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魔女の掌 ~謝る事しか~

出てきませんが主人公はキノコです。

大陸横断山脈の北に位置するザリオンは歴史が古い王政国である。


北の雪深い地域にあるため農耕は乏しく、山脈の鉱物も目ぼしい物はない。なので歴史はあるが小国。

大国の地方侯爵程度の財力もない貧乏国というのが通例だ。


それでも国として機能出来る程度には収入があり、特産品といえる物の多くは『薬草』や『魔力草』とそれらを加工した『薬』である。

これらは『魔女の掌』に隣接する土地柄、ダンジョンから滲み出る魔力が土地に溢れ植物を変異させた結果だと言われている。


ともかくザリオンは『薬』の扱いに長けた国である。


それを以って長い歴史を刻むということはつまり、『毒』にも精通している事にもなる。


『薬』と『毒』は表裏一体。

ザリオンが幾度となく戦争で使用したのは剣や槍、知略ではなく『毒』なのだ。


そうして永い歴史を刻んだ国に暗い闇が忍び寄った。

『啜る悪意』である。


ザリオンに巧妙に取り入った『啜る悪意』は財政援助と人材派遣等を対価に国内での『協力』を願い出た。

ザリオンはこれに難色を示しながらも了承した。

なぜなら『啜る悪意』の行いは"新薬開発"が基本だと盟約したからだ。

薬関係ならザリオンに分がある。事実『啜る悪意』は国内では大人しかった。

更に闇組織とはいえ人の出入りが多くなるほど貿易も市場も市井も活発になり、国が潤う。適度に付き合うなら悪い話ではないと踏んだ結果だった。


かくしてザリオンに根付いた『啜る悪意』は、国家と共に成果を上げていく。


回復薬、魔法薬、鎮痛剤に風邪薬、下剤に媚薬、麻酔薬。あらゆる薬が豊富な資金で品質向上され、組織と国に財を呼び込んだ。

なかでも『毒』は重宝された。

時間、効果、症状、後遺症等を操れる『毒』や、魔物にだけ効く『毒』。『夢うつつ』といわれれる類の麻薬。様々な毒が造られ試されるうちに、また一つの成果が上がった。


『体内に毒を持つ人間』が誕生したのだ。



◇◇◇




「それが、ザリオンの『毒姫』っていわれてるのか?」


男の声に寝かされていた少女は小さく答える。


「いえ……彼等は『毒人(ドクヒト)』と呼ばれていました……。私は、ザリオン王の娘…なので『毒姫(ドクヒメ)』と……」

「毒を持ったお姫様、だからか」


暗い室内は相手の姿が見えづらい。少女は疲れからか見る事を諦め目を閉じた。話す方を優先したのだ。


「私が、そうなったのはあくまで偶然ですが……」

「…ふーん?じゃ、なんでここにいた?『魔女の掌』だって知ってたんだろ」

「『毒人』は暗殺者として育てられます。……私も、そうでした。でも、逃げて……ここなら、追ってはこないだろうと……でも……」


ハァッとため息が聞こえた。

今度は少し嗄れた老婆のような声が響く。


「……結局見つかって、『キノコ』を巻き添えにして自分は瀕死かい?死ぬんなら勝手に死にゃあいいんだよっ」

「……まあな。ここに逃げ込むなんて自殺行為だ。どうせ死ぬなら魔物に食われりゃ良かったのにな!」


男と老婆の口調には少女への侮蔑しかない。瀕死の娘に手酷い仕打ちだとは、少女は思わなかった。

本当にその通りだからだ。


「……っ!『キノコ』……!?ああ、そうです。あの子は…私を助けようと……」


少女は唐突に思い出した。

最後だと諦めていた時に出会った子供を。

キレイな瞳で、キレイな笑顔で、キレイな言葉を少女にかけてくれた『キノコ』。


「……お前がっ!『キノコ』を呼ぶなっ!!」


叩きつけるような殺気が少女を襲った。

ビックリして体は硬直し、息も出来ない圧迫が少女を包む。


「お前がいたせいでっ!お前が来たからアイツはっ!」

「ここで暴れるのはよしとくれ!落ち着きなギリル!」


激昂する男に老婆は叱責を飛ばした。

緩んだ殺気にどうにか助かった少女は、ハカハカと呼吸を再開する。眦に涙が浮かび、暗いながらも二人が侮蔑と怒りで少女を見ているのがわかった。

でも、聞いておかなければならない。

とんでもない目に遭わせてしまったのは少女なのだ。

少女がその罪を背負わねばならない。


「……す、すみません。あの子には、本当に……申し訳も無いことをッ……」

「…………」

「……」

「あの子は……やはり死んでッ……」


しまったのですか?


