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僕は『・・・』です

僕は歩きます。


今日も森はいい天気です。

優しい光が降り注ぐ森を歩くのはとても気持ちいいですね。なんていうんでしたっけ?森林浴?


トコトコ歩くと魔女さんの家に出ました。

中から機嫌の良さそうな声が聞こえてきましたよ。何かあったんでしょうか?


「魔女さん?どうしたんですか?」

『えー?聞きたいー?んふふー、実はねー……』


そうですか、それは嬉しいですね。

魔女さんが楽しいなら僕も楽しいです。


僕はまた森を歩きます。


「あれ?師匠、何してるんですか?」


泉の近くで師匠が逆立ちしています。


【何って……修行だ……肉体を鍛える事を止めては、いかんのだ……】


流石師匠ですね。常に鍛練鍛練で隙がないですよ!

あれ?でも幽霊さんって体があるんですか?


ああ、いけないです。急がないと!




僕は森を歩きます。


この森にはとても大きな木があって、皆を守ってくれているんです。

何を隠そう、僕の『お母さん』なんですよ!




緑が濃い匂いの中で、ドッシリと大きな『お母さん』は天まで伸びています。

綺麗で優しい、僕の『お母さん』。


お母さんはザワザワと梢を揺らして話しかけてくれます。


「お母さん」


ああ、お母さんの側は落ち着きます。森林浴も効果倍増ですね!


ザワザワ……


「……はい、歩きました。結構頑張っているんですよ」


ザワザワ……


「はい。そうですね……」


お母さんは優しくて暖かいです。眠くなってしまいます。

安心出来るってこんなにも………。


カチカチ……。


……何か聞こえます。


カチカチカチカチ……………カチリッ。


「お母さん、なんか変な音がしませんか?」


カチリッ……


なんでしょう、怖いです。

お母さんの幹にしがみついて守って貰いましょう。お母さんは凄いんですから、何があっても大丈夫ですよ!


《……ッ……い……》


今度は違う音がします。

どうしましょう?なんだか森も息苦しそうです。


《……ぉいっ……》

「……?」

《……聞こえてるんだろ!》

「……ッ……………………!?……イヤァアアアァァァア!!」


なんか!なんだか知りませんが『声』が!?

どこからともなく声がーー!??!!


「お、お母さん!お化けっ!?お化けがでました!」


師匠もお化けさんですけど、今の声には聞き覚えがありません。知らない幽霊さんですよ!


僕はお母さんにすがり付きながら蹲ります。

お母さんの根元は隠れやすいので逃げ込みます。


《逃げてんじゃねえよ!こっち見ろ!》

「こっち!?こっち、ってどこー!?」


ブルブル震えながら辺りを伺うと、また『カチリ』と音がして僕はそちらを振り向きました。

そこには、


『僕』がいました。


「………は?」



人間の子供。

魔女さんお手製の服に手袋。短剣に小さなカバン、丈夫そうな靴。僕がよく見る恰好で立っている子は、僕の顔でこっちを見ています。

『赤い』髪から覗く葡萄色の瞳は睨みつけています。


《……よし、見たな。……固定完了》


また『カチリ』と響いて、『僕』が頷きます。


え?……え?

僕が、ぼくがいます?ぼく、???


呆けている僕など無視して『赤い僕』は森をグルリと眺めます。


《……これが『聖樹』の森か。確かに美しい。お前が『逃げ込む』にはうってつけだな》


最後に僕をじっくりと眺めると、お母さんに目線を移してその高さを確かめています。


《『聖樹』か。……エルフの忘れ形見にして大地の楔……。ああ、なんでこんなに素晴らしいモノを壊したんだろうな……?》

「……お母さんを、知ってるん、ですか?」


お母さんを見る目が優しそうだったので聞いてみました。

なのに僕は睨んでくるんです。怖いです。


《お前の『知識』から知っているだけだ。実際に見たのは初めてだな》


……えーっと?

姿が『僕』で、僕の『知識』を知っている。……僕と無関係ではない方ですよね?


「ど、どなた、ですか?……」

《……さて、なんと答えたものかな。まあ、姿を見ればわかるだろ?『・・・』だ》


………。

えっ!?


「・、『・・・』は僕ですよ?」

《お前が?どうして?オレの姿こそが『・・・』だろ?》

「あ、あなたは、僕の真似をしてるだけですっ!僕が本物ですよっ!」

《本物ねぇ?……その姿が本物なのか?》


何を言ってるんですか!?姿って、僕は……


白い頭で、小さくて、足がある。


《お前はなんだ?》


僕は。


白い傘、白い柄、足がある………


「僕は………『キノコ』です」



にんまりと笑う『人間』の僕が、『キノコ』の僕を見つめています。



《そうだ。その姿が本当のお前だろ?》


毒キノコのロムスーキノコ。


そうです、僕は、毒キノコなんです。本当は毒キノコなんでした。

お母さんに寄生していた、スライムさんと旅したのは毒キノコの僕です。

目の前で仁王立ちして腕を組んでいるのは、『人造人間』の体ですから入れ物に過ぎないのかもしれないです。

僕はあの『キノコ』じゃないんですね。


あれ?

