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散る花

「……どうして止めるんですか……」


いつもは白い空間。

果ても境も見えない白い世界が、今は曇天のように濁り渦巻いている。


グルグル回る暗い色の中にある1脚の革張り椅子に座る『赤』は閉じていた目を開けて質問に答える。


『聖樹』の遺骸をアイテムとして使う人間にキノコは錯乱しかけた。

渡したばかりの能力はもともとキノコの専用魔法な事もあり、簡単に同調して暴発していた。

生態系が狂うような発動は『植物』達自身も自重するはずなのに、やはり『聖樹』が関係するせいか彼等も助長していた。

けれどそれだけならまだいい。

ここは島だし、とんでもない自然被害にはならないだろう。


問題はヘタレ菌類だ。


《どうして?明らかにやり過ぎだからだ。ただ殺すだけならまだしも、精神と魂まで壊すのは『悪事』だからな。止めるに決まってる》


だから無理矢理この空間に引っ張り込んで止める必要があった。


椅子の後ろには白い頭を俯けて立つ『キノコ』。

伺い知れない表情の奥から、赤に再度疑問をぶつける。


「……精神(こころ)?魂?……」

《そうだ。あの魔法使い、死ぬ前に廃人になりそうだったぞ》

「…いいんじゃないですか?…お母さんをあんな目に逢わせているんだから……因果応報、でしょう?…」

《…因果、ねぇ》


やられたらやり返す。

それはそれで真理だろう。


《…仇討ち、か。ならさっさと殺せ。壊す(・・)までするなら俺に代われ》

「…赤様に?…なんで…?…」

《過剰暴力は『悪行』、俺の管轄だ。この空間が澱んでいることから分かるように、お前もそれ(・・)が忌避される行い、『黒』だと感じている。俺に代われ》


「……、…………いやだ…」


赤の身体を植物の蔓が拘束する。

何処から生えたのか、椅子にも絡み首を絞めてくる。

視線を巡らすと、椅子の周りがいつの間にか緑で溢れていた。


キノコと赤を中心に緑の大地が生まれている。


「…悪い事、酷い事、わかってます…。でも、止められない…。イライラする、ムカムカする。あの人を痛めつけるとスッとする…。気持ち良くなる、楽しくなる。止められない」

