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檻の小屋

犯罪行為がありますが、実際にしてはいけません!

泥が溜まってぐずぐずになったような地面を徘徊する音。


荒い呼吸に独特の鳴き声。


壁一枚、その向こうの不気味な存在の恐怖に方々で身を縮こませる子供達は年齢も出身もバラバラなのが見てわかる。

服装も肌や髪の色が皆違う。


泣き出してしまった子をあやす少女、無気力に空を見る娘、ずっと震えている少年。


小屋の中には十数人の少年少女達が押し込められていた。


古いのか手抜きなのか、隙間ばかりの小屋は『檻』の代わりだ。


『檻』に詰められた彼等は『商品』として集められたのだと誰かが言った。

逃げ出さないように囲う檻。

だが、逃げ出したいとは誰も思わない。

何故なら外には恐ろしいモンスターがいる。


ギャッギャッ!

ギャギャー!


いきなり叫ぶような奇声が聞こえて皆が皆顔をひきつらせた。


息さえ止まったような空気の中、薄い板張りの壁の継ぎ目からこちらを覗いてくる醜悪な顔。

それと目があった娘が「ヒイッ」と怯えたのが楽しいのか、ガタガタと壁を揺らして喜色を現すモンスター。

あの豚鼻のモンスターが壁を壊してしまったら、自分達はどうなるのか?

恐ろしい考えが現実になるのに耐えられなくて、小さい子どもが泣き声を高くした。


「…ウルセェぞ!ゴブリン共!」

「小屋が壊れるだろうがっ!」


ギャッ!?

ギャッギャッ、ギャッギャッ!


