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空の寝所で




『呪い』とは。


恨み妬み僻み、憎しみが基となる状態異常(バッドステータス)を呼ぶモノ。


有り得ない変調を身体に及ぼす。

歪んだ変質を精神に及ぼす。


だが、これは払えるモノでもある。


魔法で、祈りで、奇跡で正常に戻せる。『聖なる力』で対処出来る。

忌避するものだが脅威とまではいかない。


しかし、『聖』を転じた『呪い』ならどうだろう。




『聖樹』を汚して成った『呪い』は、払えるのだろうか。



どんな『奇跡』で払えばいいのだろうか。








◇◇◇








巨大な円い部屋は仕切りも柱もなく、外と区切る為の窓も壁も無い。


天井と床が途切れた向こうには青い空と筋のような雲が流れ、まるで絵画のように部屋を包んでいる。


ーと。そこに。


晴天に似つかわしくない白い稲光が走った。


部屋の外をバリバリと一周してフッと消え。


一瞬の間のあと、部屋に落雷した。


部屋の『主』は頬杖をついたまま一連の流れを見ていたが、諦観したように瞳を閉じて眠りにつこうとした。


「クヒヒッ!寝るな寝るなーっ!無視して寝るなーっ!」


落雷の跡地から煙りを払うように声が上がり、『主』は閉じかけた瞳を迷惑そうな色に変えた。


雷と共に降りたのは人間の上半身に竜の下半身を持つ金眼の青年。

銀の鱗が装飾品のように散った身体を大袈裟に揺り動かしながら部屋の中央に歩みを進める。

動かす脚は頑強そうな竜の四肢。

尻尾をブラブラと振りながら楽しそうに進んでいく。


「五月蝿いよ『雷王』。帰れ」


中央には大きな天蓋付きの寝台があった。


天井から下がる薄い真珠色のベールが風にそよぐ隙間から、横たわる『主』が竜人をみている。


出来の悪い、理解力の無い者を見るような視線を気にせず『雷王』はそのまま寝台に近づき、『主』が嫌う大声で笑った。


「クヒヒー!帰りませんーっ!来たばっかで帰るかってのっ。相変わらず辛気臭い顔してんなーお前はよ」

「五月蝿いって言ってるだろ、黙れ。スラーナ、つまみ出せ」


不機嫌を隠さない『主』が呼ぶと、翼を持つ獅子が寝台の陰から現れ『雷王』を睨んできた。

なめし革のように光る肢体は気品すら醸し出している。

美しい牝獅子スラーナは滑るように『雷王』と寝台の間に入り、『主』を不躾な訪問者から守った。


「『雷王』、お帰り下さい」

「クヒッ、やだよー!なぁスラーナ?コイツもうちょっと外に出してやったら?幽霊みたいな顔色してさ、寝てばっかでさ。お前だって外で飛び回りたいよなー?一緒に外出したら?」

「お帰り下さい」

「クヒヒー!真面目だねー、スラーナ。嫌いじゃないけど、指図されんの、俺キライ」


『雷王』の金眼がカチリと光る。

スラーナは身を屈めて喉を鳴らし威嚇した。


『王』に敵うはずもないが、スラーナは『主』に仕える者としての矜持に溢れている。

『主』の命令遂行の為なら何時でも死ぬ覚悟があった。


「やめろ」


火花を散らした両者を『主』が止めた。


「下がれスラーナ。無茶を言った。悪かったね」

「とんでもございません、主様」

「お前もどうした『雷王』。何時もならスラーナの事なんか無視するのに、いやに突っ掛かるね?」

「クヒッ!んー、まぁな。ちょーっと、試したくなってな」

「試す?」

「俺、壊すか無視するか、それだけだったけどさ。育てる?ってーの?それをしたら、スラーナだってもう少し強くなって面白いだろーし。クヒヒ、だから半殺しにして、これを糧に次に期待しようかな~って。クヒヒー!」


実に楽しそうに語る『雷王』に『主』は唖然となった。


つまり、痛めつけて痛めつけて強くなったスラーナと戦いたい。そんな馬鹿げた事を言っているのだ。

反骨精神が旺盛ならその期待に応えてくれるかもしれないが、『王』相手ではまず最初の出会いから挫折する話だろう。


「だからスラーナなんじゃんか!お前の為なら何度でも瀕死でも向かってくるだろ?俺を殺すまで諦めないだろ?忠臣っていいよなー、クヒヒッ!」

「自分とこの奴でやれよっ。数だけはいるだろっ」

「クヒヒー!無理無理ーっ!あいつらは俺に刃向かう気概が無いもの。何しても『仰せのままに』。従順過ぎる弊害だよなー」


だからといって他人の臣下を実験体にするのはどうなのか。


苦言を口にしようとして『主』はそれは無駄だと諦めた。


『雷王』は我が儘で気分屋で自由過ぎる『王』だ。

言って聞くようならこんな無作法な訪問を毎度繰り返すはずが無い。何度言っても自分の好きなように行動する『雷王』には"聞き流す"、"諦める"、"とりあえず満足させる"、といった対処で彼が立ち去るのを待つのが一番なのだ。


