呪われた魔女
『呪われた森』と呼ばれる場所がありました。
そこは『呪われた魔女』が住む森でした。
神々の怒りを買い、呪われてしまった魔女が代々住む森でした。
神々の呪いはすべてこうはじまります。
『愛する人ができたとき―――』
『愛する人を見る目を失うだろう』
『愛する人の声を聞く耳を失うだろう』
『愛する人を呼ぶ声を失うだろう』
そして
『愛する人を想う心を失うだろう』
それはとても恐ろしい呪いでした。
目を失い、耳を失い、声を失い、最後には心を失ってしまう。
そして魔女が子供を生むと死んでしまうというのです。
どんな罰よりも恐ろしい呪いでした。
それでも魔女は恋をして愛を育み、そして愛する人と結ばれて子供を作りました。
すぐに訪れる別れを知っていて。
魔女を愛した人は皆悲しみ、そして魔女が残した子供を育てます。
そうして魔女は代々続いてきました。
愛した人と別れたくないと思った魔女は過去にたくさんいました。
愛する子供を残して死にたくないと思った魔女は過去にたくさんいました。
それらのすべてを知って、今代の魔女は言うのです。
『私の代で魔女は潰えてしまえばいい』
それは今代の魔女の意志であり、かつての魔女たちの思いでもありました。
呪いによって自ら死を選ぶこともできず呪われた森で過ごす日々。
そんなある日、1人の魔術師が魔女を訪ねてきました。
『初めまして。貴女が魔女ですか?』
魔女の持つ技術は人々を癒すことのできるものでした。
魔術師はそれを習いたいといいました。
けれど魔術師は時として人の命を奪うことがあります。
それを知っていた魔女は魔術師をおいかえしました。
魔術師は毎日やってきました。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雷の日も。
1日も途切れることなくやってきました。
その日、雨が降っていました。
いつものように魔術師がやってきました。
けれど、魔術師は熱を出して倒れてしまったのです。
魔女は魔術師を看病しました。
目を覚ました魔術師に問います。
『貴方はどうして毎日やってくるのですか?』
魔術師は答えました。
『貴女を愛してしまったから』
そこで魔女は自分も魔術師を愛していることを自覚しました。
不思議に思っていたのです。
今まで見えていたはずのものが見えなくなって。
今まで聞こえていたはずのものが聞こえなくなって。
今まで言えていたはずのものが言えなくなって。
それらはすべて魔術師を愛してしまったからでした。
でも魔女は自分の思いを告げませんでした。
代わりにもう来ないでほしいといいました。
魔術師はそれからも毎日来ました。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雷の日も。
1日も途切れることなくやってきました。
魔女が魔術師の声に応えることはありませんでした。
それは呪いのせいでした。
魔女は魔術師が見えなくなっていました。
魔女は魔術師の声が聞こえなくなっていました。
魔女は魔術師を呼ぶ声がなくなっていました。
そして。
魔女は魔術師を思う心を失ってしまっていたのです。
それを知らぬ魔術師は毎日やってきます。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雷の日も。
1日も途切れることなくやってきました。
今日も魔術師は魔女を訪ねます。
ですが、いつもと違っていることがありました。
魔女が魔術師を呼んだのです。
魔術師は家に入りました。
魔女は椅子に座っていました。
魔術師は魔女の名を呼びました。
魔女は応えませんでした。
それでも魔術師は魔女が自分の名を呼んでくれたことが嬉しくて、魔女を抱きしめました。
魔女は動きませんでした。
魔術師は何度も魔女の名を呼びました。
魔女は応えませんでした。
魔術師は泣きました。
それを神々は見ていました。
呪いを一時でも打ち破って魔術師の名を呼んだ魔女。
魔女を想い続けて毎日魔女を訪ね、そして今魔女を想って泣く魔術師。
その2人を見て神々は言いました。
『呪いを解いてあげましょう』
魔術師は驚いて顔をあげました。
『呪いに負けず想い合う貴方たちに免じて過去のことを許しましょう』
神々は呪いを解きました。
魔女は目と、耳と、声と、心を取り戻しました。
魔術師は喜び、魔女を抱きしめました。
呪われた森はなくなりました。
呪われた魔女はいなくなりました。
そこにあるのは清らかな森でした。
そこにいたのは幸せに暮らす魔女と魔術師でした。
童話っぽさを目指しました。ただ終わりが童話のくくりに入りすぎたかな、と思います。
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