妖艶
「おっ、仲がいいな」
会社に着くなり、社長にそう言われた。
まぁ、当たり前だろう。女性と手を繋いだまま出社したのだから。
すでに出勤していた森野さんは「ひゅーひゅー」とまるで小学生のように冷やかし、岡島さんは(怪我も治ったらしく、前以上に仕事に励んでいる)優しい目で僕達を見ている。
ランさんは、相変わらずニコニコしている。
「やめてください」
恥ずかしい。
野上さんを見ると、そんな先輩方のリアクションを完全に無視し、僕の手を握ったまま、自分の席を見たり、僕の席を見たりしている。
どうやら、どちらの席に行こうか考えているらしい。
もしかして、勤務時間中もずっと手を握っているつもりなのだろうか?
「あの、野上さん」
僕が呼ぶと、彼女は僕を見つめ、問いかけてきた。
「どっち?」
どちらの席で仕事をしたいのか?と言っているのだろう。
しかし、まさか手を繋いだまま仕事をする訳にもいかないだろう。
僕は、もう一度、お願いしてみる。
「いいえ、あの、手を放して欲しいのですが……」
「だめ」
僕のお願いは、瞬時に断られた。
「いえ、あの、さすがに手を繋いだままでは、仕事ができません」
「……」
野上さんは考え込んでしまった。
「そもそも何で、手を繋いだまま来たんだ?」
森野さんが僕達に尋ねる。野上さんは森野さんを無視し、考え込んでいる。
僕が答えるしかないようだ。
本当は、僕が教えてほしいのだが。
「分かりません。出勤途中で会ったんですが、突然手を握られて……」
それで今に至る。誓って、僕は何も知らない。
森野さんは、眉根を上げる。そして、視線を野上さんに移した。
「野上、なんでだ?」
「……」
森野さんの問いを、野上さんは完全に無視する。
「ぶー」
無視された森野さんは、頬を膨らませる。
「野上、離してやれ」
社長の低い声が社内に響く。
森野さんを完全に無視していた野上さんが顔を上げ、社長を睨む。
あまりの迫力に息を呑む。
その時、社長がニヤリと笑った。
「ほら、ナナシが怖がっているぞ」
野上さんの視線が社長から僕に移る。
その目はなんだか、悲しそうだった。
「大丈夫ですよ」
「……」
慌てて否定したが、その目は悲しい目のままだった。
どうすればいいのだろう?
僕が頭を巡らせていると、社長がこちらにやって来る。
「離してやれ」
野上さんが再び、社長を睨もうとした時、社長は野上さんの耳に顔を近づけ、何やら耳打ちした。
とたんに、僕の手を握っている野上さんの手の力が弱くなる。
一本ずつ、ゆっくりと指が離れてき、名残惜しそうに手が離れた。
野上さんは僕の顔をじっと見た後、自分の席に戻った。
「やれやれ」と社長は漏らし、社長室に入って行った。
岡島さんと森野さんは、しばらく野上さんを見ていたが、やがて自分の仕事に戻った。
僕も自分の席に座る。
隣の席のランさんが小声で話し掛けてきた。
「大丈夫?」
「ええ、まあ……」
「野上さんって、何考えてるか分からないのよね」
ランさんは困ったように言った。
僕は、野上さんをチラリと見る。彼女は自分の席で寝ていた。
「えっと……」
返事に困る。
確かにその通りだが、後輩である僕が言うことではない。
それに……。
「そうでもありませんよ」
分からないばかりでもないのだ。初めは分かりにくかったが、よく見れば表情も変化しているし、振舞いからも、ある程度推測できる。
「ふーん」
ランさんはニコッと笑う。
「ナナシ君って、野上さんのことどう思う?」
「どう、と言うと?」
質問の意味が分からないので聞き返す。
「好き?」
「……」
絶句してしまう。
「ほれほれ、どうなのよ?」
ランさんは肘で何度も突いてくる。答えるまで諦めてくれそうにない。
野上さんをもう一度チラリと見る。スヤスヤと変わらず寝ていた。
「嫌いではないです」
彼女には命を助けられたこともある。嫌うはずはない。
「そうじゃなくて」
ランさんは面白くなさそうは顔をする。
「異性としてはどうなの?」
「……」
二度目の絶句。
「性格は難しい所もあるけど、美人だし、スタイルも意外といいし、いいと思うよ!」
三度、野上さんをチラリと見る。スヤスヤと無防備に寝ている。
野上さんの持つ気配や力に、つい目が行ってしまい、あまり意識したことはなかったが、確かに彼女は美人だと思う。
綺麗な黒髪に澄んだ目、整った顔。とても妖艶な雰囲気を醸し出している。
もし、彼女が姿を見せたまま町にいれば、何人もの人間に声を掛けられるだろう。
そんなことを考えていると、野上さんの目がゆっくりと開いた。首が動き、こちらを向く。僕と野上さんの目が合った。思わず目を逸らす。
ランさんは、そんな僕をニコニコして見ている。少しカチンときた。
「ランさん」
「なぁに?」
「セクハラです!」




