徴収
小村楓は何が起こったのか分からなかった。
日本刀で襲いかかったと思ったら、自分の体は宙を舞って数メートル後ろの壁に叩きつけられていた。叩きつけられた衝撃で息止まり、日本刀を落としてしまう。
だが体は落ちることなく、そのまま見えない力で壁に押し付けられている。息ができない、骨がミシミシとなる音が聞こえる。激痛が体を駆け抜けた。
「まったく、面倒くさいな」
岡島の口調が変わった。口調だけではない声も表情も雰囲気がまるで別人のようになった。
「面倒くさいが仕方ない、トラブルを解決するのは上司の役割だからな」
岡島はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「あ……な……た……だ……れ?」
「ん?ああっ、そうか、そうか、君は私とは初対面だったね」
「川鳥鷺、社長だ」
岡島の姿をした別人はそう名乗った。
「話はこの男を通じて、聞かせてもらっていた。君は支払いを拒否したばかりか、あろうことか襲いかかってきた」
川鳥鷺は壁に貼り付けられている小村楓に話しかける。彼女の苦痛などまるで無視していた。
「まあ、襲いかかった件は不問にしていい。私は、この後も仕事が立て込んいてね。チャッチャと終わらせてしまいたい」
散らばっていた書類から一枚の紙が空中に舞う、紙はヒラヒラと川鳥鷺の元に来た。川鳥鷺は空中の紙をとり、小村楓に見せる。
「ここにサインしてくれ、それでこの家の財産は私達のものになる」
小村楓に怒りが満ちる。怒りで体の痛みなど吹き飛んだ。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!」
血走った眼で小村楓は訴える。その表情はとても人間には見えなかった。
「これは私のものだ!誰にも渡さない!渡さない!渡さない!渡さない!」
川鳥鷺は「やれやれ」と首を振る。
「私は、支払いを拒否した人間から強制的に徴収することができる。それに加えてペナルティの支払いをさせることもできる。それは、君のためにならない。素直にサインしたほうが……」
「黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れーー!」
「やれやれ、何を言っても無駄か、ならしかたない」
川鳥鷺は小村楓の頭を鷲掴みにする。そして何かを唱えると鷲掴みにした頭が光りだした。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
小村楓の悲鳴が家中に響いたが、すぐに止んだ。
「おはようございます!」
と僕は元気よく挨拶をする。一日休んだおかげか、疲れはすっかりなくなっていた。
「おはよう」
「おはよう!」
「……」
それぞれ個性的な返事が返ってきた。森野さんが僕に近づき肩をバンバンと叩いた。かなり痛い。
「一昨日は大変だったらしいな!でも元気そうで何よりだ!」
「はぁ、ありがとうござ……」
「困ったことがあれば何でも相談しろよ!俺達は仲間だ!」
「は、はい!」
森野さんはまた肩をバンバンと叩くと自分の席に戻った。
僕は自分の席に戻ると辺りを見回した。そういえば今日は岡島さんは休みだったなと思う。仕事のことが気になっていたので社長に聞いてみた。
「社長、あの後どうなりましたか?」
「ん?ああ、仕事は全部、岡島が終わらせてくれたよ」
「そうですか」
何もかも岡島さんに任せてしまった。明日お礼を言っておこう。
「小村楓さんの様子について何か言ってませんでしたか?」
彼女は今回のことで傷ついただろう。ずっと心配だった。
「ああ、岡島の話ではだいぶ元気になったと言っていた。お前にも礼を言っておいてくれってさ」
「そうですか!」
元気になったのなら良かった。彼女はひどい目にあった。これからは幸せになってもらいたい。
なんだかこっちまで元気になってきた。僕は社長に聞く。
「社長!今日の仕事はなんでしょう?」
あるところに一件の空き家がある。その空き家は十何年も前に建てられたものだ。初めは男女二人が住んだ。
その二人の間に子供ができ、家族となった。家族はどんどん増えたが、あるとき母親が死んだ。母親が死ぬと家族はバラバラになり始めた。
やがて成長した子供は一人また一人と家を出た。父親も死ぬと娘が一人だけとなった。そして、最後に残っていた娘も消えた。
今、空き家の中には何もない。家具も本も掛け軸も日本刀も壺も、そして蓄えられた財産も何もない。
やがて、その空き家は呪われた家として近所の人間に噂される。何もなくなった空き家は取り壊されるその時まで、そこに在り続ける。