陸地まで
海って広くて大きいですね。
果てがない水平線なんて見たことないので今のうちに心に焼き付けておきましょう。
海を覗くと透き通った水の中を様々な魚が泳いでいたり、派手な色合いの海藻や珊瑚が揺らめいているのが見えます。
深い場所は光が届かないらしくよく見えないので、よく見ようとしたら落ちそうになり、鬼姫様に止められました。
『落ちても拾うから心配するな!いっそ海中を進もうか?』
「海中?楽しそうです!」
『ま、息は出来ないだろうがなっ!』
ハッハッハッ!と笑うのはドラゴンのお爺さん。
はい、そうですね。
つい先程まで牙むき出しで襲い掛かってこられた方です。
致死確実の攻撃をしてきて、氷山を壊して荒れ狂っていた亀甲竜の結界守のお爺さんです。
なんとも快活に笑っていますが、若干若返った?かのように声にも張りが出てる気がします。
現在、晴天。お昼を過ぎた辺り。
お爺さんの甲羅に乗って運んで貰っています。
速いし楽チンだし風が気持ちいいし遭難したにしては幸先良い出だしだと思うのですが、僕以外はなんとも言えない雰囲気でイラついています。
「……(イラッ!)」
【…調子の良いジジイめがっ!】
鬼姫様は無言で威圧してますし、師匠はプンスカ怒りっぱなしです。
まぁ、納得いかないこともあるでしょうが、陸地まで送ってくださるんですからいいじゃないですか。
そう!
送ってくれているんです!
泳いでも七日といわれた距離をぐんぐん進んで!
速い速い!あっという間に陸地がぼんやり見えてきましたよ!
え!?あれは島?
大陸はまだ?……そうですか……。
ホントに遠いんですね、けっこうな速さで進んでるのに。
これを自力で泳ぐとなると……。ううっ、目眩がっ。
あらためてお爺さんに感謝ですね!
「師匠も鬼姫様も、ほら、機嫌直して下さい?爺さんのお陰で泳がなくても済んだんですから」
「……キノコだけなら私が背負って泳いだ……」
【キノコが下手にでる必要はない!負けたんだからジジイが乗り物になるのは当たり前だっ!】
負けた、んですか?
確かに"甲羅"は僕が壊しました。
古い甲羅の方だけですね。
そしたらその下からツヤツヤした翡翠のように輝く新しい甲羅が出てきたんです。
玉ねぎを剥いたら白い所が出てくるみたいな?
全部の古い甲羅が剥がれるまでお爺さんは悶えてましたね。
痛いけど気持ちいい、な感じらしく「あーっ!」「そこーっ」「ダメぇ~!」とか叫んでビクビクしてました。
ゆで玉子の殻が剥けたみたいにツルツルになった甲羅に影響されたのか、首とか脚もツヤツヤになったのには驚きましたね。
それで僕が勝った事になるんでしょうか?
勝ったからお爺さんを乗り物扱いするのも当たり前なんですかね?
『ハッハッハ!そうだな、私はキノコ殿に負けた!甲羅を壊されたのだ、潔く認めよう。詫びとして陸地に運ぶくらいでは私の非礼は赦されないのも解る』
僕の事を馬鹿にしたのをお爺さんはとても気にしています。
そんなの僕はなんとも思ってませんが、そうはいかないようです。
僕としては『女の子』発言の方が悲しいんですけど…。
『長年の悩みだった甲羅を取り除いて貰ったうえに、その甲羅を必要ないと言う寛大さ。小さいながら確かにキノコ殿は清廉な武人だ。なんとしても恩義に報いなければならないだろう』
壊した古い甲羅は、本当ならぼくの戦利品として所持していい物になるらしいのです。
亀甲竜の甲羅といったら希少で高価。
陸なら英雄扱いされる程の戦果としてとられるらしいですが、僕、興味ありませんし。
勇者や英雄はカッコイイですけど、僕キノコですから。キノコが勇者なんて…。
ないない!
ありえないし見たくない!みっともない!
笑っちゃいますよっ。
まぁそんなわけで、殺されて甲羅を剥がされても仕方ないくらいの侮蔑を言ったのに、僕がしたのは甲羅を取っただけ。
なんとも素晴らしい人格者みたいにお爺さんに感謝されてしまったわけです。
古い甲羅の重さで、身体がアチコチ痛かったお爺さんからしたら恩人といえる事だったらしく、御礼に陸まで運んでもらうことになったのです。
ただ、あまりにも変わり身が早いので師匠達がブスくれているのです。
朝→気のいい親切なお爺さん。
昼→暴れるドラゴンお爺さん。
夕→丸くなった舎弟のお爺さん。
赤様が三段階で説明してきたんですが、確かに早いですね。
というか、それに遭遇する遭難一日目。濃厚ですよね…。
この先はこれ以上の事には遭遇したくありませんね!心から望みますっ!
