旅立ち……の前に
良く晴れた日だった。
街道から外れた小さな村に珍しく旅人がやってきた。
老夫婦の開く小さな宿に泊まった青年は食事もそこそこに『疲れている』と部屋に引きこもった。
夜中。
老爺が物音に気付いて部屋を覗くと、一人で何やら話している光景が見えた。
『すいません』
『自分が馬鹿だった』
『許さなくていい』
『誓う』
『お願いする』
洩れ聞こえる言葉から"訳あり"なんだと判断した老爺は、さっさと出ていってくれる事を祈った。
翌朝。
村はほぼ自給自足の生活なので、宿をしている老夫婦も畑に出ていた。
すると客の青年が手伝いを申し出てきた。
『体を動かしたい』
そう言って。
若僧に何が出来ると馬鹿にしていた老爺だったが、鍬を振るう姿、雑草を刈る手際良さ、作物をいたわる手つきに感心してしまった。
足腰が弱った自覚があった老爺の何倍も青年は働いた。
夕方。
畑を手伝ってくれたからと老婆は奮発した料理を出した。
青年はキレイな所作で食事をしていた。
聞けば祖母が厳しかったのだと言う。
縫い物を始めた老婆に青年はまたも手伝いを申し出てきた。
流石に男子が裁縫など出来ないだろうと老爺は思ったが、青年はチクチクと針を縫い進めていく。
几帳面な縫い目は少しもズレが無く、綻びも無かった。
視力が落ちていた老婆は大変喜び、青年も少しだけ楽しそうにしていた。
夜中。
また青年は誰かと話していた。
気味が悪い。
悪いが、老爺は見てみぬふりをした。
誰だって、何かしらある。
懺悔したい事、忘れたい事、悔やむ事、忘れられない事。
詮索はするべきではないと老爺は客室を後にした。
青年は三日間滞在した。
客なのに老夫婦を手伝い、またそれが大いに助かった二人は青年に礼がしたかった。
青年は綺麗な布はないかと聞いてきた。
老婆は古い物だが模様が美しい布を渡した。
小さな端切れだったが青年は充分だと受けとる。
その布に何かの種をくるみ、胸元のペンダントにしまっていた。
大事な種だから。
綺麗な夢を見れるように包んだんだ、と話す青年は泣きそうに笑っていた。
金髪の娘が青年を迎えに来た。
恋人かと思ったが、娘の青年を見る目は剣呑で、態度はそっけない。
尻を叩かれるように急かされ宿を出る青年に、老爺は思わず声をかけていた。
『辛かったら泣け。お前は土に愛されている。涙は大地に吸ってもらえ。それでも足りないなら空を見ろ。同じ空を俺達も見ている』
柄にもなく励ましの言葉を贈る老爺に青年は深々とお辞儀をして、
『…ありがとう。でも、もう泣かないと決めたんです』
そのまま顔を伏せたまま去っていった。
その日も良く晴れた日であった。
◇◇◇
《……来たみたいだな》
!?うぇ?赤様?何?
いけないいけない!
蟻さんの行列追いかけていたら目が離せなくなっていました。
意識が蟻さんにもっていかれてましたよ!
しかし蟻さん、凄いですね?
自分より大きな虫さんを運んでいるんです。
しかも長い距離を。
僕もこれから長い距離を旅しますから、自分のことみたいに思って励ましてたら夢中になってました。
で、来たって誰が?
