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修行と師匠と魔女さんと




僕はキノコです。


キノコの朝は早いです。


朝露がお日様の光を纏う前、僕は外で準備体操を始めます。

腕を伸ばして足を屈伸させ、首をクルクル回してみたりします。これ、結構楽しいですよ。


そうして体をほぐしてから林の中を走り出します。


緑の中を走るという幸せに浸りすぎると、木の根っこに転んだりするので危ないのです。

自然のままの林は散歩ならまだしも走るのに向いていません。枝がはびこり雑草もびっしりです。


でも『循環法』を使って意識を敏感にすれば、様々な気配や様子がわかりますし瞬時に反応出来ます。


これは『師匠』が提案してくれた自主訓練の方法です。


この走り込みで体力アップと『循環法』の性能アップを目指します。


(キノコ)

(おはよーキノコ)

(キノコ走ってる)

(走るキノコ)


妖精さんが走る僕に並走しながら話しかけてきました。


「おはようございます」

(キノコきょうそう)

(きょうそうしよう)

(速いほうが勝ち)


キャッキャとはしゃぐ妖精さんは楽しい事が大好きです。

かけっこは僕も大好きですよ。


この体になってからは走りやすいうえに疲れにくく、なんといっても歩幅が違うので走った時の爽快感が段違いなんです。


「競走ですか?いいですよ?」

(やったー)

(やったー!キノコと走るー!)

「負けませんよー!」


僕だって結構速くなってるんです。頑張りますよ!





◇◇◇





今日も妖精さんに負けて僕は泉にやってきました。


お日様がようやく顔を出しきった頃ですかね。結構走っていたかと思いましたが、まだ体力には余裕があります。


自分の体調は常に把握しておくこと。


これも『師匠』の教えです。


(ウフフッ、キノコ負け)

(負けキノコ)

(かったかったー!)


楽しそうに妖精さん達は飛び回ります。

ちょっと悔しいです。


でも、『悔しいなら自分を鍛えて乗り越えろ』と教えられましたから落ち込んだりしません。


鍛えて、強くなる。


そうしたらスライムさんを探しに行けます。

落ち込んでウジウジしてる暇なんてありません!


体も温まり、呼吸も落ち着いてきました。

そろそろ『師匠』を呼びましょう。

魔女さん手作りのウエストポーチからナイフを取り出すと、妖精さんが騒ぎ出します。

これも毎回ですね。


(キノコまたするの?)

(キノコまた?)

(やだなーやめよう?キノコ)

「ダメです。妖精さん達、師匠とケンカしないでくださいよ?」

(してないもん)

(しないしない)

(成仏したら?って助言してるだけ)


ブツブツ騒ぐ彼等も最初に比べたらだいぶ軟化はしていますが、やはり自然の権化の妖精からしたら、成仏しないでいる幽霊なんて不自然なモノ許せないみたいです。


だからいつも『師匠』に難癖を付けてケンカになるのです。


でもそのやり取りも本気で罵ってるわけではなく、じゃれあっているようでもありますが。


泉の側の座るのに良さそうな岩に鞘から抜いたナイフを置きます。


そうして三歩程後ろに下がり、その場に正座して正面を見つめます。妖精さんは僕の背中に隠れてしまい、サワサワ囁きながら様子を伺います。


ナイフからユラユラ妖気が立ち上り形を作り上げていくのも見慣れた感がありますが、緊張感は毎日のように増しているようです。


この妖気と自分の力、それをハッキリと比較できる能力が身についたからでしょう。


派手ではなく小さな波のように揺らめく妖気はとても濃く、圧縮した密度の大きさを計れるようになりました。


とても強く大きい。山のような静かな妖気。


それを意思で形にし、彼は現れます。


「おはようございます、師匠」


爽やかな朝日の中に似つかわしくない暗い影が僕を振り返ります。青白い眼光が少し細められ、『師匠』は静かに応えてくれます。


【……おはよう、キノコ……今日も精進しようではないか………】


妖精さんの野次の中、僕と師匠の修業が始まります。





◇◇◇




シャシャシャッと師匠のマントが僕に襲い掛かります。


右からの攻撃を体を捻って交わすと足元を狙った一撃でバランスを崩してしまいそうになります。

それをジャンプして凌いでも次々と向かって来るマントに休む暇もありません。


上、下、右、右、左ときて上。後ろからも来ます。


【…常に気を張り巡らせろ……自分の内部の気を…外に外にと広げろ……】

「はいっ!」


師匠の言うようにできているのかわからないのですが、キノコの体の時の感覚を思い出しながら鞭マントを避けます。


思えばキノコの時は視覚がないので気配を読むのが当たり前だったのです。


今の人造人間の体になったら、『見える』という衝撃と感動に、そのような野性が廃れてしまったのでしょう。

進化とは得るモノだけではないということですね。


体内の毒は日々望まない進化をしていますが。


先日、とうとう魔女さんの結界を破って家の一部が腐食していました。


恐ろしい事です。

僕はどこまでいくのでしょう?


