悪魔はトラブル好き
区切りが悪く、長くなりました。
朗々と響く耳障りの良いバリトンが部屋に響き渡ります。
「流石です!キノコさんっ!」
いるはずのない人の声に僕はもちろん、ギリルさん達もビックリして辺りを見回します。
するといつの間にか現れたのか、コウモリの羽を背負った悪魔さんが部屋の角に立っていました。
優雅に金髪を撫で付けると、更に張りのある声が続きます。
「いやはや、良いものが見れて眼福ですよ!まさか奇跡の生還を成し遂げたキノコさんが女性を襲う程の成長を遂げているとはっ。生まれ変わったということでしょうか?いいです、いいですよ!『衆人環視の中で年上の捕虜を押し倒す美少年!』正に悪魔!流石私が見込んだ方ですっ!」
「「「「………」」」」
唖然です。
大袈裟な身振り手振りで演説を終えた悪魔さんは輝かしいばかりの笑顔ですが、いきなりの登場にみんなが皆、固まりました。
「…っくりさせんじゃねーよ!?クソ悪魔っ!」
我に返ったギリルさんの怒声にも、悪魔さんはどこ吹く風です。
「美少年は美少年なだけで価値がありますが、やはり私は悪魔ですから。"欲"を感じさせる行為は大好きなのです。是非是非、キノコさんには"堕落"してもらって次代の悪魔を率いる大悪魔と……」
「おいコラッ!無視してキノコに変な事吹き込むなっ!」
「…なんですか?人の話を遮る野蛮人に"変な事"とは言われたくないですね。薄汚い貴方こそキノコさんに近づくのはやめなさい。臭いんですよ」
それでも食ってかかるギリルさんに、心底嫌そうな悪魔さんが応酬します。
身嗜みに気を使う悪魔さんは、野生味溢れるギリルさんが嫌いみたいです。犬猿の仲?なんだそうですよ?
「うるせー!だいたいどっから湧いたんだよテメェっ!」
「おやおや、蛆虫が湧いてるのはそっちでしょう?…キノコさんの気配が洞窟中を走り回るのを感じましてね。早くお会いしたい気持ちが急いてしまいまして…少し行儀が悪いですが、こちらからお誘いに来てしまいました」
そういって僕に向き直る悪魔さんと目が合うと、何だか値踏みされている感じがします。これは最初にお会いした時からです。
『"悪魔"とは相手を常に観察する者』と聞いていますから、これは悪魔さんの癖なんだと思って気にしないようにします。
「…御無事のお戻り大変喜ばしく思いますよ、キノコさん」
「あっ、はい。えっと、ご心配おかけしました。僕、元気です!」
「フフッ確かにお元気そうです。…ウンウン、少女を組み伏せるキノコさん。実に見応えがあります。ささっ!もう少し乱暴にいってみましょうか?」
「…っあ…」
楽しそうな悪魔さんに言われて、僕はタンポポさんを倒したままだと気づきました。
見るとタンポポさんは悪魔さんの出現にビックリしたのか、呆けた顔になっています。
程よく力が抜けた口から指を抜き取り、もう一度タンポポさんを"見る"とやはり彼女は『毒』で構成された身体です。
これは、なんとかした方が良いのではないでしょうか?
幸い、僕は『毒能力』がありますし。
《それは止めておけ》
(赤様?でも、彼女の毒は負担が…)
《その女の事情も知らないのに、勝手に身体構成を変えるなんてしてみろ。恨まれるかもしれないぞ?》
(恨む?)
《理由があって毒なのだとしたら?好きで毒なのだとしたら?使命や命令だとしたら?責任とれるのか?》
(…う…)
《無責任な善意はな、悪影響と悪循環を呼びかねない。口の『毒』は後付けだから支障はないが、身体の『毒』には手を出すな》
……『毒』を好んで身に浸透させているなんて事あるんでしょうか。
でも、赤様の言う事も一理ありますし、タンポポさんに聞いてみてから決めてもいいですね。
あ、それより何より、立ち上がらないとタンポポさんを潰したままですよ僕。
「すみません、『毒』はとっちゃいました。体は大丈夫ですか?」
「……っへ?……え?あ、れ……」
「はい、起きて下さい。ごめんなさい、倒してしまって」
「はっ、はい?……きゃっ!」
タンポポさんを引っ張り起こすと、バランスが取れなかったのか僕の体にぶつかってしまいました。
真っ赤になったタンポポさんが慌てて僕から距離を取ります。
……僕、嫌われてるんでしょうか……。
僕はタンポポさんと出来れば仲良くしたいです。
世界の事も教えて貰いたいですし……。
そうだ!
