嵐を乗り越えろ 3
キノコは装備もチートです。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
土下座をしている白い肩がプルプル震えています。
呆気にとられた僕の前で長い黒髪を広げて頭を下げ続ける鬼姫様はずっと謝罪の言葉を紡いでいます。
何事ですか?
「……え、っと?あの、鬼姫様、ですよね?」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
返答がありません。
本当にどうしたのでしょう?
途方に暮れて視線を巡らすと、鬼姫様の後ろに見慣れた色が落ちています。
あれ、僕の着ていた上着ですね。
魔女さんお手製の丈夫な服なんですよ。
……ん?何か可笑しい?
ビリビリに破けてますよ、上着。
「……服が破けてます……」
ポツリと呟いた僕の一言に鬼姫様がびくりと肩を揺らしました。
「……き、キノコ……ごめんなさい……」
「いえ、何が何だか……なんで謝るんですか?」
謝るのは僕の方ですよね?鬼姫様を分からなかったんですから。
ちゃんと正座してあやまりましょう。
深々と頭を下げて、謝りますよ!
「…鬼姫様、『角』が無いので誰だか分からなくて、失礼な事言ってすみませんでした…」
「っ!……そう、それも…ちゃんと説明しないで……私……ごめんなさいっ…」
そこからは僕と鬼姫様の『ごめんなさい』合戦でした。
少し落ち着いた頃、鬼姫様がぽつりと話してくれました。
「……これ、『変身』の指輪…これで人間に化けてたから、角、見えないようになってるの…」
鬼姫様が右手の親指にある金色の指輪を見せてくれました。
特に装飾はない綺麗な指輪で鬼姫様に似合ってますが、やはり魔力を感じます。魔法の指輪というのも納得ですね。
「良かった!角が無くなった訳じゃないんですね?」
「…うん。見えないだけ……ちゃんとある…」
『変身』を解除した鬼姫様の頭には、確かに『角』がぐるりと廻っていました。
おおっ!そうです、これが鬼姫様です!
黒髪に映える乳白色の角!鬼姫様です!
《……その判別方法が……》
何か赤様が言ってますが聞こえないふりしときましょう。
「ホントに鬼姫様だったんですね…。すいませんでした、気付かなくて」
「ううん…私も悪いの……ごめんなさい」
もじもじしながら謝る鬼姫様は、更に小さくなって続けます。
「あ、あとね…。キノコの、上着……」
「あ、はい。なんで破けてるんですか?」
「……私、が…破いたの……キノコの匂いに、興奮して……あの、気付いたら…グチャグチャにしてたの…」
グチャグチャ?
なんでグチャグチャに?
グチャグチャにしただけで破れますか?引き裂いたから破れたんじゃ……。
「グチャグチャにして…堪らなくなって……もっともっとって…引っ張ったら………破けたの……」
ごめんなさい。
そう締めた鬼姫様は何を思い出したのか、無表情ながらヨダレが垂れていました。
何だか背筋が寒いのですが、氷の部屋のせいでしょうか。
破れた服を申し訳なさそうに背後から出した鬼姫様。
受け取った服のボロボロ加減に、修復は不可能だと僕は思いました。
魔女さんが作ってくれた服ですが廃棄するしかないですかね…。
《待て、捨てるな。試しに『見透かし』で鑑定しろ》
赤様が忠告してきました。
服に鑑定?ですか?しても『材質:布』くらいしか出ないんじゃ……。
まぁ、逆らっちゃいけないから、素直に鑑定しますが。
《キノコの上着No.4》
☆☆☆☆☆☆
魔女謹製の最高品質の服。キノコ専用。四着目の上着。
『天下る蜘蛛』の糸、『フザル鳥』の羽、『霊草ダダヤン』の蔓を混ぜた特殊な糸から編まれた布地を魔女の魔力で加工した最高級品。
耐刃、耐突、耐圧、耐火、耐寒に優れる。装備時に体力回復。
自動修復機能有。
専用者以外の着用時は『呪死』発動。
………。?
…………!?
魔女さーん??!!
スゴイ機能満載の服をありがとうございます!ホントに有り難いんですけどっ!
『呪死』ってなんですか!?
鬼姫様着てたら死んじゃってましたね、これっ?
危ないっ!危なすぎるっ!
これ、知ってて渡したんですかっ?赤様!
《知るわけないだろ。まぁ、知ってても気にしなかったがな》
(ダメです!気にして下さい!)
