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石の部屋で話します

色々な事が立て続けに起こる日ってあるものですね。慌ただしいというか、息つく間も無いというか。

今日は朝から本当に大変でした。


ドンラさん行方不明、タンポポさん行方不明。

ゴブリンが出たり自己嫌悪したり会いたくない人に会ったり騙されたり……。


今もすぐ側でショッキングな荒事が起きているのですから、心休まる暇がありません。


争う声に荒い足音。

なにやら揉めているようですよ。



「……っしつけぇなっ!ぶっ殺すぞガキっ!」

「ま、まてよっ!約束しただろっ」

「そんなの知るかっ。おら、放せっ!」


バキッ!

ドガッ!ドタドタッ……


「ッ……う、っうあっ……」

「ったく!手間かけさせやがって!」


ガンッ!

……。

バタンッ!…ドスドス……。




……えーと……。

静かになった…みたいですね。


あれ……人を殴っていた音ですよね。


恐いですね。嫌ですね。

暴力ですよ、暴力。

話がしたくないから暴力で黙らせるって……非道いですよね。


僕は薄く目を開き、状況を確認することにしました。


『偽者』さんに騙された僕は、洞窟を通って何処かに運び込まれたようでした。

けっこう歩いてたからかなり時間が経ってると思います。


そーッと伺うと、狭い部屋には僕一人でした。

ならびくびくしないで堂々と観察しましょうか。よいしょと顔を上げます。


ひんやりとした石の床に石を積んだ壁。

かなり年季が入ったそれらには苔や植物が絡み付いていて、枯れた井戸の底のように湿った臭いがします。

僕はその石部屋の中ほどに転がされています。

壁のあちこちに小さな穴が空いていて、窓のかわりに光を取り込むようになっているみたいです。

あいにくと高い場所に開いているので、外の様子は見れないでしょう。

雨の音がしますからまだ天気は悪いみたいです。


天気のせいか薄暗い室内には入り口が一つ、やけに真新しい木製の扉があるだけです。

鍵がしてあって、つまり僕は閉じ込められている、と。

誘拐、監禁、ときたら。

次はなにがくるんでしょう?

物騒な単語がつらつら頭に浮かびます。


所持品は取られてませんね。まぁ、『盗難防止』があるから取り上げられなかっただけでしょう。

そのせいか僕は後ろ手に縛られていて足も同様、動かせません。道具を使うのを阻止されました。


ガチャガチャと音がする手枷です。重いし金属かな?でもこの程度なら壊せそうです。

じゃ、さっさと壊して逃げましょう。

タンポポさんを探さなきゃいけないし、遅くなるとシャピ様が心配しますからね。


《……残念だなヘタレ。この手枷、『体力封印』の魔法が付いてる。力技じゃ壊せないぞ?》


うえっ?

……あ、ホントだ!壊れない!

えー!?じゃあ僕このまま芋虫ゴロゴロしてなきゃいけないんですか?やだなー!

頑張ればジャンプしながら移動できるかな?


《……お前……本当に自分の能力把握してんのか?『毒能力』で魔法を侵食すればいいだろうが。または手枷自体を毒するとか》

(……え?手枷を?)

《お前の操る『毒』っていうのは、なにも生命体に作用する物質を指すだけじゃないんだよ。要は『正常』を『異常』に組み替えるって事を『毒』としているんだ。手枷を状態異常にしたら腐食して壊れるだろ。つまり『毒で殺す』のは無機物にも可》

(……)


またまた知りたくもない自分のとんでもなさに泣けてきます。

やっぱりあれですか?称号の『全てを毒す』が効いてるんですか?

何てったって『全て』ですからねっ!


《はいはい、嘆いてないでさっさと自由になれ》


赤様に尻をたたかれ能力を発動させると、金属製の枷からボロボロて錆が落ちてきて。

あっという間にカラカラになって崩れてしまいました。

カシャンッと悲しげに落ちた枷。

触れた先から粉状に錆が舞って石床に積もります。


何これ?自分が怖いです。

僕、どれだけ規格外の毒キノコなんですか?


ちょっと落ち込みつつ自由になった手足をほぐして立ち上がり、身体を調べでも異常はなさそうです。


(…うん、大丈夫ですね。それじゃ…どうしましょう?)

《毒姫を探すんだろ?多分見張りがいるだろうから、まずはそいつに尋問するか。しらみ潰しにうろうろするより効率的だ》


見張り…は多分扉の向こうにいるんでしょうね。


…でも、あの…扉の向こうから血の臭いが漂ってくるんですけど?


そういえば先程、暴行が起きていたんでした。その被害者さんがいるんでしょうか?


