも危うい。
《広域魔法はダメ、射出系もダメ。殴りたくてもあっちが湖にいるうちは足場がないから近寄れない。足場……魔法で湖を凍らせるか?ああそうだ、キノコは魔法が使えないんだった……鬼姫毒姫に俺の存在がバレると面倒だし、魔法は無しだな。キノコの能力だけでも、まぁ、イケるか?イケるな》
『赤』が能力を全解放すれば勝負は一瞬で済む。
その代わりにノロル山は吹き飛ぶ。
いくら『赤』でもそれはマズイとわかっているし、何処で誰が見ているかわからないのだ。
『雷王』の時のように厄介極まりない者に感付かれるのは勘弁してほしい。
幸いにしてキノコの能力も上がってきているし接近すればいいだけだ。
『赤』はぐるりと首を巡らせ周囲を確認すると魔法抜きの戦術を組み立てる。
《まずはグラネカラの標的を俺だけにしてお荷物共の安全確保だな。魔法攻撃以外の水や衝撃は鬼姫が防ぐだろうし、自分から言ったんだから毒姫も守るだろう》
そのためにはグラネカラの意識を『赤』に向けなければならない。
『赤』は足元に転がっていたグラネカラの頭蓋骨を徐に蹴り上げた。
狼より巨大な骨は『赤』の身の丈程もあるが、まるで木の実のように持ち上がり『赤』の頭上に舞い上がる。
上がりきった頭蓋骨が落ちてくる一瞬に、『水竜』の中のグラネカラと『赤』の視線が交差した。
『赤』の傲岸不遜な眼力がグラネカラを挑発する。
祖先の骨を粗雑に扱う行為と、まるで『お前もこうしてやる』と言わんばかりの紫眼の視線。
青いグラネカラは『水竜』の中で震えた。
その振動が『水竜』を吠えさせるより速く『赤』は動いた。
落ちてくる頭蓋骨を膂力を込めて、しかし適度な力加減で『水竜』に殴り飛ばす。
飛ばした骨が『水竜』を穿つ前に『赤』は地底湖沿いに走りだし、散乱する骨達を次々蹴り飛ばしてゆく。
しかも寸分違わず、骨は『水竜』の首部分を狙って飛来する。
つまり青いグラネカラを狙って。
止まることのない疾走はシャピ達から距離をとるものであり、蹴り飛ばすのは青いグラネカラの注意を引くため。
青いグラネカラは湖から水柱を立たせて防いだり、『水竜』を動かして骨をかわすのだが、それでも狙ってくる。
水柱の間から、動かしたその時と場所を狙って。恐るべき正確さで狙い打ちしてくるのだ。
埒が明かないと青いグラネカラは『水壁之波』を発生させた。
湖の真ん中にいる『水竜』を中心に噴水のように盛り上がった水壁は、飛んでくる骨を全て飲み込み、そのまま外敵の方へと身をくねらせた。
洞窟内での水攻めは陸上生物には効果覿面である。
水圧と壁に挟まれるか、狭い通路に流され呼吸を奪われるか。
さあ、あの生き物はどちらになるかと青いグラネカラは眺めていたが、『赤』は嘲笑をたたえた横顔で床から伸びる鍾乳石に飛び乗り、そのまま次々と飛び移り波の届かぬ高さまで逃げおおせた。
ならばと『水壁之槍』で水壁から刺を発生させて鍾乳石の上にいる『赤』を下から串刺しにしてやろうとする。
それも『赤』は跳んで避けた。
しかし避けた先には足場は無い。
青いグラネカラはここぞとばかりに一段と大きな水槍を放った。
今度こそっ!と思った攻撃は確かに『赤』を吹き飛ばした。
けれど串刺しには、ならなかった。
『魔女人形・チビ』の結界により魔力を持った攻撃は弾かれる。
飛ばされたのは攻撃の衝撃だけを受けたから、でもなく、衝撃を利用して高く跳ねるためだ。
水気のある洞窟内は滑り易く、鍾乳石のような突起物が多々あるので壁を駆け登るのは時間がかかる。
グラネカラの注意を引きながら『赤』は跳べる機会を狙っていた。
