休憩1
午前中はデスクワークが主らしい。資料のまとめ、今抱えている事件の途中経過の報告などだ。ホームページの制作等も岡島さん担当らしい。
しかし、前に家で検索した時にはこの会社のホームページはおろか、全くヒットしなかった。岡島さんにそのことを訪ねてみる。
「実は特別な仕掛けがしてあります。このホームページは怪奇な事件に巻き込まれて困っている人が検索したときのみヒットするようになっているんですよ」
僕は目を丸くする。
「怪奇な事件に巻き込まれた人のみですか。でも、僕も現在進行で怪奇な事件に巻き込まれていますが、ヒットしませんでしたよ?」
「ナナシ君の場合は、事件に巻き込まれてはいたけど、もうすでに解決方法を見つけていたのではないでしょうか?つまり困ってはいなかった」
確かにそうだ。あの時、既に僕はどうするか答えを出していた。
「ナナシ君は、ハローワークの求人は見ましたか?」
「はい」
「あれは、うちの会社に興味を持っている人、または怪奇な事件を解決する仕事を目指している人。そして、それなりの力を持っている人のみ表示されるようにしてあります」
公共のパソコンにそんな仕掛けをしていたとは、確かにそれなら検索の時点で書類審査などをする手間も省ける。ホームページにしても冷やかしなどを排除し、本当に困っている人間だけを相手にできる。これはかなりのコスト削減だ。
そのホームページを見たくなった。岡島さんに見たいと伝えてみると特別に見せてもらえることになった。岡島さんはやはり、いい人だ。
岡島さんはデスクの引き出しから札のようなものを取り出し、それをノートパソコンの端に張り付ける。ビリッと電気のようなものがお札から放たれる。
岡島さんは検索画面に「怪奇解決株式会社」と入力する。すると二百件以上ヒットした。一番上の検索結果の一番上をクリックする。開くと「怪奇解決株式会社へようこそ。あなたの悩み解決します」という文字が目に飛び込んできた。
岡島さんは「怪奇現象にお困りの方はここ」と書いてある場所をクリックした。そこにはいくつかの質問と備考欄があった
「ここに現在自分が置かれている状況やその状態がいつから始まったのか、どのように解決して欲しいのか書いてもらい、社長がそれに目を通して依頼を受けるかどうかを決め、受けることが決まったら社員を選んで派遣します。ここまでで、何か質問はありますか?」
分からないことは遠慮せずに聞けと言われたので遠慮せずに聞いてみる。
「依頼を受けないこともあるんですか?」
「はい、もう手遅れと判断した場合や誰の手にも負えないほど危険な場合、あと……」
「あと?」
「いいえ、なんでもないです」
岡島さんの笑顔はなんだかぎこちなかった。この人はごまかすのが苦手なのだろう。あえて聞かないことにする。
その時、キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムのような音がした。
「お昼休みの合図です。ナナシ君」
「はい」
「お弁当は持ってきてますか」
「いいえ、料理は苦手でして」
そのため、最近はカップラーメンなど栄養のないものばかり食べている。
「では、お昼ご一緒にどうでしょう?おいしい定食屋を知っているんです」
「ぜひ」
この時間の定食屋は普通どこも混んでいるものだが、岡島さんが案内してくれた。定食屋「逢魔」はガラガラで、僕たち以外に客はいなかった。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
奥から若い女性の店員が出てくる。
「はい」
「それでは、こちらへどうぞ」
これだけ空いているのだから、どこへ座ろうと同じだと内心思いながら案内された席に着く。店員は水の入ったコップとメニュー表を持ってきた。
「こちらメニュー表になります。お決まりでしたらお呼びください」
どれどれとメニュー表を開いてみて驚いた。カツ定食や鯖定食など、メニュー自体は普通だったが、全ての値段が「444円」となっていた。
「これ、この値段でいいんでしょうか?」
岡島さんに小声で訪ねる。
「ここは特別ですから」
岡島さんは笑って答える。この値段にも関わらずこれだけお客さんがいないということは、よっぽど味が悪いのだろうか?
「さて、午前中働いてみた感想はどうでした?」
岡島さんが聞いてきたので、僕は素直に答える。
「とても分かりやすかったです。あのホームページには驚きましたが」
「そうでしょうね」
うんうんと岡島さんは頷く。
「テレビや新聞、インターネットなど普通の人には見えない広告は意外と多いです。テレビの放送が終了した時間にやってないはずのCMを見たという話を聞いたことはありませんか?」
そういえばそんな経験はある。夜、目が覚めてしまった時に放送が終わった時刻にかかわらず、よく分からないCMをやっていた。のちに調べてみたがそんなCMはどこもやっていなかった。
「怪奇というのは遭遇しない人は一生遭遇しませんし、遭遇する人は毎日のように遭遇します。普通に生活していてもある日突然遭遇することもあります」
岡島さんはコップの水を一口飲む。
「怪奇は日常の様々な場所に潜んでいます。それは楽しいこともありますが、残念ながら恐ろしいこともあります。私達の仕事はそんな人々を助けることです」
岡島さんが言い終えるとほぼ同時に僕が頼んだカツ定食と岡島さんが頼んだ鯖定食を店員さんが運んできた。
「ところで、仕事のこと以外に何か聞きたいことはありますか?」
岡島さんはいつもの笑みで僕に問いかける。実は聞きたいことはあった。
そんな態度が表に出てしまっていたのどろう。
「他の社員の方のことを聞いてもいいかどうか悩んでいたのですが」
「なんでしょう?」
僕はコップの水を一口飲んで質問する。
「あの・・・野上さんは人間ですか?」