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タンポポの一歩

" 世界は悪意で満ちている。"


タンポポは何度もそれを心中で繰り返した。


幼少時から育った組織が半ば洗脳のようにタンポポ達に繰り返させた呪言。


"逃げられない"

"世界には悪意が満ちている"

"悪意からは逃げられない"

"お前達は逃げられない"

"誰も彼も逃げられない"


何度も何度も繰り返した言葉。繰り返された言葉。

逃げようとすると何度でも頭に反響してくる。


今も振り払いたいのに追いかけて来る。


それでもあの日。


ザリオンを裏切った日。

全部から逃げたあの時に、断ち切れたのだと思った。


『毒姫』ではなく『レラビィーナ』になって、『タンポポ』になって。

あの冷たい国に全部置いてきたのに。


切れない"糸"が絡み付いて離れない。


『啜る悪意』はここまで追ってきた。






イザシュウに別れを告げた後、キノコ達と合流しなければいけないので足早に進む。

ふと廊下の隅の暗闇に気づいて、あるはずのない気配に怯えて震えがくる。


(気のせい……誰もいない……。気のせい、気のせい……)


ああいう闇が大きい場所にタンポポも潜んで生きてきた。懐かしくもおぞましい中で汚れた水を啜っていた。

停滞して濁った空気を吸っていた。


イザシュウに渡した封筒の中身を揃える為に、少し動いたせいで久方ぶりにあの(・・)空気を吸ってしまったせいだ。

昔を思い出す。


(……違う……。きっかけは……)


本当に的確にタンポポを揺さぶったのはキノコの言葉。


『タンポポさん。『啜る悪意』について教えて下さい』


雨が降る森でそう言われた。


それがタンポポを揺さぶっている。


キノコがタンポポの過去を知らないとは思わなかった。

洞窟の住人が教えていて、だからこそ無闇に詮索して来ないのだと思っていた。キノコは優しいから。


けれどキノコは知らなかったらしい。

いや、タンポポが何か危ない仕事をしていた事は漠然と感じていたみたいだが、それが『啜る悪意』に所属しての事だとは知らなかったようだ。


だからタンポポは恐怖した。


『啜る悪意』は裏社会の闇だ。

一般人でもそこそこ知っているような組織の更に"裏"にいる。"裏"を影から操っている。

悪人になればなるほど口を出すのを躊躇うような澱みの象徴だ。


それをキノコに教えて、キノコに災難が降りかかるのは必然。


それよりなにより。

只の"悪"ではなく『啜る悪意』の醜悪さ、それにタンポポが染まっていた事実。


それをキノコに知られる事に恐怖した。



キノコは清い。


悪い事を悪いと言う。良い事を良いと言う。

傲慢になれる"美貌"と圧倒的な"力"を持ちながらそれに溺れず謙虚に生きる。


『欲望』が無いように白い。


そんなキノコに自分の醜さを知られるのが怖い。


教会も神様も信じていないけど、懺悔して罰っせられる時はこんな気持ちだろうかとタンポポは思う。


死ぬのは怖くない。

殺すのも恐くない、奪うのも奪われるのも恐くない。


知られるのが怖い。


あんなに綺麗なキノコに腐ったタンポポを知られたくない。


(…でも、それだけじゃない…。私は…)






ギルドの裏口から出て、正面入口に向かう細い路地。

ここまで来て足が止まる。


待ち合わせ場所に行って、キノコ達と合流して、牧場に行って。

そして落ち着いたら『啜る悪意』について説明する約束だった。


タンポポが知りうる情報は『啜る悪意』全体からみたら極々一部に過ぎない。

キノコが何を知りたいのか分からないが大した事は知らないのに、話さなければいけない。

それがすごく苦痛だ。


足が動かない。

怖気づく自分の心情を現す体に自嘲の溜息が出る。


(……もし、逃げたら…)


ここでタンポポが逃げたら。


どうなるだろう。


(…多分、二人には大した事じゃないから…。私なんてすぐ忘れて…)


