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ダンジョンにいこう ~ノロルの異変・3~

 

 

 


霊廟は冷え冷えとした地底湖だった。


地下とは思えない大空間は鍾乳洞であり、見上げた天井の鍾乳石から滴るかそけき水がゆっくりと湖に波紋を呼ぶ。


地下であるのに明るいのはグラネカラの遺骨達が光っているから。


壁に寄り添うように、床に折り重なるように。

狼に似た頭蓋骨、強靭であったろう脚骨、逞しかったろう肋骨が、ここで果てた先人達の存在を示すかのようにそれぞれ光り輝く。


そして湖の中に眠るように沈んでいる数多の骸達も淡く光っていた。


不可思議な青白い光りを放つ骨達。


神聖さすら漂う幻想的な蒼い地下空間。



その湖の中程に、骨が重なり出来たような浮島に。


青く蒼く、凝縮したような青がまるで漆黒に見えるような。


そんな毛皮をした美しいグラネカラがポツンと鎮座していた。


石像のように動かない青いグラネカラは、目を閉じ自分の半生を振り返っていた。





生まれ、育ち、愛され、叱られ、反発し、悟り、愛し、喜び、泣き、笑い。


平穏な毎日、山で過ごした毎日、美しい世界に包まれていた毎日。


幸せだと、信じていた。当たり前な毎日が幸せなのだと。

退屈を不満と思ったりもした。

不満が苛立ちに結び付いたりもした。

でも、それだけだ。

幸せを壊す気はなかった。


なのに、なのに自分は。





『…長老。失敗。こちらは。…成功。成功。完了』





あの見知らぬモノに穿たれた『堕悪』に自分は染まってしまった。


何故、というなら若いから、だろうか。


長老は自制心が強く、長老としての自戒も矜持もあるので『堕悪』が齎す甘言に呑まれなかった。


けれど自分は……。

些細な不満を甘言に引きずり出され、肥大させられ、曲解され、堕ちた。



もう戻れない。


祖先達の終の寝床を荒らし回り、守ってきたグラネカラの宝を片っ端から喰らった自分は、戻れない。


グラネカラでもない。

狼でも、竜でもない。


自分はもう、なに(・・)でもない。




長老が自分を閉じ込めていられるのも長くはないだろう。

自分が此処を出ていく前に、どうか決断してほしい。


私を殺してほしい。


この最後の()が消える前に。

私が私でいられるうちに。



私を殺しに来て。













フワリと毛皮が揺れた。


何か来た。


獲物だ、そう喜ぶ身体。来るな、そう叫ぶ私。


ゆっくりと眼を開くと、小さな人間が見えた。


先祖の遺骨のような白髪の子供。



どうしてだろう。

穿たれたモノが熱い。


熱くて熱くて、奮える歓喜が沸き上がる。


熱さが教えてくれる。あの子が終わらせてくれると。




先祖の意思のように白い子供が、私を殺してくれるのだと。







◇◇◇








《……おいおいっ、おいおいっ!話が違うぞあの獣ジジイッ!!》

(長老様……ウソつき……)


憤慨する赤の言葉にキノコは同意を示した。


地下の墓場に至る道中、ヒシヒシと感じた強い気配。

グラネカラの長老は『そこまで強くなっていない』と言っていたが、それにしては感じる強さが異常だ。


おかしい、と思いながらも歩みを進め、青い鍾乳洞で見つけた件のグラネカラを"見透かし"してみれば、『うえっ!?』といいたくなるステータスだったのだ。




名前:  青鱗のグラネカラ

種族:  グラネカラ (水竜亜種変異牝体)

レベル:  340

能力:  身体制御  疾風怒濤  顎力倍増  強力健脚  鱗力倍増  魔力制御  水神魔法  怒之倍増  堕悪之技 神之血統 継承之業

《狼と竜の合いの子グラネカラの中でも優秀な個体は青く変色するが、これは水竜の力が大きくなるためである。このグラネカラは外部要因により強制的に増強されており変異までしているので実力は未知数。接近注意》








レベル340。


今までキノコが相対してきた中で最も高いレベル。


もちろん『魔女』や『雷王』とは比べものにならないが、『樹之護法』が勝手に戦闘スイッチを入れるほどには脅威といえる。


現に青いグラネカラを見たシャピは震えが止まらないようだし、タンポポは蒼白になって腰を抜かしていた。


赤が話が違うと怒るのも無理はない。


《騙されたっ!あのモウロクグラネカラっ!全身の毛皮毟ってやるっ!》

(うぇー……レベル340って強すぎませんか?強すぎですよねっ?)