あ、勇者さんでしたね。そうそう。
タンポポさんが迎えに行ってたんでした。
今いる場所はマランダの街から伸びる街道の分岐点です。
道は北と西に伸びています。
二人が来るまで僕とシャピ様はここで待っていたのですが、どうやら二人が来たみたいですね。
「只今戻りました」
「おかえりなさいタンポポさん。お迎えお疲れさまです」
少し強張った顔のタンポポさんの後ろにはあの『勇者』さんがいます。
こちらも強張った…緊張した面持ちですね。
ああ、でも。
情けない顔はしていません。
初めて会った時とは別人みたいに凛々しい顔をしています。
あの島で、勇者さんとは一端別れました。
ナナさんを埋葬したいと言う勇者さんは、保安官さん達が来る前に島を脱出。
その後身を隠して街から遠ざかっていたわけです。
そんな彼とまた会う必要なんかないんですが、勇者さんががどうしてもとお願いしてくるので『師匠のナイフ』を貸し出していたのです。
なんでも、師匠に弟子入りしたいんですって。
もちろん師匠は一笑して一蹴してましたが、えらい迫力の勇者さんが絶対に口説き落とすからと。
ならやってみろと師匠が誘いに乗り、期限は今日です。
さて、どうなったんでしょうか。
「それで?結果はどうなんですか?」
勇者さんからタンポポさんが取り上げたのでしょう、タンポポさんが取り出したナイフから『師匠』が昇り立ちます。
青白い炎を暗い眼窩に浮かび上がらせ、闇を纏って現れた師匠は僕に向かって一つ頷くと。
【…うむ…。弟子入りを……許可した……】
そう告げてきました。
それにあからさまに嫌な顔をするタンポポさんと、舌打ちするシャピ様。
師匠に弟子入りするとなると、当然僕達と行動を共にするのですが、勇者さんは嫌われてますから二人の態度は仕方ないですね。
僕?
僕はまぁ、今はそこまで嫌ではないかな?
『雷王』さんから庇ってくれたし、ほんとは優しい人だって分かりましたし。
だから師匠が良いなら僕は反対しませんよ。
「…やっぱり、嫌…。弱いヤツ、足手まとい……」
「まぁまぁシャピ様、これから強くなればいいんですよ。それに女子供だけで旅をすると、また誘拐とかされるかもってドンチャさんが言ってましたし」
誘拐されていたドンラさんが帰って来て大喜びのドンチャさん一家には、先程別れのご挨拶をしてきたところです。
ドンラさんはタンポポさんと一緒に捕まっていたらしく、タンポポさんに抱きついて無事を喜んでいました。
タンポポさんが冷静にいてくれたお陰で、自分達も取り乱したりしなかったそうです。
"ありがとう"と言われてタンポポさんは困っていましたね。
それから、もう街を出るのだと話すと、ドンチャさんが忠告してきてくれたんです。
『女子供だけで旅!?また誘拐されたいのか!?悪いことは言わねぇ、護衛を雇え!』
見た目が弱そうな僕達は悪い人に狙われ易いんだそうです。
だからハッタリでも強そうな保護者を連れていけと助言されました。
「勇者さんがいれば見た目も大丈夫でしょ?だからそんなにむくれないで…」
「…大丈夫?…コイツが?……」
「キノコさん、それには同意致しかねます」
【…うむ、キノコよ…。こんな貧弱では、余計に御しやすいと狙われるやも知れぬぞ……】
「……」
メタメタに言われて凹む勇者さん。
そうかなー?役に立たない?
でも僕より大きいし、保護者っぽく見えませんか。
【だが……マシになるように鍛えるつもりだ……。しばらくは厄介者だろうが……連れていってやって欲しい……】
頭を下げる師匠を見て、勇者さんも慌てて土下座してきました。
「本当に、都合のいい事を言ってるのは理解している!俺みたいな汚いヤツなんて見たくもないのも分かる!でも、俺はもう逃げたくないんだっ!ちゃんと『騎士』になりたい!」
勇者さんは額を地面に擦り付けて叫んでいます。
「ナナは俺を『勇者』にしてくれたけど、名ばかりの勇者なんて嫌なんだ!ちゃんと実力をつけて、そう成りたい。炊事洗濯なんでもしますから、同行させて下さいっ!」
ゴンッと更に頭を打ち付ける勇者さん。
必死にお願いしてるのが伝わります。
「…お前の作ったモノなんて、食べたくない…」
「婦女子の衣服を洗濯?…とんだ変態ですねっ!」
それなのにズッパリと切るシャピ様とタンポポさん。容赦ないです。
それでも結局、僕が許容してるということで二人も折れてくれました。
「……キノコが許すなら……」
「そうですね。騎士様にここまで言われたら……」
【すまんな…二人共。……出来る限り邪魔をさせぬようにする…】
「あ、ありがとうございます!本当に、俺、なんでもします!」
確かに勇者さんは今は弱いですけど、師匠が鍛えるし、なんでもするって気概があるなら直ぐにも強くなりそうです。
直ぐですよ、直ぐ。
僕も負けずにレベルアップしなきゃ。
「えっと……それじゃあ、これから旅が始まるわけなんですが…。ちょっと確認したい事がありまして…。勇者さん、これ、拡げてくれます?」
「え?あ、ああ。こうか?」
勇者さんが拡げた布は、あれです。
『魔女屋敷・携帯版』!