あの二人にしたらタンポポなんてちっぽけな存在だ。

タンポポがいなくても北に帰れる。いないほうが楽かもしれない。


少しだけ足が動いた。

後ずさるように、逃げるように。


(…キノコさんは…許してくれる…。だから…)


逃げてもいいだろうか。


約束を破った不義理な女と思われた方がタンポポには楽だ。

『啜る悪意』の事を話したらキノコは奴らに関わるのだろう。

タンポポも巻き込まれる。


結局のところタンポポは『啜る悪意』にもう関わりたくないのだと気付いた。


キノコに知られるより逃げて忘れられるより、『啜る悪意』が怖い。

7年かけて刷り込まれた『悪意への服従』がタンポポを苛む。


キノコに従ってもここで逃げても『世界は悪意で満ちている』。

何処にでもいるあいつらからは逃げられない。

捕まって、逃げた罰を受けて、殺される。


(…殺される?)


暗く狭い路地に陽光が差した。


タンポポの心にも光が灯る。


(私、死にたかった…)


死のうとして"魔女の掌"に入った。

裁いて貰うために捕虜として生きた。

殺して貰うために北に帰ろうとしている。


タンポポは死にたいから生きている。


出来ればキノコに殺してもらいたいから、今、ここにいる。


(…そう、そうだ…。なら、生き残るために逃げちゃダメ。死ぬ為にも、キノコさんに協力して…。『啜る悪意』の暗殺者なんて知ったら…、すぐに殺されるかもしれないしっ)


考え方を変えると目の前の霧が晴れたようになる。


どうせ逃げられないなら、キノコに全て話してしまえばいいのだ。


それでキノコがタンポポを蔑んだら、それこそ死期が早まって有りがたい。


(そうっ、そうね!私の汚さに辟易して捨てて行こうとしたら、わざとらしく追いすがって…。怒ったキノコさんに『触るなっ!』って殴られてそれで死んじゃったりしたらっ…!やだっ、興奮するっ!)


自然と鼻息が荒くなり頬が紅潮するのを止められない。


自分でも可笑しくなってしまった自覚があるが、止められない。

自殺妄想ではこんなに興奮しない。

やはり他殺、それもキノコに直接殺されるのが最高に昂る。


壁に挟まれた路地から空を見上げれば、雲が太陽を隠すところだった。

また暗くなった路地。


(死体はこういうところに打ち捨てられて…。または森とかで野犬に食べられたり…。うん、それがいい!…でも『啜る悪意』に捕まったら『毒姫』の人体実験行きだろうし…嬉しくない。よし、逃げないでキノコさんにちゃんと話そう)


危ない思考のせいでタンポポの悩みは一瞬で吹き飛んだ。


それが良かったのか悪かったのか、タンポポ自身もわからないが体は軽くなった気がする。



動かなかった体から無理な力が抜けて行く。


薄暗さも闇も気にならない。


(私は…ここで生きていくしかない。この道で、生きて死ぬ)


埃っぽい路地の空気を吸い込む。

隅にはゴミが転がり蜘蛛の巣も張っている。

不衛生で汚れた場所。

ここでタンポポは生きてきた。

ここで死んでいくのだ。


(私に相応しい…。だけれど……)


殺すのは『啜る悪意』ではない。


白い子供がタンポポを殺すのだ。


自己満足の勝手な欲望だけど、奴等の思い通りに死んでなんかやるものか。




不安と苦悩は尽きないけれど、その度に思いだそう。

唇を強く噛み締めて、その痛みを記憶する。


思いだそう、この痛み。


雪の中を逃げたあの時とは違う。


思いだそう、この血の味。


私はお前達に反抗する。


思いだそう、この悦び。


死ぬ為に歩く。



一歩、踏み出す。






" 世界は悪意で満ちている "


だけど、私を殺すのは。









「あんた達じゃないから」
















こうしてタンポポは『啜る悪意』に反抗する心の準備が整いました。


キノコの感情は置いてきぼりなので暴走してます。


次いでに『毒人』はザリオンの特産で『啜る悪意』でも知るのは一部だけです。

暗殺者の特性上、顔も知られていないのでタンポポが『毒姫』だと分かるやつはそうそういません。


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