三橋
昔、この村に仲の良い三匹の兄弟猫がいた。飼い主は三人家族で皆とても優しかった。だが、一家は戦で田畑を失いこの地に移ってきたよそ者だった。閉鎖的な村はよそ者に厳しく当たったが、一家は決して笑顔を忘れなかった。猫達はそんな家族が大好きだった。
そんな時、村から金品が盗まれる事件が起こる。さらに田畑が何者かに荒らされる事件が相次いだ。事件現場に一家の主人の物とみられる証拠がいくつも発見され、主人が疑われる。
村人に咎められるが、主人は認めなかった。なかなか罪を認めない主人に逆上した村人達は主人に集団で殴りかかり、あろうことか殺害してしまう。 そして、それを目撃した妻と子供、そして猫達も殺してしまう。一家と猫達の死体は埋められ、一家は盗んだものを持って逃げたということになった。
実はこの事件は一家の疎ましく思っていた村人の一部の人間の仕業だった。証拠をでっちあげ、一家を村から追い出そうとしたのだ。
事件からか三か月たったある日、村に化け猫が目撃されるようになる。化け猫は三つの頭と三本の尾を持っていた。
やがて、化け猫は村人を一人また一人と食い殺し始めた。食い殺されたのはいづれも、一家を死に追いやった者達だった。何も知らない他の村人は化け猫を退治しようと、妖怪退治の専門家の男を雇った。死闘の末、男は化け猫の三つの首を刎ねるが、それでも化け猫は死ぬことはなかった。
男は完全に退治することはできないと村人に告げた。ではどうすればいいのか?と問われた男はこう言った。
「三つの首をそれぞれ桶に入れ、封印の札を貼る。三つの桶はそれぞれ別の場所に埋めよ。埋めたら、その上に神社を建て、首を祀れ」
村人は男の言う通り、首を埋め、その上に神社を立てた。
以来、この村は三首村と呼ばれるようになった。
これが、この村の三首猫の伝説だ。今もこの村には一猫神社、二猫神社、三猫神社と三つの神社が存在している。
「お客様、よろしいでしょうか?」
戸の向こうから女将の声がした。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
戸が開くとそこには二人の人間がいた。一人は女将、もう一人は若い男だった。女将には事前に自分を訪ねてくる人間がいたら部屋に案内してくるように頼んでいた。
「こちらのお方がお客様にお話があるそうで」
「依頼した三橋健三です」
三橋と名乗った男は一礼をした。
「”怪奇解決株式会社”のナナシと言います」
僕も頭を下げ、彼を部屋に招き入れた。
「驚きましたよ。まさか、依頼したその日に来てくださるとは思いませんでした。いったいどうやって?」
僕は返事に困る。
「たまたま近くにいたもので」と答えておいた。
僕の答えに、三橋さんは「そうですか」と答えた。納得したかは分からない、どうでもいいと思ったのかもしれない。
「誠に申し訳ございません。電話で一度説明されたようですが、もう一度、何があったのか説明していただけませんでしょうか?できるだけ詳しく」
岡島さんの言い方を真似てみる。三橋さんは「分かりました」と力強く答えた。
「この村の伝承はご存知でしょうか?」
「はい、何でも大昔に退治した化け猫の首を三つ、封印したという」
「そうです。この村は三つに分かれており、代々それぞれの神社を守り、祀っています。私の家はそのうちの一つ、三猫神社を守っています」
ここの地名、三猫に住んでいる人間はそのまま三猫神社を守っている。一猫に住んでいる人間は一猫神社を、二猫に住んでいる人間は二猫神社をそれぞれ守っている。
「今までは何事もなく村は平和でした。しかし三か月ほど前のこと一猫神社が何者かに壊されました。さらに二か月ほど前に二猫神社が壊されました。しかも、二猫神社を壊したのは巨大な猫の化け物だったと何人もの人間が証言しています。そして二猫神社が壊された後、今度は二首の猫が目撃されるようになりました」
「一猫神社が何者かに壊され、化け猫が現れた。そして、二猫神社が壊されると今度は二首の化け猫が現れた。ということはつまり・・・」
「そうです。封印を解かれた化け猫が自分の首を取り戻すために神社を壊して回っているとしか考えられません。となると次はうちの三猫神社が狙われます。もし、うちの神社が壊されでもしたら、化け猫が完全に復活してしまいます。それを阻止するためにどうかお力をお貸しください」
依頼者は深々と頭を下げた。
「今回の依頼は化け猫を再び封印することということでよろしいですか?」
三橋さんは少し考えた末、答えた。
「はい、できるだけ猫を傷つけないようお願いします。化け猫とはいえ、うちの神社で祀っている言ってみれば神様みたいなものですから」
僕は目を閉じる。伝承では妖怪退治の専門家の男を雇い、死闘の末に化け猫を封印したらしい。この話が本当だとしたら、化け猫はかなり大物ということになる。
専門家でもない僕では歯が立たないだろう。しかし、こちらには野上さんがいる。彼女は元神だ。いざというときは彼女の力を頼るしかない。
全く情けない。今度こそ一人でやるつもりだったのに。
僕は野上さんをチラリと見る。彼女は部屋の隅でさっきと同じように体育座りをしていたが、目を開いてこちらを見ている。そして、こくんと頷いた。どうやら頼ってもいいと言っているらしい。
「分かりました。やってみましょう」
三橋さんにそう言うと彼は僕の手をしっかり握り、「あいがとうございます」と言った。
その後も、僕は三橋さんと今後のことについてを話し合った。気が付けば夜の10時を過ぎている。この辺りは他に建物もなく、明かりがないので夜は真っ暗になる。本格的な調査は明日からすることになった。
「では、よろしくお願いします」
「はい、事件は必ず解決します」
僕は力強く答える。本当は自信があるわけではない。しかし依頼者を前にそんな素振りを見せるわけにはいかない。
「よろしくお願いします」
三橋さんはもう一度言った。一瞬その目に何か得体のしれない影が見えたような気がしたが、それはすぐに消えてしまった。