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キノコの理由

ザアザアと降る雨音が響く薄暗い部屋。


4つのベッドと小さな物入れがある簡素なギルド宿の一室。


いつもなら黒と黄色、そして白い子供の三人がいるのに。


黄色のタンポポがいない。




「キノコが牧場に行くと出ていって……私はずっと起きてた……。することもないからキノコの使用済みベッドシーツで楽しんでた……。その間、あの人間は一度も帰ってきてない……」


……使用済みシーツで何をしてたかも気になりますが。


タンポポさんが帰ってきていないという事の方が重要ですよね!

行方がわからない、大変ですっ!


ザアザアと止まない雨音に、赤様が《ああ、そうか》と声を重ねました。


《……とうとう()ったか……いつかはこうなると思っていたが……》

(うぇ?赤様?なんですか?)

《消されたんだよ、毒姫は。お前がいない間に……そう!鬼姫の手によって!》


……はーーー?!??!


いきなりなんですか!?どういう展開?

シャピ様がタンポポさんを?あり得ませんよ!


《あり得なくないぞ?鬼姫は毒姫が邪魔だった。人間嫌いもあるしストレスが溜まって、つい手がでた……。人間の小娘なんて鬼からしたら綿毛よりも柔らかい。グシャリと潰して……()っちまったんだよ!》

(やっちまったー!?)


なんということでしょう!

そんなになるまで追い詰められていたんですか?シャピ様?

確かに二人はそんなに仲良くはしてませんでしたが、まさかそんな……。


《いいねぇ、女同士の争い。綺麗な化粧の下には醜い素顔。蹴落とし欺き陥れ、たった一つの寵を奪い合う!女の戦争は陰湿だぞー?》

(…?…あの……赤様?……ひょっとして、ふざけてます?)


あ、大人しくなったけどニヤニヤしてる感じが漂ってます。遊んでますね、完全に。

途中から化粧とか戦争とか言い出したからおかしいとは思いましたが……、危うく巻き込まれるところでした!


「……えっと、タンポポさん、朝御飯には帰ると言ってましたよね?」

「……うん……いつもなら、夜中に帰ってたけど……」

「遅れてるだけ、かな?」

「……わからない……」

「師匠も憑いてるし、大丈夫だと思うんですけど……」


雨が降ったせいで遅れている、という事もあるでしょう。

まだ行方不明と決めるのは早いですね。


《だから消されたんだって……》


赤様は黙って下さい!……笑ってないで!


遅れているだけなら待てばいいだけです。

ご飯を食べながら待ちましょう。






お昼まで待ちました。


タンポポさん、今だ帰還せず!です!



「……どうしましょう?……」

「……」


食堂で待っていたのですが、お昼は混雑するので邪魔にならないように部屋に引き上げてきました。

一応、ギルドの受付も覗いてきたのですが、やはりタンポポさんは帰ってきません。

イザシュウさんに相談しようかと思いましたが、ギルドの仕事は『自己責任』と言われていたので、自分達で何とかするしかありません。


雨は止まず窓を叩いていますが、タンポポさんがドアを叩いて帰ってくる気配はありません。


「……僕、探しにいってきます」


夜になったらますます暗くて探すのも大変です。今のうちに探せるところは探しておきましょう。


「……キノコ……でも、あいつ……逃げたのかもしれない……」

「っ、にげ?」

「人間だし、もとは捕虜でしょ?……いくらキノコが優しくしても、洞窟の関係者は人間には恐ろしいから……逃げ出したくなっても仕方ない」

「で、でも、タンポポさん、お金返すって……」

「……うん。でも、そういう可能性もあるよ……。探してもムダかも……見つけても逃げられるかも……それでも探すの?」


じっと見つめてくるシャピ様の言う事も分かります。


巻き込まれて仕方なく僕達と行動しているだけで、本当は僕達を少しも信用してないなら、逃げて当たり前でしょう。

でもそれなら今までいくらでもチャンスがありました。

タンポポさんは殆ど一人で仕事をしていましたから、何時でも逃げられたんですよ。


なんで今なんでしょうか?


