家の周りで幽霊さんと修行します
麗らかな日差しが木々から零れ、美しい泉に反射するのは宝石が踊るよう。
清浄な気が満ちる場所には妖精が飛び交い、神の祝福を受けた聖地なのだと見たものは思うだろう。
しかし今現在、場に似つかわしくない妖気を放つ存在により聖地の神聖さは薄れてるんじゃないか?と思われる。
妖気の原因は幽霊、『荊騎士』アビナス・コンカッタ。
護りの騎士である彼の幽霊は、死者とは思えない存在感で今日もキノコに教示する。
【攻撃と防御は表裏一体…どちらを欠いても真の強者とは言えない…。攻撃の隙をつかれれば敗し、防御だけでは攻め込めぬ……が、それを突き詰めれば技となる…】
幽霊さんに先生になってもらって、何日経ったでしょうか?
相変わらず時間に緩いキノコですが、魔女さんも幽霊さんもそこら辺は僕と変わりません。
魔女さんはのんびりですし幽霊さんは死んでますから時間なんて気にしません。
ただ、1日一回は自分と相対するように厳命されたので朝に会うようにしています。
あ、会った回数が三回ですから三日…?なるほど!こうやって日にちを数えればいいわけですね!勉強になります!
で、頼んだわけでもないですが先生になった幽霊さんはとても真面目に丁寧に教えてくれます。
ただ、僕は毒の制御を知りたいのに戦闘方法を教えてくれるのです。今日までは色々なお話だけでしたが、頼んでませんよ?
魔女さんがお願いしたらしいんですが、彼女は僕をどうしたいんでしょうか?
【守られる前に攻め、切り込んで来た剣を破壊する……究極といえる攻守…それが我が『蔓と棘騎士団』の教え……わかるか?キノコ……】
「えっと、理屈はわかるんですが、実践って可能なんでしょうか?」
【…うむ……まぁこれは理想論でな…実際は攻めと守り、それぞれに特化した騎士が居る…そういう騎士団だったが……二人一組で戦う我が騎士団はそれは強かったぞ…】
懐かしむように語る幽霊さんは、若干楽しそうです。
騎士団が本当に好きだったんでしょうね。
僕としては戦う手段なんて知らなくてもいいんですが、こんなに熱心に指導しようとしてくれる方にそれは失礼ではないかと考えてしまうほど、幽霊さんは生き生きしています。
死んでますが。
僕も正座して真剣に拝聴するべきでしょうね。
「幽霊さんはどんな騎士様だったんですか?」
【ワシは護りの騎士である…騎士団は蔓が攻撃、棘が守りを意味しておる…】
「では、棘の騎士は攻撃手段が無いのですか?幽霊さんに敵が接近したら危ないですよね?」
【……フフッ…防御特化といっても万全ではない…故に攻撃手段ももちろん会得してあったわ……蔓の騎士も無防備というわけではないぞ?軽くて丈夫な鎧を着て素早く攻撃するのだ……】
「ヘェー!じゃあ幽霊さんはどうやって攻撃するんですか?」
【ワシは護りながらの滅刹を信条にしており……この盾と鎧で戦った……敵の剣を盾で弾き鎧の刺で体当たりしたり…盾に身を隠し敵陣に挑めば、奴らは串刺しになり吹き飛ばされたものだ……】
へぇー……え、守ってる?
なんか幽霊さんが果敢に敵を仕留めてるような……。
あれ?攻撃の騎士様いらなくないですか?
ま、まぁ、幽霊さんが強かったであろう事は分かりました。
それで多分防御特化としての護身術を教えてくれるんでしょう。
【…うむ…そうだな護りは我が真骨頂だが……今の時代は、そなたのような幼い娘も戦わねばならぬのか?…ワシの生きた時代も戦乱が絶えなかったが、今はより過酷な世界なのであろうか……】
ん?
あれ?なんですって?……んん?
「……娘って僕ですか?」
【…フフッ…『僕』などと言っていてもワシには分かるぞ?…戦いに身を置くため男のふりをしておるのだろう?……】
フフッって笑われましたが、なんかおかしいですね。
噛み合ってないような。
僕、女の子なんですか?あれ?キノコに性別あるんでしょうか?
なんか幽霊さんは【みなまで言うな!一切合切承知!】って顔してますが、僕は承知してませんよ?
【…さて、護りと言ったが…先程言ったとおり攻守とは表裏一体…攻撃こそ最大の防御、防御こそ最大の攻撃……これをしっかり覚えれば戦うには困らぬはずだ……】
あ、悩んでる内に打ち切られました!
結局僕は女の子なのか男の子なのかは魔女さんに聞きましょう。
まぁ、キノコなんで気にしませんが。
幽霊さんは暫し押し黙り、何事か考えるように腕組しました。
するとユラユラと揺れていた幽霊さんのマントが羽ばたくように広がり、裾が幾つにもちぎれていきます。
まるで木の根のように枝分かれして幽霊さんの背後からこちらを威嚇するように先端を向けて来るではないですか!
【……御託を並べても、戦う術など実戦で学ぶのが1番だとワシは思う……だが…非力な娘では攻撃手段も限られ、体力にも自信は無かろう……ならば"避ける"事を重点的に防御を学ばせようと思うが、いかに?】
「いかに?っていわれても……いや、あの、まさか、そのマントが鞭みたいに襲ってくるとか、有りますか?」
幽霊さんの青白い眼光がボッと輝きます。
【……なかなかの眼力、見事!……この前後左右からの攻撃を避けるには様々な能力が必要になる…視覚、速さ、反応、身体制御、予想……】
マントが幽霊さんの言葉に合わせてクネクネしてます。どうやってるんでしょうね、あれ。
そして幽霊さんの説明。わかります、わかりますよ。理解は出来ます。
まず鞭マントの攻撃軌道予想と確認を行い、瞬間で反応して身体の各所に実行命令。
無理なく最小の力で避けきるように制御しながら回避して、相手の隙を突く。
理解して納得しました。
確かに極めれば"防御こそ最大の攻撃"になりますね。
僕に出来るかどうかは謎ですけど!
