ダンジョンにいこう ~ノロルの異変・2~
クンクン、クンクンと鼻を動かして誘導してくれるキノコが可愛すぎる、とシャピは頬を染めていた。
多彩な能力を得ているキノコは、グラネカラの臭いを追って森を進んでいく。
その後を追いながらシャピはキノコの後ろ姿を凝視していた。
一時もその姿を見落とすまいとする執念を感じる。
シャピの後ろにはタンポポが続く。
地面や木に目印を残しながらついてきているタンポポは余計な事は話さないで黙々と山道を歩く。
これで弱音を吐いたり足手まといになったりしたら殺していたが、自分に出来る事を邪魔しないようにこなしていく姿にシャピは安堵していた。
タンポポが泣き言を言ったらキノコが気にかけてしまう。
キノコに迷惑をかけるような女は要らないのだ。
(…だから私も…。迷惑にならないように、強くならなきゃ……)
そのためにグラネカラを探しにきた。
キノコを巻き込んだが、今は彼もレベルを上げたいと言っていた。
だからこれは迷惑じゃない。
(…うん、大丈夫……。むしろ一石二鳥…)
そう自分に言い聞かせているシャピにキノコが声をかける。
「シャピ様。グラネカラさんが集まってるような臭いを見つけましたよ。山に入っちゃいますけどいいですか?」
「……『ノロル山』だよね……。私は良いけど…」
そこでシャピは言葉を濁して後ろのタンポポをちらりと見た。
それだけで聡いタンポポは理解したようでキノコに自分から進言した。
「山の方がモンスターも強くなっているはずです。私のレベルでは足手まといとなりますからこちらでお帰りをお待ちしています」
「え?でも…この森だって結構強いモンスターさんがいますよ?危ないです」
レベル50のグラネカラが徘徊する森はそれ以外のモンスターもそれなりに強い。
シャピでは確かに苦戦する場所だ。
「隠れていれば平気です。それにお二人ならさほど時間をかけずに戻られるでしょう?待っています」
「……でも…」
互いに引かない二人にシャピは眉根を寄せた。
足手まといは迷惑だが、キノコを困らすのもダメだ。
シャピとしては足手まといなタンポポを置いてキノコと二人で進みたかった。
タンポポもそれを察しての留守番役だったのだが、キノコは納得していないようだ。
ここは『妻』として、『旦那様』の憂いを晴らす手伝いをしなければ、とシャピは鼻息を荒くする。
「…キノコ…。コイツは私が見てるから…安心して…」
「えっ?……シャピ様?」
「"青いグラネカラ"は私の獲物だから……私がやるけど…。見つかるまでは…私が死なないように見てる、から……」
「……いいんですか?シャピ様、人間は苦手なんでしょう?」
「人間はキライ……。でも、コイツは『奴隷』みたいなものなんでしょう?……キノコの所有物なら、大事にしなきゃ……」
「……え?」
キノコの動きが止まる。
何故シャピの中でそんな関係図が出来ているのか理解し難く、思考が停止したからだ。
物扱いされたタンポポは満足げに頷き、シャピの発言を嬉しがっていた。
「…タンポポさん?…なんで喜んでるんですか?」
「えっ?…その……奴隷とか所有物とか言われて興奮してしまったんです……。勝手に盛り上がって申し訳ありません。ちょうどここに、しなり具合の良い枝がありますね。どうぞこれで打ってください。さあ、どうぞっ」
タンポポは素早く自生していた木の枝を切ると、感触を確かめキノコに差し出してきた。
その枝とタンポポを見比べてなんともいえない苦い顔をしたキノコ。
途端、シャピは声を荒げた。
「奴隷っ!…キノコにそんな顔させるなんてっ!…あんた何様のつもりっ?!」
「すっ、すみませんっ!ですが、奴隷に懲罰を与えるのは主人の大切な役目ですっ。でないと奴隷が傲慢にっ…」
「そもそもタンポポさんを奴隷になんてしてませんよっ、僕っ!?」
「あんた……人間のくせにキノコにお仕置きされたいだなんてっ…!…贅沢っ!」
「お、お仕置きっ!?……なんて魅惑的な響きっ……興奮しますっ!」
「聞いてます?ねえ、聞いてください二人ともっ!ねえってばー!」
涙目になって奴隷解放を訴えるキノコの叫びは少女達に聞いてはもらえず、木霊となって森に響いた。
◇◇◇
妙なことで時間を取ったが、『ノロル山』の中腹まで順調に登ってきた三人は順調に目的を達していた。
