魔女さんに実験されています
僕が魔女さんに保護されてどのくらい経ったのでしょうか。
保護じゃなくて誘拐とか捕獲じゃないかと意見したら、「…だったら何ー?」と静かに言われました。怖かったです。だから保護でいいです。
魔女さんの家は岩だらけの洞窟の奥の奥、ぽっかりと天井が無くなって太陽が見える場所にあります。綺麗な泉と優しい緑が沢山あり、お母さんの森みたいで嬉しかったので保護して貰えて今では感謝しています。
あれから魔女さんに実験だと言われ色々されました。キノコの体は痛さを感じないし、菌類なので増殖すれば元通りになるのでたくさんの実験がありました。
僕の体を細かくしたり水に漬けたり、焼いてみたり潰してみたり擦ってみたり……。一番ひどかったのは乾かされた事です。
カサカサは本当に辛かったです。
実験の拒否はできません。
最初に拒否して、無理矢理解剖されて分かりました。拒否してもしなくても、されるんです。
何をしても実験されるんですから、拒否しても無駄です。
バラバラにされた僕の一部は新たしくキノコとして生まれます。でも、時間がかかるし僕のような"意識"が芽生えることはなく、普通の毒キノコでした。やっぱり『聖樹』のお母さんの影響はすごかったんだと魔女さんも言ってました。
でも同じ毒キノコの仲間が(あれ?僕の子供でしょうか?)増えて少し嬉しかったです。皆で植木鉢に並んでいると楽しくて笠をフルフルしてしまいます。
魔女さんはなんだかすごい魔女さんらしく、たくさんの事を知っているし出来るのでビックリしました。
炎や氷や太陽みたいな光まで魔法で作れて空も飛べます。見たことのない動物や魔物の骨や皮を持っているし宝石や鉱石もあります。
魔女さんは聞けば答えてくれるし親切といえば親切なんですが、実験となると怖いくらいに真剣になり、その時だけは出来るだけ逆らったりしないようにしようと思っています。
先日は魔女さんに"手"を作ってもらいました。
足があるなら手もあれば便利じゃない?ということで作ってくれたのですが、ますますキノコじゃなくなっていくようで自分が恐いです。
「キノコー!今日はこれー、食べてみてー?」
魔女さんが何やら壺に入った液体をみせてきました。
僕の食べる、という行為は対象により変わります。
水のような液体なら体で吸い上げますし固体なら体で侵食していきます。
今回は液体なので足なり手なり浸してみれば簡単です。
でも魔女さんは流石魔女さんで、ただの液体な訳がないのです。
これは、水みたいに透明ですね?なんの液ですか。
「んー?素は樹液だけどねー、一度沸騰させて残った物に特殊な粉末を混ぜて作るのよー?」
そうなんですか、なんで透明なのか不思議ですが…。
「最後に私の魔力を込めたからかしらねー?」
この間みたいにいきなり燃えたりしないですよね?燃えるの恐いです…。
「あれはあれで楽しかったんだけどねー、やっぱり硫酸関係は危険かなー?毒ならなんでも平気になったのにねー?」
楽しくなかったです!煙りが出て足が溶けて怖かったんですよ!
ジリジリと燃え溶ける足を体から分裂させて、なんとか助かったのはヒドイ思い出です。
魔女さんに実験されてからそんな思い出しかないのが悲しいです。
まあ、幸か不幸かその後分裂が簡単に出来るようになったので、危機に直面したときは切り離して逃げていますが。
さて、今回の怪しい液体はなんでしょうか?
魔女さんが小皿に少しだけ移した液体に手を伸ばしてみます。
ちなみに僕の手は指なんてありません。キノコが枝分かれしたような部分が手足で物を掴んだりは難しいです。
液体が触れた手から吸収されていくのが分かります。でも、真水程の勢いがない事を魔女さんに報告します。
あ、でも馴染む感じがするので危険物質ではないのかな?と油断していたら。
ボンッ!!
いきなり大きく膨らんだ手が爆発して、僕の体もコナゴナになってしまいました。
また幾日か経ちました。
魔女さんが「爆発だー!爆散だー!」と大笑いしたあと、僕は自力でバラバラになった体を纏めました。
余りにコナゴナになったので、全ての回収は諦めて植木鉢で休む事にしました。時間をかければ元通りになるのは菌類の強みです。後日、僕の体から発生した毒キノコが家から無数に発見されるでしょうが、それはそれとして。
結局あの液体は膨張剤のような物だったらしく、それをふまえて次の実験準備だと魔女さんは笑っていました。
回復が速まるように、泉の側の日陰に植木鉢を移してもらい、僕はのんびりさせてもらいます。
魔女さんが実験をする理由や今後の事、色々考えるには良い時間ですが僕はキノコです。考えたってわかるはずもないのでやめます。
キノコはジメジメしたところで増殖してれば良いはずなんですから。
植木鉢の中、僕の足元には豆粒が何個かあります。
お腹が減ったら食べるようにと魔女さんが置いてくれましたが、僕は水があれば平気っちゃ平気なんです。
そもそもお腹、ありませんしね。
まあ、これも何かの実験かもしれませんしね。発芽の瞬間でも見れたら楽しいでしょうし?
