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嵐を乗り越えろ 1

どうしよう?


どうしようどうしようどうしよう………どうしたら……?

許してくれるって言ったけど……信じてくれるって言ったけど……。


『二度目はありませんよ?』


そういった時、『本気』を感じた。

『本気』でこれっきり、今回だけ許してくれたんだ…。

怒ってるけど、今回だけ、許してくれた。

まだ、怒ってるけど……許してくれた……。


怒ってる……。


どうしよう…。

キノコ、怒らせた……。

怒らせちゃった……。






◇◇◇




悪魔から譲って貰った『変身』の指輪。

慣れるようにと練習していた。"人間"に変身してみて不具合がないか調べたりしていた時、キノコがやってきた。


無事に帰って来てくれた嬉しさで駆け寄ろうとしたら、キノコが信じられない事を言った。


『どちら様ですか?』


あれほどの衝撃は過去に覚えがなかった。


忘れた?知らない?思い出さない?

………私を、知らない?


目の前が真っ暗になり、真っ赤になった後は覚えていない。

多分、我を忘れて……暴れたんだと…思う。

微かに『キノコがおいしそう』だと感じた記憶がある。

それだけでも何かをしでかしたんだと解った。


気づいたらキノコが怒っていた。


私に襲われて、怖かったと訴えられた。

どうしよう。

どうして償ったらいいのか、解らない……。知らない、覚えていないと逃げたくはない。キノコから逃げるなんてしたくない。


「鬼姫様。ここが何処だかわかりますか?」


ぐるぐると考えていたらキノコに声をかけられた。耳障りの良い、少し高い声。


「……ここ?」


ようやく周りに意識を向ければ、見慣れた溶岩洞窟ではなく、嵐の屋外だった。

厚い雨雲は時折光り、足場は氷で何故か揺れる。

どうやら水に浮いている氷に自分達は乗っているようだと推測して、首を傾げた。

ザアザアと横殴りで降り注ぐ雨に視界は悪いが、見間違いではない。

何が何だか分からない。


「……ここ、何処?」

「僕が聞きたいです……」


はあっ、とキノコが溜息をつく。

何故か嵐の中でも響くように聞こえたそれに背筋が冷えた。


(…あ、呆れられた?何にも解らない…役に立たないって……軽蔑された?……)


優しいキノコにそんなつもりはないだろうが、年上で『姫』を名乗るならキノコの疑問に答えられる位には博識だろう、そう考えたからの質問だとしたら。

思いの外使えなくて、愛想を尽かされるかもしれない。

鬼姫はすがるようにキノコに意見を言った。

少しでも良いところを見せようと。


「あ…の、『魔女の掌』付近には、海はない……ここ、多分、海…だよね…」

「やっぱり海でしょうか?」

「うん……湖、かもしれないけど……どちらにしても洞窟の近くにはこんな大きい水場、ない……」

「じゃあ、洞窟から比較的近い海……?」

「それも、多分違う……空気、暖かい……あの大陸より、大分遠い……かも……」


考え考え話すと、自分の語る内容にゾッとした。


産声は沈む(ウブゴエハシズム)』と呼ばれる寒さが産み出される場所が北にある。


そこに一番近い大陸に『魔女の掌』は存在した。

『産声は沈む』よりは格段にマシだが、そのせいで夏も寒さが残りがちな土地なのだ。

海は基本冷たく、空気は冴えている。


今いるこの場所はハッキリと『暖かい』。


北ではない、何処かだ。


何故そんな場所に自分達はいるのか?

まさか自分が暴れたせいで?

疑心暗鬼に陥りそうになりながらキノコを伺えば、暴風に耐える小さな身体はずぶ濡れだった。


(あ、雨だから…当たり前だけど……何処かで雨宿り……)