キノコ達の目的は『グラネカラ捜索』。
只今、そのグラネカラに周囲を囲まれている状況なので、目的は達したと言っていいだろう。
そう、囲まれている、包囲されているのだ。
これはグラネカラに奇襲をかけられたせいで陥った状況ではない。
グラネカラの群れが陣取る場所に此方から突っ込んだ故の状況だ。
山の中腹辺りの少し平らな斜面、剥き出した岩が不規則に並ぶ場所はグラネカラの集会所のようなものなのかもしれない。
臭いを追ってたどり着いたそこには灰色の獣達がかなり集まっていた。
ここに集中していたのなら、なるほど、道中で遭遇するはずもないだろう。
恐れを知らないキノコ達はその場所に何の策もなく踏み入った。
当然、威嚇され何体かが攻撃を仕掛けてきたが、全てキノコが触れず殺さずに無力化してしまった。
仲間がやられたのだ。勝てなくとも向かってくるだろうとシャピは思っていたが、囲むだけで以後手出しをしてくる様子がない。
そうしてここまで来てしまった。
あるいは、誘導されたのかもしれないが。
普通ならこれだけの数に囲まれたら萎縮してしまうだろうが、そこは『鬼姫』。
自分達を見つめてくる無遠慮な視線に苛立ちながらも、シャピは目的達成に近づいた事に内心ほくそ笑んでいた。
(……これだけいるなら、青いヤツもいるかも……)
目視で26頭、隠れている気配は17頭。
飛び抜けて強い気配は感じないけれど、隠しているのかもしれないし、まだ他にも仲間がいるかもしれない。
(…それにしても…なんで襲ってこない?…『鬼』の私に臆した?…)
『変身』の効果で"角"は見えなくとも、『鬼姫』の力は聡い魔物ほど敏感に感じとるだろう。
勝てない相手に挑む愚かさを持たず、様子見に徹して自分達の領域に誘い混んだのかと思ったが、何時になっても攻撃してこない。
一定の距離を空け、視線だけ寄越してくる。
唸り声も上げずに灰色のグラネカラ達は三人を見つめるだけだった。
「……えっーと……。シャピ様、グラネカラさん達、何かあったんでしょうか?」
「…何か?どうして?…」
キョロキョロとグラネカラ達を遠目に観察していたキノコが言いにくそうに口を開く。
「グラネカラさん達の中に、ステータスに『疲弊』『絶望』って出てる方がいるんです。あと『臆病』とか『自暴』『懺悔』とか……」
「……バッドステータスに、なってるって事?…」
だから襲ってこないのだろうか?
シャピも座っているグラネカラを見てみるが、キノコのような能力が無いので詳しくは分からない。
けれどそう言われれば覇気が無いようにも見える。
「…何か、諦めている雰囲気がありますね。さっき河原で見たグラネカラに似通った…『悲壮感』を感じます…」
弱いけれど察知能力が高いタンポポが呟く。
「悲しいんでしょうか?彼らは」
「自分達のテリトリーに無断で侵入している私達に何もしてこないのは…。する元気がないか、する意味がないか…。キノコさん達が強いのを感じているせいもあるでしょうが、つまりは諦めているということでしょう。…あるいは…"見極めている"のかもしれません」
「見極める…敵か味方か、ですか?」
『"有害"か、"無害"か、だな』
キノコに応えるように低い声がした。
身構えるキノコ達の周りではグラネカラ達が全て立ち上がり、ある方向を向いて頭を垂れていた。
岩場を越えた奥にグラネカラ達は敬意を表していた。
『そう、こっちだ。奥に参られよ、異邦の方々』
低い男の声がキノコ達を呼んだ。
誘われるままに奥に進めば、岩と木で覆い隠すようにした場所に、グラネカラよりも更に巨大な獣が横たわっていた。
グラネカラよりも鱗が多く、どちらかというと竜の要素が目立つ。
白くなった毛皮には薄青さが入っていて銀色に輝いて見える。
年老いた『青いグラネカラ』だとシャピは目を輝かせた。
鱗が変形したのか、ゴツゴツした顔は触れただけで痛そうだ。
それに反して開いた瞳は柔らかい色合いでキノコ達を迎えた。
『ようこそ、異邦の方よ』
この巨大なグラネカラが話していると分かるのに、口が僅かも動いていないところを見ると『念話』なのだろう。
シャピは意に反して背筋を伸ばしていた。
このグラネカラには礼を欠いてはいけないと、『鬼』の部分が囁いている。
「初めまして、こんにちは。僕、キノコです」
