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怪奇解決株式会社  作者: カエル
一章
11/82

帰路

「大丈夫ですか?」

「はい、全く情けないですね」

 岡島さんは気を失っていたが、すぐに意識を取り戻した。その後、小村茜は住居不法侵入、殺人未遂で駆け付けた警察に逮捕された。逮捕された小村茜の顔はまるで炎で焼かれたように火傷で爛れていた。


「『人を呪わば穴二つ』ということわざがありますが、彼女は術を使うことを軽く考えすぎていました。式神が傷を受けると受けた苦痛が術者にはね返ります。とくに未熟な腕では、はね返る苦痛は何倍にもなる」

 岡島さん曰く、彼女の火傷は自分が焼かれているという強烈な思い込みでできたものだという。

 式神が焼かれた熱が彼女に何倍にもなって伝わった結果、彼女の脳は自分が焼かれていると思い込んだ。人間は思い込みによって病気が治ることもあれば、体を傷つけることもあるという。それは時として命を奪う。

「やはり、僕のせいでしょうか?」

 小村茜が傷ついたのは、明らかに僕のせいだ。そもそも僕が式神に捕まらなければこんなことにはならなかったのではないだろうか?

 岡島さんは僕の肩に手を置いた。

「あの場は他にどうしようもなかったと思いました。それに君がいなかったら、私も彼女も危なかった」

 岡島さんは少し憔悴した様子の依頼者、小村楓さんを見た。楓さんはこちらの視線に気が付くと頭を下げた。


 警察の事情聴取がやっと終わり、僕達は、クタクタになって会社に戻った。しかし、まだ何度か警察に事情聴取を受けなければならないらしい。

「戻りました」

「おう、お疲れさん」

 会社には、社長となぜか野上さんがいた。今回の仕事について、話を聞きたいということなので、僕達は社長室に呼ばれた。

「初めての仕事はどうだった?」

 社長が僕に尋ねる。

「ほとんど岡島さんがやって下さりましたので、僕は何もできませんでした」

「そんなことはないですよ」

 岡島さんがニコリと微笑む。

「ナナシ君はよくやってくれました。彼がいなかったら私も依頼者も危なかったかもしれません」

 岡島さんはそういうが、あれは野上さんにもらった紙のおかげだ。僕はの力ではない。

「私も最初にしては、よくやったと思う。自信を持て、お前はよくやった」

 社長も僕を褒めてた。これはお世辞だろうか?それとも本当に褒めてく手ているんだろうか?判断に困る。

「今日は疲れただろう。ゆっくり休むがいい、明日は休みにしておく」

「いえ、僕は大丈夫です」

「仕事は休みたくても休めない時のほうが多い。だから休めるときには休んでおけ、幸い明日は仕事が入っていない。明後日から、またしっかり働いてもらうぞ」

 社長は笑顔でそう言った。

「岡島さんは明日はどうなさるんです?」

 岡島さんが出社するなら、僕だけ休むわけにもいかない。僕の問いには岡島さんではなく社長が答えた。

「岡島が働いているのに自分だけ休むのは気が引けるか?」

 すっかり読まれている。僕は「はい」と返事をした。

「安心しろ、今回の仕事はまだ残っているから、岡島には明日働いてもらうが明後日は休んでもらう。君とは入れ違いだな。だから心配しなくていい」

「私は大丈夫ですよ。慣れていますから」

 岡島さんは笑顔でそう言った。本人に言われてしまえば、それ以上何もで言えない。

「分かりました。それでは明日は休ませていただきます」

「おう、じゃあ今日はもう帰っていいぞ」

「はい、それではお先に失礼します!」

「お疲れ」

「お疲れ様です」

 二人に礼をして、僕は社長室を後にした。


 社長室を出て帰ろうとした時、野上さんが席に座っているのが見えた。

 彼女のおかげで今日は助かった。お礼を言うために近づこうとしたが、彼女は突然立ち上がり、こちらにやって来た。そして僕の前でピタリと止まる。

「あっ、えっと」

 思わず声に詰まってしまう。彼女は元とはいえ神様だ。そう思うと緊張してしまう。

 そんな僕の様子を彼女はじっと見つめる。そうだ、お礼を言わなければいけない。頭を下げる。

「有難うございました。あなたから頂いた紙のおかげで命拾いしました。感謝してもしきれません」

 彼女は何も言わない。下げた頭を上げるが彼女は何も言わない。

 その表情にも変化はなかった。野上さんは僕の横をすっと抜け、入り口に向かって歩き始めた。帰るのだろうか?そう思って彼女を見つめていると、ピタリと止まり、くるりと半回転した。

 そしてまた僕をじっと見つめる。

 何が言いたいのか分からず、彼女に近づいた。彼女の側によると彼女は又歩き出した。これは、あれだろうか?「途中まで一緒に帰ろう」と言っているのだろうか?


 とりあえず、一緒に歩き出した。自分のタイムカードを押す。野上さんは押さなかった。元神様に給料がいるのか分からないが、聞いてみる。

「野上さんは押さないんですか?」

 野上さんは自分のタイムカードを僕に見せた。よく見ると今日の分はもう押してあった。あれ?もうタイムカードを押したのなら、なぜ会社にまだいたのだろう?もしかして、サービス残業だろうか?だが、何か仕事をしていた様子はなかった。

 野上さんがまた僕をじっと見ていたので、はっと我に返る。また彼女を待たせてしまった。「すみません」と彼女に謝ると野上さんは歩き出した。


 帰宅する間、野上さんは一言も喋らなかった。沈黙が重かったので何か喋ろうと考えたが、結局、何も言えなかった。そういえば、彼女はどこに帰るのだろう?話題も特になかったので、聞いてみた。

「野上さんは今、どこにお住まいなんですか?」

「……」

 沈黙で返された。聞いてはいけないことだったのだろうか?そこで気が付いた。彼女は自分の土地を失っていたのだ。配慮に欠けた発言だった。謝罪しようとしたとき、彼女の口が少し動く、かすかな空気の震えが耳に届いた。

「し……ろ」

 そう言ったきり、彼女は黙ってしまった。


 いつ僕の帰路から外れるのかと思っていたが、乗る電車も一緒、降りる駅も一緒、そこから僕の家まで彼女とずっと一緒だった。

 僕が住んでいるマンションの近くまで来た。まさか部屋までついてくるつもりだろうか?と少し心配したが、杞憂だった。彼女はマンションの入り口まで来ると止まった。

 彼女はマンションをぐるりと見渡し、僕に視線を合わせた。

「えっと、では僕はこれで」

 マンションに入ろうとしたら、くいっと袖を引かれた。振り向くと野上さんが僕の袖を掴んでいる。

「……あ……さ……しく」

 なんとなく言いたいことが分かった。僕は笑顔で返事をする。

「はい、また明後日、よろしくお願いします」

 野上さんはこくりと頷いた。そのとたん、彼女の色が薄くなっていった。


 彼女は、そのまま夜の暗闇と同化するように消えてしまった。

 

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