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真っ黒な願い

「あんたはホントに野菜を育てるのが上手いわね」


2番目の姉が楽しそうに話しかけてきて、頭を撫でる。


女にしては大きくて分厚いゴツゴツした手は農作業で汚れていた。

そんな手で撫でられたら汚れるが、こっちも泥だらけだ、おあいこだ。


自分の分として貰った畑には好きに植えた作物がたわわに実っている。

自分で耕して土を混ぜ、水と馴染ませ試行錯誤でここまで育てた。



「アーゼスは"大地の子"ね。土と語るのが上手。野菜も愛情を受けて幸せそう。良い畑にしたわね」


4番目の姉が鍬を担ぎながら通り掛かり畑を褒めてくれる。二人の姉が快活に笑いあいながらアーゼスの畑を見て回る。


自分を褒められるより畑を褒められたほうが嬉しい。お世辞でも、一番下の弟を可愛がる慰めだとしても嬉しかった。

姉達には勿論そんな気はなく心から弟を褒めたのだが、万事控えめな弟は姉達か優しいからだと本気にはしていなかった。

それでも土いじりが大好きなアーゼスは、例え褒められなくとも、叱られても畑から離れる気はなかった。


冷たく固まった土を柔らかく解して太陽を浴びせると、なんともいえない香りが立つ。そのフワフワになった土に腕を突っ込み感触を思う存分に堪能する。

この楽しみから離れるなど考えられない。


アーゼスは畑と共に生きるんだとずっと思っていた。それが幸せだと信じていた。





10歳の誕生日に祖母に呼び出されて、13歳になったら都会の騎士学校に入れと言われた。


言われた意味が分からず祖母に食ってかかってしまい、怒鳴られて拳骨を落とされ泣いてしまったアーゼスに祖母は説教をした。


アビナス家の御先祖には立派な騎士様がいて、いつかその騎士の名前を継ぐべく男子は育てるのだと。

だからアーゼスも学校に入って騎士道を学び、立派な騎士とならなければいけないと。


御先祖の話は知っている。

何かにつけて家族が口に出すし、近隣の住民も話題にあげる。


国を護った伝説の騎士。荊の騎士アビナス。勇者アビナス。


子供のチャンバラごっこでもよく名前が出て、けれどアーゼスにはどこか他人事の名前でしかなかった。

剣も鎧も見たことがない、土を耕して生活している自分の家族とは全然関係ないんだと大して気にしてなかった。


嫌だと言っても祖母は家では絶対だ。


「アビナス様の血を引いてるんだよ。あんたなら大丈夫、騎士にも勇者にもなれる!拒否権はないんだから腹を括りな!」


恫喝という説教で祖母はアーゼスに反論を許さずに事を進めた。


3年間アーゼスは学校に入る準備をさせられ、泣きながら都会行きの馬車に乗せられた。



騎士になんか成りたくない。

絶対に成りたくない。

でも、成らなきゃ帰れない。


帰ってくる、帰る。絶対、ここに帰ってくる。


頑張るしかない。


アーゼスは涙を拭いて前を向いた。






騎士学校は最悪だった。


清廉潔白、品行方正、勧善懲悪が騎士だと思っていたアーゼスは憤慨した。


金で単位を買う貴族、それに媚びる教師。

剣の鍛練より女と酒に精を出し、弱い生徒を憂さ晴らしにリンチにして学校から追い出す学生。

力を固辞しすぎて傲慢になり刃傷沙汰を起こした教師の不祥事を隠す学校。


ここで騎士の何を学べというのだろうか?