「あっ!」


余計な考えをしたせいでマントが頬をかすりました。


幽霊の師匠のマントは勿論実体はありませんので傷はつきませんが、衝撃は伝わります。


【……雑念も、また良し……それでも反応すれば良いだけ…】


師匠は気にするな、と言ってくれますが、これはいけませんね、怠慢というか慣れが出てきているようです。


師匠の修業は色々ありますが、この鞭マントを避けるのが1番多くて僕も慣れてきたのでしょう。

変幻自在に襲ってくるマントは規則性がなく速さも違うので大変ですが、慣れないということはないです。

数をこなす、というのは慣れるということですから。


「……すみません師匠。もう一度最初からお願いします」

【フフッ……よかろう、では………む?】

「?」


師匠がマントを操ろうとして動きを止めます。

何やら探るように妖気を操り、溜め息のような言葉を吐きます。


【…キノコよ……凄まじいな、そなた……】

「え?なんですか?」


師匠はマントの一部分を持ち上げて見やすいようにこっちに向けてくれます。


黒い霧のような妖気に覆われたマントのその部分が、何故か虫食いのように小さな穴が幾つも出来ています。

その穴を埋めようと妖気が蟲くのですが、上手くいかないようです。


なんでしょうか、あの穴?


【……そなたの『毒』にやられたようだ……ワシの妖気にすら干渉するとは……最早、物理的な毒ではないな……魔術毒?神聖毒?……なんなのだ……?】

「………………」


なんなんでしょうかー!!?





◇◇◇





「魔女さん!魔女さん!起きて下さい!!」


僕は魔女さんの部屋のドアを叩きます。


必死です!ここしばらくは起きなかったパニックになりつつありますよ僕!


魔女さんか起きるのは基本的にお昼過ぎですから、今はぐっすり寝ていて起こしたら悪いとか考えられません。


僕の毒は、どんな次元に行き着くのでしょうか!!?


『………うるさいーー……キノコ……うるさ……』

「魔女さーん!起きて!」


なんとか起こして師匠のところに魔女さんと向かいます。


魔女さんの寝巻きは透けている素材なので寒いかもしれませんが、急いでいるので今は考えません!


「し、師匠!」

【……む、キノコ……魔女殿は起き……っ!?】

「…うー、なんなのよー?眠いのにー」

「師匠っ!魔女さんに説明お願いします!」

【……なんという姿で……破廉恥なっ!……】


叫んだ師匠の目の青光りが消えます。

目を潰ったのでしょうか?それより何より、説明してください!


半分寝ぼけている魔女さんを見ないように師匠は話してくれました。

僕の毒の異常性を。

フンフンと聞くうちに覚醒した魔女さんは、大きな胸を持ち上げるように腕組みしました。

あれ、重そうですよね。


「ふーん…そーねー、確かに凄い毒ねー?……毒、というより、状態異常を起こすー……いやーこの場合は存在干渉ねー。ちなみに毒消しの魔法は有効かしらー?ちょっとかけるわよーコンカッター?」

【……助かる………うむ、どうやら効いたようだな……とすると『毒』には違いないのか…】


魔女さんが師匠に指を向けて解毒魔法を使うと、効果が出たみたいです。


幽霊の師匠に解毒薬なんて使えないから、良かったです、本当に!

でも、魔女さんは更に難しい顔をしています。


「…うーんー?幽霊という意識体にも干渉する毒ー?肉体なら衰弱痙攣その他諸症状ー、でもコンカッタの場合はー意識混濁ー……混乱ー?んー」

【神聖化された毒なら……幽霊のワシにも効くかもしれんが……】

「『聖樹』の落とし子だからねー、あるかなー?うーん……」


二人が唸り始めます。


こんな時僕は無力です。

自分の事なのに何もわからないのですから悲しくなります。

せめてわかる事を考えましょう。


動きやすい体になって目標も出来た。

循環法も使えるようになり、制御まであと少し。


さっきの慣れといい、上手くいっている事に油断しすぎていたのでしょう。


僕が上手くいっている、それは僕が成長している強くなっていること。それは僕の身体や中身にも成長を促し、だからこそ毒は魔女さんの結界すら破ったのに。


破ったあの日から今は何日経ったのでしょう。


正直、結界破りと妖気浸蝕のどちらが凄いのかは解りませんが、あの日からもっと危機感を持って修業していれば今頃は制御可能だったかもしれないのです。


僕はまた、『毒』から目を逸らしていたのです。



性懲りもなく自己嫌悪を繰り返していると、師匠がそういえば、と話しはじめます。


【…そもそも、キノコのステータスはどうなっているのだ?……ワシのシゴキにもついてくる……循環法も基本は完璧だ…人造人間ということだが……その身体が優秀と…いうわけでもあるまい……】


ステータス?

はて、なんですか?それ。


「…ステータス……あったわねーそんなのー」

【…いや、常識ではないか?少なくとも身体を鍛える以上……それとも…現代では無用なのか?……】

「んー?そんなことないわよー?重要重要ー。ギルドとかはそれでランク付けしたりー国も重用したりー?でも忘れてたわー。私レベル測定無用の『違物(チガウモノ)』だしー?そもそもキノコにレベルってあるのかしらねー?」

【……ステータス自体は物体ならなんでもある……はずだが…キノコは二つ分のステータスということになるのか?……】

「うーん…意識体と生命体ー、融合体ー?どうなのーキノコー?」


いきなり話を振られても、そもそもステータスってなんですか?


