ダンジョンにいこう ~埋められた歴史・2~
***
昔々、とても幸せな国にとても可愛らしいお姫様がいました。
可愛らしいお姫様は皆に好かれていましたが、お姫様が好きなのは自分だけでした。
ワガママを言って皆を困らせても、非道いことをして皆を泣かせても、お姫様は笑っていました。
あまりに悲しむ人が増えたので、王様はお姫様を遠くにお嫁に出すことにしました。
新しい国でもお姫様が好きなのは自分だけ。
結婚相手の王子様も、新しい国も、お姫様は好きにはなりませんでした。
お姫様は自分だけがいつまでも大好きでした。
そうして…………
***
キノコは所謂『魔法』というものが使えない。
当たり前だが、『能力』として発現していないのだからいくら『魔力』が有っても使えるはずがない。
『魔女の養い子』なのに可笑しいかもしれないが、そうなのだ。
キノコが使っていた『樹之護法』はまた別物だ。
一般的な『魔法』は『魔力』を用いて事象を操る『方法』なので強制的なのに対し、『樹之護法』は『魔力』を用いて植物に呼び掛け協力を仰ぐ『方法』だ。
"嘆願"に近い協力要請は植物との信頼関係が密でないと成されない、だから『資格保有者限定』となる。
『魔法』は"支配"で『護法』は"賛同"、ということになるだろうか。
なので、『樹之護法』は厳密には『魔法』ではないのだ。
キノコは『魔法』を使えないので"攻撃手段"はどうしても狭まる。
特に"有効範囲"は狭い。
短剣か肉体が届く範囲までしか有効ではなく、複数攻撃なんて事も出来ない。
『魔法』ならできる『広範囲攻撃』が出来ないのは、大多数に囲まれた際にとても不利となってしまう。
今、キノコは。
"百万"単位の『蟻』に囲まれていた。
黒い"波"のように襲ってくる『蟻』はそれほど強いわけではないが"的"としては小さく狙いにくく、逆に小さい『蟻』からすればキノコは"的だらけ"となってしまう。
纏めて倒さなければ危険な『軍団蟻』に、キノコは飲まれようとしていた。
名前: 蟻兵士
種族: 昆虫モンスター
レベル: 10
能力: 高速移動 顎力倍増 大地掘削 暗視闇眼 強力胃酸 雑種雑食 連繋意思
《蟻型モンスター。普通の蟻とは違い赤い目をしている。群れで動き、統率された行動はまさに軍隊なので個人で挑むのは無謀。一匹一匹は弱い部類に入るが、彼らは常に千から万単位で現れる。その全てを倒す手段がないなら、挑む相手ではない。魔法に弱い。足元注意》
試しに一匹を『見透かし』た情報からは『軍団』としての恐ろしさが伝わってくる。
歴戦の猛者でも逃げ出すという『軍団蟻』の倒し難さは、確かに"近距離攻撃"しかできない者には悪夢だったかもしれない。
けれどキノコは、『毒』を使う事なくその『蟻』達を突破することが出来た。
それこそ『魔法』のように。
(でも『魔法』じゃないんですよね、これ)
《あー、『魔法』じゃない『魔法』じゃないっ。ただの突撃だ、こんなの》
赤が詰まらなそうに言う通り、『魔法』ではなく、ただただ『軍団蟻』の中を走り抜けているだけである。
(『魔法』じゃないんですよねー?違いますよねー?)
