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7/11

皇太子の訪問

窓からの日差しで目が覚めた。

今は……、

部屋の時計を見る。

5時過ぎか、隣を見ると、ヒナはまだ眠っているようだ。

私は、寝室のクローゼットを開ける。

飾り立てられた色とりどりの、見るからに貴族が好みそうな衣装ばかりだった。

私は、クローゼットの前で困惑していた。

選ぶことができない。


私は小さい頃、両親を亡くした。

父も商社マンで、口癖は「ROIを考えろ」だった。

ROI(Return on Investment)とは、投資収益率の事。

つまり、費やした費用に対して、生み出した収益を比べる事だ。

いまさらながら、幼稚園児にROIを説く父も、ある意味狂ってはいるが、

それを真に受けた私も、狂っていたのだろう。

その結果、

私は『判断コストを極限まで下げる事』が、合理的に生きる上で重要だと理解した。

私の服装はシンプルだった。

スーツ、シャツ、靴はオーダーメイドで、

すべて同じ色、同じサイズ、同じ型。

スーツは秋冬・春夏、2着ずつ。

シャツは8枚。

靴は3足揃えた。

ネクタイは同じブランドで柄違いのものを9本。

2本は祭事用。

残り7本はローテーションで使っていた。


プライベートでは父の形見の皮ジャンとジーンズ、古着のTシャツにスニーカーが定番だった。

スニーカーは1足のみ。定期的に最新モデルに買い替えた。

家では学校で着ていたジャージを着る。

だから、まったく判断コストがかからなかった。


そんな事を考えていると、ヒナが起きてきた。


「おはようございます」

とヒナは寝ぼけ眼で言った。


相談したいが、頭は回ってなさそうだ。

簡単に済ませよう。


「ここにある衣装を、着なければいけない決まりはありますか」

と私は尋ねた。


「決まってはいません。ただ、それ相応の恰好はしていただかないと、示しがつきません」

とヒナは答えた。


「では、昨日の服はどうだ」

と私は尋ねた。


「昨日のお召し物であれば、無難でしょう」

とヒナは答えた。


「同じものを3着。あとは同じ形のシャツを何枚か用意できますか」

と私は尋ねた。


「もちろん。すぐに用意させます」

とヒナは部屋から出て、侍女に指示をした。


30分ほどして、服が用意された。

フィット感は悪くはない。

ただ、私がオーダーしていた服と比べれば、着心地が悪い。

その事を思うと、スーツが懐かしく思えた。


商社に入る前、私はスーツを、国会議員や上場企業の役員が愛用するテーラーで作ろうとしたが、紹介がないからと、断られた。

しかしROIを考えると、このテーラー以外にないと思った私は、何度も何度も通った。

そして通って10回目。私は、そのテーラーで、これから働く商社の役員に偶然出会い、紹介ということにしてもらった。

最終面接で、その役員に顔を覚えてもらっていたのだ。

そして、その役員にはシャツと靴のオーダーも紹介してもらう。

あとで話を聞くと、実はその役員も、私と同じように、何度もテーラーに通っており、同じように別の役員に紹介してもらったのだという。

それ以来、その役員は何かと世話を焼いてくれた。


しばらくすると、食事が運ばれてきた。

昨日指示したように、軽く食べられるようにできている。

普通ならお茶でも飲むところだが、スープで済ませる。


ヒナもお茶を飲もうとしたが、思い出してやめていた。


「ムリをしなくても良い。お茶を飲みたかったら飲めばいいよ」

と私は言った。


「いえ。昨日はよく眠れたので、今日も飲まずにおきます」

とヒナは答えた。


「それならいいが、2週間ほどは、日中眠たくなるのと、少しイライラするかもしれないよ。これはお茶の薬理効果が切れたものによるから、しばらくはガマンする必要がある。

ただ、その後は快適だ。

あと、その眠たいのは、前借りしていた眠気、つまり借金のようなものだから、昼寝でもすると良い」

と私は伝えた。


「先に聞いていれば、大丈夫です。もし我慢できなければ、昼寝もします」

とヒナは答えた。


(こんこんこん)

ノックの音がする。


「失礼いたします。皇太子殿下が勇者殿に御面会に来られました」

と侍女は言った。


「応接室にお通しして」

とヒナは言った。


皇太子が……、

なにか、きな臭いにおいがする。


「皇太子というのは、どのような人物なのか」

と私は尋ねた。


「皇太子殿下はお優しい人です……」

とヒナは口ごもった。


口ごもるというのは、なにか問題があるのだろう。


「能力が少し問題なのか?」

と私は尋ねた。


「そう言われる方もおられます」

とヒナは目を伏せた。


「皇位継承問題が少し複雑なのだろうか」

と私は尋ねた。


「はい。

国王の弟君と、皇太子殿下の間で」

とヒナは答えた。


なるほど、

実務に長けた弟と、無能扱いされる皇太子という訳か。

それが、色々と内紛の種になっていると。


「そうなら、うなづくだけでいい。

実務に長けた弟、

無能扱いされる皇太子、

これが内紛の種」

と私は言った。


ヒナはうなづいた。


「わかった。会おう」

と私は言った。


「こちらです」

とヒナは応接室に案内をする。


応接室も、簡素な造りだった。

ソファーに、立派な身なりはしているが、緊張を隠せない男がいた。

これが皇太子殿下か。


「勇者殿、皇太子殿下です」

とヒナは言った。


「お初にお目にかかります。

私は二階堂忍、商社で働いております。

今日はどのような御用件ですか?」

と私は頭を下げた。


「勇者殿の我が国への助力を感謝いたします。

すこしご相談がありまして、

ご存じかどうかわかりませんが、

私は無能なのですよ」

と皇太子は苦笑いをした。


「それで」

と私は答えた。


「それで、私は不要になるかもしれない。

それが怖くてですね。

なんとかできないかと」

と皇太子は頭をかいた。


「答えは出ていないのですか?」

と私は尋ねた。


「えぇ、ムリをすると国が割れる。

そんな事はしたくはないのです」

と皇太子は目を伏せた。


「殿下は、なぜ不要になると思うのですか?」

と私は尋ねた。


「ですから、私は無能なのですよ。

叔父上のように剣の腕も、用兵も優れてはいない」

と皇太子は唇を噛んだ。


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