《…ああ強いな。だが『雷王』に比べたら蚤みたいなもんだ。大丈夫、いけるイケる》

(ほ、ほんとですかっ?逃げた方が良いなら早く言ってくださいよっ!?)


『晒された悪塔』でのボスの時と似たような状況に、なんらかの作為を感じる。

まさか赤がわざと何かをしているのでは?と思いつつ、キノコはグラネカラから目を離さないようにしていた。


グラネカラの常識を外れたレベルの"青いグラネカラ"はレベルだけみればキノコの百倍近くある。

一瞬でも気を抜いてしまっては即死してしまうレベル差なのだ。


普通はなんとかならない、普通なら。


《レベルは百倍でも能力値は同等なんだ。やれるに決まってるだろ?……それに、逃げようにももう遅いだろうしな》


赤の嘆息混じりの言葉とともに、グラネカラの銀色の瞳がゆっくりと開いていった。


あの銀色が開ききる前に逃げれば、あの銀色に捉えられる前に動けば。

そう後ろ向きに考えて始めていたキノコが動くより早くグラネカラは開眼した。


銀の瞳孔がキノコを捉えると、グラネカラを見ていたキノコと視線が交わる。


(……綺麗な銀色)


静かな湖面に映る月のように涼しげな視線は、『堕悪』に染まってはいないようにキノコには見えた。


キノコの中には長老から取り出した『堕悪』の塊がしまってある。


キノコの毒で覆ったのにも関わらず抵抗してくる猛り狂ったかのようなモノに、あのグラネカラも苛まれているのだというなら。


どうしてあんなに静かに美しいのだろうか。


ひょっとしたらまだ染まってはいないから、あんなに綺麗なのではないだろうか。

そう望みを抱いてしまうほど『堕悪』とは不釣り合いな静謐の銀だった。


(…お話、出来るかな?出来るなら…)


森の奥、水と風の音しかしない、あの森(・・・)のようなグラネカラと話してみたい。

そう思ったキノコが口を開くより先にグラネカラは動いた。


『……ウォンッ!』


ほんの軽く、一声哭いたグラネカラから、空気が波のように揺らいで広がった。


「っ!」


吠え声で発生させた"衝撃波"が湖面を走り地を這ってキノコ達に襲い掛かって来た。

グラネカラを中心に前後左右真上まで、半球の形に伸びるそれに白い骨達が潰されていく。


キノコはシャピ達の前に躍り出て手刀により"衝撃波"を斬りあげた。


瘴気妖気の類ではないが、称号『断ち切る』の効果もあり武器無しでも斬る事が出来た。


けれどキノコの手袋は威力に耐えられなかったようで、弾け飛んでしまっていた。


(ありゃ…手袋壊れちゃった…)

