シルバーグレイ・ゴリラ ナギコさんの平穏な日常4
清坂 正吾様主催「ゴリラパーティー」参加作品です。
お久しぶりです♪
天才「画伯」ナギコさん降臨!
ナギコさんは専業主婦。良人のショウさんとアパートにふたり暮らしです。
ナギコさんは悩んでいた。
もう、かれこれ小一時間も——。
ナギコさんの趣味は絵を描くことである。最近SNSで知り合った同じお絵描き好きのユーザーさんと、お題を出し合ってそれに添ったイラストを描く企画を立てた。
類は友を呼ぶというか、そのユーザーさん(女性)も人付き合いが苦手だそうで、今までこっそりと趣味の範囲で絵を描き続けていたそうだ。
たまたまSMSに流れて来た彼女の作品に、ナギコさんが「いいね♡」と反応したのがきっかけでそのまま話題が盛り上がり、その勢いに乗ってふたりでプチ企画をやってみようと話が進んでいった。
これまでナギコさんの作品を見て感想を述べてくれるのは、良人のショウさんぐらいだったので、ナギコさんの気持ちはおおいに舞い上がった。返信を打つ指が震えるほど興奮した。
それはお相手も同じだったようで、返信の文字から、うれしさが溢れているようにも見えた。その舞い上がった気分のまま、今度はお互いにお題を出し合って、それをテーマに絵を描いてみよう。そして投稿する日を決めて、その日にSNSで発表して感想を述べ合おう——という話にまで発展していたのだ。
——で、お相手から出された絵のお題が「ゴリラ」だったのである。
ここで、現在に戻る。
おおいに困ってしまったのだ。
実は、ナギコさんは動物が描けない。苦手なのだ。
その昔、小学生の頃、遠足で動物園に写生に行って、そこで描いたフラミンゴの絵をクラスメイトに笑われ、先生からも注意を受けたことがトラウマになっていた。
もちろんナギコさんは、ふざけて描いたわけではない。むしろクラスの中で、誰よりも真剣に取り組んでいた。なのに真面目に描けば描くほど、先生やクラスメイトの「上手い」の基準とはかけ離れていくようで、ナギコさんの絵筆は迷子になってしまった。
それが今も続いている。
(でも。でもそれじゃ、ダメよね。いつまでも苦手意識を引きずっていちゃ、ダメなのよ)
(それに、せっかく立てた企画なんですもの。共感してくれた彼女のためにも成功させたいわ!)
(9月30日に投稿するって、決めたんじゃない)
と、根が真面目なナギコさんは考える。しかし興奮が収まってくると、「なんて大それたことを約束してしまったのだろう」と不安しかない。
そうこうしているうちに、下書きまで終わったと云う彼女のポストが流れて来た。
(きゃあぁぁぁ! どうしましょう、私まだ真っ白なのに!)
約束の投稿日まではまだあるとはいえ、これはもたもたとしていられない、とナギコさんは焦った。だが、お題が「ゴリラ」だとして、ゴリラをどう描ければよいのだろう?
そこで、思考が止まってしまった。どうにも進展しないので、描き始める前に、まずはゴリラという生き物を調べてみよう! と考えたのである。
ゴリラ、ゴリラ……とネット検索していくうちに、ナギコさんはイケメンゴリラのシャバーニと云う存在に出会った。国内外で人気を呼び、なんと写真集まで出たと云うことだった。そうなると俄然、確かめてみたくなる。
だからと言って、今から名古屋動物園まで足を運ぶのは無理なので、検索してシャバーニの映像を探してみる。
確かにイケメンだわと、ナギコさんも素直に頷けた。
ゴリラの顔の、どこに基準を定めてイケメン度を測ればいいのかわからないが、彼の精悍な顔つきはイケメンだと思えるような迫力というか、説得力があった。
なるほど。力強いオスである。
(同じ大型の猿類でも、オランウータンの愛嬌のある顔つきとはまったく違うわね)
ゴリラの顔立ちは、掘りが強く、精悍な作りだ。一見厳しそうにも見えるが、ゴリラは菜食で平和主義、とても家族思いなのだとか。
(見た目によらず……って云うパターンね)
彼らは家族で群れを作る。一夫多妻ではあるが、群れの中心にいる成熟したオスが、家族の安全を守り、ケンカの仲裁や移動の進路を決める、頼もしい父親・夫だということも初めて知った。
広い背中や、分厚い胸板、盛り上がった肩や腕、とにかく力強い。そして群れのリーダーのオスの背中の毛が銀色であることも驚きだった。
シャバーニの背中も銀色なので、彼も群れを率いるお父さんなのだろう。
腕が脚よりも長いと云うのも、面白い特徴だ。移動する際は、手の指を握って第2関節の甲側を地面につく「ナックルウォーク」という四足歩行をする。
またドラミングで、手のひらで胸を叩いて、自己主張をする。
後頭部が盛り上がっているが、それは発達した筋肉であることも知った。
(そこも抑えるべき特徴よね)
(広い背中とか、背中から腰のラインも、引き締まっていて隙がないって感じ、ここも大事!)
