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魔女屋敷 ~赤様の野望~



『啜る悪意』。



所謂『闇組織』。


世界中に蔓延る闇組織の詳細な規模は不明。

しかし裏社会を牛耳る巨体組織は並の国では相手にならない程の影響力を持つ、いわば裏の『帝国』だ。


そして『帝国』は世界各地に『領地』ともいうべき下位組織を持ち、水面下で蠢いている。


豊富な資金、豊富な人材、豊富な人脈、豊富な情報網。

苛烈な暴力、卑劣な策略、邪悪な信条、冷酷な対応。


それらを駆使して表と裏を行き来する彼らに集められないモノは無い。


亡国の姫君を、宗教界の聖書の真贋書を、ドラゴンの心臓を、妖精の魂を、対価を払えば揃えてしまう。


その物品の中でもランクがあり、やはり入手困難な物も存在する。


『聖樹の小枝』もその一つだ。


『聖樹の小枝』は希少性と性能の高さ故に、『啜る悪意』でも昔から積極的に収集していた。


他にも『聖樹の幹』『聖樹の根』『聖樹の葉』等もあるという噂だが、どれもこれも現存数が少な過ぎて幻の品と言われ、『啜る悪意』でも探すのに苦心する品々だ。



それもそうだろう。


それらを産み出す『聖樹』は、もう失われているのだから。


残っているものが無くなれば、それで終わりだ。







◇◇◇







「……『啜る悪意』について私が知るのはこの程度です。自国から出たことの無い私はザリオン王国以外での活動拠点や上層部の構成は知ることができませんでした。『聖樹の小枝』というのは聞いたことがありますが、現物を見るのは初めてです。なので、やはり大したことは分かりません」


【『聖樹』か……。ワシの時代では…確か…、魔法使いの杖や錫杖の素材として重宝されていたな……。魔力が増えるし頑丈なので打撃にも使えると……。『啜る悪意』というのは聞いた事がないな……。もしかしたら、ワシの知るいずれかの組織が母体となったやも知れぬが……】


「…『啜る悪意』…知らない…。『聖樹』は知ってるけど、言い伝えで知ってるだけ……。世界の真ん中に生えていたんだって……」


「あっ、そういうのなら俺も知ってる!種蒔きや収穫の時に歌うんだ!

『土を掘れ掘れ、種を撒け撒け、育て育て聖樹より。聖樹に繋げ緑の大地に繋げ、そこは楽園、この世のヘソさ』

『恵みを歌おう、感謝を込めて。母なる樹が歌うように。梢が歌うよ鳥のように。私も歌うよあの樹のように』

……って、いつも何処かで誰かが口ずさんでたなぁ」



各々が『聖樹』と『啜る悪意』について知りうる事をキノコに語る中、赤はその情報を整理していた。


無論この四人の話だけで真実なんて見えてこないが、ぼんやりと何かが浮かび上がりそうになるので思考を止めないでいる。


《騎士の時代には既に『聖樹』はアイテムだった。てことは少なくとも400年前には『聖樹』は死んでいる。『啜る悪意』が収集してるのは組織としては当たり前だな。"力"はより多い方がいい。……その"力"の為に『聖樹』を殺した…?"欲"は人間が一番だが、歌で讃えるような存在に手をかけるか?それに世界の真ん中なんて…。おい、ヘタレ。聞いてんのか?》