悪魔さんが言ってましたね。
『女性は宝石が好き』だと。『仲良くしたいならプレゼント』だと。『とりあえず誉めろ』とも。
あ、でも僕、宝石なんて……。
えーっと、どうしよう………………とりあえず誉めます。
「潤んだ瞳が碧玉石みたいに輝いていますが、貴女は笑った方がステキですよ?どうぞ俯かないで僕に笑顔を見せてください」
「っ!!??」
ボンッと爆発しそうに赤面したタンポポさんは、ますます縮まってしまいました。
凄いですね!夕焼けみたいに赤いです!
タンポポさんはお日様ですね!
「…キノコ、あんたって子は…」
「なんだー?!何処の軟派の台詞だー!?カユいっ、背中が痒いぜっ!」
「おやおや、なかなかの悩殺ですねキノコさん!ああっ、これを姫様がご覧になったらどうなるか…っ!やはり貴方は"悪魔の如し"!」
『…ちょとー?何だか分からないうちに、何だか分からない事になってるけどー。場を引っ掻き回しにきたのー?悪魔ー?』
あ、魔女さん人形が動き出しました。
そういえば潰してましたかね、すみません。
「…おやおや?何処からともなく魔女の声が…ふむふむ、ずいぶんと可愛らしい姿になってますね?」
『私が頻繁に此処に来るとー、魔力磁場が狂い易くなるから仕方ないのよー。でー?あんたキノコを誘いにって言ったけどー?』
「そうそうっ、新生したキノコさんと是非お茶会を…」
『却下ー!あんたキノコに余計な事吹き込みすぎー!何よさっきの台詞はー!?』
「おやおや、私が何をしたと?たまにキノコさんと話しただけですよ?ねえ、キノコさん?」
「あ、はいっ。そうです」
音もなく近寄ってきた悪魔さんに頷きます。
悪魔さんとはたまにお会いして少し話すだけですし、嘘じゃないです。
「本当ですよ?魔女さん」
『問題は話した内容よー…。それとねーキノコー?その人間にこれ以上関わるのやめときなさいー?』
「えっ?なんでですか?」
『気に食わないからー』
…理由なき嫌悪を堂々と言い放つ魔女さん、なんて強い心っ!
「…魔女様の言う通りだよ。やめときなキノコ」
「お婆ちゃん…」
「魔女様。キノコはこの人間を怨んだりしてないようです。ならさっさと捨ててきましょう?復讐道具にもならないなら捕虜の意味もありません」
お婆ちゃんは怒ったかのような早口で魔女さんに進言しました。
「ま、待ってお婆ちゃんっ。捨てるって…」
「…いいかいキノコ?この人間を生かしていたのは、アンタが怨んでた場合の怒りを発散させるためだよ。被害者のアンタがそれをしないってんなら、コイツを捕まえとく理由はない」
『そうねー。直接の犯人でもないしー、殺すのも面倒だしー。洞窟の外に捨てましょうかー』
「あ、あの、ここに住んでもらうのは…」
僕としてはタンポポさんとはたまにでもお会いしたいです。
それには洞窟に住んでもらうのが1番楽なんですが…。
プランお婆ちゃんが溜息混じりに呟きます。
「私は世話しないよ。魔女様の言い付けだから捕虜として管理はしていたけど、そうじゃないなら関わりたくないね」
『そもそもー、この人間には帰る国があるんだからー』
「あ、そうなんですね…」
お家があるなら帰るべきです。引き留めちゃダメですね。
「じゃ、これでお別れなんですか?」
「っ…」
『まーそんなとこねー』
『毒』の事を含め、タンポポさんに聞きたい事はありますが、仕方ないですね。
せめてお名前だけでも聞いておこうとした時、悪魔さんとまたもや目が合いました。
また僕を観察してたんでしょうか?