《うるさい!…それより自動修復機能があるから捨てる必要ないだろ。状況が状況だからな。できる限り物は節約して行かなきゃならない。安易に捨てる前に鑑定するクセをつけろ》
と言っても、ホントにボロボロなんですけど……直るんですかこれ?
「…ごめんなさい、キノコの服なのに…ごめんなさい……」
「あ、ああ、大丈夫ですよ!気にしませんから僕っ!ほら、まだなんとか着れますし……」
そう言って上着に袖を通したら、一瞬ピカッと服が光りました。
驚く僕達の目の前で、服が見る間に修復されていきます。
ほつれた糸が、破けた布が、外れたボタンが手を取り合うように結合し始めて、あっという間に新品のような上着になっていました。
通しかけた腕を戻して無言のまま両手で上着を眼前に持ち上げて見ます。
綻び一つもない、色褪せすらない魔女さんの服……。
自動修復機能、凄すぎるっ……!
「…戻った…?…」
「…えっと、魔女さんのお手製ですから特別な加工がしてあるみたいで…自動修復するんです」
「…魔女の……そう…それならありえる……」
「鬼姫様、この上着を鑑定すると『☆』が見えるんですけど、何だかわかりますか?」
「…『☆』…多分、希少価値の…レベル?……」
希少価値。
つまり珍しいかどうか、でしょうか。
「『☆』が多いほど価値が高い……。防御や魔法付加が強い……だから希少度も上がる…最高は『☆』六つ……世界でも数点しかないお宝……」
…………。
お宝でしたー!!
僕の上着『☆』六つ、しかも四着目っ!
僕だけで世界のお宝独り占めしてませんかっ?
……いえ、上着だけじゃないですよね、魔女さんのお手製…。靴も……。
《キノコの靴No.2》
☆☆☆☆☆
魔女謹製の革靴。キノコ専用。二足目。
『爆牛』の革と『サロー糸』で作った魔法の靴。キノコの足に合わせて伸縮し歩行を助ける。羽よりも軽く作られた最高級品。
防水、防火、靴底は鋼鉄針も通さない。装備時に心力回復。
自動修復機能有。
専用者以外の装着時は『病気』発動。
あ、これは『☆』五つ!少し下がりましたよっ!
って、あんまり変わらない希少度ですけど……。
そして『病気』って……。
死なないだけマシかもしれないけど、健康の為に歩いても『病気』するって事ですよね…怖いですよ魔女さん。
「流石、魔女……レベルが違う…」
鬼姫様に話すと些か驚いた後に、納得したように嘆息していました。
まぁ、確かに魔女さんはすごいですけど…僕にこの装備は、過剰ではないですか?
僕キノコですよ?所詮菌類なのに。
「……でも、心強い……」
「そう、ですね……遭難、してますし…」
「ただの服より……格段に優位……体力回復なんて………いくらシテも…回復…回復…フフ………」
「……鬼姫様?」
「……私の服はそこまで凄くない……足手まといに、なる……かも…」
何かごまかされたような…。
濡れた服を持ち上げて鬼姫様が落胆します。
「そんなっ、鬼姫様が足手まといなんてありえませんよ?」
「……事実は事実…装備品の優劣も重要……こんな事なら、常日頃から色々持ち歩けば良かった……チッ!」
舌打ちするほど鬼姫様の服はひどくないんですよ?
むしろ良い品です。
《西虎神の衣》
☆☆☆
白虎の中から選ばれた生贄の毛皮で作られた手触りの良い一枚布の服。不思議な光沢は魔法を弾き、敏捷性を上げる。
耐刃、防風、軽量魔法付加。
「その服、鬼姫様に似合ってます!だから大丈夫ですよっ?」
「ッ………に、にあっ………」
「はい!ステキです!」
「……………っありがとう!…」
あ、鬼姫様が嬉しそうです。無表情ですけど、少しわかりますから『微表情』が正しいかもしれませんね。
鬼姫様が『変身』してたのも分かりましたし、謝りましたし、服も無事でした。
じゃ、次はタンポポさんを紹介しなきゃいけませんね。
氷テントの入口に置き去りにしてましたが、まだタンポポさんは起きません。
ヨイショと中に引き入れたら、ザワッと鬼姫様から殺気が飛びました。
「……人間っ……」
微表情の鬼姫様の殺気は冷え冷えしていて怖いです。
「お知り合いでしたか?」
「…違う……でも、あいつらの仲間だって聞いてた……なんでここにいるの?」
「僕達みたいに『転移』に巻き込まれたんだと思いますよ?」
「…キノコと二人っきり………邪魔……」
ぶつぶつ言っている鬼姫様を避けてタンポポさんを引っ張ります。
それにしてもタンポポさん起きませんね。
息は…………………してますね。かろうじて。
でも体温も低いしガタガタ震えてるし……夢見が悪いんでしょうか。
《………いや、単にヤバイだけだろ?》
(ヤバイ?)