シャバーニは、ポーズも決まっていた。視線の飛ばし方が、これまたセクシーである。たぶんゴリラはそんなこと意識していないだろうけれど。
これまでゴリラに興味を持ったいなかったナギコさんでさえそう思うのだから、ゴリラ好きにはたまらないかもしれない。
それは、それとして。
ナギコさんの目的は別のところにある。いつまでも美形ゴリラの鑑賞ばかりもしていられない。
「描かなきゃいけないのよ、ね」
ナギコさんはスケッチブックとステッドラーの色鉛筆を取り出して、ペンを走らせ始めた。
(まずは下書き)
資料写真と首っ引きになりながら、大体のアウトラインを引いていく。最初はこわごわ、何度もモデルのゴリラを変えつつ模写をしていると、次第にゴリラのシルエットらしきものは取れて来た。
次にアレンジを加えて、色々なポーズを取らせてみる。さらに表情を付けて、ユニークさを増してみる。
ナギコさんはオスゴリラの背中が、成熟期になると銀色に変色すると云うことに、非常に興味を惹かれたので、背中も見えるナックルポーズの構図にした。
(だってこのポーズを取った時の、頭から首を通って背中、お尻へのラインはとても美しいわ!)
ナギコさんは鼻歌を歌い始める。気分が乗ってきた証拠だ。今日はゴリラが溢れる歌で、ノリの良いサビの部分をヘビロテだ。
線画が完成したら、色鉛筆の出番である。毛並みは黒。でも黒一色で塗りつぶしたら立体感も出ないので、数色を重ね塗りして毛並みのツヤを出しつつ、黒い毛並みを演出していく。そして背中はシルバーだ。微妙な混色を加えつつ、印影と立体感で力強さを付けていく。
こうなると背景が白では寂しいので、ゴリラの住む密林を描いてみた。樹木を描き込むのは、思ったより手間がかかり苦戦した。
その甲斐あってか、「あ、なんかエモくなったかも!」と思える自信作に仕上がった。
出来上がった作品を見て、ナギコさんは満足そうに頷いた。自分では自信作だが、SNSで仕入れた情報によれば神絵師と呼ばれる絵師さま方は、『寝かす』と云う作業をするのだそうだ。
一旦仕上げた絵を1〜2日放置して、再び手直しするとか。
出来上がった直後の達成感に酔った脳では見つかり難い細かいアラや違和感も、時間を置くと熱も冷めて、見えてくるとか言っていた。
「それはそうかもしれないけれど……」
でも神ならぬ人のナギコさんは、誰かに見せたくてたまらない。かといって、締め切り前にSNSに投稿してしまったら、ルール違反になってしまう。自分では自信があるのだが、背中を押してくれる言葉が欲しい。
(ここはやっぱり……)
もうすぐ帰って来るであろう良人のショウさんに観てもらうしかなうわね、と考えつつ壁の時計を見上げた。
その晩帰宅したショウさんは、玄関ドアを開けると、上機嫌な妻の笑顔に迎えられた。そのこと自体はたいそう喜ばしいのだが、リビングの机の上にスケッチブックが乗っているのを発見して、多少身構えてしまった。
ショウさんは妻の趣味を咎める気は無い。機嫌が良くなるし、ストレス解消のためにも推進している。
ただ出来上がった作品に、品評をつけてくれと言われるのだけは閉口していた。
ショウさんは理数系で、芸術関係はまったくといってよいほど、才能も知識が無い。妻ナギコさんの作品を観ても、その価値も意図も、汲み取ることができないのだ。
せめてナギコさんの描く作品が写実的であれば、なんとか言葉も思いつくのかもしれない。だが、彼女の作品は控え目に言って「実に前衛的」なのだ。