《違うって言ってんだろーがっ。何が気にいらねーんだよ?》
(いえ……『魔法』なら、まだ良かったなって……。『魔法』ならどこかの誰かも使えるし、僕だけじゃないし…)
《……ああ、まぁ確かに…。こんなの出来るやつはそうそういないだろうけど…》
自嘲気味な赤にキノコは溜め息で返した。
(……どんどん、どんどん……僕、危ないキノコになってるんですね、やっぱり……)
ザワザワと這い寄ってくる『蟻』が。
ビュンビュンと空気を掻き回す音に。
ブチブチと潰されていく"感触"にジワジワと慣れながら、キノコは手首を回し続けていた。
何をしているかといえば、『縄跳び』である。
ビュンビュン縄を回してぴょんぴょん跳んでいるのだ。高速で。
キノコの髪の毛は三つ編みにした上で肩や腰に巻き付けてあり、正に『縄』に見えない事もない太さと長さを誇る。
ステータスの何が作用しているかは謎だが、恐ろしく硬くもある。髪の毛なのに。
実際メイド達が鋏で切り揃えようとしたら、鋏が欠けた。髪の毛なのに。
これがぶつかったりすると、結構な衝撃になるのだ。髪の毛なのに。
髪の毛なのに『鞭』のように扱えるので、最初キノコは適度な長さを手に持って『蟻』にぶつけてみたが、四方八方から襲ってくる『蟻』には不十分で、ならば『縄跳び』をして『蟻』を近づけなければ良いのではないかとなった。
効果は覿面で、『蟻』は超高速回転する『髪縄跳び』に触れた先から身体を千々に切断される。
連続切断機のように絶え間なく降り注ぐ『髪縄跳び』によりキノコがいる内円に入り込む事ができない『蟻』は、それでも諦めずに向かってくるのでキノコも動きを止められない。
仕方ないのでそのまま通路を進むしかなく、『蟻』の黒い渦の中にキノコは突入した。
ビュンビュンと回る『髪縄跳び』はキノコを白い球のように見せ、それが『蟻』を片端から圧死・轢死・斬死させていく様は、『魔法』のように見えるかもしれない。
《ま、『武器之体』と『自由自在』がいい仕事してくれるから出来る芸当なんだがな》
(あ、あうぅーー…どんどん物騒な菌類になるー…)
《『蟻』にやられたら『ヒロイン』とやらに何されるか分からないんだから少しくらいは我慢しろ!》
(う、うぇーっ……。それはそうですけど…もう少し穏やかなやり方は…)
《お前の一番穏やかで効果があって範囲が広い攻撃は『毒』になるけど、この数に満遍なく『毒』を撒くとなると地形や空間にまで影響するかもしれないんだよな…。いいよ?俺はこのへん一帯が死んでも別にかまわないよ?》
(僕はかまいますっ!)
《ならやっぱり我慢して縄跳びしてろ。大体、もともとが毒キノコでレベル200超え800万台ステータスのくせに物騒もなにも……》
ピロリローン♪
赤のぼやきに被さるように軽快な音が鳴り響いた。
『レベルが上がりました』
『新しい能力を獲得しました。新能力は『跳躍之技』『鎧之切断』です』
そろそろ上がるかな?と思っていたキノコは便りが届いてホッとした顔になった。
(赤様っ!上がりましたよ、レベル!)
《ああ、そうだな。これでレベル204か?》
(…能力はやっぱり殺伐とした能力ですね…。戦うんだから仕方ないけど…)
ピロリローン♪
(……うぇっ??)
《あん?》
少しばかり馴染みのある音が続けて鳴り、キノコは眉をへの字にした泣き顔になってしまう。
(な、なんでーっ!?)
『レベルが上がりました』
『新しい能力を獲得しました。新能力は『大地掘削』です』
『新しい称号を獲得しました。新称号は『大量虐殺』『一騎当千』『暴風』『蟻狩り』です』
(ホントになんでーっ!!?なんでまたレベルが上がるんですかっ?それでまた物騒な能力と称号がっ!赤様、蟻さんは大した経験値無いって言いましたよね!?)
《…言ったよ?言ったけどさ。大して無い、だけでゼロじゃないんだぞ?チビッとでも経験値は入るんだよ。それが百万単位だぞ?》
(……うぇっ?)