扉をトントンと叩いて様子を伺ってみます。


「すいません?どなたかいらっしゃいますか?僕、なんでここにいるんでしょう?」


いえ、誘拐されたからはわかりますが、なんで誘拐されたかは分からないんですよね。

タンポポさんとも関係あるのか、僕だけが誘拐されたのか。聞いてみなきゃわかりません。


「…もしもし?誰もいないんですか?」

「……っう…」

「?あ、大丈夫ですか?さっき殴られたりしてませんでした?」

「……」


ズルズルと引きずる音の後に扉にぶつかる音と衝撃。

濃さを増した血臭が目の前の扉から届きます。

怪我はしているようですが動けるようですね。そんでもって、この扉一枚隔てたそこにうずくまっているであろう被害者さんは。


「…偽者さん?…なんでこんな事になってるのか説明してくれますよね?」

「………」

「説明出来ないほど殴られたんですか?仲間割れってやつですか」

「…ははっ…。な、仲間、じゃないから…俺は…使い捨てだ…」


やっぱり『偽者』さんでした。


そしてやっぱり、使い捨てされて殴られて酷い目にあってるであろう彼を労る気持ちは少しも浮かんでこないという僕。

もともとそんなに好きな方じゃありませんでしたが、さっき騙されたので更に嫌いになっちゃいましたよ僕。


立派になって、決意の瞳をするようになって見直したのに。

裏切られた気分です、僕は。


《まてよ。勝手に見直して勝手に期待したのはヘタレだろ?ましてや俺が疑えって忠告したのも無視して。それに関しちゃ偽勇者は裏切ってない。クズはクズだったってだけだ。お前が悪い、はい謝罪して》

(うぇっ?……えー…すいません…?)


なんで赤様に謝ってるんでしょうか。……いえ、逆らったらダメです。


「…ちくしょう……あいつら…っ…ゴホッ」

「あのー?僕、なんで誘拐されたんですか?使い捨てされた貴方じゃ知りませんか?」

「…言っただろ?…奴隷商人が…お前達を狙ってるって…」

「はぁ…じゃ、商品にするために?タンポポさんもここにいるんですか?」

「…さぁ?…俺はお前を連れ出せって…そしたら…薬を…っ…ゴホッゴホッ」


偽者さんが咳込む度に扉が揺れて、少しだけ心配になります。


「…薬?病気になったんですか?それとも危ない薬?」

「お前を…上手く連れ出したら、よく効く薬を手配してくれるって…そうだよな、そんな都合の良い話、ないよな…」


うん?とすると偽者さんも奴隷商人さんに嘘をつかれたということですか?


「ごめん…ごめっ……やっぱり、俺…ごめん、ナナ…」

「……」

「ゲフッ…ううっ…」


湿った声で誰かに謝る偽者さん。

血を吐くように紡ぐ謝罪。姿が見えないから彼がどんな表情をしているかはわからないのですが…。


(偽者さん、泣いてますね)

《…誘拐の片棒担ぎに利用されて騙されて、殴られっぱなしで泣くしか出来ない…か。見事にクズ野郎だな》

(……でも、誰かの為にしたんじゃないですか?ナナ、さん?って人の為に利用されて)

《だからクズなんだよ。悪党を頼るしかなくとも、ソイツに騙されるリスクを考えてなかったわけだろ?騙されてもいいように手を打つ位は出来たはずなのに。こんなとこで泣いてる暇があるなら薬を盗み出すくらいはしてみろってんだ!》


まぁそうですね。

僕もよく泣いては怒られるから人の事は言えないんですが、偽者さん、泣くよりすることあるんじゃないでしょうか。

泣いても乾くだけ、ですよ。


「……すまなかった、な……ここ、開けてやりたいけど…鍵、持ってないっ…」


鍵穴をいじっているのか、こつこつと扉を爪弾く音が伝わって、また血の臭いが強くなります。

殴られただけですよね?何処から血が出てるんですか偽者さん?


《口内を損傷したり内臓にダメージ食らうと血を吐く事もある。最悪死ぬぞ》


は?

え?そうなんですか??

でもギリルさんなんかは殴っても蹴っ飛ばしても『わははは~!』と笑ってましたよ?余計元気になった感じで僕を追いかけ回して…。

たまーに岩で怪我して血を流していても『わははは~!』でしたよ?


《あのな…あの戦闘狂は人類の枠外だ。基準にするには不適切!》


「ま…お前なら…鍵なんかなくても…簡単に出て行けるだろうけど…ああ、手足が動かない、か…」

「あ、枷なら外しました。この扉も開けられますからご心配無く」

「!?……………っぷ、…ぷふ…フハハっ…」


開けるというか、壊すというかですが。とにかく鍵はなくても困りません。

それを正直に伝えたら偽者さんが笑い出しました。

何か笑うような事いいましたか、僕?