毎日自問自答して悩みながら、それでも鍛練をしていたアーゼスだが、農夫の仕事と騎士の訓練はかなり違い躓く事が多かった。

その度に『コンカッタのくせに』『騎士アビナスの面汚し』と罵られた。


好きで来たわけでも『騎士』に憧れていたわけでも、まして『アビナス』を敬う事すらなかったアーゼスは泣いた。


泣きながら剣を振るい、暴力に堪えた。

理不尽な世界を呪いながら、『騎士アビナス』を憎みながら。


それでもなかなかアーゼスは上達せず、イジメとやっかみに疲弊した心が重く、俯く事が多くなった。




アーゼスは荒んだ学校生活の中でも土を愛した。

小さな鉢に実家から持ってきた種を植え、花を咲かせて楽しんでいた。

故郷では『願いの叶う花』といわれたが、叶った人がいるとは聞いた事はない。



ところがその栽培していた花を違法だと騒ぎ出した貴族がいた。


何が違法なのかと訝しんだが、提出しろと言われて出した花は違法の魔力花と判断された。

そんなたいそうな物をアーゼスが所持しているはずがない。

なのに学校はアーゼスを処罰した。

勿論、内々の処罰で世間には隠すのも忘れず。


『アビナス・コンカッタの末裔』が犯罪に手を染めたと学校に噂が広まるのは速かった。


苛烈した差別でアーゼスは学校の底辺に位置する奴隷のようになってしまった。


教師すら存在を無視してくる、毎日死ぬような暴力を生徒から受ける。

だがこんなところで死んでたまるかとアーゼスは踏ん張った。



密告した貴族は代々騎士の家系らしいが、目立つ『アビナス』が気に食わなくてアーゼスを嵌めたのだとわざわざ言いに来た。


歪んだ嘲笑で


「お前なんかが『荊騎士』になろうなんて分不相応なんだよ!土臭い農民のくせに身のほどを知れ!」


と、叫んだ貴族はとても醜かった。


高潔な騎士とは、こういう醜さを持つのだろうか?

教え導く大人とは、弁明も許さずに子供を断罪する権利すら持つのだろうか?