じゃあ、あの体に今『入って』いるのはどなたなんでしょう?

あの体はもともと魔女さんがくれたもので……。


「……あの、ひょっとして………『お肉』さんですか?」

《誰が『肉』だ!》


怒気とともに石が投げつけられて、傘スレスレを通過していきました。


「な、なにするんですか!?危ないです!」

《黙れ菌類!ヘタレのくせに考え無しに行動しやがって!お陰でオレの『体』がズタボロなんだぞ!!》


ズンズンと近づいてきた赤い僕に、キノコの僕は引っこ抜かれて逆さまにされました。足を持たれたので逃げられません!

逆さにされたら、頭に血がーっ!……………キノコに血はありませんでしたね。


「や、やめてください!何がなんだか…っ!」

《『肉』というのは納得できないが、そうだよ、オレは魔女が造った『器』だ。人造人間がオレだ。お前はオレの体を勝手に使ってたに過ぎない。なのに馬鹿なお前は油断して、人間に切り刻まれた!》

「……っ!?」


そういえば、そんな事がありました…………っけ?


《……おいっ。都合よく忘れてるんじゃないだろうなっ!?》

「えっ?……っえーっと……あ、で、でも、なんで僕はその体から?お肉さんが分離でもさせたんでしょうか?」

《分離だ?そんな事したくても出来ない。いいか?お前とオレは融合したんだ。融合の意味、わかってんのか!?》

「な、なんでそんなに怒るんですかー!?」


ブンブン振り回さないでくださいっ!ち、ちぎれますー!


《ヘタレキノコのくせに話を変えようとするからだ!》


ベチャッと地面に叩きつけられて僕は悶絶します。キノコの体なのになんで痛いんですか!!?

コロコロ転がって痛がる僕をお肉さんは踏み付けます。痛いー!ミシミシいってますよー!


《思い出せヘタレキノコ!お前は人間に襲われた恐怖で、心ごと精神世界に逃げ込んだ。仕方なくオレが表に出て難は逃れたからいいが、いつまで経っても還ってこない。探しにきてみれば『幻想』に引きこもってやがる!》


これが怒らずにいられるか!!


と赤い髪を逆立てるように怒るお肉さんに、僕はすくみ上がります。

だけど、そう言われても僕、思い出せないんですけど……。本当にそんな怖い事があったのでしょうか?


《……ちゃんと考えろ。オレの姿はお前だ。なのに違うだろ?髪が赤い。……何の色だ?》


確かに、僕が人造人間だった時は白髪でしたね。今の状態は『真っ赤』です。

花の紅、夕焼けの朱、野菜の赤………どの色とも違う、赤さです。


火?


ああ、炎の赤!

暖炉で燃えていた、竈で燃えていた火の色に似ています。そうか、火の色はこんな色なんですね。

森を焼いた火もこんな色だったんでしょうね!


「…?…………………あれ?」


あれ?

森がどうした、の?森が、焼け…………?


ザワザワと揺れるお母さんを見上げます。


優しいお母さん、立派なお母さん、大好きなお母さん。


僕に『足』をくれたお母さん。


どうして、くれたの?足なんかなくても困らない、お母さんと一緒にいれば。足なんてあったら歩かなきゃ。歩いて。

歩いて、逃げなきゃ。

なんで逃げるんですか?

だって焼けてる。焼けてしまう、全部。


『カチリ』


音が響いて、僕のキノコの体は熱に包まれました。


森が、お母さんが、燃えています。





「あああぁぁぁっ!!??!!!」


森が一瞬で火の海に呑まれてしまいました。

燃える炎が踊るように木々を襲い、うねるように空に伸びて火の粉をちらせている光景。

あの時。

あの日の森が、あの日の炎がっ!


《そうだ、これは『火』の赤。お前が恐怖を知った象徴だ。刺されたお前は恐怖から逃げて、『聖樹』の思い出に逃げ込んだ》

「ああっ!…おかあさっ……お、お母さんー!!」

《全部『幻』の都合が良い優しい世界。ここ(・・)はそれだ》


燃えるお母さんに駆け寄ろうとしても、お肉さんが放してくれません。


「は、放して下さい!お母さんが燃えちゃう!」

《『幻』だって言ってるだろうが、ヘタレ!もう『聖樹』はいないんだろ!?あれはお前が作った『夢』だ!現実じゃないんだよ!》

「何言ってるんですか?!お母さんはそこにいるじゃないですか!」

《燃える『聖樹』から逃げたから、お前は魔女に出会ってこの体に成ったんだろうが!ちゃんと考えろ!》


考えるなんて無理です!お母さんが、お母さんが死んじゃう!