天井まで跳ぶ為に。
巨体のグラネカラの墓地だけあり、洞窟は広く高く、天井からは長年滴った氷柱がドラゴンの牙のように欄列していた。
《次は足場を作るか》
本来なら天井高く飛ばされた身体はなすすべなく鍾乳石にぶつかり落ちてくるはずである。
しかし『赤』はキノコよりも身体を扱える。
最悪、関節を外したりして有り得ない形をつくっても動けるのは元が肉塊である『人造人間』ならではだ。
今回はそんな奇形にならずとも空中で体勢を反転させるだけでよかった。
明かりの届かない天井から衝突音が響く。
シャピを助け起こして通路付近まで後退していたタンポポは目を剥いて叫び声を飲み込んだ。
音が反響する中、氷柱の鍾乳石がボロリと落ちてきた。
首を上げて見ていた『水竜』の近くにそれは着水する。
青いグラネカラは鍾乳石よりも先に落ちてくるはずの人間は何処だと頭を巡らせた。
また天井で音が響く。
まるで金属のような硬質な音。
訝しむグラネカラの湖に次々落下してくる鍾乳石が水しぶきを上げて雨を降らせる。
飛沫がかかり薄目を開けたシャピは、天井の闇の中で光る銀色の軌跡に見惚れた。
流星のように光る銀筋が高い場所で煌めいている。
あれは何だろうとよくよく目を凝らせば、鍾乳石を飛び移りながら短剣を振るう姿がある。
『赤』が鍾乳石を切り落としているのだ。
ドボンドボンと落ちる鍾乳石は、湖に水位がそれほどなかったこともあり、浮島のような形になっていく。
湖に沈んでいた先祖の遺骨が水底でボロボロと崩れていくのに、青いグラネカラは牙を剥いて唸った。
自分とて先祖から力を奪った不届き者なのでとやかく言う資格はないかもしれないが、赤の他人にここまでされては一族への侮辱が過ぎる。
狂ったグラネカラにそこまでの考えを巡らす意識ががあったかはわからない。
ただ、木の葉のように舞い降りて鍾乳石に着地した『赤』は確かに笑っていた。
ずっと嗤っているのだ。
墓場で嗤っているそれはまるで死神か悪魔。
あの嗤いを止めなければならない。
それは生存本能。
狂ったグラネカラだからこそ一番信用しなければならない本能だ。
「…足場、確保しました」
キノコのような口調で『赤』が言うや否や、湖に引きずり込もうと大波を操り襲わせる。
結界により弾かれる水に紛れて『堕悪之技』による精神感染も平行していたのだが、これは効果がないようだった。
『堕悪之技』は悪意を増幅させて精神を壊すかなり強力な力だが、生憎『赤』には効かない。
むしろ『赤』の高揚を煽るのは皮肉であった。
《うんっ?…良いね。悪いけどそれ気持ちいいわ》
銀線を描く短剣の軌跡が水槍も波も切り伏せ、結界が弾いてしまう。
足場を悠々と進む『赤』は優しく嗤っている。
青いグラネカラには最早攻撃の手は無いかに見えるだろう。何をしても防がれてしまうのだから。
だがそれは違う。
『魔法』や水を使った攻撃は本来グラネカラの戦闘方法ではない。
牙や爪、顎力を使い敵を噛み殺すのが狼であり竜であるグラネカラの技だ。
足場を作り自分の有効攻撃範囲を広げたように感じる『赤』の行動は、実はグラネカラにとっても有利な行動だった。
敵が爪の届く範囲に自らやってくるのだから。
グラネカラも嗤う。
『赤』はグラネカラなら瞬時に肉薄できる距離まで来ていた。
だが、人間が跳べる距離ではない。
跳躍力はあるようだがよしんば跳べたとしても下は湖だ。逃げ場がなくなる。
嗤う。
喉を鳴らして嗤う。
さあ、来いと。グラネカラは嗤う。
『水竜』の中にいるグラネカラにお前が届くのか?と。
水や魔法を切れても、解き放たれた我が牙をかわせるのかと。