諦めた『主』はさっさと『雷王』を帰そうと話を変える事にした。


「……で?何の用なの?僕、眠いんだけど」

「ホント寝てばっかだな、お前っ!クヒヒッ、ま、いっか。用はな、報告。そのうち俺、お前を超えるから」

「…はぁ?」


いきなりなんだ?と『主』が顔をしかめる。


「クヒヒッ?『原初の力』を手に入れる目処が立ったからさ、そしたらもう俺を馬鹿には出来ないだろ?」


勝ち誇ったかのように胸を張って宣言する『雷王』に益々シワを深くする『主』。


「どういうこと?『原初の力』が発見されたの?」

「クヒヒー!さて、どうかなー?」


ニヤニヤと見下ろしてくる『雷王』に『主』の機嫌が急降下していくのがわかりスラーナは冷や汗をかく。


ここで食い下がると『雷王』を楽しませるだけだと理解してある『主』は、内心の動揺を鎮めて大した事がない風を装った。

つまらなそうに、気怠そうに寝具に改めて身を預け、『雷王』から顔を逸らす。


「…いいよ、調べるから。じゃ、宣戦布告は聞いたから終わりでしょ、帰ってよ」

「クヒヒッ。なんだよ、飯でも出せよー。肉がいいな、肉っ!キメラ肉が…」

「お帰り下さい、『雷王』」

「あ、スラーナ、押すなよッ。帰るって、帰りますー!クヒヒー!」


バリッと白い閃光を放ち雷を纏った『雷王』が『主』とスラーナに手を振って部屋から外に飛び出た。


白い雷が空中でバチバチと発電しながら部屋を振り返った。


「じゃ、またな。そうそう、調べて見つけても、先約(・・)は俺だから。下手に手だししたら覚悟しろよ?クヒヒッ」

「五月蝿いよ、速く帰れ」

「クヒヒッ、スラーナも今度はゆっくり遊ぼぜ?」

「……遠慮致します」

「クヒヒー!じゃーなっ!」


蒼天に飛び込むように閃光が走り、笑い声を残して『雷王』は去っていった。


『雷王』が去った部屋には元通りの静寂が訪れる。


部屋の端まで行き本当に帰ったか確認してきたスラーナが、寝台で深い溜息をつく『主』をいたわしげに見つめた。


「お帰りになりました。お休み前に何か召し上がりますか?」

「いや、いらない。…全く、嵐のような奴だね。疲れるよ」


仰向けに体勢を整えた『主』にスラーナは前脚で器用に上掛けをかけた。


天蓋から下りるベールの波を眺めながら、『主』は『雷王』が言っていた事を考える。


前々から『雷王』は『原初の力』を持つ『主』に何かと突っ掛かってきていた。


自分より『主』の方がその『力』によって優位に立っていてズルイというのが『雷王』の持論だ。

『主』としてはその程度で何をムキに、と軽くあしらってばかりだったが、それは余裕からではなく、自分に対する卑屈さからだった。


『主』の持つ『力』は『呪い』だ。


欲したモノでも望んだモノでもない、『主』を縛る受け継がれてきた『力』は呪いでしかない。


むしろこれのせいで自由がない生活を送る『主』からすれば自由な『雷王』が妬ましく、自分の惨めさが際立ってしまい、余裕がある態度を作る事で自分を守ってきただけだ。


しかし『雷王』が固執する『力』を持っている、その優越感があったのも事実で。


同じ『力』を持つようになっても、『主』に自由は無く『雷王』は自由。


それは、面白くない。


「スラーナ」

「はい」


ベールで隠された『主』を外から見守る獅子が顔を上げた。


「『雷王』の言ってた事、調べて。あと、『解呪』の方はどうなってる?」

「畏れながら進行は芳しく無く…。やはり『原初の力』には同等の力でしか無理だと…」

「……そう…」

「調査の方はお任せ下さい。『雷王』は手を出すな、と言いましたが、『上手く』手を出しておきます」

「任せるよ」


この『呪い』をなんとか出来るのは、やはり『聖なる奇跡』しかないようだ。


溜息をまたついた。溜息ばかりだ。


『聖なる奇跡』。

失われた『奇跡』。

神が回収してしまった、世界には過ぎた『奇跡』。

こんな世界には勿体ないと、神が次々と取り上げてしまった。


最期の『奇跡』が所持していたという『聖邪逆転』があれば、この身を蝕む『呪い(のろい)』も『呪い(まじない)』となって好転するのに。


探しているが見つからない。

やはり神が既に回収したのだろうか。

『魔女』が秘匿しているかもしれないと探りをいれていたが、人造人間の研究にはそんな要素は無いようだった。


「…そういえばあの悪魔…失敗したんだったな…」


もしかしたらの可能性と、『魔女』の戦力削減の為に人造人間の拉致を命じた悪魔は失敗した後、慇懃無礼に謝って出奔していった。


喧嘩を売った形にはなったが、『魔女』は沈黙している。とすると人造人間には大した価値は無かったのだろうと『主』は考える。

『魔女』ならまた造ればいいだけだろうし、そんな些細な事で喧嘩を買うのも馬鹿らしいとしたんだろう。


苛烈な『魔女』が何もしてこないのは、つまりそういうことなのだろう。


「主様。もうお休み下さい」

「ああ…そうだね、そうする」


『魔女』に喧嘩を売ってまでの捜索は失敗。

面倒な『雷王』は何やら画策しはじめて。

自由に動ければ全て解決するのに『呪い』がそれを阻む。


上手くいかない人生にまた溜息をついて『主』は目を閉じた。


せめて夢では自由で在りたいと。


「おやすみスラーナ」

「おやすみなさいませ、主様」



ベールの先に深々と頭を下げてスラーナは敬愛する『主』が寝入るのを待つ。


そうして『主』が眠ったのを確認してから、配下の魔物達を召集し、『主』の命を告げた。



「『魔王』様の命を告げるっ!心して聞くようにっ!」























『雷王』の配下は洗脳されているかのように『雷王』至上主義。

『雷王』自身は統治しないで放置しているのだが、勝手にいろいろと盛り上がってる。


『魔王』の所は実力主義の下剋上ありで殺伐としてるが、統治は上手くいってる。寝てばっかりだけど、それも仕事。

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