《…それ、遭遇を暗示してないか?…》
赤様がなんか言ってますがよく聞こえません。小さいですよ、声。
『ほんとにありがとうねー。じい様、近頃ふさぎがちだったから、こんなに楽しそうに泳ぐのみるの久しぶりー!』
一緒に甲羅に乗っている海蛇さんが嬉しそうにニョロニョロしています。
「僕が言い出した事だからお礼なんて。こうして送ってくださるだけでも大変ありがたいです。お爺さんも元気になって良かったですね」
『ほんとにねー。それにしても、こんな小さな子が甲羅を壊せるなんてー。陸上の人間は侮れないわねー』
『全くだ!力が漲った事だし、結界も厳重にした方がいいなっ!』
海に出てくる陸上の悪者さんもいるらしく、そういった脅威から海蛇さん達を護るのもお爺さんの役目らしいのです。
だから、見た目は"人間の子供"の僕の力がこれほどなら、大人になればもっと凄いだろう。防衛に力を入れねば!らしいですよ。
いろいろ訂正したいですが、護りは大事なので口を挟まないことにします。
『ああ!もちろんキノコ殿を危険視するわけではないからな?安心してくれ。それどころかキノコ殿ならいつでも私が海の案内に名乗り出よう!世界の何処の海でも馳せ参じるぞ!?』
……なんとなくですが、凄い事言われませんか?
亀甲竜で結界守でステータスもスゴイお爺さんが、海ではいつでも乗り物にしていいからね?って言ってません?
《よしっ!海の守護竜ゲットだ!良くやったヘタレ!》
(…はぁ…っえ?ゲット?)
《どう控えめにみてもじい様は海の実力者だ。そういうのが知り合いってだけでも旅には有利になるんだ。海と陸じゃ、干渉もないだろうから面倒もほぼない。だが、大陸を渡る時にこんな便利な通行手段もないだろう!》
まあ、今現在運んでもらってますしね。
でもスゴイお爺さんをそんな便利道具みたいに…。あきらかに貰いすぎだと思うのですが。
師匠や鬼姫様に聞いてみて……
「……流石キノコ…亀甲竜を従えた…」
【…むぅ、プライドが高いドラゴンが……話せば分かるジジイではないか】
『そうだなっ!話を聞かなかった私が言うことではないが、対話は大事だ!』
【おう!話し合いで解決するならそれに超したことはない!】
『ハッハッハ!』
【ワハハハ!】
あ、出遅れた!なんか纏まってしまいました。
さっきは罵りあってたのに不思議な二人ですね。
ワハハで通じ合ってます。
《ジジイ同士、似た者同士。息が合ってて結構じゃないか…。ついてくコッチは面倒だがな》
これは……海洋案内をいらないなんて言ったらどうなるんでしょう。
今回だけで結構ですからって、お爺さんに言ったら…。
《……『それじゃ気が済まない』【キノコはいらないと言ってるだろうが】『好意を無下にするか』【押し売りの好意だ】『なんだと!』【やるかっ!?】……ってなるかな?》
いやあぁぁ~っ!
なりそう!そうなりそうっ!それでまた喧嘩がっ……!
「お、鬼姫様っ」
「…キノコ、どうしたの…?」
「あ、あのですね?いくらなんでも偉い人を乗り物扱いしちゃいけないと思うんです!だから、今回陸に送ってもらうだけで充分だと」
「……うん、確かに『結界守』は要職……でも、キノコはそれを制した……気にすることない」
「気にしますっ」
「………そう?…………キノコに気をつかわせて…クソ亀がっ!……」
ああっ、鬼姫様が怒りだしたー!いけませんっ、待ってまって!
ダメです鬼姫様、拳!拳を握りしめないで下さいー!
わたわたしていたら海蛇さんが言いにくそうに告げてきました。
『……あのねー?じい様はああ言ってるけどー、世界の海なんてムリなんだー。だってーじい様、ここらの海の守護者だからー。離れちゃいけないんだよー?ごめんねー?』
「……うぇ?」
……そういえば、称号は『左手の守護者』でしたね。
つまりこの海域からは出られない、出ちゃいけない訳ですね?