そう続けようとした声が出ない。


首を絞められていた。


「……ウルセェよ……ウルセェうるせぇ……」

「ギリルっ!殺しちゃダメだよっ!?」

「!っあ、がっ……」

「……なんで『キノコ』があんな目に遭う?お前が、お前が……お前が死んでりゃ、『キノコ』はよ……」


男の凄まじい握力が少女を襲う。

これで良いと少女は感じていた。

自分は死ぬべきだ。子供を殺して、その罰で死ぬ。因果応報だ。


「ギリルっ!!」


バカンッ!!


大きな割れる音が響き、男の手が少女から外れた。


「やめるんだよ!『魔女』様は生かして置けっておっしゃったんだよ!」

「………ッチ!!」


少女の側にあった男の気配が瞬時に遠ざかり、次いでガシャンと壊れる音。


「暴れるなら出て行きなっ!」

「ああ!出ていくよ!俺の頭をドツイたのは貸しだからなっ、ババアっ!」

「黙りなっ!」


嵐のようなやり取りのあと急に静かになった中で、少女は咳き込んでいた。痛い、痛いが、痛いのは生きているからだ。

死んでしまった『キノコ』は、あの子供はもう何も感じないのだ。

男の言った通り、自分のせいで。


なんという『毒』を撒き散らしているのだろう。


誰も彼も殺してしまう。


「…っ…い、今の、方が……わ、私に触れると『毒』がっ……」


『毒人』の毒は基本的に体液だ。

汗、涙、涎、血液が毒に変質している。微量ながら常に汗をかいて皮膚呼吸している少女の皮膚には『毒』がこびりついている。

少女の叫ぶような忠告は老婆が一蹴した。


「あんた程度の『毒』はあたしらには効かないよ」


馬鹿にするような発言に少女は脱力してしまう。


「…え?……効か、ない?……」

「……いいから、もう黙りな。正直、尋問だとしてもあんたの声は聞きたくないんだよ。『魔女』様に殺されるまでは生かしといてやるから、せいぜい大人しくしてるんだねっ!」


憤る老婆は足音を響かせて出ていってしまった。

何やら鍵をかける音がしたので、少女は閉じ込められたのだろう。

それで良い。

こんな人間を自由にしてはダメだ。


疲れが倍のようにのしかかり、少女は倒れた。

改めて確かめると、岩肌が剥き出しの床に獣皮が敷いてあり、そこに寝かされていたようである。

寝心地は悪いが寒くはない。


ズキリと傷んだ腹に手を当てると、しっかりと布が巻いてあり治療がしてあった。先程の言葉通りに、今すぐは殺さないようだ。


「……」


腹部に受けた鋭い剣の切っ先。

あの痛み、衝撃を少女は思い出す。

それでも少女が受けたのは肉を裂く痛みだけ。


『キノコ』は剣が貫通していた。


あれはどれ程の痛みだったのだろうか。

不思議そうに少女を見ていた子供は、自分が巻き込んで殺した。


逃げ出した先で、無関係な子供を殺した。


「……ごめん……」




◇◇◇





ザリオン現国王の28番目の子供としてレラヴィーナは生まれた。


母親は行商に来た商人の娘。南から北上してきた一家は北国には珍しい風貌で、物珍しさから娘は国王のお手付きとなった。

身篭った娘を置いて商人は旅立ち、娘は一人残された。

国王は妊娠した娘から興味を失い、また何人もの側女に手を出していた。厳しい北国では乳児の生存率が低く、一人でも多く作っておかなければならないという王族の勤めが建前で、それくらいしか娯楽がないともいえた。