《低体温だと人間は死ぬんだよ。死にかかってるんだろ、そいつ》
は?
え?!!
「た、大変です!」
赤様の指摘に突然大声を出したせいで鬼姫様がビックリしていますが、それどころじゃありません!
体温が下がると死ぬなんて知りませんでしたっ!
ごめんなさいタンポポさんっ!
「な、なにか熱い、温かいものっ!火?」
「…どうしたの?キノコ……」
「あ、あ、鬼姫様っどうしようっ!火が、燃やすものも無いしっ」
「……燃やす?…そう、寒いの?……」
「海!海って熱いですか?お風呂みたいにっ」
「…そこまで熱くはない………待ってて……何か探してくる……」
鬼姫様はフワリと出て行きました。
なんて頼もしいんでしょうか!
(赤様っ!魔法で火っ、火を出して下さいっ)
《出しても一瞬だが?一瞬じゃない火だと丸焼きどころか消し炭だぞ》
(なんでっ?暖炉とかみたいな火は?)
《あるかアホっ。お前こそ腰の鞄に薬草の一つでも入ってないのか?》
鞄!
そうです、僕のお使い鞄!
急いで鞄を逆さにして中身を出します。
コロンコロンと出てきたのは……。
ハンカチ、鏡、魔女印万能調味料、メモ帳、ペン、空き瓶、スライムさんの絵の落書き、砂糖菓子、ナイフ、液体の入った瓶、小さな包み……。
薬草がありませんっ!
僕のばかー!一個くらい入れてたっていいのにーっ!
(あああーっ!ないっ?ありませんっ!)
《……まぁでもそれなりに使える物もあるな……》
(つ、使えますか?どれ?)
《現状、使えそうなのは……無い!……いや?組み合わせで、ある?》
(どっちなんですかーっ!?)
半泣きになりながら僕は荷物を漁ります。
液体入った瓶、中身はなんでしょう?もしかして薬?
《枯れない瓶》
☆☆☆
中身が減らない特殊魔法をかけた瓶。中身は清水。キノコが乾かないようにと魔女が苦心した作品。愛情溢れる一品。
ありがとうございます魔女さんっ……!
有り難いけど今は薬が良かったっ!こんな恩知らずなキノコでゴメンなさいっ……。
氷の床を転がる瓶に悲しくなります。氷……。冷たい氷……。
「っあっ?!」
上着!
そう上着です!
確か『耐寒』がありましたよね?
急いでタンポポさんに着せて……はいけません!死にます!
布団代わりに床に敷いて、その上にタンポポさんを寝かせても効果あるでしょうか?
やるだけやりましょう!
グッタリしているタンポポさんはされるがままに僕に引き摺られます。
少しは効果があるといいんですけど……。
《やらないよりマシだろ?あとなヘタレ、砂糖菓子と水を合わせて……》
赤様の説明を聞きながら荷物をガチャガチャしていると、鬼姫様が帰ってきたようです。
何か見つかったならいいんですが。
「……キノコ……これ、燃やそう……」
「あっ!燃やせるのありましたか?」
誇らしげに鬼姫様が何かを引き揚げました。
ブランブランと揺れるものは結構大きいです。
「…………油も程々着いてる……よく燃える……」
「……」
も、燃えますか?燃えるんですか?
燃やしていいんですか?
鬼姫様、燃やす気マンマンですけど……。
ブランブランと揺れるのは『人間』だと思うんです、僕。
『☆☆☆☆☆☆』神話や伝説での神々の所持品。一品物。
『☆☆☆☆☆』神々から授けられた品。一品物。
『☆☆☆☆』国宝や竜の宝。一品物。
『☆☆☆』材料を集めれば作れるが難易度高し。
『☆☆』店で売っているが高価。
『☆』少し高い。手に入りやすい。
一般的な普通の服には希少度は付きません。ちょっと高くなると付きます。
『☆☆☆』でもとんでもない品だと思って下さい。
鬼姫には普段着程度でしかなく、彼女の本気装備は『☆☆☆☆☆』です。
かなり簡単なレベルわけですので……突っ込まないで下さい……。




