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怪奇解決株式会社  作者: カエル
一章
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入社

「失礼します」

 扉をくぐると、社員とおぼしき男性が出迎えてくれた。年は二十代後半~三十代前半と言ったところだろうか。僕は男性に向かって一礼する。

「本日十時からの採用面接でお伺いしました……」

 自分の名前を名乗ろうとしたが、そこで詰まってしまう。

「事情は川鳥から聞いています。どうぞこちらへ」

 男性は僕を安心させるように笑って、僕を応接室に案内する。

「こちらです」

 男性は応接室のドアを開けてくれた。男性にお礼を言って、応接室に入る。応接室には【川鳥】が立っていた。

「よく来たね。まぁかけてくれ」

 勧められるままに僕は椅子に座る。【川鳥】は僕の向かいの椅子に座った。

「その後どう?」

「あまり良くないですね」

 家に帰った後、会社を調べる前に免許書など自分の名前が書いてあるものを確認したが、名前の部分に黒いもやがかかっているようになっていて読めなかった。親や知り合いにも電話をかけてみるが、誰も僕の名前を覚えていなかった。しかも、誰もそれを不審に思っていないようだった。

「今まで当たり前のように思っていましたが、自分の名前がないというのはとても大変です」

「だろうね、名前がないということは自分が自分であることを証明できないということだからね。この人間社会では名前がないものは死んでいるのも同じだ」

 そう言い終えると、川鳥は僕に尋ねる。

「それで、この会社に入る気はある?」

「この会社のことを自分なりに調べましたが、何をしているのかもよく分かりませんでしたし、怪しいとも思いました。ですが、自分の命がかかっている以上他に選択肢はありません」

 僕は川鳥に頭を下げる。川鳥はそんな僕を見て大声で笑いだす。

「あっははっはははは、普通の会社でそんな受け答えしたら即不採用だよ」

「すみません」

「でも、いいね。正直者は好きだ。気に入ったよ」

 川鳥は、にやりとあの嫌な笑みを見せる。

「それでは合格だ。さっそく明日から出勤してくれ」

「明日からですか?」

 思わず聞き返す。

「善は急げっていうしね。じゃあよろしく」

 川鳥は僕に握手を求める。僕は思わず川鳥の手を取る。

「よ、よろしくお願いします」

 こうして面接はわずか三分もしない内に終了した。後から考えれば完全に川鳥のペースに巻き込まれていた。


 家から会社までは電車で約三十分ほどの距離にある。翌日は遅れないように余裕をもって出社する。会社が入っているビル「イカイ」の前に来た。

 しかし何か違和感がある。一階から階を数えてみた。一階、二階、三階、四階、五階、六階・・・・六階?昨日来たときは確かに5階建てだったはずなのに、僕の思い違いだろうか?とりあえず三階に「怪奇解決株式会社」があるのを見つけ、ほっとする。

 気を取り直しエレベーターに乗ってみる。

 エレベーターのボタンは十二階まであった。ますます頭を抱える。まるで狐に化かされているようだ。僕は三階のボタンを押す。

 エレベーターが三階に止まりドアが開く。ちゃんと「怪奇解決株式会社」の表札がかかっている扉が目の前にあった。どうやらここは変化がな……いわけではない。

 何というかドアの中から何かの気配がする。僕から名前を奪った「黒影」並みの気配だ。昨日はこんな気配まるでなかった。入るかどうか思わず躊躇する。だが、ここまで来て帰るわけにもいかない。僕は勢いでドアを開き、おもっきり大きな声で言う。


「おはようございます!」


 中にいた社員が僕のほうを見る。その中に川鳥の姿もあった。川鳥はにやりと笑うと僕の元に来た。

「おはよう。こっち来て」

 言われるまま川鳥の後に続く、川鳥は僕を社員全員の前に連れていき、僕の肩に両手を置いて全員に聞こえる大声で叫んだ。


「今日から働いてもらうことになった"ナナシ"君、みんないろいろと教えてやってね」

「ナナシです。皆さんよろしくお願いします」


 ナナシという名前は昨日の面接の後、川鳥社長からもらった名前だ。名前がないと不便なので会社ではそう名乗るように言われた。もっとマシな名前はないのかと聞いたが、面倒くさいという理由で却下された。


