あらためまして、こんにちは
あまり進展がありません…。
「…本当に、有り難うございます。溶岩洞窟までは記憶にあるのですが…。意識不明の厄介者なんか捨ててきても…、いえ、それがキノコさんの優しさですね」
小さな窓から入る光がタンポポさんの金髪を飾ります。
海水に浸ってボサボサの髪ですが、光が当たるとより明るく見えて、本当にタンポポが咲いたみたいです。
まだ本調子ではないでしょうに、止めるのも聞かずに床に正座した彼女は落ち着いた口調で話を続けます。
「あの男のようにその優しさに付け込むような人間は山ほどおります。どうか心も財布もキッチリ閉めて、隙間もないようにしておいてください」
「…はぁ」
「私がお借りした1万Gは必ずお返ししますが…。残念ながら私にはそれを信用してもらう手段がありません。なのでできれば、キノコさんに私を売っていただきたいのですが」
「…はぁ?」
売る?
タンポポさんをですか?
「売るって…?」
「私が日雇い等で稼いでも直ぐにお金は貯まりません。キノコさんは洞窟に帰るのですからここに長居は出来ない。なら私を『奴隷』として売って、そのお金を受け取ってください。性奴隷は無理でしょうが、労働奴隷ならなんとか売れるはずです」
「はずって…」
決意の瞳で僕を見上げるタンポポさん。
ベッドの上ですが僕も正座して真剣にお話しなければいけないかもしれません。
しかし、奴隷ですか……。
奴隷って、あれですよね?
人間を人間として扱わない、物品としての価値をつけたアレ。商品。
労働力として酷使されたり戦争に行かされたり。
売り物になりたいなんて、タンポポさんは人間辞めたいんですかね。人間は人間でいた方がいいですよ?
そもそも、偽者さんに渡したお金をタンポポさんから返してもらう気はありません。というか結果として僕のお金が減っただけで、僕はそれでいいと思ってるんですから、いいんじゃないですか?
タンポポさんが何かしなきゃいけないなんて事ないですよ?
《…それじゃダメなんだろうな。何もせずに助かった、この女はそれが嫌なんだろう。お前が刺された時も、今回も何もしなかった。そういうのがもう嫌になってるんじゃないか?》
(助けてもらうばかりは、嫌、ですか?)
《さて?単にお前から逃げたいだけかもしれないし、本心までは分からないから断言は出来ないが…。よしっ!丁度良いからお前も稼いでみるか!》
(っっうえっ!?)
僕も奴隷になるんですか!?
◇◇◇
ヂーーン!ヂヂーーンッ!
キレイじゃない金属音の呼び鈴を鳴らして暫く待つと、黒い一つ目のイザシュウさんが出てきてくれました。
相変わらずカウンター一杯の大きさです。
「おはようございます!イザシュウさん」
「……ああ、もう昼だがな」
「じゃあ、こんにちはイザシュウさん!昨日はお世話になりました。お陰さまでタンポポさんも起きてくれました」
「ああ、そうか。で?どうした。返金か?」
「違います。僕を買って下さい!」
「………………ぁ?……」
一つ目をまん丸にしてイザシュウさんが固まりました。
「……買うって、何だ?」
「えっとですね?僕を売りたいんです。だから買ってくれる人を教えて下さい。イザシュウさんが買ってくれても良いです!」
「……」
《ヘタレっ!街娼まがいの発言してんじゃねぇ!》
(がい?)
《ああもう!いいから『仕事の斡旋』を依頼しろ!》
何をそんなに焦っているのですか?
稼げと言ったのは赤様で、僕の持ってるモノで売れるのなんて僕自身しかありません。
魔女さんに貰ったモノを売る訳にはいかないし、なかには売れないのもあるし。
《稼ぐってのは物品交換だけじゃない!自分の時間と能力を切り売りして……第一身体は俺の物だ!》
そういえばそうでした!