「ふむふむ、魔女よ、少し良いですか?」
『…なにー?』
「皆さんの危惧もわかりますが、キノコさんはこの人間に興味があるようですし、せっかくの好奇心を潰すのは如何なものでしょう?」
悪魔さんの発言に、皆が僕を見ます。
『成長過程の好奇心が飛躍に繋がるのは認めるけどねー』
「そうそうっ。大事な事ですよ、好奇心」
『でー?アンタはその好奇心から何を言い出す気ー?』
「折衷案として、私がその人間を預かりましょう」
今度は皆が悪魔さんを見ます。
僕ももちろん見ました。
楽しそうな悪魔さんは、注目を集めながら続けます。
「私なら人間の扱いは心得ていますし、反抗しようが仲間が来ようが対処出来ます。なんなら『奴隷』の束縛魔法を施してもいいですよ?その場合はキノコさんが御主人様で登録しましょう。いいですね、美少年の御主人様!」
「って勝手に何を言い出してんだよっ!」
「ああ、臭い野蛮人が話かけないで下さい。美しい想像が濁ります。…キノコさん?貴方はこの人間と離れたくはないのでしょう?」
悪魔さんが身を屈めて僕を覗き込んで来ました。
離れたくない、というか、できれば近くにいたいだけなんですが…。
「そうなったら有り難いですけど…彼女はお家に…」
「心配ありません。このダンジョンに入った以上、生きているのが珍しいんですから。家族も諦めていますよ、ねえ?皆さん?」
話を振られた皆が、複雑そうにタンポポさんを見ます。
これは肯定なんでしょうか?
『…私に逆らうのー?』
「おやおや?捨てるなら私が拾っても構わないでしょう?」
『本心はー?何が目的ー?』
「フフっ、そうですね…。まぁ、この人間が存在することによりキノコさんの異性関係が泥沼化していくのが楽しみ…というところですかね?」
『泥沼ー?なると思うのー?』
「何事も可能性はゼロではありませんよ?既に三角関係が発生しつつありますし?」
『……?…ふーん…』
「フフフフッ」
魔女さんと悪魔さんの会話が空気を冷やします。
怖い…。笑ってるせいで余計怖い…。
何より当のタンポポさんを置き去りにした会話が怖い。
かくいう僕も無視してました。
「…あの、貴方はどうしますか?」
「…えっ?……」
タンポポさんに聞かなきゃダメですよね。彼女の事なんですから。
「やっぱりお家に帰りたいですよね?」
「あ、…それは…」
歯切れ悪く口ごもるタンポポさんは、真っ赤だったのに真っ青になっていきます。
「フフフッキノコさん?そういう時はですねー」
「やめろクソ悪魔!これ以上キノコを汚すなっ!」
「失礼な蛆虫ですね。染めているんですよ、私色にね」
「染めんじゃねーっ!!」
『ちょっと黙りなさいー?』
魔女さんの鋭い一言に部屋は静寂しました。
えーっと、魔女さん、怒ってる?かな?
『キノコー?確認するけどー、その人間に報いを与えなくていいのー?キノコは本当に死にかけたんだからー、例え八つ当たりでも文句なんかでないわよー?』
「報いって……しなきゃいけないんですか?」
『悪い事したら罰は当たり前よー。じゃなきゃ傲るのが人間ねー。必要悪?かしらー』
(赤様?赤様は、復讐っていうの、したいですか?)
《……"やりたい"、としても、相手はあの三人だな。この女をどうこうしたい気持ちはない》
(僕も、タンポポさんには笑っていてほしいんです。じゃあ、何もしなくても、僕達は大丈夫ですよね?)
《ああ、償いなんて必要ない》
「魔女さん。僕は彼女に償って欲しいなんて思いません」
『……そうー…仕方ないわねー…』
何かを諦めて悲しそうな魔女さんの声が響きます。
『キノコがしないなら、私達がとやかく言う事もないわねー。目障りだからー連れていきなさい悪魔ー』
「有り難う御座います」
許可を貰った悪魔さんがパチンッと指を鳴らせば、タンポポさんは何かに釣り上げられるように持ち上げられ、宙に浮いた状態になりました。
あの、だからタンポポさんの意思とか無視したらダメだと思うんですが……。
「あ、あの悪魔さん…彼女の意思を…」
「おやおや、キノコさん。残念ですがこの人間に自由意思は認められません。この洞窟にいる限り魔女が絶対なのです。それが嫌なら自力で逃げるか、そもそも侵入しなければいい。過信した挙げ句捕獲された人間に情けなど必要無いのですよ」
「…それは、そうですね…」
「そうそう、この世は弱肉強食なのですよ。ですが安心してください。私の領域にいらっしゃれば何時でも会わせる事が出来ますから。気兼ねなくおいで下さい?」
「悪魔さんっ…」
いくら僕が鈍くてもこれが悪魔さんの配慮だと分かります。
彼は僕の為に憎まれ役を買って出てくれたんです。
面倒事は嫌だと言っていたのに……。感激ですっ!