嗤うグラネカラを『赤』も嗤って見つめる。
《足場が無いから跳べないってか?ほんとにそうだと思うのか?》
お望み通りに跳んでやろうと『赤』は水槍を切り裂きながら膝を曲げる。
グラネカラは『赤』はまず『水竜』を切るだろうと思っていた。
あの短剣で『水竜』を切り裂きグラネカラを晒してから更に短剣を振るうだろうと。
だから高く放物線を描くように跳躍するだろうと考えていた。
なのに『赤』は狙ってきた。
『水竜』の中にいるグラネカラを直接。
高くではなく、ほぼ垂直に、矢のように鋭く跳んで狙ってきた。
『水竜』の水はどうするのだ、という疑問の答えはグラネカラ自身が何度も見ていたはずなのに失念していた。
あの人間は魔法の『水』を弾いていたではないか。
短剣を振り回す方に気をとられたが、最初の『水撃』も二度目の『大水槍』もダメージを与えないどころか弾いていたではないか。
思考の殆どを闘争本能に回していた青いグラネカラは敵の正確な戦力を見誤った。
僅かに残っていた一族のプライドを刺激されて苛立っていたのもいけなかっただろう。
鍾乳石の足場を崩す程に力を込めて跳んだ『赤』が『水竜』の身体を通過する。
魔法で造った『水竜』ならチビ人形が弾いてしまうからだ。
ドプンと音がしたと思ったらグラネカラの鼻先を『赤』の踵が捕らえていた。
水中なので音が濁るような気がしたが、グラネカラの鼻がメキリッと鳴り響く。
嗤う『赤』が構わず力を込めると『水竜』の中をグラネカラは押し出されるように移動して、外との境界である水壁にぐりぐりと圧迫されてしまう。
勢いが止まらない『赤』の蹴りに、溜まらずグラネカラは外に逃げ出した。
『水竜』の首から弾けるように飛び出た青いグラネカラと『赤』。
『赤』は片足だけだった蹴りに更にもう片方を増やして両足でグラネカラを踏み抜いた。
地面から生える鍾乳石を薙ぎ倒し、遺骨を巻き上げてグラネカラは壁に激突する。
ーッ!?
鍾乳洞を揺らすような轟音と共にグラネカラの体力がごっそり抜け落ちていく。
壁に減り込んだグラネカラを足蹴にしたまま、『赤』は壁の突起物を掴んで体勢を維持し、グラネカラから離れないようにした。
そして嗤う。
グラネカラの目の前で。
血を出す鼻先で。美しい青毛が血に染まるのを眺めながら。
「…足場なんて貴方を踏めば良いだけなんですよ?これで水には逃げられませんね。魔法も使うだけ無駄ですし、観念しますか?」
キノコの演技をしている『赤』は優しく諭すように語る。
その言葉を青いグラネカラが理解出来るかはどうでもよかった。
ただ敵に見下される侮辱を聡ってくれれば『赤』はよかった。
怒りに染まれば染まる程に『堕悪』はグラネカラと混じり合い、一緒くたに始末出来る。
二つを同時に殺さなければ、どちらかが逃げる可能性があるのだ。
無論、可能性でしかないし、『赤』なら例え別個にあったとしても瞬時に始末は出来るだろう。
しかし『堕悪』を持ち込んだ何者かの介入が無いとも限らない以上、確実にこなすにこしたことはない。
案の定、『赤』の侮蔑を理解したグラネカラは頭を押さえ込まれながらも暴れ出した。
脚をばたつかせ爪で『赤』を引き裂こうとしてくる。
狼よりも大きなグラネカラが暴れれば、例え頭を押さえていても直ぐに拘束は外れそうなものだが、万力でも使っているかのように『赤』の足は外れない。
爪が掠っても体勢を崩さない『赤』。彼は忌ま忌ましそうに呟く。
「……脚、邪魔ですね」
冷たい囁きにグラネカラは一瞬硬直した。
その一瞬に銀線が煌めく。
-ギャグオォォー!!!