けれどここは氷の上で、更に海の真ん中で。

当然建物も雨避けになりそうな物も無い。


「き、キノコ、ちょっと待っててっ」

「?」


氷の山にはまるで刺のような氷柱が生えていた。遠目から見れば針山に見えるほど。

鬼姫は大樹のような氷柱に近寄り、その前で腕を薙ぐ。

すると氷柱が中程からツツツッと横に擦れ、上部分がズシンと落ちてきた。

まるで鋭利な刃物で寸断されたかのような氷柱を鬼姫はひょいと持ち上げ、細腕で運び出した。

切って、運ぶ。


"キノコ"のふりをした赤が見守る中、繰り返された作業により氷柱による小さな建物が出来上がった。

とんでもない方法と速さで。

もちろん急場しのぎなので隙間はあるし、建物というよりいびつな氷のテントだったが少しでも落ち着ける場所はありがたい。


「キノコ、入って…」

「はい、ありがとうございます」


感謝の言葉に鬼姫は頬が熱くなるのを感じた。


(役に立ったかな?…)


扉など無いので入口からは雨が進入してくる。

隙間からも天井からもだが贅沢はいえない。

できるだけ奥にいき、濡れた身体と衣服を簡単に絞る。鬼姫は上質な布で出来た飾り気の無いワンピースだけだが、キノコは色々と着込んでいる。

外した手袋を絞りながらキノコは先程の話を続けた。


「ここがかなり遠い場所かもしれないのは分かりました。姫様は何故こんなところに僕達がいるのか、憶測でもいいので分かりますか?」

「…………『転移』魔法……もしくは魔力暴走で開いた『穴』に落ちた……?」

「僕は『転移』だと思うんですが…。魔法の気配がしましたし。姫様は使えますか?」

「……無理…魔力が足らないし、こんなに離れた距離の『転移』なんて………魔女位にならないと……」

「魔女さんなら出来ますか?」


キノコが胸元の人形に話しかけた。

何をしているのだろう。人形が返事などするはずないのに。


「…やっぱり入ってない(・・・・・)…魔女も飛ばされたか?」


小さな独り言は鬼姫には分からない内容だった。


「キノコ…それ、何?…」

「ああ、魔女さんの分身なんだそうです。でも『転移』のせいか、中身が無くなってるようで……連絡も取れませんね…」

「……そう、魔女…いないの…」


ならばキノコと鬼姫、二人が『転移』したという事か。


(……ふたり…………………っ?!…)


クワッと鬼姫の目が見開く。


嵐の海。二人だけ。何処だか分からない。不安。焦燥。濡れた服。冷たい身体。

まるで物語のような状況ではないだろうか?


(ふたり……キノコとっ、ふ、二人っきり……!)


危機的状況なのに嬉しさが込み上げてきて口元が緩む。


「……姫様?震えてますが、寒いですか?」


一瞬身震いしながら不思議そうに自身の腕を擦り、キノコは心配してきた。

寒くはない。

『鬼』は頑丈で寒暖差にも強い。

濡れた身体で氷室のような場所にいれば凍死だろうが、鬼姫には屁でもない。

これは武者震いだ。

歓喜に打ち震えているだけなのだ。


だが、この幸せ過ぎる状況を最大限生かす為には『へっちゃら』なんて言ってはいけないのだと鬼姫は理解している。


「……さ、寒い……かな……」


カタカタと震える演技は我ながら良く出来たと誉めて上げたい。


(寒さをアピール……身体を抱くように腕を回して…胸を強調っ!……)


身を屈めるように縮こまった鬼姫は扇情的で、庇護欲すら感じさせるのは流石だと言っていいだろう。

"雄"なら迷わず襲い掛かりそうな色気を出す鬼姫は潤んだ瞳でキノコを見つめる。


見られたキノコは一瞬苦い顔をしたが、直ぐに慌てたように騒ぎ出した。


「大変です!僕、外に出ていますから服を脱いで乾かして下さい。僕キノコだから濡れるの平気です、気にしないで下さい。女性の着替えを見ているなんて失礼はしません大丈夫です!」

「……っえ…」


何故か早口でまくし立てるように宣言し外に向かうキノコに鬼姫は追いすがる。


「外、嵐で危ない…!」

「姫様が寒い方が大変ですから気にしないで下さい」

「あ、……あのね…服の換えも、無いから…………あの、キノコが」


温めて?