「じゃあ皆も自己紹介を、まずは……岡島」

 社長は左隅のデスクに座っていた人物を指差した。僕を昨日、応接室に案内してくれた男性だ。

「岡島です。よろしくお願いします」

 岡島さんは微笑みながら軽く一礼する。人を安心させる笑顔だった。

「よろしくお願いします」

 僕も岡島さんに一礼する。岡島さんは笑顔のまま席に着いた。


「次、森野」

 社長は岡島さんの隣にいた男性を指差す。外見的にはだいぶ若そうに見えた。もしかして高校生だろうか?森野さんは席から立つと僕のところまでやってきて満面の笑顔で右手を出した。

「森野だ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 僕は森野の右手を掴み握手した。森野も強く握り返す。とんでもない握力だ。骨がつぶれるかと思った。森野は僕の手をつかんだまま上下にブンブンと揺らした。肩の関節が外れるかと思った。

「俺たちは今日から仲間だ。楽しくやろうな」

 森野は左手の親指を立ててまた満面の笑顔を作る。歯がキランと光った気がした。なんだろう、いい人そうだがちょっと暑苦しい。

「はい、よろしくお願いします!」

 つい僕の声も大きくなってしまう。

「ああ!」

 森野は左手で僕の肩をたたく。骨が砕けたかと思った。森野は僕の右手から手を放すと自分の席に戻っていった。


「次は、野上」

 僕は社長が指差した方を見る。指先には女性と目が合った。

 その瞬間、体中に鳥肌が立つ。確信した。

 さっき扉の前で感じた気配、あの気配は彼女のものだったのだ。心臓の鼓動が速くなり手のひらにじんわりと汗が滲む。

 突然彼女が立ち上がる。心臓が口から出るかと思うほど跳ね上がった。

彼女は僕をじっと見る。なんだというのだ。このままじゃ気絶してしまいそうだ。しばらく僕を見ていた後、彼女の口が開いた。

 僕の緊張がピークに達する。

「ご」

 ご?

「ごちそう様」

……え?ごちそう様?

「ごちそう様」

 彼女は聞こえていないと思ったのかもう一度呟いた。いや、聞こえていないのではない。意味が分からなかったのだ。

「は、はあ……」

 まぬけな返事をしてしまった。いつの間にか先ほどの恐ろしい気配も消えている。彼女はうなずくと、ストンと座ってしまった。

 僕は社長を横目で見る。彼女はくっくっくっくと嫌な笑いをしていた。


「そして私が社長の川鳥だ」

 呆然とする僕を無視して彼女は自己紹介をする。それはもう知っています。

「以上で社員紹介は終わりだ」

 川鳥は満足そうにそういう。あれっ?確か就業場所には5人いたはずだ。これではあと一人足りない。社長に尋ねてみる。

「あの、あと一人は?」

「ああ、ランか。今日はいないみたいだね」

 みたいだね?

「まぁ、運が良ければ会えるよ。いや、運が悪かったらかな?」

「どういう意味ですか?」

「そのうち分かるよ。岡島!」

 社長は岡島さんを指差す。

「はい」

「今日はナナシと仕事してくれ」

「分かりました」

 岡島さんはニコリと微笑む。

「ナナシ君、分からないことがあったら何でも聞いてね」

「はい!よろしくお願いします」

 今日、何度も言った「よろしくお願いします」という言葉をもう一度言って、僕は岡島さんに礼をした。


「じゃあ、皆今日も一日頑張ろう!」

『はい』

 社長の激励に皆が答える。社長は社長室に行こうとする。そこでピタッと足を止め、僕のほうを向く。

「ああっ、言い忘れていた。ナナシ君」

「はい」

 社長は笑顔で僕に言った。


「怪奇解決株式会社にようこそ!」

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