ほど好い湿気に満足していると、小さな動物が近くにやってきました。
リス、でしょうか?こちらを伺っています。
まぁ、変なキノコ、しかも毒キノコですからね。注目してしまうんでしょう。でもさすがに僕を食べるのはダメですよ。死んじゃいますから。
僕は足元の豆をリスのほうに投げました。まだ体は全快ではないですが、大した距離ではないです。
何事かと後退したリスは豆を確認すると素早く手に取り、カカカッとかじり出しました。
味覚なんてないのでわからないですが、美味しいと良いですね。
カカカカッ…………、ドサッ………。
え?あれ?なんでしょう?
なんでかリスがいきなり倒れて、あ、泡を吹いてピクピクしてて…。動かなくなりました。
え………?死んでる…?
「へぇー、スッゴいわねー!触れた物体を毒にするなんてー?」
豆とリスを回収して魔女さんは結論付けました。
それは僕の"毒"の感染による豆の毒素化。
僕が触った為、毒豆となった物を食べたリスは神経系に異常をきたし呼吸器官が麻痺して死亡。
アハハハッ………。
もうただの毒キノコじゃなくなってますよ…。なんでそんな特殊な能力が。触っただけですよ?長年かけて侵食したならまだしも、ちょっと触っただけで毒化?おかしいですよ!!
「まあねー、おかしな状況ではあるけどー、あんたのキノコとしての"レベル"が上がったって考えれば納得ー?いや進化かなー?」
そんなはた迷惑な進化したくなかったー!!
「そもそもキノコが歩くってのも進化よねー?実はスッゴいキノコなのよね、あんたー」
ふ、普通のキノコになりたい……!出来れは珍味として重宝される、せめて無害なキノコ……!
すると、魔女さんの気配が変わった気がしました。な、何か怒らせてしまったのでしょうか?
でも、魔女さんは楽しそうに言ってきたので怒ってはいないのでしょう。
「普通ー?そう?普通になりたいなら、私がならせてあげようかー?」
え?
で、できるんですか?僕、ただのキノコになれるんですか?
「出来ると思うわよ~?毒だけ抽出すればいいんだし、最悪体を変えればOKよねー?」
そ、それならお願いします!普通にしてください!
「…随分現金ねー?最初の頃は腐ったキノコだったのにー」
そういえばそうです。僕に構わないでと魔女さんに言いながら、今度は自分勝手にお願いして……。
なんてキノコでしょう?嫌なキノコです!
ごめんなさい魔女さん!でも捨てるなら水辺にしてください!
「怒ってないわよー?あんたを矯正してやるって言ったでしょー?"願望"や"希望"が生まれたならあの時よりはマシよー。今までなら『そんなの無理です、出来るはずないです、キノコに夢物語なんて必要ないんです』とか言ってたわよね。暗~くねー?」
明るく言う魔女さん。
そうでしたね、僕はそう言われてここに来たんです。
何もかも嫌になっていたのに、普通になれると聞いたらアッサリ手の平を返した。そんな変わり身も魔女さんの考えた通りだったのでしょうか?