画面いっぱいに、記号や線、図形(時に色)が大胆に乱舞する絵を見せられ、「どう?」と訊かれても、ショウさんの頭には言葉が浮かばない。かと言って正直に「わからない」と言えば、妻は目に見えて落ち込んでしまう。
芸術はその人の個性が現れるものだから、作品を酷評や否定したら、ナギコさんの人格まで否定してしまう気がするのでそれは避けたい。かと言って、気の利いた寸評も出て来ないのだから、絵を眺めて唸ることになってしまう。
それさえ時間が掛かると、ナギコさんは悪い方向へと思いを巡らせて落ち込んでしまうので、非常に難しいのだ。
ショウさんはナギコさんの絵になんと感想を述べようか、頭を捻りつつ食事の席に着いたので、せっかくの好物カレーライスの味も、良くわからないまま胃に収めることになってしまった。
一方、ナギコさんは早くショウさんに見せたくて、キッチンの片付けもいつもより手早く済ませる。
食後のお茶を出した後、いそいそとスケッチブックを差し出した。
「ゴリラを描いたの。動物って、あまり描いたことがないから、どうかしらと思って」
「あ、ゴリラね」
今日は「なにを描いたでしょうか?」のクイズ形式ではなく先に答えがあるので、ショウさんは少しホッとして作品を覗き込んだ。
そこには半分が銀色に塗られた、もしかしたら殻付きピーナッツのような物体が鎮座しており、その疑惑の殻付きピーナッツの上に、もうひとつ歪んだ黒いじゃがいもが乗っているような絵だった。そこに4本の長さがバラバラの太い棒が刺さっている。
一瞬お盆飾りの精霊馬を連想させたが、答えはすでにゴリラだと出ているので、その錯覚は無理矢理にでも頭の中から追い払う。
それ以上に不思議なのは、まわりに赤やピンク、黄色に緑に青の大小の丸や三角が、たくさん散らばっていることだ。
(ヤバいな。もうどう見てもピーナッツにしか見えねぇじゃん。ゴリラって、どこにいるんだよ!?)
ショウさんは焦った。
(落ち着け。まず、この周りの丸や三角から考えてみよう。ゴリラの生息地ってどこだっけ?)
答えがわかっているだけに、さらにわからなくなると云う、超難問になってしまった。
悩むショウさんの顔を、きらきらの目で見つめるナギコさん。
(間違える訳にはいかねぇ! ゴリラって、確かアフリカ大陸の赤道付近が生息地だったよな)
しかし答えは見つからない。お手上げ状態で降参できるものならしたかったのだが、変なところでショウさんの負けん気が邪魔をする。
こうなったら……と賭けのつもりで、
「密林の中のゴリラ……かな?」
恐る恐る言ってみる。
「当たり!」
ナギコさんは両手を上げて飛び上がって喜んでいるが、果たしてショウさん以外の他人が、そう見ることが可能かどうかはわからない。
ショウさんの胸に一抹の不安がよぎったが、今はナギコさんが喜ぶ姿の方が彼にとっては重要だったので、そこは触れずにスルーすることにしたのだった。
イラスト制作:白河・DG・夜舟さま
ご来訪ありがとうございます。
シロクマ様の活動報告でこちらの企画のことを知りまして、参加してみたいなぁとか考えていたら、突然ナギコさんが降りて参りました。彼女の続き書きたいなと思いつつ、全然進まなくて二話くらい放り出してあったのですが、なぜか「ゴリラ」で降りて来てくれたのです。
今回もその天才っぷりを遺憾なく発揮しておりますが、こういう超自由な発想の絵、わたしも描いてみたいものです。
2026/9/29 白河・DG・夜舟さまからいただいたFAを追加しました。FAありがとうございます!