『…おお、礼儀正しい子だ。こんにちはキノコ。私はグラネカラの長老だ。名前はないので好きに呼んでよい』
「はい。じゃ、長老様?ですね」
基本的に挨拶を欠かさず礼儀もあるキノコは早くも気にいられたようだ。
長老の目が優しそうに細まった。
グラネカラに囲まれた時から蒼い顔色だったタンポポもキノコに倣って挨拶をする。シャピも名乗った。
「…私、シャピ……」
『……おお、おお。なるほど、なるほどな。そうかそうか…。これも天の采配か…有り難いの』
「?」
シャピを見た長老は得心が行く声を出したがキノコ達には良く分からない。
『ああ、いや、すまなんだ…。さて、何から話そうか…。そうだな、まずはそなたらはの来訪理由を聞こうか?』
好意的な長老に目的は?と聞かれて一行は戸惑った。
まさか『グラネカラ討伐』だとは言えない。
しかも『青いグラネカラを狙っている』など、本人に言えるはずもない。
「えっーとですね。青いグラネカラさんの鱗が欲しいんです。長老様、青いグラネカラさんですか?良ければ譲ってくれませんか?」
ところがキノコは呆気なく白状した。
だがその内容は『討伐』を伏せていたので直ぐに怒りを買うような事態にはならないだろう。
殺して奪う、シャピはそう考えていたが、ものは言いようだ。
『青いグラネカラ?…ああ、確かに私は青かったが、今は白くなったぞ。素材が欲しいのか?』
「はい。シャピ様の武器を作りたくて」
「シャピ、そうか、そこの…『鬼』が…」
「あれ?長老様、シャピ様の『変身』、見破ってるんですか?」
『年を取ると"目"は役に立たんからな。根本を見るようになっていくものだ』
へーっ、と感心しているキノコを尻目に、シャピは舌打ちしたくなった。
正体がばれないというのは有利だ。
種族が分かると対策を練られてしまう。
無論、その程度の差異は捩じ伏せる自信があるが、やはり切り札としては取っておきたい。
その札をいきなり看破されたのだから、焦りが生まれる。
それに看破されたことで確信した。
この長老は特別なグラネカラだ。
おそらく、『青いグラネカラ』というのを差し引いても特別。
『…なるほど、そなたらの目的は分かった。では、私と取引しよう』
「取引、ですか?」
『この山の地下に我等の墓場がある。そこに下りたグラネカラを殺して欲しい』
「…っ?!」
仲間を殺せと長老は言った。
『…下りたグラネカラは青い。殺してその素材を持って行くといい。素材が取れなければ私の物を渡そう』
「長老様?あの、グラネカラの、身内なんでしょう?なんでそんな…」
『恥ずかしい話だが、あれは堕ちたのだ。…つい先日、やってきたモノに心を惑わされて、堕ちた。我等は仲間意識が高く、祖先を敬う種族。なのにあれは墓場に下り、祖先の遺骸から宝を吸いだしてまで"力"に走った。最早グラネカラと認められん。私の命があるうちは閉じ込められるが、それも長くはない。出てきたらここにいるグラネカラ達を喰らい、更に"力"を求めて暴れるだろう。そうなるのは阻止したい』
「…えっーと、正気に戻す、とか出来ませんか?」
『不可能だな。殺してやるのが救いだ。…無理にとは言わん。嫌なら断って良い』
どうする?と長老は目で聞いてくる。
話していたのはキノコなのに、その視線はシャピを射抜いていた。
(…なに?私に、行けっていうの?…)
拒否を許さないような視線に居心地が悪く身じろぎするシャピ。
それには気付かず、キノコは長老をじっと見つめて何かを考えているようだった。
「…長老様。貴方を蝕んでいるそれがそもそもの原因でしょうか?」
長老の頭辺りを指さしキノコは言う。
『…分かるのか…。そう、私とあれに植付けられたこれが、原因だ。私はなんとか耐えられたが、年若いあれには無理だった。何の目的であのモノはこんな事をしたのか……』
「…取りましょうか?」
『なに?』
「だから、それ、取り出してあげることが出来ますけど。取りますか?」
何も気負わず飄々とキノコは提案した。
シャピには長老を蝕んでいるのが何か知り得ないが、キノコが出来るというなら出来るのだろう。
『…キノコよ。それは真か?謀っているのではないな?』
「違いますよ、本当ですよ。あ、そっか。説明不足ですね。僕、ステータスが見えるんですけど、長老様のステータスに『堕悪』ってありますよね。それを僕の『毒』で冒せば、後は僕が吸い上げればいいだけなんで簡単ですよ?」