《そのイライラを俺に渡せ。そうすればムカついたりもしない》

「…っ…やだ…。いやだ」


顔を両手で覆って頭を振るキノコ。


「僕、怒ってるんです!悲しくて辛くて、憤りが止まらない!これは僕の『痛み』です!赤様のモノじゃない!」


《…なら違う方法で怒りを発散させろ。『黒く』なるな》


「方法?方法なんか知らないっ!全部飲み込んで諦めるなんてしたくない!こんなに痛いのに、忘れられない!」


《…お前の…いや、俺達(・・)の『黒い』怒りや痛みは俺のモノなんだよ。お前は真っ当な怒りだけで…》


「こんなに酷いモノを渡したら赤様が痛いものっ!だからヤダッ!これは僕のだっ!……」


《…っ…………》


頭を抱えて踞るキノコは嗚咽を漏らして小さくなっていく。


背後で泣き出したキノコにかける言葉が見つからずに赤は瞼を閉じて苦悶の表情になった。


キノコは『白』、赤は『黒』。


赤にとってこれは不文律だが、キノコには受け入れられないらしい。

自分も持て余す、ドロドロした怒りと憎しみを赤に押し付けるのが嫌なのだろう。

赤に迷惑をかけたくない、しかもこんな酷い事でと遠慮するのはキノコの優しさだろうが、それで自身が『悪』になっては困る。


キノコが白いままでいるのが『樹之護法』を解放する条件だったのだから。


《…いいんだよ、俺は。痛くても平気だからな。耐えられない痛みや怒りは俺に回せ》

「そ、そんなのダメ、です…。赤様、辛いこと…ば、ばっかりになるっ…うぇぇ…」


鼻声でぐずり出した。


「ぼ、ぼくが…ぼくが、このドロドロを、なんとかしなきゃ…。ぼくの、ぼくの怒りだものっ」

《何度も言わせるな、俺達の怒りなんだよ。いいか?俺はお前に"怒る"なと言ってるんじゃない。怒って悲しんで苦しむのはいいんだ。耐えられない分を俺に回せといってる》

「…っう、うぇぇ……」

《一人で耐えられないなら、俺に寄越せ。それが悪いと思うなら、次回からは怒りに流されないように精神を磨け》


説得に多少落ち着いたのか首に回っていた蔓がスルリと解ける。


「…で、でもっ、お母さんの仇…っ…」

《…それを『聖樹』が望んでいると思うか?だから『樹之護法』をお前に託したのか?自分を象徴する力で殺せと?そういう母親なのか?》

「……お、お母さんは…」


キノコの思い出の『聖樹(母親)』は穏やかで哀しいくらいに優しかった。


森が開拓されても、動物や魔物が迫害されても、報復なんてしなかった。その弱腰に愛想を尽かす者もいて袂を分かっても、ただ静かに佇んでいた。


あの頃のキノコは正確に状況がわかっていたわけではないが、『聖樹』がその気になれば天変地異をおこして報復することも出来たはずなのに、無闇矢鱈に命を奪う事を良しとしない姿勢を貫いた。


『奪うより"育てる"方が好きだからよ』


そういって無くなったモノを超す数の生命を産んで育てていた。守っていた。


だから『護法』なのだ。

だから『キノコ』を護る方法を遺してくれた。



「…お母さん、は………ちが、違う…」

《…》

「お母さんは、こんなことしない……っう…。しないよぉっ…」



『生命』を育む森の守護者は自分の危機にも、とうとうその鉄拳を振り下ろさなかった。

奪う事で『黒く』なるのを拒否して最期まで『白く』逝った。


矜持を守っていた母の『力』での破壊なんて、母の自戒を汚す行為だ。


でも、それでも、この怒りが憎い。

持て余す憎しみがガンガンと騒ぎ立ててきて、鎮まらない。


多分、魔法使いを殺しても、これは消えない。

だから赤に渡した方がいいのだと本当は理解している。


でも、それでは赤はどうなる?

どうしたらいいか分からない。



「うぇぇ…っ…。…おかあ、さんっ……うぇぇん……」

《……》


「……うぇぇーんっ……」




















木の根が止まった。


口に入り込んだ木肌に舌を圧迫されて、そこで動きが止まる。


短い間隔で呼吸が再開され、心臓が動き出した。

死ぬのだとばかり思っていたガナーロの意識もゆっくり戻ってきた。


(…な、んで?…死んでない…)


何故だと濁っていた視界の焦点を定めると、先程までガナーロを圧倒していた『キノコ』が頭を抱えて突っ伏していた。


雨に濡れない身体を丸めて胎児のようになり、荒く呼吸をしている。


「…っ…大丈夫……。わかってます…大丈夫…はい……」


何かを確認するように呟いていたが、少しずつ顔を上げて立ち上がった。


不気味に笑っていた顔は苦いものを飲んだように苦しげで、光が戻った瞳は何かを我慢しているように見える。

くしゃくしゃの顔は泣きそうで、それを堪えて更にくしゃくしゃになっていく。


「………」


子供は無言で踵を返して、ガナーロに背中を向けるのと同時に口内の根が出て行き、外れそうだった顎が楽になる。


口から入る空気に閉じていた気管がむせて心臓がバクバクいうのを聞いていると、キノコはガナーロを置いて建物に引き返そうと歩き出していた。


(…!?…なに?…殺さないのか!?)


身体を切り刻まれ手足をもがれたガナーロはハッキリ言って虫の息だ。

とどめを刺さなくても治療をしなければもうすぐ死ぬだろう。


(…殺す必要が、ない…?)