「ははっ、お、お前が危険だって…あいつら焦って、魔法具まで使って、…なのに…なんの意味もない、じゃねえかっ…。そうだよなっ、ドラゴンぶっ飛ばす奴を簡単に捕まえてられるはずないよなっ、ざまあみろっ!」

「はぁ…お手数おかけしたんですね。ご苦労様でした」

「アハッ、ハハハっ!それで、どうするんだ?商人達は皆殺しにしてやるのかっ!?…ゴホッゴホッ」

「いえ?そんな事する気はありませんが…。あの、早く手当てしたほうがいいんじゃないですか?死んじゃいますよ?」 


好いてはいませんが死んで欲しいなんて思っていません。

自業自得で受けた傷でも、生きてるうちは生きる努力をしてほしいです。


扉の向こうで笑っていた偽者さんの声がピタリと止まり、長い溜息をついたのが聞こえます。


「死ぬ、か。…絶対に死ぬもんかって……やってきたけど…」

「偽者さん?」 

「…ここで死んだらさ…お前、後味悪いよな?…お前、お人よしみたいだし…それで、扉開けたら俺が死んでたら…絶対、気に病むよな?」

「…?え?」


不思議な気迫を込めた台詞が偽者さんから発っせられはじめ、その内容が上手く飲み込めない僕は聞き返すしか出来ませんでした。


「すいません、なんか変な事言ってます?」

「…よし!…俺、このまま死ぬからさ…お前、なぜか後ろ暗くなって…俺を弔う為に…ナナを助けてやってくれっ」

「なんですか、それっ!?」

「普通に、ナナを助けてくれなんて言っても…聞いてくれないだろ?ゴホッ…だからお前の、良心に…訴えかけるっ!」


開いた口が塞がらないとはこのことです!

何を言いだしてるんですか、この人!


自分の死を利用して僕を動かそうとしてますよ。なにその根性!?


確かに今死なれたら僕は偽者さんを引きずるかもしれません。でもそんな打算的な死亡を聞かされたら憐憫もしませんよ!

この人本当に死にそうになってるんですか?


「訴えかけなくていいから死なないように努力してください!」

「…ここで頑張っても、俺じゃナナを助けられない…なら物凄い死に様晒してお前を動かす方が確実、だ」

「っ、な、なら!えと、嘘でもいいから僕の同情を引くような身の上話をして助けてもらうとかっ、あるでしょ!?実は病気の両親がとか、友達の借金とか!」

「……」

「えーっと、あと…なんだろ?…とにかく、死んで何とかなるなんて考えはダメです!」

「……」

「…?偽者さん?」


黙り込んだ偽者さん。

咳込む音も途絶えたので、まさか?と思って扉を開けようとしたら、急にドシンと扉が鳴りました。

偽者さんが体をぶつけたんでしょうか?


「…そうだな、お前の言う通り…死ぬ覚悟があるなら…。みっともなくても全部晒して、助けてもらうほうがいい、か…」


そうそう、そうです!生きるのを諦めちゃいけません!


まだ生きているのに死のうなんて、考えちゃダメですよ?

僕のお母さんなんて生きたくても生き抜けなくて…。

そんな風に死んでいくしかなかった人に、怨まれますよ?


「わかった…じゃ、俺がどうして、ナナを助けたいか…話すから、聞けっ」

「…えっ、な、なんで?」

「聞かないなら、俺はここで死ぬ。…扉を開けて俺の死体と対面するか、話を聞くか…ゲフッ…選べ…」


また濃くなる血の臭い。

話す度にそんなに出していたら、結局死んでしまうような…。どっちを選んでも僕の精神にダメージがありませんか、これ?


…聞くしかないんですか?長い話は苦手なんで短いといいんですけど…。


《こういうのを『墓穴を掘る』って言うんだろうな…》


赤様がぽつりと呟くのが聞こえます。





◇◇◇





俺はアーゼス・コンカッタ。


代々農耕を生業にしてきたコンカッタ家に生まれた。


女ばかり、女系家族に生まれた珍しい男子。

俺の前の男は曾祖父さん。


曾祖父さんの名前もアーゼス。その前の男子もアーゼス。

アーゼスは特別な名前。

偉い御先祖様に縁ある名前だって聞かされた。


偉い御先祖様は『騎士』で『英雄』なんだそうだ。

国を護って死んだ、今でも大陸に名を轟かす護国の騎士。


今ある王国の祖となった血筋を護って死んだんだって。


御先祖様は鎧と盾の騎士。

三本角の兜に刺だらけの鎧は有名。歴史書にも載ってる。


ロナイ王国『蔓と刺騎士団』の初代団長にして最初の『荊騎士』。




俺の御先祖様は『アビナス・コンカッタ』という偉大なる騎士だ。












アーゼスはここにきて、『勇者』の資質に目覚めました。

『他人を自分の都合に巻き込み同調させる』、です。

過去の偉大な『勇者』の大半はこれを無意識に行うので仲間が集まり易かったのです。大将には必要な能力ですが、その気もないのにやられた方はいい迷惑です。

『勇者』は一つ間違うとメンドクサイ職種になります。

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