しかも、タンポポさんは『師匠』を憑れています。

師匠のナイフはかなりの値打ちでしょうけど、呪われているアイテムですから売れないですし、下手をしたら師匠に殺されます。


「……キノコはあの人間に洞窟の外の事聞きたかったみたいだけど……もう、ここは外だよ?……聞くより実践するほうが早い……。あいつを側に置く必要、ある?」

「必要?」

「いなくなったあいつを探す、その理由は何?」

「理由?」

「……私達は、一緒に北に帰ると約束した……友達で仲間で家族……。家族なら探すけど、あいつはキノコの何?」


何って……。


「……逃げたあいつを捕まえる理由はあるの?」


《……理由は、無いな》


赤様が僕の中で答えます。


《人間世界である程度は生きる知恵もついた。ギルドという身分証明も手に入った。もとより毒姫の借金は大したことないし。この先、人間の毒姫が足手まといになるのも必然だ。いなくなったなら、探さなくていいだろ?》

(あ、赤様?だって、でも、師匠は……)

《ヘタレ、鬼姫が聞いてるのはそういう理由じゃない。お前が、毒姫を必要とする理由だ。……お前の探す理由は毒姫が騎士を憑れているからか?じゃ、騎士が見つかれば毒姫はいなくてもいいんだな?》


それはっ!


その……。あの……。

タンポポさんには、一緒にいてほしいです…。

寂しいし…。


《寂しい?鬼姫がいるだろ?同じ魔女に保護されてた仲間だ。帰り道も一緒なんだ、寂しくないだろ?だが毒姫は違う。仲間じゃないし、人間だから帰り道も違う。無理に連れていく、連れていきたいなんて、何故思う?》


無理になんて…。


だって、だってタンポポさんは…。


僕と同じで。


一人ぼっちで。


置いて行かれて。


毒の身体(・・・・)で。


そんなタンポポさんに、僕は。





「…同情…?」


ぽつりと零した自分の言葉が、いやにストンと落ちてきました。


僕がタンポポさんに抱いてる感情は、『同情』?

似たような境遇で、同じ異質な身体。

その気がなくとも害を呼ぶ悪質な異端者。


「…キノコ、あいつに同情してるの?…」

「そう、なのか、な?……僕もタンポポさんも、毒があるから……」

「同情……」


同じ毒体質。

だから一緒にいたい?

大変だね、わかるよ、辛いよねと慰めあいたいから?

それは確かにタンポポさんにしか共有できないでしょう。


ああ、でも、違う。『同情』もだけど、『安心』もしたい。


同じ毒の仲間がいると。

同じ苦労をした人がいると。

そう思って『安心』して。


でも、僕は…制御出来ているから、タンポポさんよりまし(・・)だと『安心』して『憐れん』で…。



「!!!?」


ガクンと膝から力が抜けて、僕は倒れました。


「キノコ!?」


床に頭をぶつけても痛くないほど、身体(・・)が痛い。

身体を巡る魔力があちこちで爆発するかのように、僕の中で騒いでいます。

それよりも騒いでいるのは僕。

僕の心が騒いでいる。


憐れむ?

可哀相なタンポポさん、と見下して『安心』するのですか?

何に安心するのですか?

自分は恵まれていると?悩んで苦しんでいるタンポポさんを見て、自分の安定を図るのですか?


『醜い』。


なんて醜い毒キノコ。

お母さんの子供に相応しくない。スライムさんに相応しくない。


魔力が、魔女さんの魔力が、怒っています。

キレイな月みたいな魔力が僕を拒否している。こんな汚いキノコなんか嫌だと。

パシンパシンと悲鳴をあげています。

身体が震える。


《……ヘタレ、自分を否定するな。魔力を保て。魔女の魔力に呑まれるな》


赤様の声が何処かで鳴っているように響きますが、僕は目の奥がチカチカしてそれどころじゃありません。


《お前が自分を否定すると、受け継いだ魔力まで否定の煽りをくらって弱体化する。魔女の魔力は俺の性質上『喰おう』としてしまい、二つの魔力が反発し出す。それは最古(・・)の魔力だ。母の形見を否定するな》


否定するなと何回も赤様は言いますが、肯定出来るはずがありません!


「…ぼ、ぼく……嫌な子っ!……」

「キノコ?」

「同情って、可哀想って事でしょう?……タンポポさん、を、可哀想って……じ、自分より、かわいそうって……!僕、ぼくは、なんて、なんてことを……」


自分勝手に相手を差別して、あまつさえ見下して。

知らない間に、なんてヒドイ事を。


涙が出ます。

情けないキノコに涙が出ます。

情けない、醜い、汚い。泣いてそれらが流れる訳もないのに。


捜すのも安心したいからでしょう?