僕は少し自己嫌悪ですね……。
「深く考えなくていいわよー?あんたを拾ったのもその理由も私の個人的な感情なんだからー。……ま、"自我"を持つキノコってのも楽しそうだったしね?それで、どうするー?普通になるー?」
僕は結局お願いしました。
それはつまり、"毒キノコ"だからスライムさんはいなくなったという理由が欲しかったのかもしれません。
本当はどうあれ、"毒"という事実を悪者にして、現実から逃げたということでしょう。
痛みと恐怖から僕を守ってくれたスライムさんとはまるで違う卑怯者です。
だからでしょう、"毒"は取り除けませんでした。
そもそもキノコのくせに意識がある、というのは珍しいそうです。
普通のキノコや植物は生きる本能はありますが"自我"が育つほど生命力に溢れていないので、難しいんだそうです。
なので長年生きた『聖樹』であるお母さんは勿論、そこにひっついていて、更に毒キノコだから刈られる事も無かった僕にも自我が芽生えたのでは?と魔女さんは考察しました。
勿論、自力で生命力を育みそうなるものもいます。また"邪気"や"神気"で魔物や聖獣に進化する事もあるそうです。
そんな中でも僕のような"意識体"は物質としての体にあまり意味はなく、"器"が合いさえすればどんな物にも乗り移れるのだそうです。
でもだからこそ、"自我"がとても重要で強固な代物なのです。
"本能"を"自我"で固め、更に"精神"と"意識"でコーティングする、というのが1番簡単に説明出来るんだといわれましたが、やっぱりよくわかりませんでした。
とりあえず意識があれば死ぬことはなく、逆に死のうと考えただけで死んでしまうんだそうです。
魔女さんと初めて会った時、僕は半分以上死んでたんだそうです。自棄になってましたしね。
逆に今は願望が有る分回復して胞子を撒き散らす程です。
ホントに現金です。
さて、僕は毒キノコです。
その毒、キノコ、というのは僕に意識が芽生える前からの事実であり書き換えのできない情報です。
意識改革や精神向上はできても、"自我"の書き換えは魂を書き換えることにも繋がるので危険であり、魔女さんも出来ればしたくないそうです。
キノコに魂?と思いましたが、あまり深く考えないようにします。
なのでどんなにがんばっても取り除けないのです。
でも代わりに能力は書き込む事が出来るそうで、お母さんが足をくれたのもその書き込みのおかげだろうと魔女さんは考察しました。
「なんにしてもキノコがすごいキノコって確定ねー?流石『聖樹』の落とし子。これは実験を切り替えてー、毒を制御出来るようにした方がはやいかもねー?」
そう言って魔女さんが更に熱心に実験理論を組み上げていくのを僕は見てるしかありません。
自分が施される内容の過酷さよりも、僕の我が儘にアレコレと検討してくれるだけでも有り難いので拒否するつもりはありません。
思えばお母さんにスライムさん、そして魔女さん。毒キノコな僕を排除せず親切にしてくれる方々ばかりで、ラッキーキノコな僕です。いつか恩返ししなければいけませんね!
魔女さんは家の一室を使って大掛かりな装置を造りました。
色々な器具に様々な容器が、一際巨大な水槽に繋がり、部屋を圧迫しています。魔女さんがスッポリ入りそうな水槽は液体で満たされています。
「さってとー、キノコに確認するけど、あんたから毒を除くのは失敗ねー?それでねー?そのキノコの体を入れ替えたらどうかと考えたのー」
入れ替える…乗り移るって事ですか?
「そうねー厳密には違うわねー。あんたの"毒"と"キノコ"って特性は自我の核にあるからどんな物に移っても毒キノコに代わりないのよ。波長が合えば人間にも動物にも乗り移れるけどー、生物だとその"毒゛に充てられて死んじゃうし無機物だと"キノコ"ってところが活かされないからただの"毒"にしかならないわねー。他の菌類だと今のままのあんたが出来上がるから、意味ないしねー?……でー、あんたの菌を素に体を造ってそれに色々工夫を植付ければ、ひょっとしたら毒物制御くらいなら出来るかもー?」
ええと…?このキノコの体では制御出来ませんか?
「もっと進化したら出来るかもねー?でもあんたの毒は外敵から身を護る自衛手段だからー、本能と本体に逆らう制御って難しいかもよー?」
そうなんですか……。
じゃあ、魔女さんが用意してくれる体なら上手くいくかもしれないって事ですかね?
魔女さんの説明を聞いても完全には理解出来ませんが、せっかく僕の為に尽力して下さったんですから、僕に異論なんてないんですが不安もあります。
お母さんが足をくれて、スライムさんと旅した体を無くすのは不安だし恐いです。
でも、それでも……。
「………じゃあ、この中にある全部は今からあんたねー?そのキノコの体が無くなっても、全部溶けたり内容液が流れても、あんたはここに在る。絶対よー?そこだけしっかりしてれば、意識体なんだから消えたりしないわよー?要は、『気をしっかり持て!』ねー?」
水槽に満たされた真水の中、中程まで沈んだ僕に魔女さんが真剣に話かけます。
正直、水に浸かるのはあんまり好きじゃないのですが、我慢します。
魔女さんの一言一言をゆっくり理解して、飲み込みます。
ここに在る、僕。
毒キノコで歩いて、現金で悩んでばかりでいつも頼ってばかりのキノコ。そこから逃げたいと体まで捨てるキノコ。ダメなキノコ、最悪なキノコ。
でも、ここにいるキノコの僕。
僕はキノコ。
毒をもって……キノコで……。
おかあさんと………スライム…さ…んに………………あい……た…………
意識をしっかり持てと言われながら、内容液のせいで早速意識を手放した僕を魔女さんだけが見つめていました。