『じい様も勢いで調子の良い事言わないでー?皆が困るんだからー』
『あ、いや?……だが、私は……その……』
『でもねー?感謝してるのはホントなんだー。じい様の甲羅、固いから海の兵隊さんの武器にもなるし、置いていってくれたのもありがたかったしー』
壊した古い甲羅は、海蛇さんの仲間が回収に来てくれました。
蛇とか魚とか鮫とかが、黒い波になって押し寄せ、あっという間に持っていってしまったのです。
チームプレーというか、一致団結というかとにかくすばやかったです。
あ、毒は抜いておきましたから被害は出ないと思います。大丈夫ですよ。
『世界は無理だけどーこの海域なら何時でも大歓迎だからねー?』
『そ、そうだな!ここなら私の領域、存分に探検でも探索でも発掘でもするがいい!協力しよう!』
いえ、ホントに今回の送迎だけで充分なんですが。
『どうやって北まで帰るにしても、陸地を行くなら金が必要だろう?生憎私達は陸地の金銭に詳しくないが、海底の資源を換金するとかなり儲かると聞く。シース火山の辺りは沈没船もあるし、何かの時には役に立つだろう。何時でも呼んでくれ!』
「金……。…………?……」
?お金?
なんか、聞いたことあるような……。
《……おい、おいヘタレ!今なんて言った?》
(いえ、あのですね?金って?どっかで……あの、……そうだっ!魔女さんがもう少ししたら教えてくれるって言ってた気がします。あの『お金』ですか!?)
《…………え?なにそれ、お前……真面目に知らないのか?……》
知りませんね。教えてもらってないですから!
旅には必要あるだろう事はわかってますよ?魔女さんも言ってましたし。
『世の中の大部分は"金"と"力"が解決する』って!
《金が無きゃ生きて……あ、いや、菌類には関係ないか?……いや、だが世間に擬態するなら金くらい……》
また赤様が小さな声でブツブツ言ってますよ。
【……確かに金は必要だな。着の身着のままなら大した身支度もないだろう。町についたら揃えねばならないだろうな】
「師匠、お金って大事ですか?」
【そうだな……。無くても生きていけるが、生きづらい。有ったら生きやすいが、無くすモノもある。難しいモノだな、金は】
『おお?なかなか言うな、幽霊』
【"元"人間だからな。人間の金に対する欲望は、まぁ色々見た。だが、何であれ付き合いかたを間違えなければ善き友となる】
『うんうん、正論だな』
また二人が頷き合っていますよ。
だからお金ってなんですか?!
《……だから、物々交換で不利益が出ないように安定した価値基準値を……》
赤様が難しい言葉で説明してくれますが、訳がわかりません!
利益とか損得とか経済とか、キノコに必要ない情報ですよそんなのっ。
お腹が空いたら食べ物をもらって、お腹が空いた人がいたら分けてあげればいいだけでしょう?
なんでそこに損得が入るんですか?!
《……あー、まぁ、お前はそう考えるだろうけど……とりあえず、金が無きゃ色々大変なんだよ。ま、少しずつでも慣れろ》
むぅ……世間知らずだと自覚はしてますから、皆さんが必要だというならそうなんだろうと理解はしますが……納得できませんね。
「……お金……あったら、宿とかに泊まれる……」
鬼姫様がポツリと言った言葉にハッとしました。
そうです!そうでした!
僕はともかく、鬼姫様やタンポポさんは休ませなければいけません。お布団やベッド、暖炉がある暖かい所で。
そこを利用するのに『お金』が必要なら、用意しなければいけませんよね。
貸してもらう、分けてもらうモノに対する『お礼』だと考えれば……。
あ、ちょっと納得できました。なるほどです。
《……まぁ、間違ってはいないからいいけどよ……》
ちなみにタンポポさんは甲羅の平べったい部分で寝ています。まだ目覚めないんですよ。心配ですね。
勇者の偽者さんは師匠のナイフを握ったまま気絶してます。
師匠が言うには、お爺さんの泳ぐのが速すぎてダメになったらしいですよ。確かに速いですけど、気絶するほどですかね?
「そうですね!お金があればお布団で寝れますよね!」
「……布団は一つ……枕は二つ…………っ……っ!」
『あれー?鬼さん鼻息荒いよー?風邪ひいたー?』
確かに鬼姫様の鼻の穴が大きくなったような……。あ、戻った。
……なんでヨダレを垂らすんですか鬼姫様?
『具合悪いのかなー?じゃ、直ぐに休めるように、何かお金になるようなのあげるよー。それで宿でもとったらいいよー』
『おお、そうだな。換金しやすいであろう真珠や海鉱石がよいかな?私の爪も確か良い値がついて……』
あ、また話が纏まってます。
でもありがたい申し出です。お金が大事、というのはわかりませんが、必要なのは解りましたから。
でもお爺さんの爪って……大きくないですか?
半分……三分の一でも僕より大きい。
持てませんよっ!?
