勇者はどんな人?
絵本に何度も出てくる、悪者を倒して平和を愛する人。
国を、世界を、種族を、神さえ救う『選ばれた人』。
絶対的な強さと慈悲と鋼の心で光を振り撒く。
『勇者』。
伝説の人が、今、僕の目の前にっ!?
◇◇◇
「ゆうしゃっ!!!?」
ビックリして叫んだ僕の声に『勇者様』が飛び上がりました。
今はパンツ一丁で冴えないですが、勇者ですよ?勇者!
あんまり筋肉がない身体のようですが、きっと伝説の鎧とか剣とかを装備したらものすごく強くてカッコイイんですよね!
空を飛んだりドラゴンを退治したり……あ、ドラゴンさんは悪いドラゴンばかりじゃないですよ?
洞窟のライドラドラゴンさんは優しいですから退治しないで下さい!
「勇者様!?凄いっ!カッコイイ!!」
「…あ、いや、……それほどでも…」
パンツの勇者様が照れています。
そうそう、恥ずかしがり屋だったりするんですよね?目立つのが嫌で人知れず活躍して風と共に立ち去り…。
あと、虐げられる人達を助けたり、悪い王様をやっつけたり、井戸を掘ったりお年寄りを背負って迷子を見つけて道端の花を踏まないように……。
最終的にはお姫様と結婚して幸せになる、それが『勇者』ですよね!
「……それだと結婚後が不安……。政治も法制も理解してない理想主義が王政に介入すると多分混乱する……勇者という人気と功績が邪魔をして国政が最悪破綻……後、利益重視の結婚は不和の素…勇者はより取り見取りで美女を侍らせ、お姫様は愛のない生活から荒れて……」
あれ?なんでか鬼姫様が暗い未来予知をし出しました。
僕、声に出していましたかね?
「あ、愛があれば大丈夫なんですよね?」
「夫婦生活だけなら平気だけど、身分が関わると大変……王族は権力がある分制約がかかるから、自由がない……。世界を駆けた勇者が不自由に根を上げるのが目に見える…」
だ、ダメです。鬼姫様はこの結婚に否定的です。
しかも想像しながらも楽しそうなので邪魔できません。
「…そう、つまりお姫様が最初に手綱を握るの…勇者の手綱……支配下に置いて、言いなりにして、甘い蜜を与えて逃げられないように…。…お姫様に継承権がないなら政治なんて無視でいいのよ……勇者は民衆の人気取りに表に出せばいいだけ。…それ以外はお姫様の…種馬になればいいっ!…フフフ……」
「やっ、ヤメロー!?!!」
あ、勇者様が叫びました。
うずくまってプルプル震えて、涙声で叫んでいます。なんだか可哀相です。
「なんて夢も希望もない話してるんだっ!それが女の言う言葉かっ!?」
青ざめて鬼姫様を睨みつけますが、明らかに弱腰です。
勇者様でも怖いのかもしれませんね。
なんというか、たまに鬼姫様は異様な迫力で妄想してますから。そういう時の鬼姫様は、怖いです。
睨みつけられた鬼姫様は詰まらなそうに勇者様を一瞥、僕の側に来てから窘めるように僕に言います。
「それとね、勇者は大して凄くない……。結構簡単になれる」
「えっ!?」
「勇者は『勇気ある者』……。無謀でもなんでも勇気を示せば成れる職業……。伝説とかになるのは一部分の『英雄』にクラスチェンジした奴ら……そいつらは凄いよ?…」
「……えぇぇー……」
ちょっと盛り下がりました、僕。
まぁでも勇者様は勇者様で、カッコイイの代名詞なんですよ、僕の中では。
「…それにこの人間が勇者かどうか疑わしい……。戦士系なのに鍛えてもいないみたい?…」
そういえば彼はギリルさんみたいに筋肉がモリモリしてませんし、強そうにもみえませんね。ギリルさんを比較対象にしていいかは疑問ですが。
ちらっと勇者様を伺えば、ギクッと硬直しました。何か後ろ暗い事でもあるんでしょうか?
「さっきも言ったけど、『勇者』は簡単に就ける。大して実力がなくてもね……。その分偽者もたくさん…。『自称勇者』かもしれない……」
「えっ!自称?」
「!?」
勇者様が滑って尻餅をつきました。慌てたみたいです。
「…大した装備も無かった…」
「……」
「そ、そうだ!俺の服を燃やしたのはお前らだろ!まずはそこを謝れっ!」
「ほら、気品もない三下みたいな台詞……本当の『勇者』には知性と気品と自戒が必要…。無闇に騒ぐのはそうじゃない証……」
えぇぇーッ!?