ちょっと前まで菌類で、人造人間にようやく慣れてきた意識体の僕には難しいですよ。
だいたいあの鞭マント、当たったらどうなるんですか僕。
バラバラになったり穴が空いたり、部分部分がちぎれたり吹き飛んだりするんですか?………逃げたい。
【…おお、そうだ…我が騎士団では修業中の集中力を高めるため…問答があってな……そなたにも答えてもらおう。…何故、力を求める?…】
「……すいません。僕、求めてません。魔女さんの独断です」
【……え?】
いえ、そんな呆気にとられても本当の事ですから。僕、巻き込まれただけです。
【……えー……では、何を求める?欲しいものはあるか?……】
「続けるんですか?……そうですね、僕は身体の制御方法が知りたいです」
【…ふむ…ではその方法を知ったら、どうするのだ?】
「……え?…」
毒の制御が成ったら、どうする?
……考えてませんでした。
キノコの姿のままなら、森に篭って正しい菌類生活を始めればいいでしょう。
実際、今でもそうしたいです、本質はキノコなので。
でも今は人造人間キノコです。
魔女さんに体を造ってもらった恩を返して、それから森に帰って菌類として生活……できるとは思えません。
僕はキノコだと自分を信じていますが、この体ではその言い分は通らないと思います。新種のキノコっていうのも無理でしょう。
ならば魔女さんと暮らす?
それもどうなんでしょう。
魔女さんは恩人ですが、家族でもなければ本来僕と無関係な人です。いつまでもご厄介になるのはいけないと思います。
僕の家族はお母さんと、スライムさんだと思っていますから……。
スライムさん。
ああ、そうです。
スライムさんです。僕と一緒で、お母さんの森で生きたスライムさん。一緒に旅したスライムさん。
何処かに行ってしまったスライムさん。
スライムさんと、もう一度会いたい。
僕は強烈にそう思いました。
スライムさんを探そう。追いかけよう。また一緒に森に帰ろう。
「……家族を探したいです…」
するりと言葉に出来ました。
家族です。
スライムさんは僕の家族、探さなくては。
僕は先程の強烈な感情を心の奥に隠して、ゆっくりと幽霊さんを見つめます。
こんな感情は初めてで、本当はどうしたらいいかわからないのです。
叫んだり、笑ったり、走ったりするのが正解なんでしょうか?
でも、僕はこれを大事にしたい。
誰にも見せないで、僕だけのものにしたい。だから隠します。
幽霊さんはじっと僕を見ます。チロチロと輝く目は、妖気のわりに優しい色をしています。
不思議な幽霊さんです。
【………ならばこそ、戦う術は無駄ではない……どのような状態事態、雑事悪事が待つとも限らぬのだ…】
優しい幽霊さんがそう教えてくれました。
そしてその通りだと、僕も納得します。
なんの手掛かりもないのに探そうというなら、選べる手段が増えるのは頼もしい。
魔女さんはスライムさんが変わったのは『魔王』の影響だと言っていました。
それが真実かは分かりません。
けれどスライムという魔物である限り、『魔王』の仲間とされるでしょう。
魔物を統べるのが『魔王』なんですから。
そして『魔王』は程度の差はありますが代々好戦的で、人間と争っているのです。
戦うものに関わるなら戦えた方が良いに決まってます。
つまり僕は幽霊さんに師事したほうが良い、という事です。
「でも、そんな理由、騎士には許せなくないですか?もっと世の中のためにとか正義とか……」
【フハハッ!……世の中?正義?……絵物語の騎士ならそれで良かろう!……しかしな、真に騎士足るものは、『願う心』だとワシは信じておる!……】
「心……」
【正義を突き進むも剣を極めるも、心が萎れては成しえぬ……願いさえ死なねば、やり直す事も出来る……心さえあれば、死んでも騎士で在りつづけられる……】
「……」
【……家族を探す、素晴らしい目標だとワシは思う……その願いが簡単に折れぬなら、ワシの騎士道になんら傷などつかぬよ……】
清く正しくなんて通用しない戦争を生きた騎士様は、絵本の騎士様とは違う。
それとも幽霊さんが特別なんでしょうか?
特別だから魔女さんが会わせてくれたんでしょうか、おかしなキノコに。
でも僕は今、ようやくわかったのです。
『目標』。
生きる目標。
それが解りました。
キノコの生きる意味、それがわからないから毒の制御に必死になって、考えないようにしていたんですね。
今なら大丈夫、生きる目標の為なら何でも学びたいとおもいます。
僕は改めて正座をし直し、背筋を伸ばして幽霊さんをみつめます。
幽霊さんもしっかりとこちらを見てくれます。
鞭マントはユラユラしてて怖いですが、負けませんよ!
「『荊騎士』アビナス・コンカッタ様。これからは『先生』と呼んで、その荊の技を教えて頂いてよろしいですか?」
正式な申し込みなんて知らないので、こんなのでいいのかはわかりませんが、真剣に心を込めて話しました。
キノコの精一杯です。
幽霊さんはじっと僕を見つめ、ゆっくりと笑いました。
【……フフッ…『師匠』と呼んでもらおうか……】
青白い光は、少しだけ温かさを感じられるようになった気がしました。
アビナスさんは戦地にて亡くなりました。最後まで立派でした。国に帰ったのは鎧と盾、そして妻がお守りとしてくれたナイフだけでした。