野太い男の声にゴブリン達がざわめく。


ゴブリンというモンスターを一喝した声も外からする。

もしや助けが来たのかと顔を上げた少年は続く言葉に絶望した。


「ったく、うるせえな、本当に!……どうする?一人くらいならばれねぇだろ?ゴブリンにやれば大人しくなるんじゃねえのか?」

「そりゃいいな。女か?男か?」

「そりゃ女だろ?どうせゴブリンに殺されるんだ、その前に俺達で楽しもうぜ?」

「なら俺は女より男がいいなぁ。二人見繕うか?」

「そりゃダメだろ?女にしとけよ」

「お前こそ男を試してみろよ?病みつきになるぜ?」


下卑た笑いを漏らす二人の声が近づいてくるのがわかる。


顔を見合わせ肩を寄せ合う子供達に何をしようというのか。

理解出来る娘は青ざめて涙を零しながら、何故こんな目に遭うのか天を怨んだ。


啜り泣く声。

大丈夫、泣かないでとあやす声。

罵る声。

声無く泣く声。


年若い子供の心が泥に沈み黒くなるのを嘲笑うかのように、足音が、鳴き声がにじり寄る。


だが。

小屋の外が俄に騒がしくなり、開けられた扉から入ってきたのは。


いや、入れられたのはエプロン姿の娘だった。


「キャアッ!」

「ここで大人しくしてろ!」

「っ!ま、待って!彼は、彼は助けてっ!」

「知るかっ!これ以上騒ぐならゴブリンに相手させるぞ!」


荒々しく閉じられ鍵をかけられた扉に縋り付き、うなだれる娘を遠巻きにする子供達。

新たにやってきた不幸な少女にどう接するか距離を計っている。


エプロンの娘は手酷く扱われたのか顔は腫れて服も破れていた。スカートには血が染みて、泥と涙でぐちゃぐちゃになっている。

ソバカスの浮いた頬を手で覆い嗚咽を漏らしている。


やがて部屋の隅で小さくなっていた一人がソバカス娘に声をかけた。


ノロノロと顔を上げたソバカス娘は「っえ?!」と小さく声を上げて驚いた。


最近知り合いになった金髪の少女が不思議そうにソバカス娘を見ていたからだ。


「…ああ、やっぱりギルド宿の洗濯係の?…。何故、ここに?」






◇◇◇





やはり自分は駄犬だとタンポポは溜息をついていた。


『騎士のナイフ』という興奮するアイテム(首輪)をキノコから頂戴し、浮かれていたのは確かだが、だからといってあんな初歩の罠に引っ掛かるなんて馬鹿過ぎる。


ゴブリンを狩るために森に入り、そろそろ帰ろうとした時はもう遅かった。


目印にしていた物や工夫を辿って帰れば森から出られるはずなのに、より深部に向かってそれらが道筋を合わせているので可笑しいと思った。

方向性を狂わせる細工がしてあるのに気付いて、自分は迷わせられたと気づいた時には囲まれていた。


ゴブリン10体を従える人間が四人、威圧的に現れたそいつらはタンポポに投降を促した。


残念ながらタンポポでは逃げ切れない。

騎士に助力を願えば簡単だったろうが、相手にタンポポを殺す意志が見られなかったのでそれ(・・)は切り札として隠す事にした。

何故タンポポを狙うのか分からないままでは今後の対処に困る。ここは大人しくして、情報を引き出さなければ。

幸いな事に『騎士のナイフ』は服の下に忍ばせていた。

暗殺術を叩き込まれたタンポポは隠すのが上手い。

ナイフを気付かせる事なく所持品だけを没収されそのまま連行されてしまった。


狩りに夢中になり周りに気を払わなかった自分を殺したい。

駄犬だ。

犬なら臭いで帰路を探せるが、それが出来ないタンポポは犬にも劣る。

朝には帰ると自分から言ったのに守れもしないなんて。




かなり歩かされて馬車に詰め込まれ、降りた先でまた歩かされてここまで来た。

小屋に着いたのは真夜中を過ぎていたし、潮の香りがしたのでかなり遠くまで連れてこられたように思う。


真っ暗でよく見えなかったが波の音がしたから海の近くで、もしかしたら何処かの島かもしれない。


頼りないランプを外灯に掲げる掘っ建て小屋。そこに入れられた。

月明かりも僅かにしか入らない暗い小屋だが、タンポポは夜目の訓練を受けているので苦もなく室内を観察出来た。


不安と恐怖で凝り固まった子供の集団を見て、合点がいく。


『奴隷商人』の誘拐だと。


全員容姿が良く服装や気配は生活に困って売られたような子供ではない。

愛玩用に拐った子供を隔離しておく場所なんだとすれば、たいした拘束をされていないのも納得だ。

自分から動いて逃げ出すという事も出来ない、考えつかないくらい荒事とは無縁の生活をしてきたのだろう。そんな箱入り娘達にはゴブリンの鳴き声だけで充分効果がある。


「…あ、あなたも拐れたの?」


三つ編みの少女が泣く子供をあやしながらタンポポに声をかける。


「…そのようです。抵抗するのが危険でしたので従ったら、ここへ。…皆さん、誘拐されたのですか?」


誘拐と聞いた違う娘が急に泣き出した。


「わ、私…街でいきなり路地に連れ込まれて…っ!」

「私は…買い物していたら…」

「…この子はお菓子をあげるって言われて、そのままらしいわ…」

「僕は母さんが事故だって…」


かなり無理矢理に誘拐されてきたのだと皆が切々と訴えてくる。


最初に話し掛けてきた三つ編みは牧場主の娘で、ドンラと名乗った。

彼等の中で年長らしく、自身で進んで纏め役を買って出たという彼女は、どうやらまた違った拐れ方をしたようだ。


「ひどい臭いがして怪しいなと思ったの。そしたらゴブリンがいて…殺されると思ったわ。でも、知らない男の人が助けてくれて。その人、ゴブリンを奴隷みたいに扱ってた。それで『見られたなら仕方ない』って、私を…」

「…私を連れてきた人達もゴブリンを従えてました」

「うん…多分、ゴブリンを操る悪い人達、なんだろうね。私は偶然それを見たから連れて来られたみたい……運が悪かったな…」


だが、こんなに誘拐しているならそれなりに問題になっているはずだ。

必ず捜索隊がくるはずだとタンポポは言ったが、ドンラは首を振った。


「ここね、離れ小島なんだって。徒歩で渡るのは無理。船も岩礁がひどくて停まれない。よしんば来たとしても、ゴブリンがいるから返り討ちに遭うって……」

「…え?でも私は船なんて乗っていませんよ?」

「…私もそう、皆もそうだって……だから嘘なんじゃないかと思うけど…確かめる事も出来ないし」

「…」


泣きつかれて寝てしまった子供を抱きながら溜息をつくドンラはかなり落ち着いて見えるが、体は震えている。

怖くないはずがないだろう。

それでも取り乱さずに自分を制する事ができる彼女は強い女だ。


タンポポは母親を思い出していた。


苦労と辛酸を味わいながら殺された母親。

母も運が悪かっだろうかと自問しても、彼女がどう考えていたかはもうわからない。


ただ、母は強かった。


妊娠も出産も、その後の生活も、死すらも選べずに他人に翻弄された彼女は強く生きた。

精一杯、娘のタンポポを育てて、強く生きろと遺して逝った。


子供を撫でるドンラが母と重なる。


「…ドンラさん、横になって休んで、少しでも体力を残して下さい。いざとなったら自力で逃げられるように」

「自力?でもどうやって?」

「私に奥の手があります…ただ夜に動くのは危険ですから機会を待ちましょう」

「…大丈夫?信じていいの?」

「ついさっき会ったばかりの人間を信じてはいけません。ですが利用するのは結構です。私が何かして成功すればよし、失敗したら無関係を貫く事です。なんにしてもドンラさんが倒れたら利用も出来ません。休んで下さい」