じゃあ、勇者でもない偽者さんですかー!?
「ふざけた事を言うなっ!俺は勇者だっ!」
激昂した勇者さんが鬼姫様に向かってきました。
拳を振り上げて。
あ、危ないですよ!
「……(ィラッ!)」
パシンと鬼姫様が勇者さんを平手打ちしました。
ほら、危ないでしょう?
軽い音なのに吹き飛ぶ勇者さん。
氷柱に激突して崩れ落ちる勇者さん。
瞬殺ってやつですかね?
…生きてますよね?
「………私に近づいていい男はキノコだけっ!……」
沈黙してしまった勇者さんに侮蔑の視線を投げて鬼姫様は僕に向き直りました。
「やっぱり燃やそう?……アイツ五月蝿いっ…」
若干いらついた鬼姫様が真剣に聞いてきたので、一応ダメだと言っておきました。
もし本当に『勇者』だとしたら大変です。
頑張って『英雄』になって活躍してほしいですからね!
《……さて、それはどうかな……ステータス見てみろ》
赤様がボソッと言ってきました。
えー?また見るんですか?なんか盗み見るみたいで嫌なんですけど……。
名前: アーゼス・コンカッタ
種族: 人間
クラス: 見習い戦士
レベル: 16
体力: 400
心力: 260
技力: 350
能力: 作物之愛 武器之技 身体強化
称号: コンカッタの血筋 田畑で生きる 道場通い 不屈の子 大器晩成 密航者
ゆ、勇者じゃないっ!?
見習い戦士って?
《見習い戦士》
戦う術を学んでいる者。ここから様々な適性を知り戦闘スタイルを開発していく。一般人に毛が生えた程度の強さ。運は良い。
………。
なるほど、見習い……。習ってるんですね…。
《ほらな、鬼姫のいうとおりだろ?勇者に憧れる子供だよ、そいつ》
(いや、でも、まだ発展途上という…)
《まあな、ならないとは言わないが。現時点では『勇者』じゃない。なのに『勇者』だと言って騙してきたうえ、攻撃してきた……ろくな奴じゃないな》
(き、決めつけはいけませんよ?)
なんだか赤様が機嫌悪くなっています。
攻撃されたからですか?されたのは鬼姫様ですけど。
赤様、攻めるの大好きですから、先を越されるの嫌なんですかね。
《本当を言い当てられて逆上した挙げ句暴力に出る。品位がない、チンピラじゃないか。『勇者』ってのはチンピラの代名詞じゃないんだぞ…》
(いえ、でも結局鬼姫様に叩かれましたよ…)
《自分の力も把握出来てない、相手の力量も計れない……見習いにしても酷いぞコイツ…。捨ててこい!》
(捨ててって…ゴミじゃないんだから…)
「…あれ、捨てて来よう…?…」
鬼姫様がまるで赤様に同意するように提案してきてビックリしました。
つ、通じ合ってないですよね?
偽者さんはぐったりと倒れて動きません。
《役に立つ物もないし、本人は面倒臭そうだろ》
「…服は剥いだし、もう用無し…」
《だいたい無関係な奴の面倒をみる余裕なんかないだろ》
「私達も遭難してる…余裕はない……燃やすのもダメなら、捨てて来る…」
なんか何時か聞いたような不思議な通じ合いが起きています!
「ま、待って下さい!魔女さんが来たら僕達は助かります。そしたら偽者さんは死んだりしたら損です!」
「………じゃ、朝まで待つ…魔女が来なかったら……」
鬼姫様が悪い顔してます。偽者さん、タイムリミットは朝日が昇るまで…?
魔女さん、来てくれますかね?忙しかったりしたら……無理ですかね?
僕達がいる、この場所が解らないとかだったら無理ですね。
……あ、不安になってきました。
(赤様!魔女さん来てくれますか!?)
《はぁ?知る訳無いだろ》
(あ、じゃあ魔女さんにこちらの現在位置を教えるとかっ)
《……教えなくても『魔女』なら解りそうだが…まあ、直ぐに結果は出るだろ?そろそろ夜明けだ》
(っえ!!)