ゆっくり離れていく子供の背中を呆然と見つめながらガナーロの内に溜まっていくモノがある。


子供が玩具に飽きて捨てるように、路傍の石を蹴って見失ったかのように、どうでもいいように置いていかれる。捨て置かれる。


(………ここまでやって、殺さないだと?…情け、か?…………そんなのは…情けじゃないっ……)


元来強かった『魔法使い』のプライドがここに来て鎌首を上げた。





「…キノコっ!」


気がつくと建物の穴からアーゼスがこちらに駆けて来ていた。


「……偽者さん…」

「大丈夫か?ひどい顔してるぞ」


言われてキノコは自分の顔をなぞるが、よく分からない。


「…偽者さんの方がひどい顔ですよ?痣に裂傷に……葉っぱだらけで…」

「葉っぱ?ああ…さっきの植物が……。あれ、お前…なんだろ?」

「……」


なんと答えたものかキノコは逡巡する。

『樹之護法』はほぼ無意識に発動させてしまったのでどんな風に被害が出たのか把握しきれていない。

多分、嫌な気配に反応して動いていたであろう"植物"達がアーゼスに何をしたのか。

見たところ植物に負わせられたケガは無いようだが、謝らなければいけないだろうか。

 

「…いや、いいんだ話さなくて。ただ、あいつら(・・・・)が帰っていったから…怒りは治まったのかなって…」

「……」

「…治まっては、いないみたいだな?…理由は知らないけど、あの魔法使いが原因だろ?いいのか、助けて」


キノコの向こうにいるガナーロを見れば満身創痍、瀕死のようだ。


雨の中放置したら確実に死ぬだろうが、万が一ということもある。


首だけで振り返りガナーロを見たキノコは奥歯を噛み締めて、目を逸らす。


「……いいんですっ…もう……」

「……」

「…後は、街の保安官さんにお任せしましょう……。ああ、元締めさんを探さなきゃいけないんでしたね…」


アーゼスの脇を抜けて建物に戻ろうとするキノコは俯いていてどんな顔をしているか分からない。

だが、あの泣き笑いの声がしないだけマシだと思い、アーゼスは肩の力を抜いた。





(…バカにしてる…見下している…、ゴミだと、屑だと?俺が?……俺が!?)


小さな背中を目玉が飛び出るように刮目して見ていたガナーロは、徐に舌を出した。

少し長い"舌"には『魔法』が印してあった。

得意の『風魔法』。

何度も破られた魔法だが、そんなことは関係ない。


舌先を持ち上げ丸め、血の混じった唾を乗せた。


この小さな唾を『風魔法』で打ち出す。

極小の球は人間の身体など簡単に貫通する威力をもって飛ぶのだ。





キノコに続こうとしたアーゼスは嫌な胸騒ぎに踏み止まった。


雨降りの森、背丈程もある草に囲まれた魔法使いは離れた場所で座り込んでいる。

死人のような風体になっているのにその瞳は獰猛にギラついていて。

馬鹿にするように伸ばした"舌"が妙に目に付く。


その"舌"がコッチを向いた。


口角を上げて"舌"を出した魔法使いに言いようも無い怖気を感じたアーゼスは。

"舌"が狙うキノコへの軌道に自分を滑り込ませた。




ビュッ!!




風を切る音にキノコは振り向く。


だが、視界一杯にあるのはアーゼスの背中。


その背中が揺れた。

傾いた。


なんですか?と思っていると背中が倒れてくる。

支える気がないキノコはサッと避けた。


案の定背中から地面に落ちたアーゼス。


衝撃に顔をしかめたアーゼスは何故か体が重くて動けない。


なんの重さか、どうしてだろう、考えたくない。




倒れたアーゼスの上に被さる人間がいるな、とキノコは思った。

どこかで見たような女の人だ。


エプロンをしていて、胸に真っ赤な"花"を咲かせている。

血の色、血の臭いの花。


(……ああ、そうです。この女の人は確かギルド宿の……)




ソバカスの女が。


アーゼスに重なっていた。
















『聖樹』が本気になると世界が砂漠化するくらいにヤバイです。

今現在、『聖樹』が不在なせいで実は結構世界がヤバイのです。実はね!

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