《百万…じゃ済まないかな?蟻って億を超えるって話もあるし…》
ピロリローン♪
また赤の声に被さるように鳴る音。
止めるに止められない動きで、今なお『蟻』達はキノコに倒されているので、当然経験値が入ってきてレベルが上がる。
"膨大な数"の小さな経験値達が入ってきているのだ。
『レベルが上がりました』
『新しい能力を獲得しました。新能力は『恐怖之技』『鉱石掘削』『連続攻撃』です』
『能力がレベルアップしました。『武器之体』が『武具身体』にレベルアップします。『跳躍之技』が『跳躍移動』にレベルアップします。『空中移動』が『空中浮遊』にレベルアップします』
『新しい称号を獲得しました。新称号は『魂狩り』『根絶やし』『暴威』です』
『レベルが上がりました』
『能力がレベルアップしました。『大地掘削』が『大地涅練』にレベルアップします。『鎧之切断』が『甲冑切断』にレベルアップします。『跳躍移動』が『大地跳躍』にレベルアップします。『連続攻撃』が『一蓮托生』にレベルアップします』
『レベルが上がりました』
『能力がレベルアップしました。『恐怖之技』が『恐怖恐慌』にレベルアップします』
『新しい称号を獲得しました。新称号は『無限跳躍』『無双殺生』です』
『レベルが上がりました…』
粛々と告げられる現実にキノコは青ざめた。
物騒になりたくないと言ってるそばから増えていく物騒過ぎる能力と称号に泣きそうになりながらも、腕を止めるわけにもいかずに頭が混乱していく。
つい先日、連続レベルアップの末に動けなくなった事も頭を過ぎり、仲間のいない現状でそうなった場合のリスクにも恐怖が起きる。
(…い、いやぁぁー!!)
《っ?おいヘタレっ!?》
一刻も早くこの『蟻地獄』から逃げ出したいとキノコは走りを速めた。
皮肉にもその暴走は岩盤を削り、『蟻』以外のモンスターを生き埋めにしたりして更に経験値を得る事となる。
◇◇◇
ようやくキノコが落ち着いたのはあからさまに怪しい扉がある分かれ道だった。
右と左に通路は分かれ、それぞれに地下には不釣り合いな扉が塞いでいる。
扉にはこう書かれていた。
右の扉。
『世界一の美少女だった為に悪い王様に拐われた可愛そうなヒロインを助けたい方はこちらの扉を開いて下さい。ヒロインを助けて世界中から感謝されましょう。頑張ってねん☆』
左の扉。
『心優しい女神のような美しさのヒロインにかかった呪いを解いてあげたい方はこちらの扉を開いて下さい。ヒロインを解放して愛を得ましょう。待ってるわん☆』
(……………うぇ…………)
《………》
力が抜けるような文章を読んだキノコはその場に膝をつく。
分かれ道の真ん中で頭を抱えてうずくまったキノコを赤は責めたりしなかった。
赤は赤で腕に鳥肌が立って大変なのだ。
《……大丈夫か…ヘタレ?…》
(…うぇぇっ……。大丈夫じゃないです!…。なにこれっ?扉を開けたらあの内容を認めた事になりませんかっ?僕、『ヒロイン』さんに何かしてあげたいとか考えてないんですよっ!?)