あっけらかんとキノコは言うが、それがどれだけ凄い事か。
(…キノコ、分かってない…。でも、凄い…。『魔女の養い子』は伊達じゃない…)
バッドステータスを更なるバッドステータスで上書きする。
言うのは簡単だが、そんな事をしても不調状態が二つになるだけだ。
普通なら。
「他のグラネカラさんの不調は時間があれば回復するでしょうが、長老様のはかなり酷いです。あの方達も長老様を心配して不調になってるんでしょう?取った方がいいですよ?」
『…出来るのなら、してみよ』
キノコが長老に向かって腕を伸ばすと、長老が一瞬身体を揺らした。
やがてキノコの手の平の上に黒い靄のようなモノが集まり、玉を成す。
見るだけで危険だと分かる陰欝とした気配を放つ玉に、タンポポは後退りして距離をとった。
「うぇっ…僕の毒で冒したのにまだ暴れてますね、これ。よく耐えられましたね長老様」
『…っ!?お、おお…っ?なんと、なんという』
見るからに生き生きとし出した長老に周囲のグラネカラが喜びの遠吠えを繰り返す。
「どうです?少しは良くなりましたか?」
『少しもなにも…!頭がスッキリして気分爽快とはこのことよっ!礼を言おう、キノコよっ』
「いえいえ。それにしてもこれ、本当に厄介ですね。地下に行ったグラネカラさんと繋がってるようですから、これだけを毒しても時間が経てば元に戻ってしまいますね」
そういってキノコは『靄』を掲げた。
「…繋がってる?…じゃ、そのままキノコが飲み込んだりしたらっ……」
「僕自身も可笑しくなっちゃうでしょうね。かと言って今更長老様に戻せないし…。とりあえず毒漬けにしておけば『堕悪』には戻れないだろうし、大丈夫かな?」
「だ、大丈夫じゃないっ!…キノコが、可笑しくなっちゃうの?…ど、どうしようっ…。そうだ、奴隷っ!アンタがこれを飲めばっ」
「いやいやっ、大丈夫ですからシャピ様っ!タンポポさんでも僕の『毒』には敵いません、死んじゃいます!」
「……キノコさんの毒で死ぬっ?……やだっ、興奮するっ!」
盛り上がるグラネカラに混じって騒ぎ出す三人を、落ち着いたらしい長老が声をかけた。
『繋がっているなら、地下のグラネカラを倒せば良いのではないか?』
体調が良くなった故の喜色混じりの声はシャピの勘に障った。
どうも長老はシャピを向かわせたいらしく、このままではその目論みにまんまと乗っかってしまう。
こんな会ったばかりの奴の思い通りに動くのは癪だ。
けれど。
「うーん…。そうですね…。どっちみち鱗は欲しいし…。でも、僕達でなんとかなる相手なんですか?」
『多少は強くなっているだろうが敵わないわけではないだろう。『鬼』がいるなら大丈夫だ』
けれど結局、キノコは向かうのだ。
厄介事に自分から向かう、素直で流され易いキノコにシャピは着いて行くしかない。
『旦那様』に従うのが『妻』なのだから。
◇◇◇
"有害"か"無害"か。
今のグラネカラにはどのようなモノも助けにはならない。
なにもかも害でしかない。
だから見極めていた。
これらの異邦人はどうなのかと。
害を振り撒くか、そうはしないか。
しかして彼らは"益"だった。
『鬼』がいたとき、天に感謝した。しかも『火』の気配が強い『鬼』。
『鬼』の火炎能力ならあの者にも勝てるはずだ。
しかもこのまま朽ちるだろうと諦めていた私から『堕悪』を取り除くという離れ業までやってのけた。
ああ、彼等は"有益"だ。天が遣わしてくれたのだ。
残念ながら味方ではないが。
他人だからこそ打算的に見れる、その上で彼等との出会いは"利益が有った"。
地下の墓場にいるグラネカラにはどうだろうか。
凝り固まった毒のようになったグラネカラの子には、どう感じるだろうか。
彼等の『薬』はお前に届くだろうか。
『毒』となったお前には『薬』は『猛毒』でしかないのだろうか。
グラネカラの子供、狼と竜の子供よ。
一族の為にお前を捨てる、私を恨んでおくれ。
お前を殺すのは私だ。
私の殺意が、お前を殺す。
だからどうか、この子達を恨まないでおくれ。
『念話』が出来るのはそういう能力を持っているか、レベル200を越えるかになります。
『念』なので言葉を覚えていなくても大体通じます。
話が通じない種族も勿論います。