自分より下のモノがあれば優越感に浸れるから。それが理由。タンポポさんを捜す理由は彼女がいれば自分が『良く見える』から。

上を見ないで下を向いて歩いている証拠だ。


こんな僕を、僕は認め……。


「キノコ」


体内での魔力の荒ぶりが凄まじく、視界も真っ赤に染まる程になっていた僕の耳に、涼やかなシャピ様の声が降ってきました。


「キノコ……同情は悪い事じゃない…。…キノコは嫌な子じゃないよ?優しいから相手の事を考える……同じように悩んであげる。そうでしょ?……」


でもそれは、優越感を満たしたくて……


「……共感しなきゃ優越感なんて出ない……共感しなきゃ同情出来ない……。同じ悩みを持ってるからこそ本当に同情出来る……。キノコが優越を感じるなら、その差を埋めるように相手を引っ張り上げたらいいよ……。同じラインに立てるように……」


怒らない?タンポポさん、僕なんかに助けられて……怒らない?


「助けられて怒るなら……ほんとは困ってないんだよ……。本当に辛いなら、話しだけでも……一緒にいるだけでも、助かるよ?……」


じゃあ、タンポポさん、探しに行くのは僕が安心したいだけでも、怒らない?

タンポポさんがいれば、毒の仲間が、毒キノコは僕だけじゃないって……そう安心出来る。

その為だけに側にいてほしいなんて……怒らない?

探しに行っても大丈夫?


「……側にいてほしいんだね…」


……そう、でしょうか?…。


よく、わからない、けど。



冷たいシャピ様の手が頬を撫でて、そのまま髪を梳いていくのを感じます。


「泣かないで…キノコの理由はわかったから…。キノコに必要な役割があいつにはあるんだね…キノコの精神安定…そんな役割…」


「……シャピ様…」


のろのろと視線を上げると暗い目をしたシャピ様が僕を覗き込んでいました。

哀しんでいる、ではなく、考えている目です。

暗くて深く、呑み込むように黒い瞳で考えている。


やがて紅い唇だけがククッと持ち上がり、瞳に光彩が戻るともう一度僕を撫でてくれました。

冷たい指が巡ると背筋がピクッと震えます。


「…じゃあ、探しにいかなきゃ…。連れ戻さなきゃね…」


撫でられる度に落ち着いていく魔力に僕は安堵しました。シャピ様のお手々、スゴイですね。


《…いや、お前が鬼姫に説得されて落ち着いたからだろ?》

(説得?…あれ?僕、何か喋ってましたか?)

《……ま、無意識にブツブツとな…それで鬼姫がお前の内面を認めたから自己否定が崩れて魔力も安定して……》


パチリと瞬きして最後の涙を落とすと、不思議にスッキリしていました。

あれ?なんででしょう。

なんだかモヤモヤしていたのが晴れています。


体を起こすと膝をついて僕と目線を合わせたシャピ様が諭すように話してきます。


「…キノコ…探しに行くなら、濡れないようにしなきゃ…」

「っ、あ、あれ?探しに行ってもいいんですか?」

「…反対はしないよ?…理由もちゃんとわかったし…でも、キノコまで行方不明は嫌…ちゃんと帰ってきて…」


理由?理由、わかったんでしょうか?