魔女さん!助けて下さい!

師匠っお母さんを助けて!ギリルさんっ、プランおばあちゃん!火を消してっ!森を助けて!

やめて、やめて!

この火を消してっ!


助けて助けて!スライムさんっ!


《スライムになんとか出来たら、お前とスライムは会ってないだろうがっ!》


スライムさんは強いんです!こんな火なんか……っ!


《思い出せっ!逃げるな!スライムは逃げずにずっとお前を守っただろ!?なのにお前はここで逃げ続けるのか!?》


『カチリッ……』


「……あ、……ああぁ、あ…………」




いやだ、いやだ…………っ!辛いのも怖いのもイヤだ。

全部忘れたい……。知りたくない。

お母さんといたい……。


『カチリ』


うるさい、うるさい!

この音、うるさい!!

逃げるのが悪いの!?だって怖いもの!人間があんなに怖いなんて知らなかった、知りたくなかった!

どうしてあんなことするの!?僕なにもしてないっ!


あんな(・・・)酷い思いなんてもうしたくないっ!ここにいる!ここにはお母さんがいるもの!皆いるもの!現実(あっち)より良いもの!」


《スライムを探すって自分で決めたんだろ!それでいいのか!!?》










「……スライムさん…………?」








『カチッ!』



僕の『世界』が止まります。


赤く燃える森、焼けた匂い、炎に晒される『お母さん』。


カチカチカチカチ…カチリ!


音が慌ただしく響いて、全部に、『亀裂』が入ります。空に、大地に、『お母さん』に。

亀裂が広がり、細かな皴がパラパラと剥がれていくと向こうには真っ白な世界がひろがっていました。


《……言っただろう?ここはお前が創った『世界』だって。お前の精神世界の一画に無理矢理創った箱だ。薄っぺらい壁を壊せばお前は隠れていられない。ただ壁はお前にしか壊せないからな。矛盾を突き付けてやればすぐに亀裂が入り、結果こうなる》


パラパラと崩れる世界でお肉さんは溜息混じりに話します。

でも、僕は、お母さんを見ています。


崩れる森で、壊れる世界で、お母さんを見ます。

パラパラ、パラパラ……。


「お母さん……っ」


ボロボロと崩れるお母さん。


幹が、枝が、葉が、ボロボロと。

ボロボロと散っていきます。

停まった炎と共に、ボロボロと……。


「……ああ……あ………」


ごめんなさい…ごめんなさい、お母さん。

勝手に創って、勝手に壊して、ごめんなさい。


幻でもお母さんを汚して、ごめんなさい……!



《……だが、お前だって本心はこれじゃダメだと分かってたはずだ。引きこもり先に全部(・・)持って行ったら戻れないからな。道標代わりに、あれ(・・)を置いていったろう?》


あらかた崩れ去った『世界』の外側を指差しているお肉さん。

お母さんの最後の一欠けらが落ちていくのを眺めながら、自然とその指差すほうを僕は見ました。


白い世界。火の粉のような、森の欠片が最期に舞う中で。


ツルリとした半透明の魔物が、僕を見ていました。


「!!」


プルプルと震える体を揺らして、僕を見つめる『魔物』。

目なんかないのに、何故か見られているのがわかって、僕は手を伸ばしてしまいました。

届くはずがありません。菌類の手なんて、猫の爪より短くて。

でも、届いてほしくて。


「っ…ス……」


ポヨンとジャンプすると、『魔物』は奥へと去っていきます。

ポヨンポヨンと遠ざかっていきます。


旅の中で、僕はあの隣にいました。

一緒に歩きました。助けてもらってばかりで、足手まといなキノコで、迷惑だったはずなのに、ずっと。


ポヨン…ポヨン………。


あれ(・・)を探すんだろ?》


はい、そう決めたんです。

そう決めたんでした、僕は。


こんな時まで僕を守ってくれる、あのヒトを探そうと頑張っていたんです。 


……ポヨン………。


ごめんなさい、ごめんなさい。

頼ってばかりでごめんなさい。心配かけてごめんなさい。助けてあげられなくてごめんなさい。


いつもいつも、助けてくれて、


「ありがとうございます……スライムさん」



………………………ポヨンッ!……。




白い世界にぼやけて見えなくなったスライムさんが、どこかで飛び跳ねる音がしました。


もっと強くなります。もっと頑張ります。



もう少し待ってて下さい。

ちゃんと追いかけますから。


 



キノコの中での完全無欠でかっこよさNo.1は『スライムさん』です。不動です。

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