《…ヘタレ、短剣を使っていいぞ。あいつを素手でなんとかするのはちょっと難しい》


赤の許可が出たので腰から短剣を抜き取り油断せずに構える。


いきなりの攻撃は完全に致死の一撃だった。

目が合っただけで、しかもシャピ達を巻き込む攻撃を行ったグラネカラ。

好戦的というよりも破壊衝動が勝っているような行動に、やはり『堕悪』が影響を及ぼしているのだと赤が示唆した。


「キノコ……ありがとう……」

「ありがと、う、ございます……」

「大丈夫ならいいんです。それじゃ二人とも、僕が囮になりますから逃げてください」


攻撃されたことにより我に返ったのかシャピとタンポポが礼を告げてくるが、キノコは視線をグラネカラに定めたまま二人に退却を勧めた。


恐らく、キノコは勝てるだろう。


けれど絶対であるわけではないし、二人を守りながら戦える自信もない。


手袋が壊された事で今一度自覚したが、キノコは『毒』だ。

少し前までは余計な毒被害を出さないようにと、手袋をしていた。


今は制御が上手くいっているから外部に被害が出ていないが、身体がこの手袋のようになってしまっても制御出来るかは分からない。

その時シャピ達を『毒』で死なせる訳にはいかない。


グラネカラに怯えてしまっていた二人なら提案を受け入れてくれると思ったのだが、どうやらそうもいかないらしく、シャピが不機嫌を隠さずに拒否してきた。


「…なんで…キノコが囮に?……嫌。私、戦う…青いグラネカラ…私の獲物…」

「わ、私、も、逃げるのはっ、っ…すみませんっ!…」

「…奴隷、腰が抜けてる…。逃げるのは無理……」

「でもシャピ様。タンポポさんはさすがに危ないと思うんです。タンポポさんだけでも逃がしてあげてくれませんか?」

「主人を置いて奴隷が逃げるなんて、あり得ない…。…言ったでしょ?キノコ…。コイツの面倒は見るって…」


キノコからの退却勧告が気に入らなかったのか、苛立ったシャピからは恐怖が抜けていた。


しっかりした脚取りでタンポポを庇う位置に立つと、グラネカラから目を外さないキノコの横顔に毅然と言い放った。


「…私、戦う。…一緒に帰るんだから、私も、一緒に戦う…」


浮島のグラネカラにシャピも視線を定め、臨戦体勢に入った。


怒りのままの熱い気を発し始めたシャピに反応したのか、グラネカラが低く唸りはじめる。


グラネカラの鋭い気配に逃げ道は無くなったとキノコ息を呑む。

完全にグラネカラに敵と認識されてしまった。


《なら、やるしかないだろう。》


「シャピ様…。…あのグラネカラさん、レベル340です。あとステータスで…」


やるしかない、なら、情報を共有するべきだとキノコはグラネカラのステータスを伝えた。


「340っ?……強い…」


レベル差に驚きはしたが、シャピの意欲は消えていない。

むしろ覚悟をもってみなぎり始めた"火"の魔力で温度が上がったようにも思えた。


水場のため湯気すらたちそうな温度に一番反応したのは『水神魔法』を持つグラネカラだった。


『ウォーンッ!』


一際高く吠え空気を震わせると、"水"の魔力に地底湖の水が操られ始めた。


ヒョイと軽く跳躍し、空中に身を踊らせたグラネカラに生き物のように水が引き寄せられていく。

上から下に落ちるのが道理なのに、下から上に、登っていく水流達を唖然と見つめるキノコ達。


透明なはずの水が青く見えるほど"青いグラネカラ"の魔力が染みていき、染色された水が十重二十重と獣の身体を包み混んでいく。


そうして現れたのは、青い水で出来た長いシルエットの……『竜』だった。


湖から首だけ出したような形はまるで蛇であったが、避けた口に覗く牙、鱗と角まで再現された姿は正しく『竜』。


『青竜』だ。


(……赤様…あれ、『竜』に見えますけど、『竜』じゃないですよね?魔法ですよね?グラネカラさんが『竜』に進化したとかないですよねっ?)

《ああ、魔法魔法。本体がいきなりレベルアップしたとかじゃないから強くなったわけじゃない。。ただなぁ……ここ、『水』の力場なんだよ。しかもグラネカラの墓場だからアイツの『領域』でもある。その分補正がかかって通常の『水神魔法』より強力になってるわけで…》