燃えるような熱さがグラネカラを襲った。
熱くて痛い。
痛みが熱い。
噴き出す血潮を撒き散らしてグラネカラは暴れる。
胴体を撥ねさせて壁にヒビを入れながら暴れた。
潰すように押し込まれる口から唸るように叫ぶ。
「前脚とサヨナラした気分はどうですか?痛いですよね、ごめんなさい」
ちっとも悪びれずに短剣をちらつかせる『赤』はグラネカラの血を被りながら壮絶に嗤う。
グラネカラの中で怒りが恐怖に変換されそうになるが『堕悪』がそれを阻んだ。
"怒れ""呪え"とグラネカラを責め立てる。
そうして衰えない闘志に『赤』は笑みを深くする。
「…爪も無い。牙も無い。芋虫みたいになっちゃいましたね、グラネカラさん?」
先祖を粗雑に扱われ、強大になった力をあしらわれ、生まれた時からの誇りである爪と牙を削がれ。
狂ったグラネカラは目眩がするほどの怒りに、また狂う。
グルグルと狂う。狂って回る。
中も外も。狂狂狂う。
………。
《……混じった…》
『赤』は嗤う。
満身創痍の青いグラネカラは、今、完全に『堕ちた』。
『聖樹の葉』が跡形もなくグラネカラに混じっていく。
グラネカラであり、『聖樹の葉』であり、『堕悪』に成ってゆく。
「…サヨナラ」
実った果実をもぎ取るべく、『赤』は手の平を開いた。
五指を鈎爪のように開き青いグラネカラの毛深い胴体に添えると、被った獣の血が頬を伝ってきた。
舌を出し、舐め上げ。
嚥下すると。
一気に鈎爪を突き通す。
毛皮を、肉を骨を、内臓を突き抜け、心臓まで到達した『赤』の腕は肩まで埋まっていた。
獣と水と血の臭いに鼻を擽られながら、指先に感じる脈打つ塊を鷲掴み。
《…ああ…柔らかくて気持ちいい…。生きてるって……気持ちいい》
うっとりと笑い、艶だ唇から吐息を漏らす。
《命を喰うのってやっぱり気持ちいい…》
グチュッ…
《…死んでいくって……心地好い…》
青いグラネカラの喉元を撫でてやると微かな呼吸が聞こえた。
小さくなる呼吸に呼応するように『堕悪』の気配も薄れていく。
《………死ねるって………羨ましい……》
命と呪いが霞のように散っていく。
サラサラとした毛を撫でながら、『赤』は死んで逝けるモノ達への憧憬に揺れる心に蓋をした。
キノコに知られてはならない、こんなモノは。
《…羨ましいよ、『聖樹』……》
死んで尚、想われる母親。
狂って尚、案じられる子供。
母親を慕って泣くキノコ。子供を憐れんで決断を下す者。
生きている、死んでいく。その廻る輪に。
思い想われる生命の輪に。
《…俺は入れない…》
◇◇◇
どう考えても勝てるはずがない。
けれど負けるわけにはいかないと、アーゼスは血に霞む視界を睨みつける。
レベル差も能力差もありすぎる灰色のグラネカラに、アーゼスは手も足もでないまま嬲られていた。
猫が虫をたわむれにいたぶるように、徐々にアーゼスを攻める灰色グラネカラは、かすり傷ひとつなく佇んでいる。
いや、グラネカラの方から何かをしたわけではないのだ。
アーゼスが突っ込み、グラネカラが防ぐ。
その防ぐ動作で勝手に傷ついていくのだから情けない。
転んで頭を打ち、ただの足払いで爪を喰らい、傷を増やす情けないアーゼスだったが騎士は止めてこない。
呆れるほど勝負にならないが、本人が満足するまでさせようという師匠なりの考えだろうか。
それが有り難い。
アーゼスは逃げたくなかった。
こんな、"死んだ"ような目をしたものに負けたら、自分を生かしてくれた彼女に、生きたくても生きれなかった彼女に申し訳ない。
その折れない信念がアーゼスをまた立ち上がらせる。
(死んだら終わりだっ!死ぬほど辛くて、だから死ぬ?辛いまま死ぬなんて、それで終わりなんて、そんなの生きてきた自分に申し訳ないっ。生きて、生きて、汚くても生き抜いて、納得して死ななきゃダメなんだっ!生きてるうちから死んでたら、ダメなんだっ!)