《寧ろ『ヒロイン』をぶっ飛ばしに行こうとしてるんだからな…。ってか、何をしたいんだコイツ?ダンジョンボスらしく侵入者を迎撃するのに、この文章は必要か?精神攻撃なら威力は認めるがなっ!》
(……『海蜂』の事があるから逃げられないし…)
《……ああ、そんなモノもあったな…。忘れてた…》
精神的に疲れてはいたが『海蜂』の安否を確かめなければ帰れない。
気合いを入れ直したキノコは、まずは上がったステータスを確認しようと自身に目を向けた。
名前: キノコ
種族: ロムスーキノコ 造られた入れ物
職業: 無し
レベル: 215
体力: 19500000
心力: 15700000
技力: 24800000
能力: 自給自足 毒性無効 状態異常無効 身体支配 魔力支配 疾風走行 万能結界 自覚無毒 万能毒成 這寄毒成 毒性支配 剛力健脚 臭気追跡 剛力剛腕 妖気切断 瘴気切断 武具身体 狂気抵抗 空中浮遊 水中移動 悪意耐性 堕落耐性 不可死戯 虚無指数 唯寝唯生 極切消費 水飲霞喰 万界素界 痛覚激減 痛覚変換 精神之帳 肉体改造 魔力改造 魔力吸収 部位接合 大地涅練 甲冑切断 大地跳躍 恐怖恐慌 鉱石掘削 一蓮托生 存在探知 被害拡大 暗視闇眼
称号: 聖樹の落とし子 魔女の養い子 人造人間 妖精の友 幽霊の友 荊騎士の弟子 全てを毒す 一撃必殺 矛盾の暴力 開き直り 十人力 幽霊狩り 絶ち切る 死霊狩り 一気呵成 鎮魂歌 水渡り 空中遊戯 無慈悲 狼竜の恩人 青狼竜の救い 血肉喰い 慈悲殺生 家族愛 無職の極み 最強無職 無職矛盾 虚脱解脱の生 仙人候補 生の意味 レベル神の寵児 痛みを越える 無形 自由自在 大量虐殺 一騎当千 暴風 蟻狩り 魂狩り 根絶やし 暴威 無限跳躍 無双殺生 命喰
せっかく入った気合いが抜け出てしまうようなステータスにまたまたキノコは膝を抱えた。
レベルが上がるのは良い。
強くならなければならないし、頑張ろうと決めたのだから。
けれども強くなろうとすればするほど、経験を積むほど増えていく不穏な能力と称号には慣れない。
慣れたくない。
キノコは基本的に"平穏平凡平常"でいたいのだ。
《…『雷王』に目をつけられた時点で平穏なんて無理だっつーの!にしても、レベルの上がり方が妙にいいな?百万単位ってもそこまで殺してないだろうに…レアモノでも混じってたか?》
(…レアモノ?)
《『青いグラネカラ』みたいに変異体は強い分経験値が多いんだよ。数は少ないけどな。あのウジャウジャの中に混じってたのかもしれないな》
(……ダンジョンボスとは違うんですか?)
《レアが進化してボスになる場合もあるし、ボスよりレアが強い場合もあるな》
そのダンジョン次第だと赤が言うのにキノコは頷いた。
分かれ道をどう進むのか遠巻きに監視しているような『蟻』の気配の中に、微かに周りより強い気配がたまにあるので、多分これがレアモノなんだろうと納得した。
そのまま気配探知を広げてみれば、二つの扉の向こうにはなかなか強い気配のモノが待ち構えているのも分かる。
《…どっちを選んでも敵が出てくるってか…。どっちもハズレだな、やっぱり》
(…うぇっ…。でも、『ヒロイン』さんはこの先にいますね…。進むしか無いのかな…やだな…)
『海蜂』も『ヒロイン』の近くに感じる。進むしかない。
(…う~……。ねぇ、赤様?迂回してもいいですかね?)
《迂回?遠回りするってのか?でもここは二つしか道が…》
一度引き返すのか、と聞く赤の疑問は、キノコがおもむろに"壁"を掘り出した事で解消した。
道順通りに進めば、また『ヒロイン』の気持ち悪い攻撃に遭う。
なら"道を作って"進めばいいじゃないかとキノコは言うのだろう。
先程手に入った能力『大地涅練』は固い地盤も粘土や砂のように扱えてしまう力なので、苦もなく壁には穴が空いていく。
《…あー、ダンジョン攻略としては反則だし誉められた行為じゃないけど…》
"ダンジョン"の構造を変えるような行為は"ボス"にしかできない。
ダンジョンを作り出しているのが"ボス"の魔力であるのだから、それは当たり前なのだ。
しかし、"ボス"を上回る"力"があればそれを覆せるのも当たり前。
普通は出来ないし考えつかないし、実行したくても消耗する行為なので敵地でやる行為ではないのだが、キノコにそこらへんの常識はまだ無い。
出来るからやる、シンプルだ。
砂山を崩すように容易に、キノコは土竜のように掘り掘りしだした。
『ヒロイン遭遇』を控えたい赤も"道"を作るのには反対しないが、しかし素手では時間がかかりそうだとキノコに『髪縄跳び』を推奨する。
言われた通りに『縄跳び』をすると、『髪』によって削られた土が後ろに掃き出され、なんて便利で速いんだとキノコも喜ぶ。
『縄跳び』と『髪』の常識も打ち破った"平凡"とは言い難い技が"殺生"以外にも使えるんだとキノコは素直に喜んだ。
《なんでもな、使い方次第なんだよ。どんな物でも者でも、どう使うかなんだ》
(なるほど、勉強になりますねーっ!)