キノコは自分から話を振ったくせに、『聖樹』の扱いについて聞くうちにまた塞ぎ込んだのだ。


赤が座る椅子の後ろで芝生に亀みたいに踞っている。


《あのなぁ、『聖樹』ったって、死んだら木材だ。利用されるに決まってんだろ》

「……お母さん、ただの木じゃないものっ……」

《だから重宝されて、未だに現物があるんじゃないか?それで『聖樹』に遺体とはいえ会えたんだから良かっただろ?物は考えようだ》


確かに母親が死後も利用されているのは憤慨ものなのかもしれないが、生憎と赤にそんな感情は湧いて来ない。


湧いてくるのは"疑問"だ。


《……なぁヘタレ。『聖樹』の最後…お前の森は焼かれたんだよな》

「……はい。キノコの体だから良く分からなかったけど……熱くて…怖かったです…」

《『聖樹』も焼かれたのか?切り倒された?》

「っ!……わ、分からない…です…。僕、お母さんに逃げろって言われて……」


キノコの話では森は確かに火事になっていたようだ。


だが肝心の『聖樹』の最後が知れない。


また"疑問"が盛り上がってくるのを赤は感じる。


何故、『聖樹』が殺されたか。

誰が、『聖樹』を殺したか。

それが気にかかる。


そもそも、歌を謳う程の信仰対象である『聖樹』を殺す意味があるだろうか。

『聖樹』の"力"を狙った、それが一番可能性がありそうだが、樹木である『聖樹』は葉が落ちるし枝も折れる。

それらを用いれば事足りたのではないだろうか。


《まぁ、際限のない欲望の暴走かもしれないがな》


そうしてそういった欲望に負けやすいのが"人間"だ。


時に信じられないような解釈と論理で"欲"を正当化する種族故、暴挙に出てもおかしくはない。


だが、『聖樹』の利用価値を見るに他種族でも有りうる。


火事など起こして『聖樹』が焼け落ちたら意味が無いが、"火"を扱うのに長けた種族ならなんとかなる。

または"魔法"。


そうすると全ての種族が怪しくなるわけだが。


『聖樹』の最後がはっきりしていないのも気にかかる。


《実は生きてる……なんて事になったら…》


流石にそれは無いだろうと赤は頭を振った。


『樹之護法』を始め、『聖樹』の"力"はキノコが受け継いでいる。


仮に生きていたとしても、"抜け殻"でしかないのだ。

どっちにしろ枯れて死ぬ。


赤は直ぐにその考えから意識を反らしたが、呟きを聞いていたキノコが異常に反応した。


「…っ?…赤様っ?お母さん、生きてるんですか?!」

《ああ?…いや、それはあくまで希望というか、憶測でしかなく…》

「…うぇ…。じゃ、じゃあ、あの小枝からお母さんを作れませんか?!」

《は?……そういやそんな事を考えてたな、お前。結論から言えば『無理』だ》


キノコは情けない顔で赤を詰るように見つめてきたが、無理なものは無理というしかないだろう。


《体を蘇生……この場合は培養、増殖か?まあ、元通りにするのは多分可能だけどな……。お前も魔女の実験でよく分裂されていたからわかるだろうが、その分身の方に"お前"はいた(・・)か?》

「……?……い、いませんでした。僕は、僕だけで…?…」

《そう、"魂"は分裂出来ない。本体から分身体に移動したり、操ったりは可能でも、"魂"を複数存在させるのは無理なんだよ。つまりカラッポの大樹が生まれるだけだ》


キノコと赤のように精神が複数存在することは希にある。

二重人格とか精神分裂症などと言われる。


だが"魂"は一つきりなのだ。


「…な、ならお母さんの"魂"があれば?」

《まぁ、理論的には成功するだろうが……。そもそも『聖樹』の"魂"があるかも分からないだろう?》

「な、無いとも、かぎらないでしょう?」

《死んでるなら消滅してるだろうが?》

「えっと、だから、お母さんの体はバラバラにされて…。なら、そのどれに"魂"が逃げ込んでるかもしれないでしょう?」


赤は足を組み替えながら、キノコが提示した可能性を探る。


《『聖樹』がどの程度まで出来るのか分からないから何とも言えないな…。『魔女』なら出来るだろうから、全く可能性が無いわけでもないし…》


"魂"関連の能力は殆どが禁断レベルなので普通なら所持することは出来ない。

だが『聖樹』なら、持っていても不思議では無い。


「でしょう?なら、なら、お母さんを集めたら…、お母さん復活してくれますよね?」

《おいおい、まぁ集めるのは構わないが、復活するとは決まってないだろ?》

「そ、そうですね。でも、でも…」


ひょっとしたらの希望にキノコは活力を見出だしているようだ。


だがその希望は『聖樹』を収集している『啜る悪意』と対立する考えだということを教えなければならない。


赤としては闇組織とやり合ってレベルが上がれば『雷王』とも渡り合い易くなるので歓迎したい事柄だが、基本的にヘタレのキノコにそこまでの気概は無いだろうと思う。


案の定、闇組織なんて物に喧嘩を売る行為だと諭されたキノコは泣きそうになっていたが、『聖樹』に関わる事だからか決心を曲げなかった。


《ふぅん?じゃ、そこらへんの事も鬼姫達に話せよ。ほら、とっとと戻れ》

「な、殴るのやめて下さい!」










メイドが地図を持ってきて、それを囲みながら今後の道程を話し合う一同を眺めながら、赤は先程の疑問をもう一度考える。


何故、誰が、どうやって?


そして『聖樹』の死。


当事者であるキノコがその直接の場面を見ていないのだ。

一度は振り払った『聖樹生存説』が、キノコの"分身に移動している"発言でほんの少し真実味が出てきたこともあり、もしかしてと思ってしまう。



外ではキノコが『聖樹』を集める為に『啜る悪意』と対立するかもしれないと話したせいで、多少賑やかになっている。


反対する毒姫。

怯える勇者。

激励する騎士。

快諾する鬼姫。


喧しい。


うるさい外野から自分の思考に戻り、赤はまた考える。


《…生きてる、としたら。姿を隠している以上、逃げて助かったか、捕まって搾取されているかだろうな》


森を襲ったのに『啜る悪意』のような犯罪者が関わってるなら、後者の確率が高い。


《でもなぁ、逃げたなら『魔女』を頼ればいいし、捕まったなら『魔女』が黙ってないし…。やっぱり死んでるって考えるのが普通だよな》


だからこそキノコに能力を継承したのだろうし、生かしたのだろうし。

第一生きてるなら『魔女』が動いているはずだ。

『魔女』を出し抜く事が出来れば話も違うが、それも現実見がない。


どんな仮説も答が無い以上証明する事も出来ない。

今はもう考えるのをやめておこうと息をつく。



『聖樹』が失われてから少なくとも400年。

その間一体どれだけの『聖樹』が世界で消えていったのか。

あとどれほど、残っているのか。


《ま、頑張るのはヘタレだからな。俺は『雷王』の方を注意しとくか》


赤が椅子に深く腰掛け直すと、外ではなんとか纏まった話し合いで、最初の目的地が決まったようだった。


このまま北上すると辿り着くダンジョンに向かうようだ。


《…俺も機会があれば"表"に出るか。体との馴染みを計っといた方がいいしな》


戦闘能力でいえばキノコより赤の方が数段上だ。


けれどしっかりと体を動かした事が殆ど無いのではもしもの時に対処が遅れる。


ダンジョンなら多少は派手に暴れても問題ないだろう。


唇をニイッと吊り上げて赤は含み笑いを零した。






《俺だって強くならなきゃな。生き残る為にも…》

















キノコも赤様も気にしていませんが、"キノコ"の年齢が何となく判明しました。

キノコは千年に一度といわれる幻の菌類です。

それで考えると更に上、かもしれません。


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