パチクリと目をしばたたかせ、ドンラは優しく笑って「なによ、それ?」とタンポポを怒った。

誰かを犠牲にして助かるなんて嫌だ、そんな事もう言うなと。

そうして「ありがとう」と微笑み、その場に横になってくれた。


優しい女性だ。最悪、彼女だけでも助けたい。そうタンポポは感じていた。


小屋の周りではゴブリンがザワザワしつ五月蝿いが、かえってそれが好都合とタンポポは『騎士のナイフ』にボソボソ話しかける。

一人でぶつぶつ言ってるようにしか見えないし、騒がしい外に皆の意識は向かいがちなのでバレはしないだろう。


「…騎士様…ご助言頂けますか?…私にこの包囲網の突破は可能でしょうか?」


服の中のナイフがヒヤリと冷え、地を這うような忍び声がタンポポの耳に届く。


【………ワシが出よう…!…。子供を拉致監禁など許せぬっ…】

「騎士様がお出になると殲滅戦になりそうですから最終手段にしたいのですが…万一、ここからの移動手段が無い場合に困りますし…」

【…むう…ならば朝になってここの所在をはっきりさせてからか…だが、お前には荷が勝ちすぎる…】

「逃げるだけでも無理でしょうか?」

【やめておけ……あちらも隠し玉があるやもしれん……ゴブリン以上のモンスターが出ないとは限らんだろう?……】


それを聞いたタンポポはとりあえず朝までは待とうと身を丸めた。


【…それにしても随分と肝が据わっているな…恐ろしくないのか?タンポポよ】

「…私は…こういう悪事を働く側にいた人間ですから。それより気になるのはこの犯人達の目的です」


奴隷商人がモンスターの使役術を使って、ゴブリンで被害を出すのを隠れみのに誘拐を繰り返す。

色々考えて纏めるとそういう事になるだろうか。


だが何故タンポポが狙われた?


タンポポは武装していたし、暴れられるリスクを冒してまで連れて来る理由がない。

ドンラはゴブリンと犯人の関連を目撃したので仕方ないが、タンポポはせいぜいゴブリンを狩っていたぐらいだ。


それなりに見目はいいだろうが、高値がつくほどの美貌でもない…。


「っ…まさか…」

【…どうした?】

「…奴らの目的は…シャピ様やキノコさんでは?私を人質に二人を誘い出す、とか…」


言葉に出すと信憑性が増した気がする。


あの二人なら『商品』として最高だ。

ギルドでもいつも色眼鏡で見られているし、シャピなど身体までが最高なのだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。

タンポポは出るところも出てないというのに…。


【…なるほど、悪党ほど頭が回るか…なら早々に脱出せねばな…】

「……ですね。もしもの時はお願いします騎士様」


タンポポに何かあってもキノコ達が応じる必要はないのだが、キノコは無視出来ないだろう。

心配だからと騎士まで付けてくれたのに、結局自分が足枷となっているのが情けなくてタンポポは目を伏せた。


もし本当に狙いがキノコならば。

敵はこの身体()全てで侵し殺さねばならないだろう。






朝は雨で始まった。


気配を殺して逃げるには最適だが、それは犯人達も同じ事。

雨に紛れて子供達を本拠地に移動させるかさせないかで揉めているのが聞こえてくる。


見張りがいては下手な事が出来ない。タンポポは子供達から色々聞いて、せめて現在地だけでも割り出そうとしたがそれも無理だった。

ほぼ恐慌状態で拐われた子供が手がかりを覚えていられるはずがない。

ドンラが協力してくれたが現状打破には及ばない内容に苛立ちが募る。


強硬突破で騎士に暴れて貰おうかと考え出した頃、新たに小屋に入れられたのはソバカスが浮いた娘だった。


確かギルドで洗濯をしていたアルバイトの娘。

タンポポは仕事上、洗濯物が多く、有料ではあるがよく利用させてもらっていた。その時頻繁に対応してくれたのが彼女だ。


「……ナナさん、でしたよね?何故……」


失礼ながら平凡な容姿の彼女が何故ここに?

犯人達とのやり取りの意味は?


ナナは真っ赤に泣き腫らした顔で謝り出した。


タンポポが一人で仕事をしている事、シャピは殆ど部屋から出ない事、キノコは牧場によく行っている事。

そういった情報を流していたのは自分だと。

タンポポが拐われたのは自分が流した情報から、あいつらが動いた結果だ。

シャピを部屋から連れ出したのも自分が悪い。

悪いのは自分だと。


なるほど、協力者がギルドにいたならやり易かっただろうと逆にタンポポは感心していた。

けれどシャピを連れ出した?

……あのお姫様が易々と連れ出されるだろうか?


「ごめんなさい!だからアーゼスは許してやって?!罪は全部私が被るから!」

「……アーゼス?」


誰の事だろうか?

首を傾げるタンポポにナナは言い募る。


「貴女達から裸で追い出されて……困っていた人よ!?忘れたの?」

「……」


思い出したくもない少年の顔が脳裏に浮かびそうになり、タンポポは慌てて頭を振った。


ちょっとしっかり話さなければいけない、これは。








タンポポは殺人以外の犯罪も身近で見てきました。

なので誘拐くらいでは騒いだりしない神経の太さを持っています。

キノコとシャピが際立っているだけで、タンポポも充分美人さんです。狙われてます。

でも今のところ身綺麗にしてないので野暮ったくなっています。


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