「えっと、ですね?『仕事の斡旋』を、して欲しいんですが……」
「……ぇ、……あ、ああ!そうか、そうだよな?……ビックリした……」
ガタガタと慌てて書類をかき集めているイザシュウさん。ホッとしたように何枚か紙を選んでから僕の後ろに視線を送ります。
後ろには鬼姫様とタンポポさん。
それに遠巻きに僕達を見つめてヒソヒソしている人間達がいます。
「仕事ってのは誰がするんだ?全員か?」
「私です」
タンポポさんが前に出て、僕を下げようとしてきます。
「ぼ、僕も仕事したいです」
「いけません!職員さん、キノコさんの意見は聞かないで下さい!お金が必要なのは私です。なので奴隷に身売り出来る店を紹介して……」
「ダメですよ、奴隷なんてっ!お金はいらないからって言ったじゃないですか!」
「そんな訳にはいきません!キノコさんはお金の重要性を知らないのです!」
「お金が大事なのは知ってます!」
「知っていてどうして無償で……」
「やかましいっ!!」
ドガッ!
……カウンターにヒビが入りました。
一つ目をギラギラさせながら拳骨をカウンターで震わせて、イザシュウさんが僕とタンポポさんを睨んでいます。
「ガキが奴隷や金だと騒ぐな!」
「……ごめんなさい……」
「…失礼しました……」
「昨日、換金をしたはずなのになんで金が要るんだ?理由によっては仕事の斡旋は出来かねる!」
犯罪防止がなんたらとかってやつですね。
タンポポさんが説明するのを静かに聞いていたイザシュウさんですが、徐々にイラついたようにペンをカツカツ鳴らしだしました。
全部本当の事を話すと信じてはもらえないらしいので、タンポポさんが上手い言い訳を考えてくれました。
曰く、『旅行中に嵐に遭い家族と離れた金持ちの子供とその召し使い達』という設定でいくらしいです。
金持ちの子供は僕。着ている物も高そうで違和感は無し。
鬼姫様は僕の親戚。雰囲気も見た目も一般人ぽくないから箱入り娘ということにして。
タンポポさんが僕達の召し使い。一番世間を知ってるし低姿勢だし。
それであの偽者さんは下男ということにして、『目覚めたら退職金を要求して何処かに行った』、無責任な男だとタンポポさんがイザシュウさんに話しています。
「街に着いた安堵で気を失った私を見捨てず、お嬢様方の機転で宿まで手配して頂きました。職員さんにも親切にして貰ったとのこと。有難うございました。……残念ですがあの嵐では他の方はもう……なのでお金を貯めて自力で祖国まで帰るしかないのです」
「なるほどね……ギルドに依頼を出すか?家に生存の報せくらいは出した方がいいだろう?」
「……いえ、それも今は……。この方達を排除しようとする者がいるのです」
「……お家騒動か?」
「詳しくは勘弁してください」
「……そうだな。首を突っ込み過ぎたか。だが、その下男は最低だな。女子供を見捨てて金を持ち逃げじゃないか」
「ええ、最低です」
タンポポさん、凄いですね。
ある程度決めていたとはいえ、スラスラとウソを話していきます。あ、全部がウソじゃないけど、それにしても本当みたいに話してます。
カツカツ鳴らしていたペンを止めてイザシュウさんは声を更に潜めます。
「話は理解した。主人の為に身売りしたいってのもわかった。だがな、あんたがいなくなって、この二人がまともに国許まで帰れると思うか?」
「……それは……」
「見た目はコレだし、世間ズレも酷そうだ。金は気にしなくていいと言ってるようだし、今だけ甘えたらどうだ?給料から後々引いてもらってもいい」
「……」
「金がいくら掛かる帰り道になるか分からないんだ。三人で協力していく方が建設的だと思うぞ?身売りなんて最後の最後までとっておけ」
おおっ!イザシュウさんがタンポポさんを言い負かしていますよ!
そうですそうです!
皆で帰りましょう。皆で頑張って行きましょうよ!