いえ、多分鬼姫様なら持てますけど、邪魔ですよね歩くのに。
僕の鞄に入るくらいのでお願いします、と鞄を見れば……。
《キノコの鞄》
☆☆☆☆☆
敢えて地味に造ってある魔女謹製特製鞄。キノコ専用。
『胃袋蛙』『伸縮ウサギ』『バリバリ草』を使い魔女が縫い上げた最高級品。
腰鞄でありながらその容量は膨大で魔法により重力操作、伸縮自在、漏洩防止をしてあるのでちょっとした湖なら干魃に出来るし、城をいれても形が崩れることはない。中身は整理整頓されるので混ざる事はない。キノコの意思で自由に出し入れ出来る。
長く使えるようにと無難なデザインを用いた魔女の執着心が垣間見える逸品。
紛失不可。盗難撃退(雷)。
……そうですよね。
普通の鞄のはずありませんでしたね、魔女さん。
でも『城』とか『湖』を鞄に入れる事はないと思うんです。
やりすぎだと思うんです、僕……。
《…………これに鬼姫とか入れたら、通行料とか誤魔化せるんじゃねえ?》
赤様ー!!
鞄は人を入れる物じゃないですよー!
あと、つうこうりょう、ってなんですか?
◇◇◇
太陽が沈む前に陸地に着きました。
砂浜ではなく、断崖絶壁の人気がない所にお爺さんは身体を寄せます。
亀甲竜はとても珍しいので、痕跡も残さないようにしたほうが良いらしいのです。
お爺さんの長い首を伝って、崖の上に降ろしてもらいました。
地面に足がつくとホッとしました。
やっぱり土があるのは落ち着きます。揺れませんしね。
荒い波が崖を削る勢いで打ち付けていますから、気をつけて皆が降りるのを見届けて、お爺さんは首を戻します。
改めて見ると、やっぱりとても大きくて威厳がある、綺麗なドラゴンさんですね。
この方が海蛇さん達を護っているなら安心だと思います。
『この先にある林を抜ければ人間の街があるはずだ。そこなら大概の物は揃うだろう』
「はい!送ってくれて有難うございました。頂いた物は大事に使わせてもらいます」
頭を下げてお礼を言います。
結局なんやかんやと渡されたお礼は鞄に入りきら……入りましたよ!ええ、びっくりするくらいすんなり入りきりました!
鞄は形も重さも変わらず……。どういう構造なんでしょう?僕の腰に短剣に続き、恐ろしい物が……。
『大変だろうけど頑張ってー?助けが必要な時は何時でもよんでねー!』
『海の生物に頼めば直ぐに私に伝わるからな。遠慮は無用だ!』
「…………一応……ありがと……」
【世話になった!そちらも達者で暮らせよ!】
海に帰っていくお爺さんと海蛇さんに手を振りながら別れの挨拶んを交わします。
「お元気でー!さようならー!」
『またねーー』
『次は一族の戦士と会わせよう。気に入ったら婿にやるから楽しみにしておけー』
『あとー女の子なんだからお転婆はほどほどにねー?』
……は?
お婿さん?……男の方がお婿さんですよね?……お転婆?
『なぁに、年頃になったら自然と女らしくなるものだ!ハッハッハッ!』
………………。あっ!?。
「ぼ、僕は男の子ですよー!!!」
それを訂正するの忘れてました!
聞こえてますかー!?
ザブンッ!と海に潜って行ってしまったので聞こえてないかもしれません……。
後には夕日に染まる海が佇むだけ。
僕、そんなに女の子みたいですか?
「……キノコ……泣いてる?……クソ亀と別れて悲しい?……」
「あ、いえ、これは違う涙で……」
「………っ…泣いてるキノコをずっと見てたいっ……」
「はっ?」
「……暗くなる前に街まで行った方がいい……行こう?……」
瞬きを忘れたような鬼姫様の視線にビックリしましたが、意見には賛成です。
タンポポさんを休ませたいですしね。
……偽者さんもいますね。彼はどうしましょう……。
放置、は酷いですよね。街までなら引っ張って行きますか。
「そうですね、行きましょうか」
【夜になってもワシが番をするから安心しろ。慣れない土地なのだから無理に急がず、慌てないのも重要だ】
「……そうね……じゃ、ゆっくり速く行こう?」
「む、難しいですね」
落ち着いたら、話さないといけないことがたくさんあります。
これからのこと、どうするか、どう進むか。
皆のこと、どうしたいか、どう行きたいか。
ちゃんと話して決めましょう。
次はようやく街に……!
問題は
キノコ→身なりのいい子供。白髪が目立つ。怪しい。
鬼姫→美少女だけど裸足。怪しい。
タンポポ→ボロボロになったドレス姿。気絶。
偽者→パンツ一丁。見た目変質者。気絶。
師匠→悪霊。ありえない。
このメンバーで街に入れるか!?ってところですかね?