戦うとは生きる為のものだ。
死ぬ為に戦うなんて、そんなのは違うんだととアーゼスは叫ぶ。
傷だらけで血だらけの少年をグラネカラは凪いだ目で見つめていた。
力を持ちながら死んでいるグラネカラ。
無力だが生き抜く光に溢れている少年。
ここまで攻められても少年は生きる目をしている。
ああ、やはり間違いなかったとグラネカラは目を閉じて安堵する。
この少年になら殺されても良い。
殺されて、命の糧を渡しても不満はない。
力があるか、強いか弱いか、そんな事は重要ではない。
不屈の精神を持つ少年は、自分より命を大事にしてくれる。
渡した命も、大事にしてくれる。
それが大事なのだ。
目を開け、満身創痍で立つひ弱な人間を見れば、星のように光る眼光がグラネカラを突き刺す。
あの光りに殺されよう。
感謝を。感激を。死ねる喜びを君に贈ろう。
少年よ、生き抜く者よ、弱い戦士よ。
君の強さの礎に為れることを、誇りに思う。
最後に誇りを抱き死ぬ事が出来る、幸せを歌おう。
-ウオォーン!!
突如吠え叫ぶ灰色のグラネカラ。
空に吸い込まれるような遠吠えは、高く高く、風に乗って響き渡る。
まるで歌のように流れていく。
振動するような声に呆気に取られるアーゼスにグラネカラは一瞬で近づき、その牙で左肩に噛み付いた。
「っ!!ぎっあああっ!!?」
肉がちぎれて骨が軋む。
そのまま河原の砂利の上に薙ぎ倒されてグラネカラに馬なりにのしかかられたアーゼス。
激痛と失血に混濁しそうになる意識の中で、何故だ?と不思議に思った。
このグラネカラなら首を一噛みすればすむし、肩だとしても直ぐに食いちぎれるはずのに。
直ぐに殺せるはずなのに。
何故加減するのだ?
アーゼスは目の前にあるグラネカラの眼を見た。
グラネカラもアーゼスの眼を覗き込んだ。
(……っ、ああ、そうか…。そうなのか?…)
アーゼスは歯を食いしばる。
さあ殺せと、グラネカラが言っている。
アーゼスの右手には剣がある。それを突き立てろと眼が訴えている。
「ッ…し、死んだら、だ、ダメっなんだよっ!でも、でもっ!」
震える腕で剣を持ち直す。
死ぬ事でしか解放出来ないモノもあるのだと、アーゼスとてわかっている。
それでも、誰にも、死を選んで欲しくはない。
自分は『勇者』になったのだから、守れるはずなのに。
「……っくそぉっーー!!」
川の水は、あの地底湖に繋がっている。
未練がましく、先祖の墓所に連なる場所で死のうとして良かった。
身体はここで朽ち果て、命は戦士に託す。
魂は。
魂は、還る事を赦してもらおう。
卑怯者でも、情けなくとも、自分はグラネカラだ。
グラネカラの最後の場所に行く事を赦してもらおう。
そうして。
あの場所で、いつか来るであろう娘を待とう。
美しい娘、愛する妻の忘れ形見。
蒼く輝く毛並みのグラネカラを、待とう。
アーゼスはまだ勇者にクラスチェンジ出来ていません。
『称号』があるだけです。実力不足ですから。
逆にクラスは勇者でも『称号』を持たない人もいます。
クラスで勇者じゃないと、本当の意味で勇者ではないし、称号の力も使いこなせません。




