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私は先輩の事を思い出していた。

先輩の名は葛陽菜かつらひな

8月5日生まれの獅子座、

5つ上で商社の先輩だった。

商社マンとしてのイロハを教えてくれたのは彼女だった。


私は先輩と過ごすうちに、

彼女の事が好きになった。

そして8月5日の誕生日。

彼女に気持ちを伝えようとした、

その日に彼女は交通事故で亡くなった。


あれから3年の月日が流れる。

もう二度と会えないと思っていた彼女が、私の目の前にいる。


泣きそうな顔をしながら……。


「まず前提条件を確認しよう」

と私は言った。


ヒナはうなづく。


「ヒナは勇者の補佐全般をするために呼ばれた。

それには夜伽も含まれる。

そういう事ですね」

と私は尋ねた。


ヒナはうなづく。


「私のいた世界では、

補佐全般というと、身の回りの世話だけで、夜伽は含まれない。

だから今戸惑っているのですよ」

と私は答えた。


「なるほど。

文化の違いというわけですか」

とヒナは納得しようと努力をしている。


「そうです。文化の違いです」

と私は言った。


これで納得してくれたか……。

いやムリだろう。


「しかし、

この世界では夜伽を断られるという事は、女にとって恥なのです」

とヒナはうつむいた。


「なるほど、理解しました。

まず私はあなたが嫌いではないという事を理解していただきたい」

と私は答えた。


「本当ですか?

いきなり見ず知らずの国に召喚され、

仕事を強制させる者の手先なのですよ」

とヒナは悲しそうな眼をしている。


「実はですね……、

私には好きな人がいました。

会社の5つ上の先輩の女性で、

名をかつらひなと言います」

と私は答えた。


手が少し冷たくなる。


「同じ名前なんですね。

ごめんなさい。思い出させてしまって」

とヒナは、か細い声で言った。


「彼女は亡くなった」

と私は言った。


ヒナは目を伏せる。

何を言っていいのかわからないのだろう。


「そして、あなたは……、

彼女に顔も体形も声すらも……。

まるで瓜二つなのだ」

と私は答えた。


ヒナは黙っている。


「だから、

私は先輩がいるような喜びがある反面。

突然、夜伽と言われると戸惑うのですよ。

嫌いという訳ではなく、混乱しているのです」

と私は言った。


ヒナは黙っている。

傷つけてしまったのだろうか?

ふと見ると、

彼女の目から大粒の涙が溢れていた。


「ごめん、傷つけた」

と私はヒナの目をじっと見る。


泣きじゃくった顔まで、

先輩にそっくりだ。

抱きしめたいという衝動と、

抱きしめたらいけないという理性の狭間で、

どうにかなってしまいそうだった。


「いえ。

そうではないのです。

勇者様の先輩への愛を知って、

嬉しいというか、悲しいというか、

そういう複雑な気持ちになったのです。

できれば、その先輩に私はなりたかった。

そんな、大それた望みを持ってしまい……、

我が身の傲慢さが嫌になったのです」

とヒナは答えた。


「ヒナ、

君には好きな人はいないの?」

と私は尋ねた。


「……わかりません。

私には3年前以前の記憶がないのです」

とヒナは苦笑いをした。


3年前……。

先輩が亡くなった時期と同じだ。


「どういう事か、詳しく教えてくれる」

と私は尋ねた。


「私は3年前。

この国の賢者様に拾われました。

その後、事務処理能力が高いからと、王宮で働けるように賢者様に取り計らっていただきました」

とヒナは答えた。


「という事は、その前に、どこにいたのか覚えていないって事なの?何か記憶している事はない?」

と私は尋ねた。


「8月5日生まれという事。ヒナという名。あとその時の年齢が30歳で、現在33歳という事くらいです」

とヒナは言った。


8月5日生まれというのも、先輩と同じだ。

そして今俺が28歳。

先輩は5つ上だから、現在33歳になっている。


そんな事が……。

本当にあるのか?


「そうですか……」

と私は言った。


ここで早急に答えを出すのは、よくない。

仮に彼女が先輩だったとしても、先輩の記憶を取り戻すことはできない。

それが先輩なのかと問われると、先輩ではないだろう。

パソコンで考えてみよう。

パソコンが壊れて、

同じ型のノートパソコンを買ったとする。

それは、元のパソコンか?

違うだろう。

入っているソフトも、データも元のパソコンとは違う。

仮にソフトやデータをすべて復元できたとしても、

それは元のパソコンに「限りなく近い別物」だ。

つまり、

彼女と先輩は同じ型のパソコンであり、

データや基本ソフトが違う以上、ほぼ完全に違う存在。

仮にデータや基本ソフトを入れられたとしても、

やはり微妙に違う存在なんだ。


……

とりあえず冷静になって、

この場の対応を考えよう。


私は条件分岐を考えた。

可能性として、

まず表面上

・夜伽を受け入れる。

・夜伽を拒否する。

についてだが、

受け入れるしかないだろう。

そうしないと、

彼女の立場が危うくなる。


次に

・本当に夜伽をする。

・夜伽をしている振りをする。

であれば、

本当に夜伽をするという選択肢はない。

夜伽をする振りをするという事になるだろう。

しかし、問題は彼女のプライドだ。

プライドを傷つけずに、これを伝える方法はないだろうか。


仕方ない正直に言おう。


「夜伽をしている振りという選択肢はないだろうか?」

と私は尋ねた。


「振りですか?」

とヒナは首を傾げた。


「そう。私たちが室内で何をしているかまでは、周りは知らない。

だからヒナはこの寝室で寝るのは寝る。

しかし、どういうのだろう。大人な行為はしないというか……」

と私は答えた。


「なるほど。それであれば、私の役割は表面上全うできますよね」

とヒナはうなづいた。


「しかし、私は困っているんだよ」

と私は頭をかいた。


「どうかされたのですか?」

とヒナは尋ねた。


「ヒナは魅力的だから、男として大人な行為をしたくなるかもしれないし、でも色々な葛藤や、仕事の重圧でしたくはならないかもしれない。

そんなハッキリしない、実に情けない心持なのですよ」

と私は苦笑いをした。


「ははははは……、

勇者様って、

本当に誠実な方ですね。

そしてお優しい。

わかりました。

それで構いませんよ。

この感情が、何なのかわかりませんが、

私はたぶん勇者様なら、嬉しいのだと思います」

とヒナは照れくさそうに言った。


私はそれ以上、何も言えなかった。

それで十分だと思えたからだ。


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