格段に速くなった開通作業をしながら『ヒロイン』の位置を確認していたキノコだが、ふと、ダンジョンからかなり外れた場所に"気配"を感じた。
なんでかその"気配"の周りには"悪い魔力"があり、『蟻』すら近づいてはいない。
ただし"気配"自体は嫌な感じはしないのだ。
まるで"魔力"で守られている……いや、"閉じ込められている"というべきだろうか。
(……赤様…)
《…あー、まぁ、怪しいわなぁ…。更なる面倒に発展するかもしれないが、ひょっとしてダンジョン攻略に不可欠なアイテムかもしれないし…。『糞ヒロイン』に目に物を見せてやれるかもしれないし…》
(よしっ!じゃ、行きましょう!)
ガリガリガリガリガリガリ………。
暫くは土を掘る音だけが響く。
『蟻』はこの方向にはいないらしく、遭遇もしないので気持ちも楽だとキノコは思った。
実際は能力の『恐怖恐慌』を恐れて近づけないだけかもしれないが。
そうして正規ルートから大幅にズレた道を掘り続けると、目当ての場所に出た。
本当に"ただ掘った穴"という感じの空間は狭く、中央にはボロボロになった布を纏った人間の骨があった。
大人の骨が子供の骨を抱くように横になり、『蟻』の眼のように赤い石が遺骸の周りを囲んでいる。
その石から"悪意"と『ヒロイン』の"力"を感じとりキノコは苦い顔をした。
《……『封印』、だな。あの『糞ヒロイン』この二人を封印してるわけだ》
(『封印』って……この骸骨さん達、悪い感じはしませんよ?むしろ石の方が…)
《悪いモノを閉じ込める『封印』もあれば、逆もあるさ。それこそさっき教えただろ?使い方次第だって》
キノコは"善い"モノを『封印』する意味が分からず、頻りに首を捻る。
《本人達に聞けばいいさ。称号に『鎮魂歌』があるんだから簡単だろ?》
『鎮魂歌』は基本的に"荒ぶる魂"を鎮めて浄化を促す事を補助する称号だが、それに不随して"何かを訴えたい"とする魂との会話等も可能とする。
要は『魂の救済行動』を助けるのだ。
その称号に偽りなく、今までは"出て来られなかった"であろう魂が遺骸からフワリと浮かび上がってきた。
『封印』を上回るキノコの『鎮魂歌』の影響が魂に力を与えたのだ。
「……うぇ?」
魂はぼんやりとした靄のようだったが、次第にはっきりと形を作り、生前の姿をとることが出来たようだった。
やたら古めかしい服装は布を巻いただけのようで、質素な麻紐を腰で結んで留めている。どちらかといえばみすぼらしい格好を二体はしていた。
ただ、大人の女であろう幽霊がしている特徴的な髪結いは、キノコに古書から学んだ知識を呼び起こさせた。
(……あれって、王族に使える偉い女官のする髪形ですね)
キノコが思い出すと同時に、赤の側にある本棚に一冊の本が増えた。
題名は『古今東西っ!王侯貴族の生活慣習あれやこれ』とある。
赤が本を広げて中身を確かめると、確かに亡国の女官の姿絵にそっくりな髪形であった。
《ならこいつら、自称お姫様の『糞ヒロイン』の召使えかなんかだろうな。とすると、なんで『封印』されてたかが謎だな》
(それこそ聞いてみなければわかりませんね)
女の幽霊は子供を守るように寄り添っている。
二体とも姿ははっきりしたのに、顔だけは真っ黒に塗り潰されたようになっていて目鼻立ちは分からないが、なんとなく気品があるように見えるので身分があるのは間違いないだろう。