そうっ!余りの性能に見て見ぬ振りをしてしまったあの道具です!
「?なんだ、これ。カーテン?」
訝しながら勇者さんが布を持ったまま腕を上げると、確かにカーテンみたいに見えます。
一枚布なのかと思ったんですけど、真ん中に切れ目が有りますね。
あそこから入るのかな?
「そのまま持ってて下さいね」
「ああ、いいけど?…」
「あ、盗難防止で重力魔法が発動しますから、持ち逃げしないほうが身の為ですよ?」
「おまっ!俺をなんだとっ……。は?重力?」
真ん中の切れ目を左右にソーッと開いてみました。
……勇者さんの胴体が見えます。
ひょろっとしたお腹。もっとムキムキ筋肉になって欲しいものです。
「…あれー?」
「キノコ?…なにしてるの?」
「キノコさん?」
おかしいな?
使い方が違うのかな?
《それじゃ入ってないだろ?見えるわけがない》
えっーと、じゃあ。
僕は布を大きめに開いて頭を突っ込んでみました。
そしたらもちろん、勇者さんのお腹に頭突きをすることになる……。
なりませんでした。
「うえっ?」
フカフカの赤い絨毯が敷いてある広い場所。
高い天井には大きなシャンデリア。曲線を描いて左右から2階に伸びる階段は精緻な彫りが随所に見られ、踊り場には上品な花瓶に生けられた色鮮やかな花々。
ランプの台座すら手が込んでいる透かし彫りで、更に置物であろう騎士の甲冑が剣を構えて壁に並んでいます。
玄関ホール、でしょうか?
僕の目に飛び込んできた風景は、凄く立派なお屋敷の玄関です。
何処、ここ?
(…………)
《ああ、こりゃ確かに屋敷だな》
赤様が納得した声を出して、僕があんぐりと口を開いていると。
お昼なのに何故か薄暗い玄関ホールに灯かりが一つ、灯りました。
丁度僕から真っすぐ行った、二つの階段の真ん中辺りです。
そうしてユラユラと揺れながらこっちに近づいてきます。
よく見ると、立派な燭台に刺さった蝋燭が燃えているのです。
その燭台がユラユラとやって来ます。
燭台が。
(…赤様、僕おかしいかな?燭台が浮いているように見えます)
《おかしくないぞ。俺もそう見える。不思議だな》
不思議ですねー。
燭台って勝手に動くようなものでしたっけ?
とうとう僕の目の前まできた燭台。どうやって動いているのでしょう。
よくよく見ようと目を凝らすと、持ち手の辺りからジワジワと浮かび上がるように白い色が現れてきました。
白い…手袋です。
手袋から徐々に腕、肩、体と、浮かび上がっていき。
そうして頭まで現れて、最後に顔、瞳に光が点りました。
「……ど、どなた?」
現れたのは青白い肌で白髪をピッチリ整えた、御髭もピッチリしてるお爺さんです。
「初めまして坊ちゃま。私、当屋敷の管理を魔女様より任されております、カエンと申します。坊ちゃまが旅を快適に送れるようにお手伝いするのが主命でございます。以後、何なりとお申しつけ下さい」
お爺さんは掲げた燭台を少しも揺らさないで礼を取ると、重低音の耳触りの良い声で答えてくれました。
にっこりと笑う顔は好好爺で親しみやすく、頼りになりそうな安心感があります。
師匠とはまた違った頼りがいがありそうです。
ただし下半身は透けてますが…。
透けてますが…。
あれ?カエンさん、生きてます?
魔女屋敷は呪いの館なので、当然棲んでるのは……。
 