戸惑う僕に魔女さんは「あー知らないかー」と納得して説明してくれます。


ステータスとは早い話が生体情報、能力情報の事。


種族や健康情報、戦闘能力等などがまとめてステータスといわれそうです。


知りませんでした!


キノコにそんなの知る機会なんてなかったですし必要ない生態でしたから。お母さんに寄生してただけですからね。


でもステータスが分かれば僕が今現在、どんな状態なのかがわかるらしいのです。


なんて便利なステータス!

僕の毒がどういった毒なのかわかるんですね!?


「んー、そうね分かるわよー、多分ねー?だから早く調べなさいー?」

「は、はい?調べる……って?どうすれば?」

【……自身の心の中で……ステータス表示……と唱えろ……】


ステータスは基本的に自分のものしか知り得ないそうです。

自分だけの能力、でも誰でも持つ能力。


魔法でステータス解析も出来るそうですが、難しい上に簡単な事しか分からないのだそうです。


(ステータス表示!)


僕は念じてみました。出来るだけしっかりと意思を込めて。


……。

…………。

…………………………………。

………?


「………あの……何が起こるんですか?」


魔女さんと師匠が『ん?』と首を傾げます。

僕も傾げます。


てっきり何かが僕に起きるんだと思いましたが、何も起きません。


なら僕に分からない変化が起きたのか?と思い二人に聞いても、違うみたいです。


【……おかしいな……普通ならステータスが頭に思い浮かぶ……または聞こえてくる……はずだが?……】

「そういうことは……おきませんね……」


訝しがる師匠に促されてステータス表示を再度試みますが、何も聞こえません。


……これは、どういう事なんでしょう?


キノコにはステータスがない?いえいえ、師匠は物体なら何でもステータスがあると言っていました。

そこらへんの石にもステータスはあるそうです。


名前:石

状態:固い石


みたいな?

ならキノコにもあるはずですね


名前:ロムスーキノコ

状態:毒キノコ


って感じであるはずですよ!


何で出てこないんですかステータスさん!?


「……んー、多分ー私の力…んー?でも私には見えないー……ああ、結界……そっかそっかー……我ながらとんでもないヤツ造ったわねー……」


魔女さんがブツブツしてるけど、僕は口にだして「ステータス表示!ステータス表示!」と叫ぶのに必死です。


師匠も【うーむ】とか唸ってます。


まさに混沌ですよ!


「…よし、試しましょうー。キノコー?循環法は覚えてるわねー?」

「ステータスっ……、え?……あ、はい?」

「よしよしー、じゃ、生命力の渦をー確認出来るー?その中に違う輝きあるー?」

「…?」


何だか解りませんが、魔女さんに逆らっちゃいけません。骨身に染みてます。


言われた通り、自分の身体を巡る生命力の中心。そこを探ってみます。………あ、これですかね?


「……はい、在りました。お月様みたいに静かに光ってます。これですか?」

「月ー?詩人ねキノコー?……そう、それねー。じゃ、その月の力、動かしてー?」

「……っと、こうですか?」


新しい循環法でしょうか?結構難しいので、動かそうとすると体も一緒にクネクネしてしまいます。


何故か師匠が【……!……魔力操作?……だと?】なんて呟いていますがクネクネが忙しいので無視させて下さい。


「……上手上手ー!上手過ぎー!次はそれを目に持ってきてー、目玉を覆う感じでねー?」

「は、はい……目に…こうやって……」

「…………えー!?習得早過ぎないー?コンカッター、あんた何教えたのー?」

【……失礼だな……循環法の常時展開を叩きこんでいるだけだ……】

「……ちょっとーそれって達人レベルの制御でしょー?」

【だが、キノコは……ついて来ているぞ……】


二人が言い争う中、僕は言われるほど上手くはいってないと感じます。このお月様みたいな力、これだけを動かすのが凄く難しいんです。


ジワジワと目に力を纏わせます。


「え?出来たのー?……まずいわよキノコー。あんたヤバイわー……」


なんですかそれ!?


魔女さんが言ったから、したんですよ僕!


ちゃんと出来たのだからそこは褒めてくださいよ、引き攣った笑いを零さないでくださいよ!

魔女さんの弱点の脇腹、突きますよ!


何とか言って下さい師匠っ!


そう思って師匠を見たとき、僕は動きが止まりました。


え?


という戸惑う感情が僕を停止させます。

僕の視界、捉えた師匠に重なるように何か文字が……。


ええ!?

なんですかこれっ!











ナイフはその後、お守りとして一族の娘に受け継がれました。国が滅んで所在不明となりましたが、ある寺院からマジックアイテムとして発見されました。けれどそこも戦火に襲われ……。

魔女が保護したときは手の付けられない呪いナイフになっていたのです。

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