なので王には妃の他にも多くの女がいたため、娘は妃とはなれなかった。


それでも最低限の生活は保障され、娘はレラヴィーナを産んだ。


名付けは娘の故郷の花から付けた。

王は一度も顔を見せず、たまに金を持った役人が訪れるだけだった。


だが、国王の正室と側室が娘を呼び付け侍女として召し上げた。


子供を育てるのは大変だ、自分達の下で面倒をみてやろうと言う申し出に娘は歓喜した。ありがたい事だ。流石は高貴な身分の方だ、情け深いと喜んだ。


母親となった娘はレラヴィーナと共に王宮の一室を与えられ、働きながらも安心して生活できるようになった。


正室達は優しく母親を気遣い、乳がよく出る食べ物を差し入れしたり赤子の様子を心配してくれた。

無関心な国王より、余程肉親のような優しさを与えてくれる正室達に母親は頭を下げた。自分達母子は幸せだと泣きながら。


レラヴィーナが5歳になる頃、母親は突然逝去した。

それで彼女は知った。

全部『実験』だったのだと正室達に聞かされたのだ。


母親に少しずつ『毒』を与えて、乳をレラヴィーナが飲む。毒入りの乳だ。

そうして母体はどうなるか、赤子はどうなるか、観察していたのだ。

国が『啜る悪意』と共に行っていた、『実験』だったのだと。

今は被験者から偶発的に生まれる『毒人』を人工的に生み出す実験に、母子は選ばれ生かされてきたのだと。

乳として毒を排出していた母親は授乳期間が終わり、溜め込んだ毒により死んだ。

毒を採って育ったレラヴィーナは痩せすぎだが、生き残った。


『賭け』までしていた正室達にはただの娯楽に過ぎなかった『実験』も、組織にしたら思わぬ副産物が手に入った事例となった。


レラヴィーナが『毒人』に成っていたのだ。




(それからは地獄だったな……)


ぼんやりとレラヴィーナは思う。


『啜る悪意』で過ごした7年で思い出すのは、暗さと毒の入った苦い食事、暗殺の技を叩き込まれた事くらいしかない。

殺人もした。

直接間接問わずに、毒も武器も使って殺した。

そうしなければレラヴィーナが殺された。生前、道徳観を教えてくれた母親に申し訳なくても、逆らえば暴力が与えられる生活から逃げ出す術は無かった。

思考は停止した。


そんなある日レラヴィーナに『王女』としての役目が下った。


他国に嫁ぎ、もしもの時はその毒で王族を殺せと言われたのだ。


急遽、王女としての知識や作法を教え込まれながら聞かされた嫁ぎ先は、母の祖国だった。


(…なんで、そんなことしなきゃいけないの?……なんで母さんの国を……)


考えないようにしていた思考がジワジワと巡ると、途端に自分の悍ましさに吐き気が押さえられなくなる。

 

逃げだし、雪に埋もれる真っ暗な『飲み込む大蛇』に身を躍らせ、洞窟を進んで『魔女の掌』に潜り込んだ。

ここなら死ねる。死んでも毒のせいで迷惑にはならない。

寒さと疲れでフラフラだったが、より奥へ奥へと歩いた。

岩で切れた手から血が流れたが、痛み等感じない。


ここで死のう。

ここで休もう。


(もう……眠りたかった………。でも……)



『こんにちは。僕キノコです』


優しい匂いの子供がレラヴィーナを揺り起こしてくれた。

怪我を心配して、労ってくれた。


『タンポポみたいに綺麗な髪ですね。目の色と合わせて春みたいです。もう少ししたら貴女の季節ですね』


毒だからと誰も触らなかったレラヴィーナを、撫でてくれた。

シミ一つない綺麗な手は毒で爛れたりはしておらず不思議だったが、言われた内容が恥ずかしくて何も言えなかった。


母親譲りの色が濃い髪はザリオンでは下品だと見下され、黄身の色だと腐った卵をぶつけられたものだったが。


(あなただけが……褒めてくれた)


なのに。



『解体してみるか?』


追っ手の男達は子供を笑いながら切り付けた。


レラヴィーナはただ倒れ込むしか出来なかった。

血が出ないと驚きながら剣を刺し、玩具のように小さな体を踏み付けて、目玉をえぐり出す凶行を止められなかった。


どうやってか反撃に出た子供だったが、沈む意識のレラヴィーナには悲惨な姿しか見えなかった。


(ごめんなさい……ごめんなさい……)


謝れば済む問題ではない。

だがレラヴィーナにはそれしか出来ない。下手に死んだら『毒姫』の体は悪害しか呼ばないのだ。


「ごめんなさい……キノコ……」


だから謝るしか今はない。


老婆が言っていた。

『魔女に殺されるまでは生かしておく』を信じよう。その時まで誠心誠意を込めて謝ろう。

そうして最後に嬲り殺してもらおう。

先程の男の人や老婆にも殺してもらおう。彼等の溜飲がそれで少しは下がればいい。


「ごめんなさい、キノコ」



直ぐに私も死ぬから。

本当の地獄に堕ちるから。


それまで少し待っていて。











もちろん、毒姫の毒はキノコには及びません。ただ彼女は特殊能力持ちなのでキノコの毒を一部無効化できます。

赤いキノコの時は標的とされなかったので無事でした。

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