違うはずだと信じたい自分と、現実を知った自分に心が軋んでしまう。


陰湿なイジメと卑怯な世界、15歳のアーゼスは死んだような暗い目で自分を取り巻く現実に沈んだ。




帰りたい。

あの大地に帰りたい。


全部夢ならどんなに良かったか。全部嘘ならどんなに幸せだったろうか。


『アビナス』も『騎士』も『勇者』も無くなればいい。



帰ろう。

帰って忘れよう。


真っ黒に心が染まる前に。







アーゼスは商船に密航し、嵐に逢ってもそれだけを胸に生き残った。





◇◇◇




怒涛のような海上冒険から街に辿り着き。

キノコ達に非道い態度をとり1万Gを奪ったアーゼス。


けれど裸にシーツを巻いてギルド宿から出るわけにも行かず、廊下で立ち往生していると気弱そうな声がかけられた。


「…あの?…どうかなされましたか…?」


振り向いた先には洗濯物を抱えたソバカスの女がいた。


それが"ナナ"だった。




◇◇◇





故郷に帰るのには大陸間移動船に乗るしかないのだが、それには専用の港まで行かねばならず旅費を稼ぐ必要がある。


ギルドに登録して仕事をこなす内にナナとは何度か会う事があった。


「…あ、いらっしゃいませ…」

「どうも…」


今日も洗濯物を抱えているナナは覇気がない。

初めての出会いで服を調達して貰ってから世間話もするようになったが、アーゼスはナナが好きではなかった。


真面目に仕事をしていて良く気がつく女だったが、劣等感の塊なのか気弱過ぎてイライラさせてくるのだ。


何をそんなに卑屈になる必要があるのか知らないが、『すいません』『私なんか…』を連呼されるとこちらまで気持ちが塞いでしまう。

学校で非道い目にあったアーゼスだが、心は卑屈になっていない。


自分のような目にあったならまだしも、それなりに生活しているなら自信を持って良いはずだ。

仕事をして、真面目に働いているなら何も恥じる事はない。

前を向いていくべきだ。


「…あのさ…もっと顔上げて話せよ」

「っえ?…あ、すいません…」

「すぐに謝るなよ」

「す、すいません…」


俯いてばかりのナナに苛立つ。


アーゼスの家族の女は皆笑ってばかりだった。

女は笑う者だと無意識に信じていたアーゼスにナナは違和感を齎す。不思議な違和感が気になる。


自分も学校では俯いてばかりだった。それはこんな情けなく見えるのか。

まるで自分を見るようで、見ていたくないのに気になって。

我ながら可笑しくなったのかと自嘲した。



気になって色々話した。


自分の事、ナナの事。


ちょっとずつ話して、ちょっとだけ知った。


ナナは父と暮らしてる。もうすぐ18歳。

事業に失敗した父を助けるためずっと働いてきた。野菜は好き。


「…お父さんが立ち直ったら、故郷に帰ろうと思っているの……」

「そっか……ほら、また俯いてるぞ」

「あ、すいません」

「謝るな」


年下のアーゼスにも簡単に頭を下げるのは最早クセだろうか。


アーゼスは首から下げていたペンダントを取り出した。

安物のそれには故郷から持ってきた花の種がまだ少し入っていた。


「海水に浸かったから芽吹くかわからないけど、これ一つやるよ」

「え?……これ、なに?」

「『願いが叶う花』。迷信だけどな」

「……」


種を手のひらで転がしナナは少しだけ嬉しそうにしていた。









ある夜、街中でナナを見かけて、気になって追いかけると怪しい建物に入ったきり出てこない。

裏に廻ってみると屈強な男とナナが路地裏で話していて、思わず聞き耳を立ててしまった。


「…っ…、…だ。休んだ分、今日は五人、客をとれ。身体は大丈夫なんだろ?」

「…で、でも…」

「ちゃんと稼げ。お前の親父の借金はまだまだあるんだぞ?」

「…すいません…」


建物は"宿"だった。

身体を売る女が客を取る"宿"。


昼間のギルドでの仕事が終わると夜の仕事。


ナナは毎日俯いて仕事をしていた。

自分を恥じて、汚れた自分を卑下して、光に顔を背けて生きている。



俯いて生きる理由を覗いてしまった。


後ろめたさと、自分の方が不幸だと勝手に決めつけていた恥ずかしさでアーゼスは苦しくなりその場を走り去った。







それから三日。


どんな顔で会えばいいのか悩みながらもギルドにやって来たアーゼスは、洗濯場で倒れているナナに悩みを吹き飛ばされた。


腹を押さえて痛みに耐えるナナは『病気』なんだと告白してきた。


「……病気って……治さなきゃ……」

「お金がないから……すいません、もう大丈夫だから……」


そう言って仕事に戻ったナナ。


あまりに淡々と、当たり前のように仕事を進めるナナをアーゼスは詰った。


「親の為に死ぬ気か?逃げろよ、逃げて病気を治せ!」


借金は親の責任だ。子供に関係ない。


「……逃げる…か。…アーゼスは『騎士』から逃げたんだっけ……」

「っ?!お、俺がっ!逃げた俺が情けないっていうのか?」

「違うよ……凄いなって……」


栄光はアビナスの物だ、アーゼスには関係ない。


てっきり一族の期待を裏切ったアーゼスを批難するのかと思ったら、ナナは逆に憧憬の眼差しで言葉を続けた。


「私は……逃げる『勇気』もない。生活を変える『勇気』も、反抗する『勇気』も。黙って従うだけしか出来ない……。自分が死にそうになっても……ここで我慢して、全部過ぎ去るのを待ってるだけ……自分を変える『勇気』もないの」


「アーゼスは畑仕事が好きで、家族が好きで、故郷に帰るために逃げたんでしょ?それまでの頑張りを捨てて大切な物の為に逃げたんだよ……『勇気』がなきゃ出来ない……」


「どんな悲しい事になっても誰も貶めたりしないで大切な物を守った…自分を守った。『騎士』の心を守った…アーゼスは……」


「アーゼスは『勇者』だよ」





『勇者』じゃない、『騎士』でもない。


ただの負け犬だ。

自分でわかっている。負けただけだ、現実に。世界に。


反抗できないから逃げたんだよ。怖いから逃げたんだよ。全部嫌だから逃げたんだよ。



なのに君は逃げない。


逃げずに全て受け入れている。嫌な事も理不尽も全部引き受ける『勇気』を持つナナ。

真っ黒になるのを怖れたアーゼス、全て引き受けて真っ黒に染まるナナ。

堕ちる『勇気』を示すナナ。

荊の道を歩き続ける君は。


君は、君こそ『勇気ある者』じゃないか。








助けたい。





助けたい、彼女を。


諦めないでと励ますためにも、生きてもらいたい。


生きて明るい世界を見てほしい。

君が真っ黒に染まる前に、アーゼスがまだ真っ黒にならないうちに。










いかにも悪党らしい奴等から接触され、『キノコ』を連れ出せば金も薬も報酬として出すと言われて。

戸惑いながらも誘いに乗った。

あからさまに怪しいが他に方法は無いのだ。


わかっていた。

キノコ達がいなければアーゼスは助からなかった。彼等は恩人だ。

恩人に仇成す手伝いになるのだろうと理解していた。


でも、アーゼスはナナを助けたい。


自分が卑怯者と弾劾されればナナが助かるなら安いものだ。


どうせ『騎士』にも『勇者』にも成れないなら、最後まで汚くいこう。


汚く、真っ黒に染まった手だからこそ出来る事をしよう。


真っ黒な手で顔を塗りつぶす。

身体を塗り潰す。視界も黒く、黒く染める。


こんなに汚くなったなら、誰も彼も、アーゼスを見限る。

こんなに卑怯なら、一番悪いのはアーゼスだと誰もが思う。


こんなに真黒いアーゼスが全て悪いのだろうと、信じてほしい。


決してナナを責めたりしないで。



『騎士』にも『勇者』にも成れずに『悪』に染まったのはアーゼス。

恩人すら卑怯な手で貶めてしまうのはアーゼス・コンカッタ。


彼女の悪も全部アーゼスが引き取るから、だから助けて。

アーゼスではなく、ナナを『解放』してやって。

この現実から。







「……ナナを助けてやってくれ……頼むよ、キノコ……」












アーゼスはストーカーな行動をしてました。怖いですね。


物語の『勇者』も『魔王』の情報を集めまくり何処までも追いかけるストーカー。

逃げても逃げても追ってくる、子孫を遺してまで追ってくる。

執念のストーカー!恐怖です!


アーゼスは『勇者』として成長しています。




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