赤が言いよどんだ瞬間、『青竜』の大きく開いた口から射るような水流が放出された。


巨大な『青竜』に見合った『水撃』は丸太のように太く岩を砕く圧力でキノコ達を襲う。


ただ濡れてしまうわけではない。

水圧で押し潰し息を奪うであろうそれを、キノコは斬ろうと短剣を握り直した。

しかしすぐ側で上がった『熱』がキノコより速く飛び出す。


「『火渦竜(ドルドアーチ)』」


シャピの魔法が『炎の竜』となって『水撃』を迎撃した。


ぶつかり合う双方の魔力の境目で、火は消され、水は蒸発し、激しい相殺音を響かせて一進一退を繰り広げている。


《…補正がかかって強くなったグラネカラには、いくら『火神魔法』でも、いくら『鬼姫』でも、いくら『火渦竜(最上級魔法)』でも、力負けしちまうだろうな》


話の続きをそう締めた赤が言うように、徐々に押されて小さくなっていく『炎の竜』。


ジュワジュワと気化していく水と火の水蒸気が靄を作り、視界が悪くなっていく。

相殺点が『水撃』に押されるほど熱波が近づいてきて息苦しくなってきて、シャピの魔力も弱くなっていく。


攻撃魔法は基本的に長時間放出するものではない。


するのであれば下準備を整え、自分に合った『力場』を見繕わなければ、精密作業に集中力を欠いて魔力暴走を起こしてしまう。

息を吐きつづけるのは無理なのと同じだ。


それでも流石は『鬼姫』として生まれたシャピ。

適性のある『火』とはいえ、見事に操り長持ちさせたといえるだろう。


だがここはグラネカラの『力場』。

『湖』『鍾乳洞』『グラネカラの墓場』『グラネカラの遺体』と『水』の力に溢れている。


『火』の『鬼姫』には圧倒的に不利なのだ。


「…っうっ!…」


眉間にシワを寄せたシャピが唸る。


いまだかつて見た事の無いシャピの焦りにキノコは見入っていた魔法から意識を戻した。


「シャピ様っ!無理しないでっ!チビさんっ、お願いします!」


…キュピルーン☆


『魔女人形・チビ』に防御してもらったキノコが飛び出すのとシャピが力負けしたのはほぼ同時だった。


競り勝った『水撃』がシャピを飲み込む寸前、滑り込んだキノコによって水流が『青竜』に反射する。

だが、圧力が無くなったわけではないので押された勢いのままキノコはシャピと共に吹き飛ばされてしまった。


後ろにいたタンポポを巻き込まないよう飛ばされながらも身体を捻ったキノコは、シャピを抱き込み壁に背中から激突した。


「っ!!」

「…ぐっ」


鍾乳洞を揺らすような音が響き、壁からボトリと落ちたキノコとシャピ。


撥ねるように地面に落ちたキノコは慌ててシャピの無事を確認する。


魔力操作により疲れがみえるが、キノコが庇ったので外傷はなさそうだと息をついた。


反射された『水撃』を受けてももとが水の『青竜』は平然とその身で飲み込み、効果は無いようだった。


『青いグラネカラ』といえば。


『青竜』の喉元辺りに居るのが見える。

こちらも何のダメージも受けていないように、水の中でユラユラと漂っていた。


だが、キノコはグラネカラの静かな銀が『堕悪』に染まっていくのが見えた。


怒りなのか恐怖なのか、迎撃された事がきっかけなのかはわからないが、あの銀目が濁っていくのが見える。


「…ああっ!待って、待って下さい!行かないで、そこに行かないでっ!」


キノコは叫んだ。

遠く、しかも水の中までは届かないだろうが、叫んだ。


「今、今助けますからっ!待って、頑張って…!それ(・・)を取り除いて…」


グラネカラの銀を蝕んでいく『堕悪』にキノコは意識を寄せた。

長老から取り除いた『堕悪』と繋がっているのでそこから手繰り寄せるように近づいた。


『青いグラネカラ』にとり憑いた『堕悪』の大元である、それ(・・)に触れようとした。




《……?》


赤の足元の芝生が揺れた。


「…うえっ?」


脅えたように、揺れた。







『堕悪』は、まるで(すす)で作ったようだった。


焦げて焼き尽くされて散っているような、灰ではなく黒い煤。


散ったものすら集めて、固めて、悪意で形を作ったような。



陰でしかないような黒い形。

それは確かに、『葉っぱ』だった。




何かの木の、『葉』。











《……『聖樹』っ!?》


赤が叫ぶと同時に、白い精神世界が黒く落ちた。












◇◇◇










おいで。


ここにおいで。


そんな所にいる必要はない。


だって。

だって。世界は。世界はひどい。


世界を支えた。偉大な。そんなものすら。


壊して。潰して。搾取して。最後の。最期まで。欲で浸して。


ひどいだろう?


ひど過ぎるだろう?


こんな世界だ。

君がいる。意味もない。

君が見る。意味がない。


『聖樹の後継』。おいで。


はやくおいで。

ほら。今。愛想を尽かして。世界から。全部から。


逃げておいで。


優しい。君が。


壊される前に。



そんなふうに。墜ちるために。使われる。前に。




はやく。絶望して。



ここにおいで。




























シャピ様はグラネカラよりレベルが下ですが、『鬼』の種族はグラネカラより強いし『鬼姫』は特別なので、同じ条件下なら競り勝ちます。

あとシャピ様は魔法より肉弾戦が得意です。

魔法も凄いんですけどね。

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