帰ってくるのは当たり前ですよ。置いていかれる辛さは僕、知ってますから。


「帰ってきますよ!」

「ちゃんと、ね?……私のところに、ね?……」

「はいっ!」


《……鬼姫…………。…………やっぱり女は恐いな……》



雨が降る。

ザアザアと雨が降る中、やはり帰ってこないタンポポさん。

雨で帰れないのかもしれません。困っているかもしれません。


もし、帰りたくないと言うなら……それでもいいです。


タンポポさんの行きたい処にタンポポさんは行くべきですから。


タンポポさんがどうしたいか、ちゃんと聞かなきゃ。


それから僕も、どうするか決めなきゃ。





◇◇◇





思わず笑ってしまった。


心配することなんてなかった。

あれは愛ではない。


あいつはキノコにとって同族嫌悪と蔑みの対象でしかない。


もちろんキノコにそんな気持ちはないだろう。

優しいからか、そんな気持ちを持つ事にすら恐怖して倒れた時は驚いた。

気にしなくていいのに。

誰かを見下すなんて当たり前の感情だ。

比較して優劣を定める事は精神の成長と安定に必要なのだ。


自分より優秀なモノに憧れ、妬み望み、自分もそうなろうと努力する。または僻んだまま乗り越えてやろうと野心を燃やす。


自分より劣ったモノを憐れみ、蔑み忌避して、ああはなるまいと反面教師として見習う。または自分の優秀さを確立させるための引き立て役として活用する。


同情は悪くもあるし良くもある。

なんにでも見方を替えた見解があるし、受けとる側の感じかたでひっくり返ったりする。

キノコはそれの悪い方に過剰反応し過ぎだ。

誰だってそのくらい無意識でしてしまっているんだから、気にしなくていい。


とりあえず、キノコはあの人間が居ることで『毒』の自分を必要以上に卑下しなくて済んでいる。

みすぼらしい人間のくせに役に立っていたらしい。


ただでさえキノコは自分を過小評価し過ぎで、何も出来ないと鬱ぎがちになる傾向がある。


人間がいることでキノコの精神が安らぐなら、仕方ない。

大目にみなければ狭量な女だと見離されてしまうかもしれない。


ペット(・・・)として飼ってやればいいだけだ。


愛玩動物(タンポポ)(シャピ)ではキノコに必要とされる分野が違うだけ。

目くじらをたてる事もないだろう。


ただ、ペットへの愛着が、慰め合う仲間意識が、愛に昇華しては困る。


(…それは許さない…愛玩動物ならいいけど……愛人があの人間なんて……)


なんとしても阻止しなければいけない。


今は無理でもキノコの内面が落ち着いたら、消してしまう必要もあるだろう。


(本当に逃げ出していたなら……良かったのに……)


キノコにはタンポポの逃亡説を提示したが、たぶんそれはないだろうとシャピは思う。

このタイミングで逃げ出す利点はない。

馬鹿ではないあの人間が今を選ぶ理由はないだろう。


(…だから、トラブル…何かに巻き込まれた?……面倒な奴…)


キノコに心配させるなんてペットのくせに躾がなってない。

…戻ったら教育しなければ。


(……さてと。…キノコが帰るまでにこっち(・・・)も済ませておこうかな?)


雨にも構わず飛び出したキノコがいつ帰るかわからない。

出来れば部屋から出ないで待ちたいのだが、それではすまないだろう。


数日前からシャピが部屋に一人の時を狙って訪れる不穏な『気配』が、今も近づいてきている。


(…二人…三、四人…か。今日こそ仕掛けてくるのかな?……とすると、人間が帰らないのもその関係で?…)


シャピ達をバラバラにして一人ずつ狙う。


人間は単独行動が多いが、キノコとシャピは殆ど一緒にいる。

上手くバラけさせるために今回の事を起こしたんだとしたら、現状は相手の思う壷だろう。


(…組織的犯行…。職員が注意しろと言ってたけど、こういうことか…)




コンコン!



ドアがノックされた。


粗末なドアに意識を向けると、知らず口角が上がる。


(…じゃあ、今、キノコを狙っている奴もいるの?)


音もなく立ち上がりゆっくりドアへ歩く。


(…面白い……面白いよ…。キノコに何か出来ると思ってるんだ?…)


なんてバカバカしい、なんて愚かな。

下らな過ぎて笑いが止まらない。


なんて面白い世界。


(…キノコ…貴方についていくと決めて良かった…。不要なモノは私が撤去してあげられる…)


ドアノブに手をかけ薄く開き、廊下を伺う。


畳まれたタオルを抱えたソバカスの女が困り顔で立っていた。

一人、にしか見えないが他にも居るのを感じる。


「し、失礼します。雨、なので…た、タオルの補充に参りまし、た…」

「…」


青ざめながら用向きを伝える女は、脅されているのか仲間なのか。

さて、どっちだろう。



雨が激しく打ち付けるの中、ドアを開く『ギィ』という音がやけに鮮明に鳴り響いた。











タンポポは毒体質なのでキノコと近い、だからシャピは危険視しています。

ただの人間だったら歯牙にもかけずにいたのですが、あまりにキノコと似ているのでキノコが傾倒し易いと考えています。

だから愛人扱いも許しません。

…といってもシャピの中での考えなので、キノコは今のところそういった考えは持っていません。

お子様ですから。

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