紙
襲いかかってくる式神を迎え撃とうと僕達は身構えた。経験は少ないがこのようなものと戦うのは初めてではない。まずは相手をよく見て……。
「キャー」
その時、横から叫び声が聞こえた。小村茜が楓さんにナイフを振りかざし、襲いかかっている。そちらに気を取られている内に式神はもう目の前に迫っていた。そして、僕は式神の両手で首を絞められた。
「ナナシ君!」
岡島さんが叫んだ。目だけを横に向けると岡島さんの姿と襲われている小村楓さんの姿を捕えた。
僕は、岡島さんの後ろを指を刺す。岡島さんはそれに気づき後ろを振り向く。姉に襲われている楓さんは必死に助けを求めていた。岡島さんは僕を一瞬見たが、彼女を助けるためにそちらに向かう。
岡島さんは僕の考えを読み取ってくれたようだった。黒い式神については先ほど岡島さんに教わった。
小村茜はこの式神を操っている様子はない、ただ一言命令しただけだ。
この式神はこの家をうろついていた操作タイプとは違うようだ。おそらく自立タイプだろう。自立タイプは複雑な命令はできないがその代り一度命令を与えればそれを遂行するために強い力を発揮する。ただし、命令を遂行するまで術者の力をどんどん奪ってしまうため、術者にかかる負担は操作タイプとは比べて格段に上がる。
小林茜は計画がばれたことによって半ば自暴自棄になっている。早く止めなければならない。彼女を気絶させることができれば、楓さんと僕、小村楓の三人を救うことができる。
小村茜は楓さんに向かってナイフを振り降ろす。その腕を岡島さんが受け止め、そのまま腕を捻る。小村茜は小さなうめき声をあげて、ナイフを落とした。岡島さんが小村茜の腹に一撃を加えて気絶させようとした瞬間、彼女の左手が岡島さんの首に伸びる。そして、バチッと何かが光った。
小村茜の左手にはいつの間にかスタンガンが握られている。岡島さんは音もなく崩れ落ちた。光と音から改造されていることは明らかだ。小村茜は気絶した岡村さんを無視して楓さんに迫る。
僕は黒い手を振りほどこうとしたが、できなかった。それどころか絞める力はどんどん強くなる。頭が痺れてきた。腕に力が入らなくなり、だらりと下がる。瞼も徐々に下がってきた。まずい、このままじゃ意識……がなく……なって……し……ま。
「あれ、ぼくはなんでこんなとことにいるのでろう?」
思いだそうとするが、思いだせない。たしか、へんな名まえの会しゃにはいって、それから……そうだ、なにかを調さしたんだった。えっと、それで、そういえば、かいしゃをでるまえになにかもらったような?
「ぶな……たら……あい……お……ける」
そういえば、よくきこえてなかった。なんていったんだろう?ちょと考がえてみよう。ぶな……ぶな……あぶないかな?
「あぶない……たら……あい……お……ける」
<たら>ってなんだろう?魚じゃないだろうし、あぶない……たら……あぶなくなったら?
「あぶなくなったら、あい……お……ける」
なんだか、それっぽくなった。つぎは<あい……お……ける>だな。
<あい>かぁ、<愛、藍、哀、間>……なんかちがうような。いったん忘れよう。<お……ける>は、<押しかける、おちゃらける、押し付ける>とかかなぁ?
「あぶなくなったら、あい……おしかける」
「あぶなくなったら、あい……おちゃらける」
「あぶなくなったら、あい……おしつける」
<おちゃらけるは>ちがうな<おしかける>も違うような気がする。<おしつける>がしっくりくるかな。
「あぶなくなったら、あい……おしつける」
さっきいったん忘れていた。<あい>についてかんがえよう。あい……あい……<合、逢、姶、相>……あれっ?もしかして<相手>か?そう仮ていするとこうなる。
「あぶなくなったら、あいて……おしつける」
後は、せつぞくしをかんがえてみる。
「あぶなくなったら、あいてはおしつける」
「あぶなくなったら、あいてがおしつける」
「あぶなくなったら、あいてをおしつける」
「あぶなくなったら、あいてもおしつける」
「あぶなくなったら、あいてにおしつける」
一番さいごが、しっくりくる。ということはこうなる。
「危なくなったら、相手に押し付ける」
しかし、おしつけるといっても何をおしつけるのだろう?そういえば、女の人から何かもらって、ポケットに入れていたような?
僕は、何とか腕を動かしポケットに手を入れた。何か入っている。取り出すと小さな一枚の紙だった。
そうだ、会社を出る前に野上さんから貰ったんだった。僕は紙を黒い影に押し付けようとするが腕が上がらない。指の力も抜けてきた。このままでは、紙を落としてしまう。
こうなったら一か八かだ。僕は紙を手の中で丸めた。丸めた紙を親指で弾く、弾かれた紙は式神の体に当たったが、何も起きずそのまま床に転がった。
「もうだめだ」と諦めかけた時、床に転がっていた紙がパシッと開く、そして式神の体にピタリと張り付いた。張り付いた紙からボッと青い炎が出る。それは瞬く間に黒い式神に広がっていく。
「ギッ?」
黒い式神はそこで初めて自分の体の異変に気づいたらしい。黒い式神は僕の首から手を離す。
「げほっ、げほっ」
危なかったもう少しで、完全に落ちていただろう。僕は黒い式神を見た。
いや、それはもう黒い式神ではなくなっていた。炎が全身に回っており、青く輝いていた。
「ギャーーーギャギャギャギャギャギャーーーギャーーーー!!!!!」
式神は炎を消そうと必死に暴れまわるが一向に消えない。それどころか炎はますます強くなり、式神の体はボロボロぼろぼろと崩れだした。
「キャーーーー!!!!熱い!あついいいいい!」
後ろから式神とは違う悲鳴が聞こえる。横を向くと小村茜が苦しみもがいている。それは、まるで見えない炎で焼かれているように見えた。
やがて、彼女は意識を失ってバタリと倒れた。それは黒い式神の体が完全に崩れ落ちたのとほぼ同時のことだった。