言われてテントから出ると、確かに水平線から太陽が見えてきました。
朝です。
夜明けです。
海面にキラキラと光が舞っていて、凄くきれいです。
きれいですけど…。
かなりの時間が経ったのに魔女さんが来てくれない。来られないのかもしれませんが、この場所にはいない。
そういう結果になってしまったのです。
「…魔女さん……」
ポロリと涙が零れました。
どうして来てくれないんですか魔女さん。
ひょっとして、僕、いらなくなったのでしょうか?
勝手に迷子になった面倒臭いキノコだと捨てられたんでしょうか?
「…まじょ、さ……」
泣いちゃいけないと思いますが、お日様がどんどん昇るとますます泣けてくるのです。
お母さんと離れて、スライムさんと別れて、魔女さんともサヨナラしなきゃいけないんでしょうか。
僕は家族と一緒にはいられないんですか。
僕が『毒キノコ』だからですか?
(赤様……魔女さん、来てくれませんね…)
《…俺は魔女と離れられてラッキーだがな…お前も乳離れしてもいい頃合いじゃないのか?》
(……うえぇぇ~っ……)
《うるせーな!心の中でも泣いてんじゃねーよっ!水分出したらまた乾くぞ菌類!》
(そんな事言ったってー………ううぇぇー…)
《そんなに魔女が恋しいなら、胸の人形を愛でてたらいいだろうがっ》
人形?
あ、そうでした。分身の人形ですね。まだしっかりとくっついています。
涙を袖で拭きながら、胸元の魔女人形を取り外して眺めて見ます。
ちょっとコツがいりますが、取り外し可能なんですよ。
ううっ、人形を見てると魔女さんをますます思い出して……。
《魔女人形・チビ》
☆☆☆☆
『語られる魔女』を模したチビ人形。二頭身。魔女が乗り移る器。キノコ専用。魔術糸と魔法綿で作られた身体は柔軟で抱き心地最高。魔女の分身でもあるので所在は常に魔女の知るところ。キノコが願った時だけ『反射結界』展開。紛失無効。
うわーんっ!
本当に抱き心地最高っ!柔らかいー!!
魔女さーん!
《…ああ、やっぱり魔女にも何かあったみたいだな……》
(ふえっ?)
《人形が魔女に居場所知らせているみたいじゃねぇか。だったら直ぐに来れない事情でもあるんだろ?》
(……あ!本当だっ!…じゃあっ…)
《ま、本当に捨てられたんだとしたら関係ないがな》
(~っ赤様っ!僕を慰めたいんですかっ?イジメたいんですかっ?!)
《上げて下げて、叩き潰したいに決まってるっ!》
魔女さーん!助けてー!!赤様がひどいんですー!
人形をギュウッとしていると、背後に鬼姫様が立ったのがわかりました。
何故か僕の真後ろに立ち、薄皮一枚で接触しないような距離を保っているのが感じられます。これ、振り返ったら頭がぶつかりますよね?
ゴッチン!しちゃいます。危ないです!
なので、振り返らないで様子を伺います。
「……鬼姫様?」
「朝…だね、キノコ…」
「はい…魔女さん来てくれませんね……」
「……そうね…でも大丈夫……二人の輝かしい朝に年増は不必要……」
「えっ?」
「…とりあえず、目前の不必要を排除……捨ててこなきゃ…」
背中から熱が去っていきます。
捨ててこなきゃって……。
あっ!!?
勇者さん?
「ま、待ってー!鬼姫様ー!」
勇者さんじゃなくて見習いさんですが、捨てちゃダメだと思います。
拾った命を簡単に捨てちゃダメなんですよっ!
慌てて鬼姫様を追いかけるとテントの入口で立ち止まって中を伺っているようです。
良かった、間に合ったと安堵したのも束の間、氷のテントの中では信じられない事が起きていたのです。
気絶しているタンポポさんを盾にして。
僕が落としたナイフをタンポポさんの首に押し当て。
僕達を睨みつけて『勇者』様が吐き出すように叫びました。
「こっ、この女を殺されたくなかったらっ!俺の言うことを聞けっ!!」
………『勇者』ってこんな人でしたっけ?
《…チンピラ確定だな…》
『勇者』は比較的簡単になれますが、なると制約が激しくなかなか辞める事も出来ない職業です。その分善行を積むと能力が爆発的に増え、頑張った見返りがすごいことになります。『英雄』にはレベルの他に数種類の能力が必要なのでなるのは難しいです。でも、男の子なら一度は憧れる職業なのです。キノコも大好きです。




