人間の練習をしています。
まず、自分はどうなったのか?そこから考えます。解る範囲で考えます。
魔女さんの実験は成功したのです。
僕は新しい『体』に成りました。
キノコの体を素に様々な情報を融合吸収結合させて、最終的には魔女さんの『血肉』から作り出した物に乗り移る事で成功したのです。
その『肉』はもろに『肉』という感じでしたが、僕という意識が出来た事で驚くべき変化が生じました。
『人間』に成ったのです。
原理や工程なんて分からないので考えません。無理だから考えません。
僕は『人間』になりました。
◇◇◇
「……っあ……うぃ……」
「ゆっくりでいいわよー?体に慣れるどころか、全く理解出来ない構造体に成ったんだからゆっくりいきましょー?」
今日も魔女さんの指導の下、体に慣れる訓練です。
人間の体はキノコとはまるで違います。当たり前ですがね。
キノコの時も呼吸はしていたし、食べるという行為は行っていたのでそこは無意識に出来ていました。
ただその呼吸を上手く活用して『喋る』のが難しいです。
声帯?というのがなんなのか知りませんが、まだ上手に動かせないのです。
手足も感覚が全く違うので戸惑います。なんというか、キノコの時は体全部で一つの僕でしたが、人間では部分部分が僕。
つまり手を動かすと他の事が全く出来なくなるのです。
手を動かしながら歩く、というのが出来ないのです。
練習有るのみです。
今は喋る訓練です。
言葉や文字は理解していますが僕がキノコの時は声帯なんてありませんでした。なので魔女さんとは思念で会話してたそうです。
納得しました。
どうりで他の人間とは会話出来なかったはずです。まず何を言ってるか分かりませんでしたしね。
口と舌を動かして息を吐く?練習を続けます。頑張ります。
◇◇◇
花がたくさん咲く日が続きます。
春、という季節です。
日差しが暖かくなり、肌に感じる空気が柔らかく感じます。
人間の体にも随分慣れました。
今は歩く練習です。
魔女さんの家の周りは緑が豊富なので、歩くのも楽しいです。
黄色い香りが強い花に近寄って、風に揺れる様子を眺めます。
僕が人間に成って驚いたのは視覚が有ることです。
キノコには目がありませんでしたから、空気や気配で感知していたのだと魔女さんは説明してくれました。
だからこそ人間の目、には驚愕です。
色があるんです!
緑、赤、白、黄色、青、光と影で濃淡!
すごいです!人間の体はすごい!
◇◇◇
だいぶ人間になってきたと思います。
いや、慣れてきた?ですね。
まだちょっとぎこちないですけど、喋れますし走れるようになりました。
魔女さんの説明では厳密には僕は『人造人間』というのだそうです。
造られた人間。自然ではない異物。秘匿される存在。
つまり人間ではないから、バレたら面倒だというのです。
分かりました気をつけます。まぁ、僕はキノコだと今でも思っていますから。
あれ?違いますね、毒キノコですね。
僕は毒キノコでした。そうですよ、その毒をなんとかしたいと………?
あれ……?
「ま、ま、魔女っ、さん!」
「あらー?どしたの?慌ててー?」
気付いてしまった僕は魔女さんに詰め寄りました。
そうです!毒の制御です!
それはどうなったんでしょうか?
人間になれば制御出来るのか分かりませんが、少なくとも人間は胞子を飛ばしません。
「ああー、それねー。そうねー、もう少ししたらちゃんと制御出来るように教えてあげるー」
「い、いま、出来ないと!毒で、みんな死んじゃ、うよ!」
「そうねー、だから水槽からあんたを出してすぐに、服と手袋で『封印』したのよー?」
え?服?
そういえば直ぐに服を着せられました。
人間が身に纏っていたのが皮膚とか毛皮ではなく服という防衛手段の一種なんだと、知識だけだったのが実物を見て補完された瞬間でした。
「言わなかったけど、あんた今でも毒が垂れ流し?なのよねー。だから接触を出来るだけ押さえるように皮膚を覆ってるのよ~?その服、特別製ー!」
「て、手袋も?じゃ、まだ、安心?」
「そうねー、なんとかねー?ただあんたキノコのときより色々優秀になってるから油断大敵だけどね。私はあんたが人間なっただけでも満足だけど、あんたはそうじゃないからねー、最後まで見届けるから、そこは安心してー?」
「あ、ありがとう、ござます、安心しますっ」
そうだったんですね、僕、毒キノコから毒人間になってたんですね!
………危険度上がってませんか?
◇◇◇
雪が降る頃に魔女さんから体内にある力の循環方法を学び始めました。
血が巡り神経が巡り、意識が巡る。
それらを制御する方法です。
これが出来れば毒の制御も出来るだろうと言われて、頑張りました。
キノコの時はほぼ意識しかなかったので難しかったと思いますが、生命体である人間なら巡るものが多い分感覚が掴みやすいです。
頑張ります!
難しいけど、頑張ります!
◇◇◇
シルドレスは呆れていた。
キノコから人造人間に転化した目の前の生命、そのデタラメな能力に。
体に馴染むのも驚異的なスピードだったが、循環法を体得するのも早過ぎる。優秀だとは感じていたが、なんなんだこのキノコは?
見よう見まねで循環法は出来ない。
一番簡単な血の制御すら本能に逆らう行為であり、故に無意識に拒否する。それが当たり前であり、そもそも循環法なんて普通は必要ない。
一部の戦士や魔法使いが肉体強化の為に習得していたが、今では強化魔法の普及により廃れた技術だ。
そう、この方法の一番のメリットは、生命力と魔力の循環による肉体強化。
爆発的な握力や瞬間的な魔力の圧縮。
それが容易になるので戦う者ほど習得しようと躍起になった。
英雄や大魔力使いの殆どが会得していたが、世界情勢が安定して、魔王も消えてしまった平和な世界では需要が減ってしまった。
今も目の前でウンウン頑張っている人造人間キノコ、見た目は可愛らしい子供。
変わりすぎた身体でも諦める事無く様々な事を理解し、実践し、習得していく。
自身の魔力を使い、体の随所を動かす事を今は訓練しているが、これもすぐに出来てしまうだろう。
というか、魔力が馬鹿みたいに多い。
実験の時に色々融合させた結果だろうか?魔石とか魔法薬とか……。魔力の強い魔物も入れたっけ、そういえば………。
考えればそれらを飲み込んだキノコ自身が異常ともいえる。
シルドレスも『大魔女』『化け物』『魔力塊』なんて言われたが、このキノコもそうなんだろう。そういう部類になってしまうんだろう。
(まー、歩くキノコの時点で化け物かー)
徐々に伸びてきた真っ白い髪は、元のキノコの色だ。
白髪とは違う輝きがある髪は珍しいが、とても美しい。
シルドレスはもう少し伸ばさせて、そのうち自分が結ってやろうと考える。
見た目の可愛いさに素直な性格のキノコはシルドレスが愛でる対象にうってつけだ。
しかも弟子にしても有能そうなスペック持ち。
『聖樹』の落とし子なのが極めつけだろう。
予想通りに循環法をキノコがマスターするのは、この一ヶ月後だった。