「テメェ!狙いはそれかっ!?」
「可愛けりゃ何でもいいんだね……」
「おやおや?何やら虫の羽音が五月蝿いですね。やはり汚い場所は居心地が悪い。私はこれで失礼しましょう」
玄関の方に向かいだす悪魔さんの後ろをタンポポさんが続きます。
まだ青ざめているようですし、自分の事を勝手に決められたんですから、色々と不安なんじゃないでしょうか?
「あ、あの悪魔さん。お家まで僕も一緒に行っていいですか?」
「おやおや?それは構いませんが、どうしてです?」
「魔女さんは関わるなって言いましたけど、僕は彼女から色々聞きたいんです。ひょっとしたらもう会えなくなるかもしれないし、今のうちに話せる事は話しておきたくて」
『キノコー!?』
「ごめんなさい魔女さん!今だけっ、今だけですから!」
胸元の魔女さん人形を撫で撫でして謝ります。
「ギリルさんも、お婆ちゃんも、ごめんなさい。心配してくれてるのは分かってるんです。でも、やっぱり僕は旅に出たいから、その為には色々知らなきゃいけないと思うんです。外から来た人にも聞いてみたい事があるんです」
「……」
「…チッ…」
二人は苦しそうに僕から目線を外し、黙ってしまいました。
優しくしてくれて案じてくれる二人にしたら、僕のしてる事は裏切りです。
僕は情けない顔をしていたのでしょう。
悪魔さんが助け船を出してくれました。
「私は立派だと思いますよ、キノコさん。言われ事だけ甘受していては自立もへったくれもありません。反発し反抗して他人との距離感を計りながら生きるのが成長というものです。反抗期は自我の成長期。大人なら温かく見守るべきなのです」
『…口が回る悪魔ー』
「魔女も大人なのですから、子供の成長を喜ばしく思わなくてはいけないのでは?迷惑をかけて成長するのが子供の特権。広い心で受け止めればいいんですよ?…ウンウン、泣きそうな美少年も良いですね…」
『アンタねー…』
お婆ちゃんの家を出ていく悪魔さんを追いかけて僕も失礼しようと思います。
ギリルさんとお婆ちゃんに一度頭を下げてから悪魔さんを追いかけました。
二人は僕に何か言いたそうではありましたが、結局口には出してくれませんでした。
「気にする事はありませんよキノコさん。彼等は過保護過ぎるのです。まぁ、キノコさんが刺された事も原因かもしれませんがね」
「…はい…」
「まぁ、気にするなというのも無理でしょうね……ふむ、そういえばキノコさん、帰る前に寄り道してもよろしいですか?」
「?何処にですか?」
背中の羽をバサリと羽ばたかせ、目を細めて悪魔さんは言います。
「『鬼』の住み家に」
◇◇◇
『鬼』の一家は洞窟の最下層、溶岩が噴きだしている熱い場所に住んでいます。
ゴボリゴボリッと噴き出してくる溶岩は明るく洞窟を照らしますが、熱された地面を歩くのは結構大変なんです。
悪魔さんは浮いてますから平気そうですが、僕、熱すぎるのは苦手なんですよね。
タンポポさんも汗が流れて酷そうです。
「鬼さん達にも心配かけたんでしょうか?」
そんなに頻繁にお会いしていたわけではありませんが、もしそうならご挨拶しなきゃいけませんね。
前を行く悪魔さんが首を傾げながら答えてくれます。
「はてさて…心配をしすぎて妙な思考にはまってしまった方なら知っていますが、他の方はどうなんでしょうね?そういえば」
「?」
謎かけみたいな答えに僕も首を傾げます。
一際大きな溶岩溜まりに近づくと、池のようなそこの向こう側に人が立っているのが見えました。
長い黒髪に白い肌。
知っている鬼さんに似ていますが……。
「……っ!…キノコ!…」
その人が僕を呼びます。
あまり表情がない綺麗な顔が、少しだけ喜びを表しているようですが……。
でも、僕が知ってる人とは違います。決定的に足りません。
「えっ?どちら様ですか?」
「っ!……」
なので思わず聞いてしまいました。
だって本当に知らない方なんです。
僕が知っている『鬼』の方なら、"角"があるはずなんです。
頭に二本の"角"。
この人にはありませんよ?
なにげにキノコもタンポポの意思を無視しています。悪魔に言いくるめられても反発しないのは自分に都合がよくなるからです。無意識に黒いキノコです。
最後の人はあの人です。
次回、暴走します。(予定)
 