あ、でも。
「タンポポさん。ひょっとして家族の所に帰りたいですか?」
「っ!……いえ、家族は……もう、いませんから……」
目を伏せて噛み締めるように呟くタンポポさんは寂しそうです。
「どうしても、ってならなんとかしてやるが、まずは日雇いでもなんでも仕事を探してからでもいいだろ?それに……お前達、メシは食ったのか?」
「ご飯ですか?…まだですね」
僕はあまりお腹が空かないので忘れがちですけど、丸一日以上食べてませんね。
水は魔法の瓶があるので飲んでました。
身体を軽く洗っても減らない水は本当に不思議です。
「ならまずは食って来い。後、湯もつかってサッパリしろ。腹を満たして垢を落としてから、面倒な事を考えろ。スカスカの身体で考えてもスカスカな事しか思いつかない」
「職員さん、私はっ」
「食ってこい!酷い顔色がマシになってから来い!」
イザシュウさんの怒声がギルドに響いて僕達は追い払われました。
そんな、虫やケモノを蹴散らすみたいに…。
「…ふあっ…イザシュウさん怖いですね?」
「すみません…私のせいで怒らせてしまいました…」
ギルドの入口近くまで逃げた僕達はカーテンの閉まってしまったカウンターを振り返ります。
あれはちゃんとご飯を食べて来るまで対応してくれませんね。
ご飯はギルドにある食堂に行けば食べさせてくれるらしいですから、まずは腹ごしらえをしましょうか。
「イザシュウさんの言うのも尤もですからね。ご飯を食べて力をつけましょう。鬼姫様もタンポポさんもお腹減りましたよね」
「……お腹、…少し…」
「……すいません。減っています…」
やっぱり減るんですよね。
なら早く行きましょう。
宿泊すると二食付きだから、二回食べれますよ!
二人を促して食堂に行き、食券を見せると直ぐにご飯が出てきました。
肉と野菜がゴロゴロしている濃いめのスープ、チーズとハムが分厚くサンドされた丸いパン、塩漬けの野菜にカップになみなみと注がれたミルク。
ミルクは僕達が子供だからで、大人ならお酒なんだそうですよ。
魔女さんの所ならこれにサラダとフルーツ、最後にお茶でしめる感じですね。
全部が大盛りに盛られていて零れそうになりますが、なんとか運んで席に着きました。
「…」
「鬼姫様、食べられそうですか?」
「…塩漬けは嫌い…キノコにあげる…」
「タンポポさんはどうですか?足りなかったから僕のをあげますよ?」
「あ、あの……タンポポって…」
ご飯の匂いに気もそぞろになりながらもタンポポさんが聞いてきます。
そういえばタンポポさんは僕が勝手に付けた呼び名で本名は……。レ、レラ…。なんとかでしたね。
「すいません。タンポポみたいだと思ってから、勝手にタンポポさんと呼んでました。失礼でしたね。本名は…」
「い、いえ!タンポポでいいんです。私の事は好きに呼んでください!犬でもゴミでも雌豚でもっ…!」
「……えっ…」
…雌豚…?
「っ、す、すいませんっ!い、いえ、あのだから……タンポポと呼んでくださるなら、そのままで…」
真っ赤になって俯き小さくなるタンポポさん。
「えっーと、じゃあタンポポさんで。あらためまして、こんにちは。僕、キノコです」
ソロリと碧の眼をあげたタンポポさんを見ながら挨拶します。
金髪がバサバサになってますね、後でお湯で洗わせてもらいましょう。
「こちらは鬼姫様です。あ、今は変身してますから角はないです。って、僕が起きる前に自己紹介はしてたんでしょうか?ならいまさらですかね」
「…………」
「……は、はい。あらためまして、よろしくお願いしますっ」
鬼姫様はチラッとタンポポさんを見ただけで終わり、タンポポさんは萎縮したように頭を下げています。
鬼姫様は人見知りが激しいのでこれでも歩み寄ってるはずなんですけど…。
「とりあえず、温かいうちに食べましょう。それから身だしなみを整えてイザシュウさんに再挑戦です!」
スプーンを握る手に力が入りますよ!
仕事の斡旋、してもらわないと赤様に怒られるんです。負けませんからねイザシュウさん!
「は、はい!」
「…次は、仕留める…」
「鬼姫様?物騒な事はやめましょうね?」
塩漬けの野菜を僕のお皿に移しながらの発言でしたが、注意しても目を合わせてくれません。
ダメですよ、ホントにっ。
歯ごたえタップリのパンが噛みきれなくて苦労しました。
次からはスープに浸して食べます…。
鬼姫は肉が主食です。野菜はあまり食べません。酒豪です。
タンポポは国では毒入りの粗食でした。肉はごちそうでした。
キノコは雑食です。腐っていても平気で食べます。酒は状態異常になる分類なので無効にしてしまうから酔いません。
赤様は食べられないものはありません。