と続くはずだった言葉は突如投げつけられた厚手の上着に阻まれた。

顔から滑り落ちる服を慌てて受け止めると、着込んでいた一枚を脱いで投げたであろうキノコが極上の"笑顔"で鬼姫を見ている。

何故か笑顔が怖い。


「僕の服ですみませんが着て下さい。じゃ、僕は外にいますから本当に気にしないでください。疲れたでしょうし寝てしまっても大丈夫ですよ?僕寝なくても平気な体質ですからそれじゃ失礼します」


一気に言い切られて鬼姫は口を挟む暇もなかった。

えっ?えっ?としている間にキノコは外に出てしまった。


(………失敗…した…)


あわよくばキノコとの初夜まで夢想していた鬼姫は、冷水を浴びたかのように冷えていく感情を自覚した。

一気に失墜する鳥の心境だ。

キノコが鬼姫の思惑に気付いて逃げたのか、はたまた本当に気遣かって出て行ったのかは分からないが、とにかく鬼姫の仕掛けた"恋の罠"は不発だったのだ。

ふしだらな画策をした分、空振りしたのがいたたまれない。


ひょっとしたら、襲われたせいで二人きりになるのが怖いのかもしれない。

それが一番有り得そうだと考えると、益々いたたまれなくなる。

信頼を築くのは大変で信頼を失うのは一瞬、とはよく言ったものだ。


(…ごめんなさい…キノコ)


覚えていないと逃げても、被害者のキノコが赦してくれても、確実にヒビは入ってしまっている。

『鬼姫』は暴力を振るうという事実。

それは優しいキノコに忌避感を与えるだろう。


(…嫌わないで……)


祈るように跪き、腕の衣服に顔を埋める。

泣いたりはしない。泣き声も出さない。

目が腫れたりしたらキノコが心配する。

これ以上煩わせたくない。

ただ歯を食いしばって、耐える。

この自己嫌悪が治まるまで堪えればいいだけだ。だから…。


(ちょっと、だけ………服…貸してね…)


濡れたキノコの服から滲むように香る甘い匂い。


キノコの優しい匂い。


まるで抱かれているかのような香りに鬼姫は目を閉じた。





◇◇◇





もちろん"赤"は鬼姫の浅はかな陰謀に気付いていた。


何しろ瞳がギラギラと光る肉食獣のように凝視されたのだ。

身の危険を感じないはずがない。

気付かないふりでさっさと逃げたが、この先も迫ってくるだろう。

『鬼』は執念深いし、獲物を逃がさない。


「ホントに面倒な女だな」


あの肉感的な鬼姫はキノコを籠絡しようとしたようだが、今は"赤"が表に出ているし、よしんばキノコ本人だとしても成功するかは怪しい。

あのとぼけたキノコに、情事の意味が通じるかも怪しい。


だが、役には立つ。

力技が多いが流石は『魔女の掌』に住んでいた『鬼』だけありレベルも高いし、現に氷柱であっという間にテントを作った。

それなりに知識も有るし、思い込みが激しそうなところは上手く誘導すればなんとかなるだろう。

そういえばキノコの『嫁』のような発言をしていたな、と赤は思い出した。


キノコにそんな甲斐性があるはずないので、完全にあの鬼姫の思い込みなんだろうが……。


また面倒な問題が出てきた事に溜息を落とし、赤は魔法で引き寄せた人間の少女が倒れているであろう場所を目指す。

"人間"に過剰反応していた鬼姫にいきなり会わせる訳にはいかないだろうとの配慮だったが、そのせいで女性不信になりそうだ。


気付けば雨は止んでいた。


まだ強い風に煽られながら氷山を歩き、黒い波打つ海面を見ると、何となく引っ掛かりを覚えた。


「……」


目を凝らして今一度海面を見つめる。

気のせいならばそれで良し、もし何かあるなら……。


ザブンザブンッと暴れる海水の中を"何か"が動いていた。

 

"何か"に気付いた赤は、またもや頭痛を感じた。

それは浮き沈みを繰り返しながら、確実にこの氷山に向かってくる。時間はかかるだろうがいずれは辿り着くだろう。


来るな!沈めっ!と念じる赤の願いもむなしく根性で向かってくる。

それを祝福するかのように天候も回復していくのが忌ま忌ましい。


「……何で次から次に面倒事が……」







人間の少年が意地で氷山まで辿り着き、鬼姫に捕獲されるのはしばらく後になる。












鬼姫は諦めません!

だってフラれたわけじゃありませんから!ちょっと落ち込んでも復活するのが女の強さ、乙女の激情ですよ!

初恋に人生をかける情熱家なのです!


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