キノコが幽霊に話を聞こうとすると、それより先に子供の幽霊がキョロキョロと顔を動かして声を発した。
『…あかるい……。あかるいよっ、タニチャ!おひさまがでたよ!』
顔が無い幽霊という不気味さなのに、明るく陰鬱さなどないように喋り出す子供にキノコは少し安心した。
少なくとも狂乱しているような霊ではなさそうだ。
タニチャと呼ばれた大人の幽霊が俯いていた顔を上げて天を仰ぐ様子を見せる。
『…ああ……明るい……。こんな地の底で……明るい…暖かい…』
『タニチャ!おそとにいこう?もうやだ、ここはいやだよ!』
『…ああ、ああ……ダメです…ダメ…。いけないのですよ……』
『なかないでタニチャっ。ゴメンね、なかないで。ワガママいわないから、なかないで?』
『ああ、ああ、優しいのに……こんなにお優しい方なのに……ああ、どうして…』
外に行きたいという子供を抱きしめて啜り泣くタニチャは、『封印』のせいで出られ無いことを知っているのだろう。
『母親』のように子供を守る姿に、キノコは無条件でタニチャに好意を感じてしまう。
『…ねぇタニチャ……わたしたち、いつまでここにいたらいいの?…』
『…すみません……すみません』
『なかないでタニチャ。ゴメンね、わたしがわるいのね…』
『いいえ……いいえ……悪くありません…。姫様は何も悪くありませんよ…』
《ん?》
(あれ?)
頻りに悪くないと繰り返すタニチャは、子供を『姫』と呼んだ。
『姫』は『ヒロイン』ではないのか?
「…あのぅ…、すいません…」
恐る恐る声をかけると、二体は初めてキノコの方を向いた。
『…だあれ?』
『姫様っ……危のうございます……』
「あ、危なくないですよ?初めまして、僕、キノコといいます」
頭を下げて自己紹介するキノコにタニチャはそれでも警戒していたようだが、『姫様』は明るく応えてくれた。
『キノコちゃん?はじめまして。わたしは………』
名前を名乗ろうとして止まってしまった言葉に、キノコは首を傾げた。
「…あの、どうかしましたか?」
『………ゴメンね、キノコちゃん…。わたし…なまえ、とられちゃったの……』
申し訳なさそうに告げて来る『姫様』は、真っ暗な顔だったがキノコには分かった。
『姫様』は泣いているのだ。
明るい声に隠れて、泣いているのだ。
***
自分が大好きなお姫様は、新しい国の人達が自分を好きにならない事に大変怒りました。
それはそうです。
意地悪ばかりしてくるお姫様を好きになる人などいるはずありません。
王子様は国民を守るためにお姫様を閉じ込める事にしました。
ただ閉じ込めるだけではありません。
お姫様の大事な『顔』も『名前』も全部取り上げて、それから閉じ込めたのです。
お姫様は泣きましたが、皆はそれ以上に苦しんだのです。
お姫様の父親である王様も、仕方ないとお姫様の事を忘れる事にしました。
王子様は国の一番深いところにお姫様を閉じ込め、国民も皆がお姫様を忘れました。
やっと平和になった国には、幸せが訪れたのです。
みんなは埋められたお姫様を忘れて幸せに暮らしました……。
***
歴史は真実だけではありません。昔話も全くの嘘ではありません。
タニチャの『お姫様』は被害者とだけ言っておきます。




